第百二十四話 狂気の双子神と冷酷なる天空神
塔の壁に沿って続く階段を、全速力で駆け上がっていく。早く残りの神々を倒し、ランド達を助けに行かないと。その思いが、僕の胸の中を支配していた。
「原初の神と呼ばれているのは全部で五柱。天空神ウルガル、大地母神アンジェラ、海神ユノキス、そして太陽神ファレーラと月神ルミナエスの双子神。恐らくウルガル神の前に、ファレーラ神とルミナエス神が控えている事だろう。こちらも手勢を欠いた今、ここからが正念場だぞ、リト!」
果てなく続くような階段の上を見上げながら、クラウスがそう忠告する。ファレーラ神とルミナエス神……アロアに以前聞かせて貰った神話では、とても仲の良い兄妹神という事だったけど……。
「二人とも、次の階が見えてきたぞ!」
サークさんの言葉に僕も上を見上げると、階段が途切れ新たな階が姿を現していた。僕らがそこに駆け込むと、視界に映ったのはまたしても上と下にそれぞれ続く階段以外は何もないがらんとした部屋だった。
「……この床に描かれているのはファレーラ神とルミナエス神のそれぞれのシンボルだ。やはり……」
『きゃははははっ、人間だ、人間が来たよファレーラ!』
床に描かれた紋章を見てクラウスがそう言いかけた時、突然場違いな程に楽しげな少女の声が脳内に響いた。直後に部屋の中央に、やはりユノキス神のように宙に浮いた状態で手を繋ぎ合った一組の幼い少年と少女が現れる。
「あれが、ファレーラ神とルミナエス神か……!」
『人間だね。人間はこの聖域には来れない筈なのに何でいるんだろうね、ルミナエス?』
『そんなのどうでもいいよ! 遊ぼう! 遊ぼう!』
その炎のように赤い髪とは裏腹に僕らに冷たい視線を向けるファレーラ神に、それとは対照的に白く長い髪の隙間から狂気すら感じる笑顔を覗かせるルミナエス神。僕らが身構えているとやがてファレーラ神の周囲には炎が巻き起こり、ルミナエス神の手にはその身長よりも長い槍が生み出された。
『競争だよ、ファレーラ! 殺した人間が多い方が勝ち! ウルガルは直接人間を殺しに行くのは駄目だって言ったけど、この人間達はここに勝手に入って来たんだから殺してもいいよね? ね!?』
『うん、いいと思うよ。人間じゃないのも一人いるみたいだけど、まあ、人間と一緒にいるんだから同罪って事で』
『やったあ! どうやって殺そうかなあ! 串刺し? それとも八つ裂き!? きゃははははっ!』
狂ったような笑い声と共に、膨れ上がる殺気。炎の熱気と共に迸るそれに肌を焼かれていると、不意にクラウスがぽつりと言った。
「……僕とサークが攻撃を開始したら、貴様は階段へ向かい上にいるウルガルを目指せ」
「え!?」
驚く僕に、サークさんが少しだけ振り向き笑いかける。その目は、ランド達と同じく覚悟に満ちていた。
「ウルガル神を倒せるのはお前だけ、そのお前にここで余計な体力を使わせたくねえ。万全の状態で、ウルガル神に挑んで欲しいんだ」
「それにアンジェラ神の言が確かなら、ウルガル神もまた『破滅の光』を使う筈。あれを完全には防げない僕達がいても、却って足手纏いになりかねん」
「……」
二人の顔を、交互に見つめる。今必要なのは確実にウルガル神を討つ事、そして……ここまで一緒に来てくれた仲間を信じ抜く事!
「……解った。ここは二人に任せる!」
「ああ、任せておけ。こ奴らは、僕達の手で片付けてみせる!」
『何かごちゃごちゃと言っているみたいだけど、無駄だよ。君達は皆ここで死ぬんだから』
『きゃははははっ、皆殺し! 皆殺し!!』
槍を構え、ルミナエス神が猛スピードでこちらに突進してくる。それをサークさんが曲刀で真っ向から受け止め、同時にクラウスが杖を掲げて詠唱を開始する。
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
杖から雷が放たれると共に、サークさんが後ろに飛び退きルミナエス神から距離を取る。雷はそのまま突進を阻まれ動きを止めたルミナエス神へと迫るけど、そこにファレーラ神が音もなく割り込んできた。
『ルミナエスに傷は付けさせないよ』
ファレーラ神が手を前に突き出すと、凄まじい量の炎が巻き起こり雷を打ち消した。炎は勢いを落とさないままクラウスに向かい、クラウスはミスリルの小手を使い炎を逸らそうと試みる。
「くっ!」
ミスリルの小手に接触した炎はその軌道を曲げ、壁に叩き付けられる。そこで双子神は、漸くある事に気付いたようだった。
『あれえ? ファレーラ、人間が一人いなくなってるよ?』
『……本当だ。どこへ……っ!?』
辺りを見回したファレーラ神の目が、今まさに上に続く階段に辿り着いた僕を捉える。さっきの攻防の隙を見て、僕は全力で階段へと駆け出していたのだ。
『行かせるか、人間め!』
「おっと、貴様達の相手は僕達だ! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
僕に向けて炎を放とうとするファレーラ神を、クラウスが素早く雷を放つ事で阻害する。クラウスの雷をファレーラ神が炎で防いでいる間に、僕は階段を駆け上がる事が出来た。
「幸運を祈っているぞ……我が友よ!」
最後にクラウスがかけたその言葉を背に、僕は階を離れ再び長い長い階段を登っていった。
下の階の戦いの音がどんどん遠くなり、やがて聞こえなくなる。僕は足を止めず、ひたすらに階段を登り続ける。
皆が僕に託してくれた未来、決して失わせはしない。ウルガル神との戦い、必ず勝利してみせる!
どれだけの段数を登ったのか、足がふらつきそうな程登り続けて漸く次の階が見えてくる。階に通じる穴からは僅かに群青の空が見え、どうやらそこが最上階であるという事が予測出来た。
階段を登り切り、最上階に立つ。するとそこには、こちらに背を向けて立つ短い金髪の人物がいた。
『――来たね、裏切り者の子。僕の最高傑作の血を受け継いだ人間』
そう言って、金髪の人物が振り返る。青年のような少年のような、不思議な印象を受ける美しい相貌の両目にはアンジェラ様と同じ、蒼き月のような透き通るような蒼が輝いていた。
「お前が……神々の長、天空神ウルガル……!」
『はじめまして、レクス。いや今はリトだったかな? 君達の事は、精霊達の目を通じてずっと見ていたよ。ここで眠りに就いている間もずっとね』
芝居がかった調子で両手を広げながら、金髪の人物――ウルガル神が辺りに漂う泡に目を遣る。これは全部、精霊達から見た景色だったのか……。
『僕はね、正直君という存在に興味があるんだよ、リト』
ウルガル神が、僕に視線を戻す。その言葉通り、向けられた視線からは今のところ敵意を感じない。
「僕に、興味?」
『そう、神の力を持つ人間として生み出したリトのその息子。神が直接子を為した半神とは違い、さりとて純粋な人間と呼ぶ事も出来ない。酷く曖昧であやふやな存在。それが君だよ』
「……何が言いたい」
得意気に語るその顔を強く睨み付けると、ウルガル神はやはり芝居がかった調子で大きく肩を竦める。そして、小さな笑みを浮かべながらこう言った。
『僕に従わないかい、リト。そうすれば君を新たな神にしてあげるよ』
「……何だって?」
『何者にもなれない哀れな君に居場所をあげると言っているんだよ。僕を倒し、地上に戻ったところでどうなる? 『神殺し』を使える君を巡って、また新たな争いが起きるだけだろ? それならここで神になって、一緒に世界を作り直さないかい? 仲間達が恋しいなら、世界を作り直す時にまた作ればいい。悪い話じゃないだろ?』
聞きながら、無意識に手が拳を握り締めていた。この程度の感覚なのだ、ウルガル神にとっては。失敗したら、無くしたら幾らでも作り直せばいい――。
――作り直される前の生き物達が、何を思い何を感じながら生きていたか知りもしないで!
「我が声に応え、総てを消し去れ、光よ!」
両手を剣を構えるように突き出し叫ぶと、光の奔流が輝く剣を生み出した。それを見て、ウルガル神の表情から笑みが消える。
『……あくまで、僕に逆らうんだ?』
「僕の居場所は僕が決める! お前に用意された居場所なんていらない! 一つきりの命を軽んじるお前なんかには、絶対に従わない!」
『そう。……ちょっと優しくしてやれば、調子に乗りやがって……』
ウルガル神の体から、一気に殺気が溢れ出す。そして軽く宙に浮かぶと、僕を憎悪に満ちた視線で睨み付けてきた。
『君達の希望、纏めて消し去ってあげるよ! 創造主であるこの僕の力で!』
そうウルガル神が叫ぶと同時、僕は床を蹴りウルガル神の元へと走り出した。