第十三話 再会
洞窟の中は、壁に設置された松明のお陰で思いの外明るかった。見張りはいなくなったけど、もしかしたら今の音を聞き付けて他の盗賊達も外に出てこようとするかもしれない。そう思った僕は、壁に身を寄せながら慎重に前へと進んだ。
暫く歩くと、先が三つに分かれている場所に出た。何かアロアの居場所に繋がる手懸かりは得られないかと、立ち止まり耳を澄ましてみる。すると、中央の通路の奥から、こちらに近付く足音が微かに聞こえてきた。
急いで、右側の通路に身を隠す。足音はだんだん大きくなり、やがて、一人の男が姿を現した。男は腰に長剣を下げ、ぶつぶつと独り言を呟きながら入口の方へと歩いていく。
「あーあ、頭も心配性だねえ……妙な物音なんざ、見張りに任しときゃいいのに」
そうぼやく男の背中は、完全に隙だらけだった。……上手くいけば、アロアの居場所を聞き出せるかもしれない!
「……煌めけ、剣よ」
小声でそう唱えると、ちゃんと腕輪は剣に姿を変えた。それを確認し、持っていたカンテラを床に置くと僕は男との距離を一気に詰める。
「動くな」
「ひっ!?」
剣の先端を男の首筋に当て、低い声で囁く。男はひきつった声を上げ、動きを止めた。
「質問に答えろ。答えなかったり嘘を吐いていると判断したら、このままお前の首筋を貫く」
「わ……解った。何でも言う」
「昨日、お前達が連れ去った女の子がいるだろう。その子はどこにいる?」
「い、入口から見て左側の通路の先の部屋だ。旅人から奪った金目のものは皆そこに置いてある」
「無事か? もし酷い事をしてたら……」
「何もしてねえよ! 下手に傷物にしちまうと高く売れなくなるからな!」
「……そうか」
それだけ聞けばもう十分だった。僕は剣先を一旦どけ見逃す振りをして、即座に剣の柄で男の後頭部を強く殴った。
「がっ……!」
低い呻き声を上げ、男が倒れ伏す。男が気を失ったのを確認すると、僕はさっきまで隠れていた右側の通路に男を引きずり込み、中央の通路から見えない位置に転がしてから左側の通路に入った。
通路の先に進むにつれて、次第に天井が高くなっていくのが解る。同時に、僕の心臓の鼓動も激しさを増していく。
もうすぐだ。この先に、アロアがいる……!
やがて、前方に開けた空間が現れた。通路側には、やはり長剣を携えた男が暇そうに見張りに立っている。そして、その中央に倒れているのは――。
(――アロア!)
大声を出しかけて、慌てて口を手で押さえる。幸い見張りには気付かれなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
アロアはこちらに顔を向けて倒れていて、その瞳は固く閉ざされている。後ろ手に縛られているらしく、両腕が背中の方に隠れた眠るには不自然な格好をしていた。
もう一度、見張りに目を向ける。こちらは一人、けど向こうも一人。今なら純粋な一対一だ。アロアを救うなら今しかない!
僕は見張りの目がアロアに向いた瞬間を狙い、一気に駆け出した。その足音に見張りも僕に気付くが、アロアの方を向いていた為反応が少し遅れた。
「やあっ!」
肩口から斜めにかけて、剣を降り下ろす。肉が切れる嫌な感触と共に、見張りの胸元から血飛沫が舞った。見張りは剣を抜く事も出来ず、その場に崩れ落ちる。
「ぐ……ぅ……」
傷口を押さえ、苦しげに呻く見張りにほんの少し罪悪感が湧く。けれど元々はアロアを拐ったこいつらが悪い、と僕は自分に言い聞かせた。
「そうだ、アロア!」
罪悪感を振り切るように、倒れたままのアロアに駆け寄る。剣を使って手を縛っていた縄を切り体を抱き起こすと、アロアの瞼がぴくりと動き、うっすらと目が開いた。
「……リト……?」
「アロア! アロア、大丈夫!?」
「これは、夢……? 嘘……みたい、また会えるなんて……」
起きたばかりで意識が定まらないのだろう、弱々しく伸ばされた手が確かめるように僕の頬に触れる。その温かさに、僕はアロアが確かに生きていると実感した。
「アロア、逃げよう。今ならきっと、誰にも見つからずに逃げられる」
「うん……でもリト、顔に血が……」
「……返り血だよ。怪我はしてない」
苦笑して僕が言うと、アロアは安心したようだった。そして、少しずつ意識がはっきりしてきたのか今度は自分の力で身を起こす。
「……皆は? 無事に町に着いた?」
「うん、皆保護されたよ。アロアのお陰だ」
「良かった……それだけが心配だったから」
「でも、こんな無茶はもうこれっきりだよ。言っただろ? アロアが死んだら、僕も皆も悲しいし、辛いって」
「うん……ごめんね。でも、皆を助けるにはああするしかないって思ったから」
「それでも。……一回はあいつらにやられて格好悪いとこ見せちゃったけど、それでも、アロアは僕が守るから」
「リト……」
アロアの目が、僕をじっと見つめる。見張りは痛みに気を失ったのだろう、いつの間にか呻き声は聞こえなくなっていた。
「さあ、逃げよう。ぐずぐずしてるとあいつらに気付かれる」
「……うん」
先に立ち上がり、アロアの手を取る。アロアはそれを支えに、ゆっくりと立ち上がった。
そして、二人で道を引き返そうとしたその時。
「うわああああああああ!!」
そんな悲鳴と破壊音が、洞窟内に反響した。