第百二十七話 恐れを越えた先に
改めてサークと二人、二柱の幼神と向かい合う。全身に炎を纏う太陽神ファレーラと、自らの身長以上の槍を構える月神ルミナエス。
両者の実力は、先程の攻防で十分に伝わった。こいつらは……今まで戦った誰よりも、強い!
『きゃははっ、一人逃げちゃった。しょうがない、半分こだね、ファレーラ』
『そうだね、協力して仕留めようか、ルミナエス』
狂気の笑みを浮かべるルミナエス神に、理知的な瞳で冷静に答えるファレーラ神。流石は月と狂気を司る神と、太陽と理性を司る神。狂った本能のままに動くルミナエス神を、ファレーラ神が上手く抑えてコントロールしているというところか。
勝てるのか、僕達で。正真正銘、本物の神に……。
「久々の二人での戦いだ、解ってると思うが気を抜くなよ。ルミナエスの攻撃はなるべく俺が引き付ける」
「……」
「……クラウス?」
サークに名を呼ばれ、ハッとなる。……そうだ、場に飲まれている場合ではない。
やる事は、いつもと同じ。目の前の敵を倒す、ただそれだけだ!
「すまない、大丈夫だ。ならば僕は、ファレーラ神の炎を防ぎ隙を見てルミナエス神を討とう」
「ああ。だが決めた事にこだわりすぎんなよ。戦いは……」
「臨機応変に。解っているさ」
『きゃはははは、それじゃいっくよぉー!』
再びルミナエス神が、猛スピードでこちらに接近してくる。それに対しサークが前に出、突き出された槍の先端を曲刀を用いて逸らす。
『地上の生き物にしてはいい反応速度だね、ルミナエスの突進を二度も防ぐなんて』
言いながらファレーラ神がルミナエス神は巻き込まないようにしながら、無数の火炎弾をサークに放つ。勿論それを、黙って見過ごす僕じゃない。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
僕は左手を突き出し、その倍の数の火球を生み出し火炎弾にぶつける。どれか一つでもついでにルミナエス神に当たってくれればと期待したがそう上手くはいかず、それどころか打ち消し切れなかった火炎弾がルミナエス神の攻撃をいなし続けるサークの肌を焼いた。
「くっ……!」
「サーク!」
『無駄だよ。君の力じゃ、僕の炎には敵わない』
感情の動かぬ瞳で、ファレーラ神が冷たく言い放つ。その間にもルミナエス神が、火傷の痛みで動きの鈍ったサークを連続で攻め立てる。
『ほらほらほらあ! もっと足掻いて楽しませてよお!』
「くそっ、今度こそ! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
先程以上の魔力を込め、今度は一発辺りを少し大きくした火球を今度はこちらからルミナエス神に向けて放つ。それに対しファレーラ神は、攻撃を続けるルミナリス神の背中の目と鼻の先まで瞬時に移動しファレーラ神とルミナエス神、そしてサークを取り囲むように激しく燃える炎の壁を作り上げた。
「なっ……」
『まずはこの厄介なエルフを仕留めさせて貰うよ。君はその後だ』
僕の生み出した火球が、炎の壁に阻まれ虚しく弾け飛ぶ。向こう側からは、金属がぶつかり合う音と短いサークの苦痛の声だけが響いてくる……。
今度こそ失ってしまうのか、僕は? 一度は繋ぎ止められたサークの命を、みすみす目の前で敵に奪わせてしまうのか?
――嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
僕は、二度と失わない。二度と、失わせはしない。
相手が神だ、だからどうした。僕は――魔導王ウェスベルグの血を引き、三人の英雄の手によって育てられたクラウス・アウスバッハだ!
「――『我が内に眠る力よ』……」
いつもの言葉を唱えながら、精神を集中させる。今までにないくらい、感覚が研ぎ澄まされていくのが解る。
今なら出来る。あの炎を、僕なら破る事が出来る!
「『爆炎に変わりて……敵を撃て』!」
詠唱が終わると二つの巨大な火球が生まれ、左右から炎の壁に飛んでいく。そして二つの火球は、燃え盛る炎の壁を跡形もなく吹き飛ばした!
『馬鹿な、人間の魔法が僕の炎を破った!?』
「上出来だ、クラウス!」
体中に傷や火傷を負ったサークが、それでもけして衰える事ない笑みを見せる。そして空いた背後に飛び、ほんの少しだけルミナリス神から距離を空けた。
『追いかけっこだね! そぉーれっ!』
そこにルミナエス神が、真っ直ぐに素早い突きを繰り出す。サークはその動きに合わせるように高くジャンプすると、ルミナエス神が突き出した槍を足場にルミナエス神の頭上を飛び越えた!
『あれ?』
『まさか……狙いは……僕かっ!』
「ご名答!」
サークが空中で体の向きを変え、丁度後ろを振り返ったファレーラ神と向かい合う形になるよう着地する。そして即座に、ファレーラ神の腹目掛けて曲刀を横に振り抜く!
『うあああっ!!』
悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。ファレーラ神の腹は真一文字に切り裂かれ、止めどない血が傷口から溢れ出した。
「ちっ……浅い! 出血は派手だが、致命傷には……!」
『……傷……ファレーラに、傷……』
舌打ちをするサークを余所に、ファレーラ神の傷を見たルミナエス神の顔から笑顔が消えた。蒼い瞳が大きく見開かれ、体が細かくブルブルと震えている。
『ま……不味い……ルミナエス……!』
その場に崩れ落ち傷口を押さえるファレーラ神が、酷く焦ったような声を上げる。ルミナエス神はそんなファレーラ神の声すらも聞いていないように、大きく大きく限界まで口を開き、叫んだ。
『ファレーラを傷付ける奴は……あたしが許さないいいいイイいいいイいいいいい!!』
狂ったように吐き出される殺気に満ちたその叫びは、ここから始まる更なる死闘を僕達に予感させた。