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蒼月の交響曲  作者: 由希
第三章 世界の決断
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第百二十二話 人の業、人の希望

「――ト! リト、どうしたんだよ!?」


 僕を呼ぶその声で、意識がゆっくりと過去から今に戻ってくる。気が付くと気を失ったままのアロア以外、全員が僕を心配そうに見つめていた。


「あ……僕は……」

「やっと我に返ったか! アンジェラ様と目を合わせた途端ピクリとも動かなくなるわ声かけても反応しないわで、心配してたんだぜ?」


 ランドが眉尻を下げながら、僕の顔を覗き込んでくる。僕はまだどこか夢見心地な頭を軽く振り、皆の顔を見渡す。


「……思い出したんだ、全部。僕がどこで産まれ、どんな風に育ち、そして何故ここにいるのかも。僕は――」


 そして僕は、総てを皆に話した。自分が英雄リトの息子である事、千年前からこの時代までやってきた事、そして蒼き月で今も世界を滅ぼそうとしている神々を討つという自分の使命――。


「……俄かには信じ難い話だが……それならば何故『神殺し』が英雄リトの没後、その所在すら全く語られなくなったかの説明はつくな……」


 最初にそう反応したのはクラウスだった。今は気持ちも大分落ち着いたようで、いつも通りの冷静な様子で僕の話を分析している。


「リトが……最古の英雄の息子……マジか……お、俺、今までめっちゃ馴れ馴れしく接しちまったぞ!?」


 ランドは自分の胸を押さえ、目を見開き僕を見ている。英雄譚が好きなランドらしいと思いながらも、一抹の寂しさも同時に感じてしまう。


「歳の割に妙に肝が据わってるとは思ってたが……多分記憶を失ってる間も、それまでに積み重ねられてきたものはどこかに残ってたんだろうな」


 サークさんは何かに納得したように、一人小さく頷いている。確かに戦いに身を置いていた月日は長かったけど、ちょっと過大評価されてる気がして恥ずかしくなってくる。


「難しい話はよく解らないけど、記憶が戻って良かったな、リト!」


 エルナータだけは唯一、純粋に僕の記憶が戻った事を喜んでくれた。それが嬉しい一方で、僕だけ記憶が戻った事を妬みもしないエルナータに少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「と、とりあえず俺らお前の事何て呼べばいいんだ? リト? それともレクス?」

「リトでいいよ。皆に呼ばれるのはそっちの方が馴染んでる」

「じゃあ、リト。お前……これからどうするんだ? 本当にその、神様達と戦うのか?」


 不安げに、ランドが僕の顔を見る。僕はそれに対し、力強く頷き返した。


「勿論。その為に僕はこの時代に来たんだ」

「でもよ、相手は神様なんだぜ! きっとエンドラすら相手にならない、めちゃくちゃな強さに決まってる!」

「それでも僕は守りたいんだ。記憶を失ったままこの世界を旅して、そして自分のやるべき事を思い出した今、強く思う。僕が今まで出会った人達がこれからも当たり前に暮らしていける、そんな世界をこの手で作りたいって」

『……あなたのその意志に、迷いはないのですね、レクス』


 不意に、それまで口を閉ざしていたアンジェラ様が僕に言った。僕は頷き、アンジェラ様に柔らかく微笑み返す。


「それが、父さんとあなたの意志を継いだ僕の出した結論です」

『……』


 僕の答えに、アンジェラ様は再び口を閉ざす。そしてその顔に物憂げな表情を浮かべ、ぽつりぽつりと語り始めた。


『私は、眠りながらずっと考えていました。人間は本当に救うに値する存在なのか、世界をもう一度一から作り直そうとした他の神々こそ本当は正しかったのではないかと』

「そんな!」

『今の世にも記録が残っている筈です。あなたの父、リトが没した後、魔物という向けるべき相手を失った神の力が人間に何をもたらしたのか』


 何かを訴えかけるように、閉じた瞼の向こうで僕らを見回すアンジェラ様。その言葉を継いだのは、博識なクラウスだった。


「……魔物が姿を見せなくなると、人間に惹かれ人間と交わった神々の血を引く者達がそれぞれ国を起こした。彼らは自らの力と知識を使って後に魔導遺物と呼ばれる事になる兵器を次々と開発し、やがて世界の総てを手中にせんと互いに争い合うようになった。その戦いは凄まじく、これにより多くの地形がその形を変え人間は見る間に数を減らしていった。そうして折角築いた文明を保てなくなるまで衰退したところで生き残った人間達は漸く自らの過ちに気付き、造り上げた兵器を地中深く封印しまた一から文明を築き始めた……世に出回っている歴史書には、そう書かれている」

『その通りです。彼らは神々の力と知識は受け継いでも、その心までは受け継がなかった……。あの頃、原初の神々が産み出した下位の神々は人に近い心を持ち、次々と蒼き月の神々から離反し人間の側につきました。蒼き月の神々はそれに怒って総ての下位の神々からその力の殆どを奪い去り……そしてあろう事か人間は、力を失った自らの父母でもある神々の魂を兵器として利用したのです。その娘……あなた方がエルナータと名付けた娘も、その兵器の一つ……』

「エルナータが!?」


 アンジェラ様が告げた言葉に、僕は思わずエルナータを振り返る。当のエルナータはいまいち要領を得ていない様子で、きょとんとした顔で首を傾げている。

 初めて会った時の、記憶を失う前のエルナータの言動を思い出す。あれは兵器として、人間を殺す為に造られたせいだったのか――。


『……一度文明を失い、再出発をしてからも人間は変わりませんでした。旧文明の生き残り達は最初のうちは良好な関係を保っていましたが、再び人間の数が増え始めるに従ってまた以前のように争い合うようになっていきました。ここで眠りに就き、治まる事のない人間達の争いを見続けて千年。私は……人間を守る事に疲れ始めていたのです』


 悲しげに語るアンジェラ様に、いつしか僕は何も言えなくなっていた。アンジェラ様にとっての千年という月日は、僕が想像していた以上にあまりに、あまりにも重いものだったのかもしれない。


『でも』


 不意にアンジェラ様が、俯いていた顔を上げる。その瞳は、瞼が開いているならば……眠り続けるアロアに、真っ直ぐに向けられていた。


『その娘の清らかな想いは、そんな私の心を強く揺さぶりました。己の命に替えてでも誰かを助けたいと願い、そして、本来扱えない筈の奇跡を行使するまでに至る。そんな強い想いを持つ者が、人間の中にもまだ残っている……だからレクス、私は賭ける事にしたのです』

「賭ける?」

『あなたがもし蒼き月の神々に破れたら、私は人間からは完全に手を引き世界が如何なる道を歩もうとも二度と干渉はしない。けれどあなたがもし神々を打ち倒すほどの強さを示せたなら、もう一度人間を信じ永久にその営みを見守ろうと』


 そう言ったアンジェラ様の表情は真剣そのもので。その決断が、揺るがぬものであると感じさせた。

 ならば、僕の答えはただ一つ。どうせこれ以外の答えなど、最初から存在していなかったのだから。


「なら僕は、必ず神々との戦いに勝利してみせます。この世界に生きる皆の為にも……そしてアンジェラ様の為にも!」

「リト、エルナータも一緒に行くぞ! 難しい事はよく解らないけど、リトが皆の為に戦うならエルナータも戦う! エルナータも、この世界の皆の事が大好きだから!」


 僕の決意の言葉に、すぐさまエルナータが呼応する。次いで口を開いたのは、意外にもランドだった。


「んっとにもうお前らは二人揃って! 猪突猛進っつーか後先考えねえっつーか! ……俺も行かせろよ。ダチが覚悟を決めたんだ、付き合わなきゃ男じゃねえ」

「当然、僕も行くぞ。エンドラを操っていたのは蒼き月の神々、つまりグランドラを引っ掻き回したのもまた神々だという事だ。……引っ掻き回された当事者として、落とし前を付けに行かねばな」

「んな御大層な名目掲げなくたって、リトが心配だから一緒に行くってそう素直に言やいいじゃん、クラウス」

「うっ……うるさい! サークみたいな事を言うな、ランド!」


 それに続いて同行の意を示すクラウスを、ランドが軽くからかってみせる。それに少しだけ和んでいると、最後にサークさんが口を開いた。


「やれやれ、若者達がこんだけ張り切ってんのに大人の俺が大人しくお留守番って訳にゃいかねえな。こうなりゃ最後まで付き合うか」

「何を言っている、サーク!? 今はリザレクションで全快しているとは言え、貴様は先程まで死にかけていたんだぞ!?」


 サークさんの宣言にクラウスが慌てた声を上げるも、サークさんはそれに対して逆に不敵に笑ってみせる。そして、あくまでも軽い口調でこう告げた。


「大丈夫、もうあんなヘマはしねえよ。それに、お前には俺が必要なんだろ、クラウス? びーびー泣きながらそう叫んでたの、一生忘れるつもりはねえからな?」

「な……あ……!」


 自分で言った台詞を思い出したのか、クラウスの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。そんな皆の様子を見ていたアンジェラ様が、柔らかく微笑み言った。


『……いい仲間に恵まれましたね、レクス。リトとあなたと共に過ごした、千年前を思い出すようです』

「はい、本当にいい友達に巡り会えたと思います。記憶を失っていた日々は、僕にとって決して無駄なんかじゃなかった」

『もしかしたら、神ですら予測が出来ない運命の糸があなた達を繋いだのかもしれませんね。……人の子達よ、もしレクスと共に蒼き月に昇る事を望むなら私の元へ。あなた達の傷と疲れを癒しましょう』


 その言葉に、アロア以外の皆が立ち上がりアンジェラ様の元へ集まる。集まった僕らに向かってアンジェラ様が手をかざすと、全身が仄かに光り輝きみるみるうちに傷が塞がっていった。


「すっげ……ぐっすり寝た日の朝みたいに体が軽くなった!」

「エルナータもだ! これならいくらだって戦えるぞ!」

『一時的に、私の力も共に分け与えておきました。これで普通の人間であるあなた達でも、ウルガル以外の神ならば討つ事が出来るでしょう』

「ウルガル神以外?」


 クラウスが聞き返すと、アンジェラ様は強く頷いた。そして、その理由を説明する。


『ウルガルと私は、原初の神の中でも最も古い存在。例え肉体を失っても、魂だけで存在し続ける事が出来るのです。私達を完全に消滅させる事が出来るのは、ウルガルの持つ『神殺し』と『破滅の光』のみ。エンドラが死に、『破滅の光』がウルガルの元へ還った今、レクスの持つ『神殺し』のみがウルガルを消滅させる唯一の手段なのです』

「成る程な……ウルガル神との戦いだけは、リトに全部を託すしかないって訳だ……」


 サークさんの視線が、僕の右腕の『神殺し』に注がれる。一番大事な戦いが自分の腕にかかっているという事実は、僕の気持ちを自然と引き締めさせた。


「なあ、ところでアロアはどうするんだ?」


 不意にエルナータがアロアを見つめ、そう問い掛ける。僕は眠るアロアに視線を移すと、小さく首を横に振った。


「……ここに残していくよ。目覚めるまでにはまだ時間がかかるだろうし、それにこの戦いは危険すぎる。アロアを守りながら戦うのは無理だ」

「そうだな……アロアには自分の身を守る術がない。残酷なようだが、無理に連れていっても足手まといになる確率は高いだろうな」


 それにサークさんが頷き、同意を返す。他の皆も同じ意見なのか、反対の言葉が出る事はなかった。


「アンジェラ様、アロアの事をお願い出来ますか?」

『ええ。あなた達の決着が着くまでの間は、彼女の安全は保証しましょう』


 アンジェラ様がそう言ってくれたお陰で、心残りは完全になくなった。僕は一つ大きく深呼吸すると、アンジェラ様の閉じた瞼を見つめた。


「それじゃあアンジェラ様。僕らを、蒼き月へと送って下さい」

『解りました。全員、目を閉じなさい』


 その言葉に、ゆっくりと目を閉じる。閉じた瞼の向こう側が、次第に明るくなっていくのが解る……。


『願わくば、あなた達と……再び、語り合う機会があらん事を……』


 祈るようなその呟きを最後に、僕の体を強烈な浮遊感が支配した。

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