第百二十五話 打倒、鋼鉄の軍勢
「エルナータ、後ろ、二人同時に来てる!」
「解った! たあっ!」
俺の指示に合わせてエルナータが素早く髪を鞭に変え、迫って来ていた偽エルナータ共を振り向き様に弾き飛ばす。それを確認しながら俺は、至近距離で繰り出される偽エルナータの刃を肩に喰らいながら、土手っ腹に最大風速の風の塊を叩き付けて風穴を開ける。
『どうした、威勢の良かった割には既にボロボロではないか、人間よ。こちらの手駒はまだまだ残っているのだぞ』
「るせえ! 余裕ぶっこいてられんのも今のうちだ!」
そうユノキスに粋がってはみたものの、俺の体は確かにボロボロで。無理もねえ、致命傷にならない部分にわざと攻撃を当てさせて、カウンターで至近距離から相手の体を撃ち抜くをさっきから繰り返してるんだから。
他の奴らならもっと上手く立ち回れてるんだろうが、生憎俺は非力で魔法使いのクラウスにすら魔法抜きの手合わせで負けている始末だ。こんな身を削る方法でも使わなきゃ、エルナータと同じだけの頑丈さを持つこいつらを倒せやしない。
「ランド、少し休め! 残りはエルナータが纏めてやっつけてやる!」
俺の傷を見てそう叫ぶエルナータの姿も酷いもんだった。あんなに綺麗だった銀の髪は所々が千切れたようになり、落ちた髪が床中に散らばっている。白い皮膚にも幾つもの裂傷が目立ち、それでも血が流れない辺りエルナータはやっぱり人間じゃないんだと実感させられた。
「馬鹿言ってんじゃねえ! まだやれるに決まってんだろが!」
顔の汗を手の甲で拭い叫び返しながら、前の俺ならこんな時とっくに逃げ腰だったんだろうと思う。正直今も痛ぇわ怖ぇわで、逃げ出したくてたまらない。
けど俺はリト達と、皆と出会って変わったんだ。自分の意志を最後まで貫き通す、そんな強さを身に付ける事が出来たんだ。
だから絶対諦めねえ。何が何でもエルナータと二人、生きてこの場を切り抜ける!
『そろそろ足掻き続けるのを見るのも飽きてきた。一気に片を付け、上の階に向かった者達を追うとしよう。……やれ』
ユノキスの命令と共に、まだ数多く残っている偽エルナータ達が一斉にこっちに向かってくる。俺は咄嗟にダガーを大きく振り、自分達を中心に大きな竜巻を起こした。
近付いて来ていた偽エルナータ達が竜巻に巻き込まれ、次々に天井や床に叩き付けられる。それでも完全に倒すまでには至らず、一度は吹き飛ばされた偽エルナータ達も再び立ち上がってはまたこっちに向かってくるを繰り返し続ける。
「くそっ、この竜巻もいつまでもつか解らねえ……何か手を考えねえと……!」
竜巻の持続している間に打開策を考えようと、俺は思考を巡らせる。まず、これまでのあいつらの行動パターンを考えてみよう。
あいつらは一つ一つの動き自体は、酷く単調だ。エルナータの猪突猛進さとはまた違う、そう動く事しか考えられないようにされているみたいな感じがする。
だからまだ未熟な俺でも、動きを読んでカウンターを叩き込む事が出来た。必ず急所を狙ってくると解ってれば、そこを逸らすように攻撃を当てさせる事は簡単だった。
だがあいつらはとにかく頑丈だ。俺が攻撃を喰らいながらのカウンターなんて手を取らざるを得なくなったのも、向こうの攻撃が当たらない距離からいくら風を放ってもその体に傷一つ付けられなかったからだ。
エルナータの髪並の硬さがあれば体に傷は付けられるみたいで、事実エルナータは髪で相手の体を貫く事で相手を倒しているしエルナータ自身も傷だらけになっている。今は戦いの経験の差からエルナータが押しちゃいるが、このまま数で押し切られたらどうなるか……。
……待てよ? 動きが単調、エルナータの髪なら傷が付く、そして今あいつらは一斉にこっちに襲い掛かってきている……。
もしかして、この方法なら……。よし、男は度胸だ、やってみるか!
「エルナータ、ちょっと耳貸せ」
「何だ?」
隣のエルナータに耳打ちし、今考えた作戦を伝える。エルナータはちゃんと俺の作戦を理解し、大きく頷いてくれた。
「やってみる! エルナータはランドを信じるぞ!」
「よし、それじゃあ……」
エルナータの了解を得たところで、周囲を包んでた竜巻を消す。それを見たユノキスが、感情の一つも見せずに言った。
『漸く力尽きたか。終わりだ。神に逆らった事、死ぬまでの短い間に深く後悔しておくのだな』
その言葉と共に、視界が飛び掛かってくる偽エルナータで埋め尽くされる。へっ、今からその余裕面……存分に歪ませてやるぜ!
俺とエルナータは、向かってくる偽エルナータ達を迎撃もせずに待ち続ける。そして偽エルナータ達の槍が、刃が届く寸前……タイミングを合わせて、素早く左右に身を捩らせた!
『何!?』
ユノキスが、初めて驚愕した声を上げる。それもそうだろう。急に標的に逃げられた偽エルナータ達がそのまま攻撃を止める事が出来ずに、同じく攻撃を繰り出していた近くの仲間を代わりに攻撃したんだからな!
偽エルナータの同士討ちは上手い事体の深い部分まで傷付け、攻撃を受けた方はそのまま動かなくなる。仲間のその様を見ても突撃を止めない偽エルナータ達の攻撃を、俺とエルナータはギリギリまで引き付けては上手く近くの仲間を巻き込むようかわしていく。
それを繰り返すと辺りはやがて、同士討ちで倒れた偽エルナータ達の亡骸で一杯になった。自分の手駒がどんどん勝手に自滅していく姿を見て、ユノキスも漸く顔色を変えて偽エルナータ達に新たな命令を下した。
『くそっ……一旦攻撃を止め距離を取れ! これ以上無駄に数を減らす真似をするな!』
命令を聞いた残りの偽エルナータ達が、髪をただの髪に戻し俺達から距離を取り始める。だが、悪いな神様よ――その行動、計算通りなんだわ。
俺はエルナータに、さっと目で合図を送る。するとエルナータは、こっちから離れていこうとする偽エルナータ達に自分から詰め寄っていった。
『ふん、一人で向かってくるとは無謀な。下僕達よ――』
生憎、その命令を最後まで言わせる気はねえよ。俺はエルナータの背に突風を叩き付け、一気に偽エルナータ達の方に吹き飛ばした!
『何だと!?』
「たああああああああっ!!」
エルナータは身を丸めて前方に二振りの刃を作り、回転しながら偽エルナータ達の群れへ突っ込んでいく。偽エルナータ達は髪を武器にし直す間もなく、砲弾と化したエルナータに次々と体を切り裂かれていく。
無数の偽エルナータ達を巻き込み切り裂いて、壁に激突する事でやっとエルナータは止まった。残り僅かとなった偽エルナータ達は、全員エルナータの激突跡に注目している。
勿論そんな絶好の隙を見逃す俺じゃねえ。エルナータを吹っ飛ばすと共に走り出していた俺は、偽エルナータ達の無防備な背中に接近すると風の塊を思い切り叩き付けた!
『くそっ、くそっ! 迎撃だ、迎撃するのだ、下僕達よ!』
今更慌ててそう命令したって、もう遅い。残りは五体ほど。今の俺とエルナータなら、傷を負っていても十分勝てる数だ。
そうして俺と、立ち上がったエルナータは残りの偽エルナータの掃討に動く。俺は左脇腹に新たな傷を負い、エルナータは更に髪の量を減らしながらも少し経つ頃にはその場に立っているのは俺とエルナータ、それと怒りに肩を震わせるユノキスだけになった。
『我が……軍団が……たった一人の人間と、一体の旧型などに……!』
「あんな、ただテメエの言う事を聞くだけのお人形なんかに俺もエルナータも負けやしねえんだよ! これで後は、テメエをぶっ飛ばすだけだ!」
「降りてきて、エルナータ達と勝負しろ! このインケン男!」
エルナータと二人、中に浮かんだままのユノキスを睨み付ける。ユノキスはこめかみにひくひくと青筋を浮かべ、俺達に憎悪に満ちた視線を向けた。
『いいだろう……こうなればこの私が直接! 貴様達に引導を渡してやる!』
そうユノキスが叫ぶと同時。ユノキスの周りに激しい水流が生まれ、その体を包み込んだ。