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蒼月の交響曲  作者: 由希
第三章 世界の決断
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第百十五話 記憶の胎動

 悪魔もどきと化していたグランドラ兵達に翼が生えた……それは恐らく、更に悪魔化が進んでしまったという事。悪魔の事を知らない宰相さんや他の騎士達は、その報告にすっかり気が動転してしまっていた。


「ば、馬鹿な! 人間の背から翼が生えるなどと……!」

「グランドラは魔物を操ると聞く。それと見間違えたのではないのか!?」

「いいえ確かに見ました! 鎧を突き破るようにしてグランドラ兵の背中から突如翼が生え始め、堀を渡って……!」


 自身の発言を疑われた入ってきた騎士が、声を上げて反論する。それでも落ち着かない辺りを鎮めたのは、王様の静かな一言だった。


「……静まれ、皆の者。今重要であるのは、相手が何者かではあるまい。……跳ね橋は、確かに下ろされたのだな?」

「は、はっ。跳ね橋が下りた事により、敵兵が正門を現在攻撃中。突破されるのは時間の問題かと思われます!」


 入ってきた騎士は王様の問いに我を取り戻し、続けてそう報告した。それを聞いた王様はゆっくりと玉座から立ち上がり、堂々とした態度で命令を下す。


「民をこの玉座の間に移動させ、戦える者を大広間へと集めさせよ。民は国の宝である。例え王家が失われようと、民さえ残っているのならばそこに国は在り続ける。命懸けてでも、罪なき民の命だけは守り抜くのだ!」

「滅多な事を言わないで下さい、陛下! 陛下も民達と共にここに……!」


 宰相さんはそう言うけど、王様は首を小さく横に振る。そして、その目を僕の方に向けた。


「私にはやるべき事がある。……そこの蒼い目の少年よ、名を何と言う?」

「えっ……り、リトと言います」

「かつての英雄と同じ名か……不思議だな。そなたとは初めて会った気がしないのだよ。ずっと昔、私が産まれるよりもっと昔から知っていたような、そんな奇妙な懐かしさがある。今この時、そんなそなたと出会ったのは大地母神アンジェラのお導きによるものかもしれん。……ついてこい。『封印の間』まで、私がそなたらを直接案内しよう」

「陛下!」


 その言葉に、宰相さん達は今度こそ咎めるように身を前に乗り出した。それでも王様は、意志を違える事はない。


「我がレムリア王家は元はと言えば、『封印の間』を守護する事をアンジェラ教本神殿より命ぜられた騎士の一族に端を発する。『封印の間』が狙われていると言うのであれば、それを守る為に立つのが王家の血筋に産まれた者として当然の使命」

「ですが!」

「……解りました。陛下の望む通りに致しましょう」

「レジーナ殿!」


 堂々巡りになりそうな議論に、終わりを告げたのはレジーナさんだった。レジーナさんは王様の前に立つと、毅然とした態度で続けた。


「但し陛下お一人で案内されるのは危険すぎます。こちらからハワードを付けさせましょう。ハワードは武術の他、玉魔法の優れた使い手でもあります。きっと陛下の御身をお守りする事でしょう」

「ハワード殿か。ご老体に無理をさせる事にはなるが、ハワード殿についてきて貰えるとなれば頼もしい限りだ。こちらからもお願いしたい」

「かしこまりました。このハワード、命に替えても陛下達をお守り致しましょう」


 僕らの後ろからハワードさんが歩み出て、恭しく礼をする。それに頷き返すと、レジーナさんは僕らを大きく見回した。


「民達は私とこの国に残った冒険者達、それから生き残りの騎士や兵士達で守る。かつて戦場で『不死身のレジーナ』と呼ばれた我が名において、必ずや民達に手出しはさせぬと誓おう。だから諸君らも、後ろの事は気にせず全力でやれ。エンプティに『封印の間』を開けさせるな!」

「はい!」


 僕らはそれに、力強く頷き返す。宰相さん達はまだ何か言いたいようだったけど、それ以上は何も言ってくる事はなかった。


「それでは参ろう。『封印の間』までの通路が発見されてしまう前に」


 剣を腰に下げ、皆を先導して玉座の間を出る王様の跡を僕らは遅れないように追った。



 大広間を出ると、王様は階段を一階分だけ降り後はその階の奥に向かって進んでいく。地下と言うからにはてっきり地下室に向かうのだと思っていた僕は、意外さに目を丸くする。


「なあなあ、階段を降りないのか? エルナータ知ってるぞ、地下って地面の下の事だ!」


 同じ事を疑問に思ったらしいエルナータが、臆する事もなく素直に王様に疑問を投げ掛ける。王様はこんな時でも元気さを失わないエルナータに小さく微笑み返した後、前に向き直り答えた。


「『封印の間』は地下にあるが、階段からは行けぬ。この城の隠し部屋にある、転送陣を使ってのみ行き来が可能なのだ」

「転送陣?」

「魔導遺物が作られたのと同じ時代にあったという、離れている場所同士を繋ぎ瞬時に行き来が出来るようにしたものだ。すでに壊れて使用不能になったものなら古代遺跡から発見されているが、まさか未だに稼働しているものが存在しているとはな……」


 アロアの質問にクラウスが答えた瞬間、微かに頭にノイズが走る。僕の頭に、断片的な映像が流れ込む――。


『僕も共に戦います、――!』


 破壊の音と、血の臭いがする。僕は目の前の誰かに、強くすがり付く。

 誰だろう。誰だった? どうしても、顔を思い出す事が出来ない。


『駄目だ、お前の務めを忘れたか。この転送を中断してしまえば、総てが無駄になる!』

『ですが!』


 その時、目の前の誰かが僕を強く突き飛ばす。僕は大きくよろめいて……転送陣の真ん中に倒れ込む。

 転送陣が輝き始める。転送が始まったのだ。もう間に合わないと知りながら、僕は陣の外に必死で手を伸ばす――。


『――様を救え。それはお前にしか出来ない事だ。頼んだぞ!』

『待って下さい、お願いです――父さん!』


 そこで、映像は終わる。ほんの一瞬の間なのに、まるで何時間も見ていたかのような錯覚が動悸と共に訪れる。


「……リト? 何だか顔色が悪いわ。どうしたの?」


 僕の様子に気付いたアロアが、背中を擦ってくれながら問いかける。皆も一旦足を止め、心配そうに僕を見ていた。


「……何でもない。少し疲れが出ただけさ。まだ十分戦える」

「そう……大事な時なのは解るけど、無茶はしないで。私には傷は癒せても、疲れは癒せないから……」


 背中から手を離し、ブレスレットを握り締めながらアロアが言う。僕がそれに笑みを作って返すと、誰からともなしに皆がまた動き始めた。

 ……階下が騒がしくなったのが解る。遂に正門が破壊され、グランドラ兵達が場内に入り込んできたのだろう。

 それを遠くに聞きながら、さっきの記憶の断片の意味を考えてみる。それは本当に断片でしかなかったけど、一つだけ、強く確信した事がある。


 ――僕は、この城に眠る何か・・を守る為に今この場所にいるのだと。

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