第百二十九話 天空神の力
大きく踏み込み、ウルガル神目掛けて逆袈裟に斬りかかる。ウルガル神はそれを、空高く飛び上がる事でかわした。
『まずは見せて貰うとするよ! 君がどこまでその剣を使いこなせているかをね!』
そう言うとウルガル神は全身を黒く発光させ、全方向に無数の黒い光を発射した。僕は剣の柄を強く握り直し、辺り一帯に降り注ぐ黒い光を迎え撃つ。
エンドラとの戦いの時同様、体を掠める程度の軌道のものは無視してまともに当たりそうなものだけを剣で弾く。光を刃で受ける度感じる手応えはエンドラの放ったそれよりも重く、気を抜くとこちらが剣を弾き飛ばされそうだった。
『ふうん……流石に楽をさせてくれないだけの実力はあるか……』
言葉とは裏腹にまるで楽しんでいるかのような声色で、ウルガル神が僕を見下ろす。それはまるで、新しい玩具を見つけて喜ぶ子供のようだ。
『それじゃあ、僕も少し本気を出そうか。……僕にあんな腹立たしい啖呵を切ったんだ。精々楽しませておくれよ?』
笑みを浮かべたウルガル神の手に黒い輝きが凝縮され、剣の形を作り出す。ウルガル神はそれを構えると、空中を滑るようにして僕に突進してきた!
「くっ!」
突き出された剣を、自分の剣で真っ向から受け止める。激しい衝撃に踏ん張った足が僅かに後退し、今の一撃の重みを感じさせる。
続けざまに袈裟、胴薙ぎ、様々な角度からどんどん剣が繰り出される。一撃一撃が痺れるように重い攻撃を、僕は押し切られないよう防ぐので手一杯だった。
『ほらほら、守ってばかりじゃ僕は倒せないよ!』
嘲りの言葉を放つ、その太刀筋には一片の隙もない。なら……無理矢理にでも作り出す!
僕はウルガル神に気取られないよう、わざと心臓の部分を空けるように剣を構え、攻撃を防いだ。僕の作った隙を見逃さず、ウルガル神の鋭い突きが一直線に胸に伸びる。
それにタイミングを合わせ、大きく体を捻る。完全にはかわしきれなかった刃が胸の肉を抉ったけど、僕はそれに構わずウルガル神の懐へと潜り込むとその腹に全力で斬りかかった!
「貰った!」
簡単にはかわせない距離、致命傷には届かなくても深手を負わせる事は出来る筈。そう確信しながら刃を振り抜こうとした、その時。
――ウルガル神の浮かべた深い深い笑みに、僕の手は寸前でピタリと止まった。
考えるより前に、本能が体を動かし大きく後ろに飛ぶ。それと同時にウルガル神の全身が黒く発光し、再び無差別に黒い光を放ち始めた。
「……っ!」
僕は急いで体勢を立て直し、黒い光に立ち向かう。先程より間近から放たれた分総てを防ぎ切る事は叶わず、幾つかは僕の腕や足を貫き強い痛みをもたらした。
『やるね、今のを凌ぐとは。君の策に乗ってあげたフリをして、いい気になっているところを仕留めるつもりだったんだけど』
わざとらしく拍手をし、ウルガル神が楽しくて仕方がないといった顔で僕を見る。……楽しんでいる。ウルガル神は嫌味ではなく本気で、この戦いを楽しんでいる。
ちっぽけな存在である人間が、必死に自分に抗う姿を。そしてそんな人間を、どう絶望の淵に叩き落として殺してやろうかと考えるのを。
――ふざけるな。僕は、お前を楽しませる為に戦っている訳じゃない!
『……いい目だ。見ていると実にイライラして、叩き潰してやりたくてたまらなくなるよ』
僕の向けた視線を見つめ返し、ウルガル神が歪んだ笑みを浮かべる。そして再び黒い光を剣の形に変えると、先程よりも速いスピードで僕の方へ向かってきた!
「負けるか!」
腰を落とし、勢いに吹き飛ばされないようにしながら繰り出された一撃を受け止める。次いで逆袈裟に振り抜かれた一撃を防いだところで、僕は一つの違和感に気付く。
――一つ一つの攻撃が、先程までより単調に思える。少しの隙もなかった太刀筋が、今は随所に反撃の隙が見える。
試されている。打ち込んでこられるものなら打ち込んでみろ、そう嗤ったままのウルガル神が言っている気がした。
やってやる。そう来るなら……そっちの想定以上の動きで、応えてみせる!
僕は攻撃を防ぎながら、反撃に転じるタイミングを図る。狙うのは、最も胴体が無防備になる瞬間。
『攻撃して来ないのか、つまらない。なら……望み通り終わらせてあげるよ!』
いつまでも反撃してこない僕に焦れたのか、ウルガル神が剣を大きく上へ振りかぶる。今だ……狙うならここしかない!
僕は剣を床と平行に構え、突きを繰り出した。それを待ち構えていたかのように、ウルガル神の剣が即座に僕の剣へと降り下ろされる。
剣を手から叩き落とそうとするその一撃に、僕は逆らわなかった。逆らわず……剣の腹を使って受け流し、その勢いに乗ってウルガル神の側面に回り込んだ!
『なっ!?』
初めて、ウルガル神の表情から余裕が消えた。僕は返す手で、ウルガル神の脇腹を切り裂くべく剣を振るう!
『舐めるな……小童があっ!!』
けれどウルガル神の反応も早かった。ウルガル神は咄嗟に体を捻り僕の攻撃の直撃を避けると、逆に下から掬い上げるような動きで僕に斬りかかった!
「ぐうっ……!」
僕は急ぎ体を反らせ、剣をかわそうと試みる。けれど完全にはかわしきれず、剣先が僕の腹を浅く抉った。
自分の体から舞い散る血飛沫を目にしながら、一旦ウルガル神から距離を取る。ウルガル神は追っては来ず、今しがた僕が付けた脇腹の浅い傷に触れ指に付いた自分の血を眺めていた。
『……血……ふふ、ふはは、一体どのぐらいぶりだろうね、自分の血なんて見たのは! 面白い! 実に面白いじゃないか!』
やがて、ウルガル神が嗤い出す。ギラギラと目を輝かせた狂気の笑みを、真っ直ぐに僕へと向ける。
『どうやら君は、僕が思っていた以上の使い手だったようだ! 嬉しいよ……これで久々に、本気を出して戦える……!』
殺気と闘気。二つが混じり合い、空気さえも震わせながら膨れ上がる。
ウルガル神の纏う雰囲気が、明らかに変わったのが解る。本気を出す……その言葉に、偽りはなさそうだ……!
『久々の本気だ……どうか簡単には壊れないでおくれよ、リトの息子!』
そしてウルガル神は、黒い光を全身に纏いながら僕に向かってきた。