第百二十八話 信じ合うという事
突然、叫び声を上げていたルミナエス神の姿が消えた。いや、消えたように見えるほど高速で上空に飛び上がった。
『あああアアアアああアアあアアアアア!!』
喉が裂けんばかりの咆哮と共に、ルミナエス神が槍を突き出し真上からサークを襲う。サークが大きくサイドステップしてそれをかわすと、ルミナエス神が床に激突した場所から瓦礫が舞い上がった。
『くっ……こうなったらルミナエスは標的を破壊し尽くすまで収まらない! この塔がルミナエスによって破壊される前に、早くこいつらを始末しないと……!』
ファレーラ神が再び炎を身に纏い、階全体を高速で縦横無尽に飛び回るルミナエス神から身をかわし続けるサークに目を向ける。僕はすぐさま杖をファレーラ神に向け、解放の言葉を唱える。
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
『!!』
激しい雷の束が杖より放たれ、ファレーラ神へ向かっていく。ファレーラ神は僕を振り返るとすぐに身に纏った炎で雷を防いだが、衝撃までは殺し切れずに後方へと吹き飛んでいく。
『さっきまでより、魔法の威力が格段に上がっている!? 人間が、僕の炎と対等以上に渡り合えるなんて……!』
『ファレーラに手を出すなアアアあああああアア!!』
それを見たルミナエス神が、方向を変えて僕の方へと突進してくる。詠唱は……間に合わない!
僕は右に飛んだが、完全にかわしきるより早くルミナエス神が僕のいた場所に到達する。突き出された槍の切っ先が僕の左腕の肉を深く抉り、血飛沫を散らせる。
「クラウス!」
『殺す! 殺す殺す殺すコロス!!』
そのままルミナエス神が僕に向けて、めちゃくちゃに槍を振り回す。幸い狙いが出鱈目なせいで致命傷は避けられたが、目で追うのがやっとの連撃は僕の体と体力を確実に削っていった。
「くそっ、クラウスから離れろ!」
『ルミナエスの邪魔はさせない!』
サークが土の精霊を呼びルミナエス神の動きを封じようとするが、その前にファレーラ神がサークに炎を放つ。それはサークではなく呼び出された土の精霊を焼き、サークの命令を待たずしてその身を消滅させる。
「ちいっ……!」
『精霊は使わせない。仲間がなぶり殺されるのをそこで黙って見ているがいい!』
そんな攻防がある間にも、僕の体はルミナエス神の付けた無数の切り傷に覆われ動きも鈍っていく。何か打開策を考えなければ、本当にこのままなぶり殺されるだけだ。
『ファレーラを! 傷付ける奴は! ユルサナイ! 皆! コロしてやる!!』
目を血走らせながら、ルミナエス神が大きく槍を振りかぶる。生まれた一瞬の隙、僕は……一つの可能性に賭けた!
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
杖を掲げ、僕は全力の雷を放つ。……目の前のルミナエス神ではなく、その背後にいるファレーラ神に。
『!! ファレーラアアああアアア!!』
僕の攻撃にルミナエス神の注意がファレーラ神に向けられ、今度は一瞬ではない隙が生まれる。それでも迷いなく降り下ろされた槍は僕の脇腹を深く貫通したが、僕は構わずその槍を掴むと逆に槍を強く握ったままのルミナエス神の体をその場に引き倒した。
『きゃうっ!』
『ルミナエス! くそ、何度も人間にしてやられてたまるか!』
一方のファレーラ神は炎を一点集中させる事で僕の雷を受け切り、雷と炎、双方共に相殺されその場で弾け飛ぶ。……これでいい。あいつならばきっと、僕の行動の意図を解ってくれる!
雷と炎が弾けた後。そこには僕の狙い通り、一つの影があった。
「隙だらけだぜ、クソガキ!」
『なっ……!』
曲刀を構え、ファレーラ神の懐に飛び込む者――サーク。僕の狙いは二つ。一つは、ファレーラ神を攻撃する事でルミナエス神の隙を作る事。そしてもう一つは……ファレーラ神の炎を剥ぎ、無防備な状態にする事!
「今度は決めるぜ。あばよ、神様!」
『しまっ……ルミナエス……!』
サークの曲刀が一閃し、ファレーラ神の首を胴体から切り離す。蒼い瞳を限界まで見開いた幼い少年の頭が、くるくると回転し力なく床に落ちた。
『……ファレーラ……ううう……うあああアアァァアあああああァアア!!』
片割れの死を目の当たりにしたルミナエス神が、完全に発狂したように脳が割れそうなほどの大声を上げる。そして僕の脇腹から力任せに槍を引き抜くと、壁や天井、床を破壊しながら無軌道に高速の突進を開始した。
「凄ぇスピードと破壊力だな。槍に刺さらなくても、ただぶつかるだけでただじゃ済みそうもねえ。しかも動きが出鱈目で、迎撃しようにもどっから来るか解らねえときた」
「……ならば、どこから来るか解るようにすればいい。出来るだろう? 貴様ならば」
「簡単に言ってくれるね、クラウス坊っちゃまは。だがまあ、そんならそのご期待に応えましょうかね!」
サークが僕の言葉ににやりと笑い、二人の風の精霊を同時に呼び出す。そしてルミナエス神の飛び回る空間に、幾つもの渦巻く風の塊を生み出した。
風の塊はルミナエス神の突進を防ぐのではなく軌道を操るように吹き、無軌道だった動きを整えていく。僕はその風の流れを計算し、導き出された終着点に向けて杖を構える。
やがてルミナエス神が、丁度僕が杖を向けている方向から猛スピードで突進してくる。僕はそれをしっかりと見据え、そして死闘の終わりを告げる一言を口にした。
『ファレーラァァァアアアアアあああアアぁアアア!!』
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
僕の放った全力の雷はルミナエス神の全身を飲み込み……そして辺りを静寂が支配した。
「終わった……な」
首を失った子供と炭になった子供、二人を見下ろしサークが呟く。僕も激しく痛み始めた脇腹を押さえ、物言わぬ骸と化した二柱の神を見つめる。
千年以上もの間、体も心も成長する事のなかった神。なればこそきっと勝てたのだ、とそんな事を僕は思う。
成長を止めたものは、成長し続けるものにいつか必ず越えられる。自分がしっかりと成長出来ているという確信はないが、そうあり続けたいとは願う。
「まだ戦えそうか? サーク」
「誰にものを言ってんだ? このくらいの火傷や傷、屁でもねえよ。お前こそ立ってるのがやっとって感じじゃねえか」
「ふん、この程度で死ぬ僕ではないさ。ならば問題は上と下、どちらに向かうかだが」
「まずは下に行って、ランドとエルナータを回収するか。そう簡単に死なねえようにゃ鍛えたつもりだが、向こうは数が数だ」
「そうだな。それにきっと、リトならば……あ奴ならば、僕達の助力なくとも負けはすまい」
「……だな」
サークと二人、笑い合う。あいつならばやってくれる……リトには、そう思わせる何かがある。
だから、僕は信じる。初めて出来た、僕の友を。
「行くぜ、クラウス。仲間のところに!」
その言葉に無言で頷き返し、僕は更なる未来への一歩を踏み出した。