第百七話 大広間の死闘
通路にギルマン達と戦うジノさんを残し、ギルマン達の注意が逸れている間に鉄の梯子を昇る。地上に出ると時刻は夕暮れ時になっていて、夕日に照らされた誰もいない裏庭が目に入った。
「急いで国王を探さないと……でもどこにいるのかしら?」
「可能性が高いのは玉座だな。城を上に上がっていけば辿り着く筈だ」
アロアの疑問に答えながら、サークさんが素早く辺りに目を配る。そして一点を見つめ、そこから目を逸らさずに言った。
「あの入口まで一気に駆け抜ける。念の為精霊に頼んで音も消させよう」
サークさんの見つめる方向には、城内に通じる扉があった。間も無く子供の精霊が呼び出され足音が鳴らなくなると、僕らは走ってその扉まで近付きそっと押し開けた。
広い廊下には、誰の姿もない。空間の静けさは、この城には誰もいないと錯覚させるほどだ。
音を遮断されているという事は、会話も出来ないという事。僕らは目配せと手の動きで進む方向を定めると、左右に長く続く廊下を右に走り出した。
途中誰ともすれ違う事なく廊下を巡り、階段を見つけて昇る。あまりの警備の手薄さにどこかに何らかの罠が隠されているのではないかと不安になったけど、それでも僕らは先に進むしかなかった。
何度も階段を見つけ、昇り、やがて僕らは玉座の間に続くと思われる扉が見える大広間まで来た。辺りには相変わらず、人の気配がない。
エルナータがやる気満々に肩をぶんぶんと回し、扉に突進しようとする。けれどその肩をランドがぐい、と引っ張り引き止めた。
不満げな顔で振り返るエルナータに構わず、ランドがおもむろにダガーを抜き風の刃を方々に放った。するとそれに反応するように、天井から床に向かって刃物の雨が降り注いだ。
「――気付いたか。まあ、所詮は即席の罠。元より期待はしていなかったが」
何の気配もしなかった筈の大広間から、そんな冷たい女の声がする。それを皮切りに、柱の陰から貧民街で戦ったのと同じ黒い外套の刺客達がぱらぱらと姿を現した。
「もう音を消すのは無意味だな。やけに城内が手薄だったのは、ここで一気に俺達を仕留める為か」
「ただの兵如き、何人いたところで貴様らは殺せまい? ここなら我らも本気を出せる。先程のようにいくと思うな」
刺客達の中でも一際目立つ、黒髪を頭の上で一つに束ね鳶色の目の口元を布で覆った女が言う。恐らくあの女が、刺客達のリーダーなのだろう。
「……油断はするなよ。さっきの戦いで俺達の実力を見ている上で、向こうはここでなら勝てると踏んだ。何らかの仕込みは絶対にある筈だ」
小声で僕らに囁くサークさんに、小さく頷き返す。相手が何を企んでいても、絶対に負ける訳にはいかない!
「それでは一気に片を付けるとするか。『我が内に眠る力よ、疾風に変わりて敵を撃て』!」
「何!?」
女が僕らに手をかざしそう唱えると、無数の風の刃が飛び出しこちらへと向かってくる。向こうは……クラウスと同じ魔法使い!
「くそっ!」
咄嗟にサークさんが精霊を呼んで風の壁を張り、その一撃を防ぐ。けれど同時に配下の刺客達が二人飛び出し、精霊を呼び出した直後のサークさんに斬りかかった!
「させるか! 煌めけ、剣よ!」
「お前達の相手はエルナータだ!」
僕とエルナータがすぐにサークさんの前に飛び出して、曲刀をそれぞれ受け止める。けれど相手の猛攻は、これで終わりではなかった。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
「!?」
今度は別の刺客が放った火球が、味方ごと僕とエルナータを焼こうと迫ってきたのだ。曲刀の攻撃を捌いている僕らに、逃れる術はない……!
「間に合って!」
そこにアロアの声が飛び、すんでのところで二つの火球はシールドに阻まれた。サークさんが弾ける火の粉の合間を抜い、リーダーの女へと接近していく。
「あんたが一番手強そうなんでな、先に片付けさせて貰う!」
「『竜斬り』か。最も厄介な貴様が私にかかりきりになってくれるならこちらも都合がいい」
始まった二人の剣戟を横目で見ながら、僕は目の前の刺客の刃を押し返す。そうしていると横から、クラウスの鋭い声が飛んだ。
「リト、チビ、巻き込まれるなよ! 『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」
その声を聞き、僕とエルナータは反射的に後ろに飛びのく。直後、目の前に走った雷の束が二人の刺客を飲み込んでいった。
「くそっ、『我が内に……』」
「そう何度もやらせるかよ!」
慌てて詠唱を始める後方の刺客の一人に、ランドが風の刃を飛ばす。詠唱を中断しそれを必死で横に飛び交わす刺客の着地点に、僕は走って先に辿り着いていた。
「はあああっ!」
体勢を整えきらない刺客の体を、袈裟斬りに切り捨てる。そこにまた二人の刺客が襲い掛かってくるけど僕は右手に自分の剣、左手に拾った倒した刺客の曲刀を持ち一瞬だけ双方の刃を受け止め、僅かな硬直の隙に身を屈めて二人同時に足払いを見舞った。
二人が足を取られ、体勢を崩す。そこで僕は横に転がって背後に近付いて来ていたエルナータと入れ違いになり、エルナータが二人の胸に髪の刃を突き立てた。
「「『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』!」」
そこにほぼ同時に、刺客の声とクラウスの声がする。放たれた二本の雷は片方が僕とエルナータに向かって伸び、もう片方がその雷に横からぶつかり軌道を僕らからそらした。
「もいっちょおっ!」
魔法を放った体勢のままの刺客に、ランドの風の刃が飛ぶ。それは刺客の腹を切り裂き、その場に昏倒させた。
「くっ……どこに行った!」
不意に、焦ったようなサークさんの声が聞こえる。その声にサークさんの方を見ると、サークさんと斬り合っていた筈のリーダーの女の姿が見えなかった。
「……そろそろ、回復役くらいは潰させて貰おう」
その声に、ハッと振り向く。するとアロアの背後に、いつの間にかリーダーの女が回り込んでいた!
「ちいっ!」
最もアロアの近くにいたクラウスが、女の刃がアロアを上から切り裂くその寸前にアロアの手を引き位置を入れ替わる。刃はクラウスの帽子の鍔に当たった事で軌道が逸れ、帽子を落としローブを切り裂くだけに留まった。
「……エンデュミオン様!?」
露になったクラウスの顔を見て、女の動きが一瞬止まる。その隙を見逃さず、クラウスが杖の柄で女のみぞおちを激しく突いた。
「ぐふっ!」
クラウスの一撃に耐え切れず、女が膝を突く。曲刀を離さないまま踞った女を、クラウスは顎を思い切り蹴り上げて吹き飛ばした。
「マルモ様!」
数少なくなった生き残りの刺客達が、初めて動揺した声を上げる。クラウスはそのままアロアを庇うように柱を背にし、僕らもまたそれを守るようにその周りに集まった。
「……その顔立ち……こちらの魔法を掻き消すほどの魔力……何もかも、あのお方に似ている……」
蹴られた顎を押さえながら、のろのろと女が立ち上がる。その目はどこか、迷いの色を帯びていた。
「答えろ、魔法使い。……貴様は一体何者だ?」
女の問いにクラウスは一瞬迷うような表情になったけど、すぐにローブの袖を捲り右肩の痣を女に見せた。女は目を見開き、食い入るようにクラウスの痣を見つめる。
「その痣は……まさか……!」
「僕の名はクラウディオ・アルペトラ・グランドラ。グランドラ国王エンデュミオンの、実の弟だ」
「クラウディオ……エンデュミオン様が昔言っていた、産まれてすぐに死んだ弟……まさか、生きていたなんて……!」
女の手から、からんと音を立てて曲刀が落ちた。他の刺客達はリーダーのそんな姿に戸惑いながらも、じりじりと僕らとの距離を詰めてくる。
「止めろ、お前達! そのお方に手を出す事は、私が許さん!」
「……どうやら、僕の事を知っている様子だな」
警戒は解かないまま、クラウスが女に問い掛ける。女はその場に跪くと、頭を下げて言った。
「お願いします! エンデュミオン様を救って下さい! あなたならば……エンデュミオン様を止められるかもしれない!」
今までとうってかわったその様子に、僕らの顔には困惑の色が浮かんでいた。