第百十九話 死闘を制するもの
「ふ、ふふふ、だがそれをもってしても私には勝てない! 神々に直接作られた訳でもないただの人間がそれを使えば、いずれ総ての生命力を剣に吸い取られ死ぬのみ!」
動揺しながらも、エンドラは強気な姿勢を崩さない。僕はそれに答える代わりに、剣を構えエンドラに向かっていった。
エンドラもそれに反応し、十本の黒い光を総て僕に向けて放つ。僕は走りながら剣を振るうと、そのうち急所に当たりそうなもののみを選んで黒い光を切り裂いた。
「あの光を容易く!? これが『神殺し』の力……!」
驚愕するクラウスの声を背後に聞きながら、エンドラとの距離を一気に詰めていく。エンドラは急いで印を結ぶと、目の前にシールドを生み出す。
「この剣なら!」
僕はそれに対し、剣を前に突き出す形で見えないシールドに突進する。光る刃に触れたシールドはその場で音を立てて崩れ去り、エンドラとの距離が目と鼻の先まで縮まる。
「くっ!」
けれど剣の間合いまで入る直前でエンドラの姿が消え、僕は急いで辺りを見回した。姿を現したエンドラはアンジェラ神の棺の前に立ち、改めて指先をアンジェラ神に向ける。
「こうなったら、本来の目的だけは!」
「させるかよ!」
そこに素早くランドが風の刃を放ち、エンドラの動きを妨害する。エンドラは再び瞬間移動し僕らの側面に移るも、その顔には玉の汗が浮かんでいた。
「どうやらいくら悪魔と言えど、能力が無限に使える訳じゃないらしいな」
「うるさい! もうじき『神殺し』を使った反動でその小僧は死ぬ、そうすればお前達に私を倒す手立てなどない!」
サークさんの指摘に、憎々しげに顔を歪めながらエンドラが叫ぶ。その声にアロアやランドが僕に心配そうな目を向けるけど、僕は力強い笑みでその視線に応えた。
だって、僕は知っている。僕にならば……問題なくこの剣が扱える事を!
「皆、援護をお願いします。エンドラは……僕が討つ!」
「……解った。この戦い、貴様の持つ『神殺し』に賭ける!」
「エルナータも全力でリトを助ける! だから死ぬな、リト!」
「そうと決まれば総攻撃といくか。皆、エンドラを逃がすなよ!」
僕の宣言に皆が応え、それぞれに動き出す。エルナータとサークさんはエンドラに接近し、アロア、クラウス、ランドはいつでも魔法や風が撃てるようエンドラの動きを注視している。
「『神殺し』のないお前達なら、何人群がろうとも恐れなどない!」
エンドラが両手を突き出し、エルナータとサークさんにそれぞれ五本ずつの黒い光を放つ。それを待っていたとばかりに、後方の三人がそれぞれ魔法と風で黒い光を迎え撃つ。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
「最後の一踏ん張りだ、精霊達、頼む!」
「アンジェラ様……皆を守る、力を……!」
風とシールドの二重の壁、そして巨大な二つの火球が黒い光の幾つかを打ち消す。残りの黒い光はサークさんは傷を負いながらもすり抜ける形で、エルナータは自分の髪を犠牲にして強引にそれぞれ突破する。
「くそっ、くそっ!」
迫る二人を、エンドラが瞬間移動を使って避ける。けれどその表情は、すぐに驚愕に変わる事になる。
エンドラが移動したその場所には、僕が既に向かっていた。皆の位置と部屋の間取りから次に移動する場所を誘導したつもりだったけど、どうやら上手くいったようだ。
「何故、お前のような奴がこの時代にいる! 何故、『神殺し』をこんなにも長く扱える! 何故!」
錯乱したように叫びながら黒い光を出鱈目に放つエンドラだったけど、『神殺し』の刃が僕に致命傷を与えさせない。僕は床を蹴り更に走る速度を上げると、今度こそ剣の間合いにエンドラを捕らえた。
「お前の望み……ここで断ち切らせて貰う!」
「おのれっ! おのれ人間如きがあああああああああっ!!」
そして僕が降り下ろした剣は、エンドラの胴体を袈裟斬りに深々と切り裂いた。
白い服を自分の体から噴き出す血でみるみるうちに黒く染め上げながら、エンドラがゆっくりと崩れ落ちる。それを複雑な気持ちで見下ろす僕の元へ、皆が一斉に駆け寄ってきた。
「リト、早くその剣をしまって! リトが死んじゃう!」
「そうだぜ、リト! お前本当に何ともないのか!?」
まずアロアが僕の腕を掴み、次いでランドが僕の肩を揺さぶる。その拍子に剣を手から放してしまい、するといつものように剣は元の腕輪に戻った。
「大丈夫だよ。エンドラにやられた傷が痛むけど、それぐらいかな」
「……驚いたな。ただの魔導遺物ではないとは思っていたが、まさかその腕輪が伝説の『神殺し』だったとは……」
腕輪の姿に戻った『神殺し』をまじまじと見ながら、クラウスが呟く。僕自身、この腕輪がそんなに凄いものだなんて思ってもみなかった。
「あいつの光をガキーンて跳ね返すの、カッコ良かったな! エルナータもやってみたかったぞ!」
「駄目だよ。これは現代では、本当に僕にしか扱えないと思う」
「……リト、お前何者なんだ? まさか本当に英雄リトが現代に蘇ったとか……」
ランドを始め、皆が不思議そうな目で僕を見る。僕はそんな皆を見回し、こう答えた。
「……まだ、全部を思い出した訳じゃないんだ。僕にとって一番大事な記憶は、今も抜け落ちたままだから。けれど、もしかしたらっていうのはある。多分、僕の父さんは……」
「伏せろ、リト!」
その時突然サークさんに手を引かれ、僕は僕の体を掴んだままのアロアとランドを巻き込んで派手に前に倒れ込む。何事かと上を向いた僕が、その目で見たものは。
それは、一筋の黒い光。黒い光はさっきまで僕の体があった場所を、一直線に通り抜けていく。
その向こうにあるのは、サークさんの体。僕を引き倒した体勢のままのサークさんに、光から逃れる術はなく。
そして。
無情な黒い光は。
サークさんの胸を、真っ直ぐに貫いた。