第百十四話 封印の間
「お二人は、どうしてレムリアに残ったんですか?」
城内の人や避難した街の人達が集まっているという大広間への道すがら、僕はジョシュアさんとリンダさんに聞いてみる。するとこれがこの人の癖なのだろう、ジョシュアさんがあくまで軽い感じで答えた。
「俺らここの支部長のレジーナさんにゃ昔世話になってな。戦場に行くのは御免だが、それ以外でなら何か力になれるかってな。な、リンダ」
「ええ。レジーナ支部長の元で国内に入り込んでたグランドラの間者の動きに対処してたんだけど……急にグランドラの進軍速度が上がって、結局逃げそびれてこうしてお城の防衛をやる事になったっていう訳」
「あーあ、グランドラ兵の奴ら急所に矢を一発撃ち込んだぐらいじゃ倒れやしねえ化け物ぶりだし、俺らも恩義がどうのっつってないでとっととずらかりゃ良かったかな」
「あら、そう言って住人の避難が完了するまで一番率先して戦ってたのは誰だったかしら?」
相変わらず仲が良さげな二人の会話に、少し緊張が解れる。もしかしたらこの二人は、単なる仕事のパートナーという以上の間柄なのかもしれない。
「城にはどれくらいの人が避難してるんすか?」
「街の西側を中心とした、このフェンデルに残っていた住人の大半が避難したと思うわ。中にはどうせ死ぬなら家で死にたいと言って、頑なに避難を拒んだ人達もいたけど……」
続いてのランドの質問に、リンダさんがそう言って顔を曇らせる。その人達が今頃どうなったのか……考えるだけで、重い気分になった。
「そっか。……おやっさん、ちゃんと避難してくれてりゃいいけど……」
「着いたぜ。まずは俺らがレジーナさんにお前らの事を報告してくるから、ちょっと待っててくれ」
ランドも不安げな顔になる中、大扉の前でジョシュアさんとリンダさんが立ち止まる。そして大扉を開け、人がひしめき合う中に二人入っていった。
「こんなに沢山の人が、避難せざるを得なくなったのね……」
腕のブレスレットを固く握りながら、アロアが悲しげに呟く。そのまま暫く、僕らが誰か来るのを待っていると。
「お前達、戻ってきたのか!」
人を掻き分け、銀色の短髪の女性と白髪頭の男性が現れた。それは久し振りに見る、冒険者ギルドレムリア支部の支部長レジーナさんと副支部長ハワードさんの姿だった。
「来たか、レジーナ支部長」
「グランドラ国王には会えたのか? あの兵士達の姿は一体何だ?」
疑問が尽きないように、レジーナさんが矢継ぎ早に言葉を投げ掛ける。僕らはそれに、一つずつしっかりと答えていった。
「国王には無事会えました。紆余曲折はありましたけど、国王はレムリアから兵を引く事を約束してくれました。今グランドラの兵は、宰相エンプティの独断で動かされています。……エンプティは兵達に、何らかの手を加えたようです。それであんな、理性のない悪魔もどきに……」
「宰相か……その宰相は一体何者なんだ? 人間をただ洗脳するだけではなく、不完全とは言え悪魔に変えてしまうなど……」
「解りません。一体どんな方法を使ったのか……」
「レジーナ支部長、ちょっといいか。そのエンプティがレムリアを攻める理由について、フェイル王に直接聞きたい事がある。忙しい時なのは解っているが、今すぐフェイル王に取り次ぎを願えないだろうか?」
その報告の途中で、サークさんがそう言葉を挟む。そうだ……『大いなる力』の在処について、王様に心当たりを聞かなきゃならないんだ。
「王にか? ……ふむ、諸君らの事は信用しているつもりではあるが……」
「お願いします、レジーナさん。世界の命運が懸かってるんです!」
僕がそう頭を下げると、レジーナさんの肩がぴくりと動いた。そして僕の肩に手を置き、顔を上げさせる。
「世界の命運とは、また大きく出たものだな、リト。理由は聞かせて貰えるのだろうな?」
「はい。エンプティはこの城のどこかに眠る、『大いなる力』というものを消し去ろうとしています。もし『大いなる力』が失われれば、世界は……滅びます」
「……」
今度は真っ直ぐにレジーナさんの目を見て言い切ると、レジーナさんは僕の心の内まで見透かそうとするかのようにじっと目を見返してきた。暫くそうして見つめ合った後……先に口を開いたのは、レジーナさんの方だった。
「……どうやら、伊達や酔狂で言っている訳ではなさそうだ。いいだろう。陛下に話はする。しかし必ず会えるとは限らんぞ」
「それでも構いません……お願いします!」
レジーナさんが頷き返し、無言で僕らについてくるよう促す。僕らはレジーナさんの後に続き、人混みの中玉座の間を目指して進んでいった。
玉座の間の前まで来ると、先にレジーナさんだけが中に入り僕らはハワードさんと共に残される。そのまま少し待つと、一人の騎士が出てきて「入れ」と僕らを招き入れた。
ハワードさんを最後尾に、玉座の間へと入る。グランドラのそれより明るく見晴らしのいい玉座の間の奥には、玉座に座る口髭を生やした壮年の男性とその横に立つレジーナさんの姿があった。
「王、この者達が今回の件、特使を務め上げし冒険者達です」
まずはクラウスとサークさんが跪いて礼を取り、僕らがそれに続いて見よう見まねで跪くと王様はゆっくりと僕らを見回した。そして右手を小さく上げ、深みのある低い声で言葉を紡ぐ。
「跪かなくても良い。私がレムリア国王フェイル・ミリエッタ・レムリアだ。そなたらは私に、緊急の用があって来たのであろう?」
「はい。恐れながら陛下に急ぎ報告する事があり、こうして謁見の場を用意して頂きました。まずはこれをご覧下さい」
王様の言葉に姿勢を正すと、サークさんがグランドラの紋章が入った銀時計を見せる。その瞬間、辺りが大きくどよめいた。
「……グランドラ王家の紋章。エンデュミオン王と謁見したのだな」
「はい。それにより此度の戦争を仕組んだのは、グランドラ宰相エンプティだと判明しました。そしてエンプティの望みは、この城のどこかにあるという『大いなる力』だという話です」
「『大いなる力』……?」
「それがこの世から消えてしまえば、この世界は滅んでしまいます。王様、何でもいいんです、ご存知な事はありませんか!?」
サークさんの言葉に重ねて僕が言うと、王様は何かを考えるように顎を擦った。そしてざわめきが治まらない中、やがてぽつりと呟く。
「……『封印の間』」
「陛下! いけません、それは我が国でも限られた者しか知らない秘密……!」
レジーナさんの反対側に立っていた宰相らしき人が、慌てて王様を止めようとする。けれど王様は、その言葉にゆっくりと首を横に振った。
「今はこのレムリアの一大事。体面を気にしている場合ではあるまい。……冒険者達よ、この城の地下深くにいかなる手段をもってしても開けられぬ石の扉がある。その場所は『封印の間』と呼ばれ、王族とそれに連なる者にしか存在を知らされず今日まで秘匿され続けてきた……もしもそのエンプティとやらが『封印の間』の存在を知り、更に扉を開ける方法をも見つけ出したのであれば……」
「その場所にエンプティの求めるものが、『大いなる力』がある……!」
僕らはそれぞれ、お互いの顔を見合わせる。ならそこに先に辿り着き、エンプティが扉を開けるのを阻止しなければ……!
「その『フーインの間』ってどうやって行くんだ?」
「これ娘、陛下に向かって無礼な……!」
「良い。『封印の間』に辿り着くには……」
「陛下! 大変です!」
その時、突然背後の扉が乱暴に開かれ騎士が一人中に入ってきた。……その血相の変わった色に、とても嫌な予感がする。
「控えろ! 陛下の御前である!」
「も、申し訳ありません! しかし、緊急事態なのです! ……グランドラ兵の何人かの背からつっ……翼が生え、堀を飛び越えて正門に繋がる跳ね橋を下ろしました!」
「何だと!?」
辺りが一層騒然とする中、僕の脳裏にはエンプティのあの嫌な笑みが張り付いていた。