第百十三話 決死のダイビング
「いやっ! いやいやいや流石に無理でしょそれは!」
顔を青くして、ランドがぶんぶんと首を横にする。それにもサークさんは、表情を変えずに言った。
「ああ、目測を誤れば運が良くて大怪我、下手すりゃ死ぬな。だから命を懸ける覚悟があるならと言ったんだ」
「エルナータ、やる! びゅーんって飛んでくの、絶対楽しい!」
ただ一人エルナータが、まるで馬車にでも乗るような気軽さで笑って頷く。楽しいかどうかは別として……どうやら、僕も覚悟を決めないといけないようだ。
「……お願いします。エンプティが『大いなる力』の元へ辿り着くのは、絶対に阻止しなきゃならない!」
「ああ。ここまで来ておいて立ち往生では意味がない。城内の者に一刻も早く喚起を促さねば」
僕に続き、クラウスもそう言ってサークさんの策に乗る。それを聞いて、アロアも決心の表情を浮かべ顔を上げた。
「私も行きます。どこまで皆の力になれるか解らないけど……それでもじっとしてなんていられないから!」
「……ああもう、結局こうなるのかよ! 俺も行くよ、ここで一人置いてかれるなんて色んな意味で堪ったもんじゃねえ!」
最後にランドが観念したように言い、僕らの取る行動は決まった。僕らは馬から降りるとバルコニーに一番近くなるように位置を取り、風の力で飛んでいくのに備える。
「最初はエルナータがやるぞ。絶対エルナータだからな!」
「エルナータの頑丈さと身軽さがあれば多少力加減を誤っても何とかなりそうだし、後の調整もしやすいか……よし、先陣は任せたぞ、エルナータ」
「ああ!」
エルナータが最初に堀の縁に立ち、サークさんがその後ろに付く。そして精霊語を唱え大人の風の精霊を呼び出すと、命令を下した。
「風の精霊よ! この子を向こう岸のバルコニーまでぶっ飛ばしてくんな!」
すると風が足元を抜けて吹き、エルナータの下に集まり出す。直後、下から吹き上げる猛烈な突風がエルナータの体を空高く吹き飛ばした!
「おおおおお、凄い! エルナータ、自分だけで飛んでるぞ!」
はしゃぐエルナータの体が堀を飛び越え、やがてバルコニーまで届く。そこでエルナータの体は下降を始め、窓を突き破りながら中に転がり込むような形でそのまま城内へと入っていった。
「少し強すぎたが、まあ、届いただけ上出来か。次は?」
「僕が行く。あのチビを抑えておかねば、一人で突っ走りかねんからな」
次にクラウスが進み出て、同じように突風で飛ばされていく。エルナータより体重がある為か、その体はエルナータとは違いバルコニーをギリギリで越えた所で着地した。
「こういうのはさっさとやっちまった方がいいよな……次は俺で! ちょい強めでお願いします!」
「確かに俺の次に重いのはお前だからな……解った。もしもの時はダガーで微調整してくれ」
そしてランドも飛んでいき、強めにという言葉通り今度はバルコニーの中程に倒れながら着地した。残りは僕とアロア、そしてサークさんだ。
「先に僕が行くよ。それで、後から来たアロアを受け止める」
「ありがとう。それじゃあ、お願いするね」
「うん。サークさん、お願いします」
堀の縁に立ち、じっと風を待つ。足元に風が渦巻き始めるのを感じたかと思うと、直後、何かが爆発したような衝撃が僕の体を上空へと押し上げた!
「……っ!」
舌を噛まないよう歯を食い縛り、空気を切り裂いていく感覚に身を任せる。下に目を遣ると遠くに見える地面があっという間に流れていき、その光景に思わずドラゴンの背に乗った時の事を思い出した。
やがて急激に高度が落ちていき、空中飛行の終わりを告げる。僕の体はバルコニーの奥まった場所に落ち、足に強い痛みと重みがのし掛かるのを感じながらもどうにか倒れる事なく着地する事が出来た。
「来たな、リト! 後はアロアちゃんとサークさんか」
「うん、ちょっと待ってて。アロアを受け止めに行くから」
先に城内に入っていたランド達にそう告げると、僕は振り返りバルコニーの縁まで近付く。遠目に今も赤々と燃え盛る街と、堀の前にいるアロアとサークさんの姿が見える。
二人に手を振り合図をすると、サークさんが頷きアロアの後ろに立った。そしてアロアの体が宙に舞い、ぐんぐんとこちらに接近してくる。
僕は少しずつ後ろに下がり、アロアとの距離を測る。そして僕に向かって落ちてくるアロアを、両手を広げて抱き止めた。
「きゃっ!」
飛んできたアロアの勢いを殺し切れず、僕はアロアを抱いたまま後ろに倒れてしまう。僕らは重なった形で床を滑り、そのまま城内まで入り込む。
「いたた……」
「り、リト、大丈夫!?」
「大丈夫、ちょっと強く尻餅を着いただけ……」
急いで僕の上から身を起こしながら、アロアが心配そうに見下ろしてくる。僕は強打した腰の辺りを軽く擦りながら、何とか笑みを作って答える。
「ふう……この方法で空を飛んだのは十八年ぶりだが、上手くいって良かったぜ。……お楽しみ中悪いがアロア、リトの上から退いてやっちゃどうだ?」
「!!」
そこに後からやってきたサークさんが、軽々とバルコニーに着地しながら僕らに声をかけてくる。アロアは一気に真っ赤になって、すぐに立ち上がると僕から離れた。
「ごっ、ごめんねリト! 気付かなくて……」
「気にしないで、アロア。それより早く城内の人達を探そう」
僕もまた立ち上がり、中の様子を改めて見回す。僕らの入り込んだ場所は広い客間になっていて、大きなベッドが二つ並びクローゼットや鏡台などの高そうな家具が置かれていた。
エルナータが壊した窓の向かいには入口の扉が一つ。ここから部屋を出ようかと、僕らが扉に近付いた時。
「動くな!」
突然二つの影が扉を開け、部屋の中に雪崩れ込んできた。一人はメイスを持った金髪の長い髪を後ろで一つに結った神官戦士風の女性。もう一人はその後ろで矢をつがえる、赤茶色の髪を短く切った軽薄そうな顔の青年だった。
どうやら兵士じゃなく、城の警護を依頼されたか何かした冒険者の類らしい。二人は油断なく僕らに目を凝らし、厳しい顔で言う。
「あなた達、何者!? 外の連中とは様子が違うみたいだけど」
「もしグランドラの手の奴らだったら、順番に射抜いて……ってあれ……?」
不意に、青年の方が何かに気付いたように言葉を止める。その目は……何故か、僕に注がれていた。
「お前……リト! それにアロアもいるじゃねえか! ほら、覚えてねえか? 一緒にギルドの仕事でタンザ村の調査に行った……」
「あ! ジョシュアさんとリンダさん!?」
そう声を上げたアロアに、僕の方も記憶が蘇った。そうだ……あの時一緒に組んだ、三人の冒険者のうち二人だ!
「やだ、本当……あなた達、何でこんな所にいるの!? ずっと姿を見なかったから、てっきりレムリアを出たものだとばっかり……」
身構えていたリンダさんが武器を下ろし、僕とアロアの顔を交互に見る。僕らの代わりにサークさんが前に歩み出、荷物袋からレムリアの紋章が入った方の銀時計を取り出す。
「俺達はレムリア王からの勅命で、暫くこの国を離れていた。王に重大な報告がある。良ければ、王の元まで案内してくれないか?」
「……うーん、これは確かにレムリア王家の紋章……いいわ。今皆のところに案内してあげる」
「まさかリト達とこんな形で再会するとはなあ。ベルジオさんが聞いたら驚くぜ、あの人もこの国に残ってるんだ」
リンダさんが銀時計をまじまじと見ながら頷き、ジョシュアさんも弓を下ろして気さくな笑みを見せる。そして僕らは二人の案内に従い、廊下へと出たのだった。