第百十八話 神剣『神殺し』
「あれが……あのお方がアンジェラ様……」
女性を――アンジェラ神を見つめたアロアが呆然と呟く。他の皆も、初めて目にする実際の神様の姿に目を奪われているようだった。
けれど、僕だけは少し違った。彼女を目にした時に感じた、強烈な既視感。
僕は間違いなく、昔、この人に会っている。一方的なものではない、確かな繋がりを持って――!
「長かった……人間達との戦いに敗れ、死の床に就いて千年。私を蘇らせて下さった神々に報いる為にも……今度こそ! 忌々しいアンジェラをこの手で滅する!」
そう言って頭蓋骨を投げ捨てたエンドラが、指先をアンジェラ神の棺へと向ける。エンドラの行動にいち早く我を取り戻した僕は、剣を手にエンドラの元へと駆け出した!
「させるかあああああっ!!」
「ちいっ、邪魔をするな小僧!」
エンドラがこちらを振り向き、黒い光を棺ではなく僕に向かって放つ。僕が咄嗟に剣の刃でそれを受け止めると、貫通こそしなかったものの今まで刃こぼれ一つしなかった剣が光を受けた部分から音を立ててへし折れ、宙を舞った剣先だけが部分的に腕輪となり僕の元へ戻った。
「剣が!?」
「これぞ神から授かった新たな力! 例えそれが神の肉体であろうとも、触れた総てを破壊し尽くす『破滅の光』!」
狂気の笑みを浮かべ、エンドラが更に黒い光を放ち僕を襲う。けれどそれは僕に届く直前で見えない壁にぶつかり、その破壊と引き換えに防がれた。
「リトも、皆も、アンジェラ様も……誰も傷付けさせない!」
「アロア!」
「土の精霊よ、奴の足を奪え!」
「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
直後エンドラの足を土の塊が覆い、そこにクラウスの雷が放たれる。それにもエンドラは慌てる事なく、黒い光を真っ向から雷にぶつけた。
雷と黒い光が衝突し、互いを相殺し合う。それに僕らの視界が塞がれた僅かな隙を縫ってエンドラが瞬間移動で拘束を脱し、姿を消した。
「皆、後ろだ!」
サークさんのその声に後ろを振り向くと、エンドラの五本の指から一斉に黒い光が発射されたところだった。あの光は、同時に何本も撃てるのか……!
「くっ……土の精霊よ! あの光を防げ!」
「精霊達、頼む! とびきりでかい風をくれ!」
「アンジェラ様、力を貸して下さい……!」
即座にサークさんが大きな土の壁を作り、その上からランドが風の壁を張り、更にアロアがシールドを重ねる。土壁の向こうで衝突音が響き、次の瞬間には土煙を上げて土壁も風の壁もシールドも、総て粉々に吹き飛んでいた。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
その土煙が晴れないうちに、クラウスが二つの巨大な火球を続けざまに放つ。更にその後を追うようにエルナータが駆け出し、土煙の向こうにいるエンドラに連続攻撃を仕掛けるべく髪で二振りの刃を作り飛びかかった。
黒い光ももう間に合わない、誰もがそう思った。けれどエンドラは……素早く見覚えのある印を結ぶと、両手を前に突き出した。
「きゃうっ!」
火球とエルナータの体が、見えない何かにぶつかり弾き飛ばされる。その魔法を、僕らはよく知っていた。
「シールドの魔法!? どうして聖魔法をあなたが!」
「私は元々天空神ウルガルに仕えるシスター。これくらいの芸当はお手の物ですよ」
アロアの驚愕の声にエンドラはニヤリと笑うと、そのまま前に突き出した十本の指総てから黒い光をバラバラの方向に放つ。その総てを防ぎ切る事は出来ないと判断した僕らは、防御を捨て回避に専念する事にする。
「くっ!」
高速で迫る光を完全にはかわしきれず、光の掠めた肩や腿の肉が抉れて血が噴き出す。心配だったアロアは地面に伏せる事で難を逃れ、一番エンドラの側にいたエルナータも髪の刃を光にもぎ取られながらも目立った怪我はなさそうだった。
「くそっ、迂闊にゃ近付けねえ、遠距離攻撃もシールドで防がれる……このままじゃジリ貧だ!」
僕と同じく光をかわしきれなかったのか、左腕に出来た傷を右手で押さえながらランドが顔を歪める。確かにエンドラは攻守共に隙がなく、今まで戦った誰よりも強い。
けれどここで諦めたら、アンジェラ神を死なせてしまったら……今もこうしてエンドラに力を貸し続けている神々に対抗する術は、完全になくなってしまう。それだけは、避けなければならない……!
「ふふっ、どれだけ足掻こうと無意味。誰もこの『破滅の光』からは逃げられはしない。『破滅の光』と同じように総てを断ち切る力を持つ神の剣、裏切り者リトが持ち逃げしたまま今はどこにあるのか解らないあの『神殺し』でもない限り!」
そう言ってエンドラが、再度十本の黒い光で僕らを攻撃する。何とかその合間を縫ってエンドラに接近しようと試みるけど、攻撃が速すぎて結局また回避に専念せざるを得ない。
エンドラは瞬間移動やシールドでの回避や防御には長けるものの、攻撃面は『破壊の光』に頼りきりであるように思える。何とかあの光で対応出来ないほど近くに行く事が出来れば、勝機があるかもしれないのに……!
『――、最後にこれをお前に託す』
その時、脳裏に声が響いた。とても懐かしくいとおしい……大好きな父さんの声。
『もしも時が来たら、こう唱えろ。大丈夫、私の息子であるお前なら扱える筈だ。いいか、忘れるなよ――』
折れた剣の柄を、両手で強く握り締める。そして僕は溢れ出る記憶の望むままに、その言葉を口にする。
『――我が声に応え、総てを消し去れ、光よ』
「我が声に応え、総てを消し去れ――光よ!」
瞬間、僕の掌から激しい光が溢れ出した。その光は辺り一面を眩しく照らし、まるで太陽のように強く輝く。
「なっ……この光は、この輝きはまさか……!?」
初めて聞く、動揺したエンドラの声。その声に反応するように、やがて光は一本の束に収束していく。
現れたのは、光り輝く美しい刀身。熱くもなく冷たくもなく、ただ総てを照らし出すかのような光を放つ刃を見てエンドラが叫ぶ。
「何故だ! 何故それがここにある! 神剣『神殺し』がっ!!」
それに答える代わりに、僕は、剣の柄をしっかりと握り直しエンドラを見据えた。