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蒼月の交響曲  作者: 由希
第三章 世界の決断
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第百四話 ジノ・クルーレを探せ

 アウスバッハ領を出た僕らは夜を撤して歩き、辿り着いた町の宿屋で束の間の休息を得た。そしてそれから三日後、遂に僕らは王都サルトルートへと辿り着いた。


「王都だっていうのに、あまり賑わってないんですね。フェンデルは端から端まで賑やかって感じだったのに」


 人通りの少ない大通りを歩きながら、僕はフードを目深に被ったサークさんを振り返る。他の皆はともかくエルフのサークさんは嫌でも目立つ為、せめてエルフである事は隠そうとアウスバッハ領を出てからは表を歩く時は常にフードを被るようにしたのだ。


「他の町や村と一緒で、多くは兵隊に取られたんだろうな。すれ違うのも女ばかりだ」

「それで、どこでジノ・クルーレの情報収集をするんすか? まさか手当たり次第に嗅ぎ回る訳にもいかないし……」


 辺りを見回しながら、ランドがそうぼやきぼりぼりと頭を掻く。サークさんに対してはまだ怒っている素振りを見せるものの、当の本人であるクラウスが自分を取り巻く状況を飲み込んだのに自分がいつまでも口を出すのは筋違いだと一旦は割り切る事に決めたらしい。


「……後ろ暗い情報を手に入れたいなら裏通り。そうだったな、サーク?」

「ああ、この街で言うなら貧民街がそれに当たるか。そこから情報を探るぞ」


 そのクラウスは、表向きは今までと変わらない風に振る舞っている。けれど本当は無理をしている事は、僕ら皆が解っていた。

 今のクラウスを動かしているのは、この戦争を止めるという使命感ただ一つだ。それが達成されてしまった時、クラウスが一体どうなってしまうのか……僕には怖くて、想像する事が出来なかった。


「貧民街……どんなところなのかしら……」

「まともな暮らしは期待出来ないところさ。レムリアは豊かな国だったからそういう場所はなかったが、大概の国には必ずあるもんだ。格差の果てに追いやられる、吹き溜まりのような場所がな」


 不安げなアロアに、フードの下で少し顔を歪めながらサークさんが言う。レムリア以外の国の現状を聞けば聞くほど、レムリアの平和さをしみじみと実感する。


「とりあえず……皆はぐれないようにした方が良さそうだね。アロアとエルナータは特に」

「ああ、エルナータには皆を守る役目があるからな!」


 僕の言葉にパンチをする真似をしだしたエルナータに、そうじゃないんだけどなと僕は心の中で苦笑した。



 貧民街の場所はすぐに解った。ひび割れた石畳から草が生え、窓や扉の壊れた建物が並び、道端では日の高いうちから酔っているのか酒瓶を抱えた男が踞っている……その場所だけまるで境界線が張られているように、僕には思えた。


「酒場を探そう。情報を集めるには一番いい場所だ」


 サークさんのその言葉に従い、通りに足を踏み入れた僕らは酒場を探し辺りを見回す。すると遠目に、それらしき看板が風に揺られているのが見えた。

 時折すれ違う住人達の好奇の目に晒されながら、酒場に入る。カウンター席では無精髭を生やした大柄な中年男が一人で酒を飲んでおり、テーブル席では人相の悪い集団が何かのゲームに興じていた。


「バーボンを」


 カウンター席に着いたサークさんが、バーテンダーに注文をする。スキンヘッドの厳ついバーテンダーは無言で僕らに視線を移し、注文を待つようにじっと見つめてきた。


「蒼い目の方には同じくバーボンを。娘と茶色い目の方には弱めのジンを頼む。金目は酒に弱くてガキは飲める歳じゃない。ミルクでもくれてやってくれ」


 僕らの代わりにサークさんが慣れた風に注文をし、バーテンダーがそれに頷き酒を用意し始める。ひとまず皆でカウンター席に並んだ僕らの前に、次々とお酒とミルクが置かれていった。

 これが酒場という場所での礼儀なのかと、仕方なく出されたお酒を喉に流し込む。お酒はいつも飲むエールと比べて味がせず、喉に焼け付くような感触だけを残していった。


「……何が聞きたい。こんな酒場にあんたらのような身なりのいい奴は似合わねえ。始めから情報が目当てなんだろう?」


 不意にカウンターで飲んでいた中年男が、僕らに声をかけてくる。その表情からは、上手く感情を読み取る事が出来ない。


「人を探している。どうしても早急にそいつと会いたくてね」

「へえ。名は?」

「ジノ・クルーレ。グランドラの元貴族さ」

「そいつに会ってどうするんだ?」

「それは本人にしか言えねえな。どうだ? もし居場所を知ってるってんなら好きなだけ奢るが」


 お酒を飲み交わしながら、サークさんと中年男が会話を進める。中年男はサークさんの質問に答えようとして……おもむろに、店の入口に目を遣った。

 僕らも釣られて入口を振り返る。すると上と下が空いた扉の向こうに佇む、真っ黒な外套を頭から被った集団が目に入った。


「……僕達は、尾けられていたようだ」


 顔色を変える事なくクラウスが呟くと同時に、黒い外套の集団が酒場の中に入ってくる。そして集団は僕らを見るや否や、黒い刀身の曲刀を鞘から抜き放った!


「ここなら魔法も使えず、楽に僕達を仕留められると思ったようだな。……ではそれが過ちであると、奴らに教えるとしようか」


 僕らは席を立ち、すぐに武器を構える。そしてクラウスが冷たい笑みを浮かべると、黒い外套の集団は一斉に僕らへと襲い掛かってきたのだった。



 相手の手の動きから目を離さず、黒い刃を剣で受け止める。直後に繰り出される蹴りを足でガードし、僅かに生まれた隙を突いて剣を翻し相手の脇腹の肉を抉り取った。


「うわわ、っとっ」


 その声に振り返ると、ランドが二人の敵の攻撃を必死にかわしているのが目に入った。反撃に移ろうにも、相手のコンビネーションが良く反撃の隙が突けないらしい。

 助けに入ろうとした僕の横から、別の敵が割り込み斬りかかってきた。咄嗟に曲刀を受け止める事が出来たものの、次々と打ち出される攻撃にランドから距離を離されてしまう。


「曲刀の攻撃を喰らうな! 恐らく毒が仕込んである!」


 喧騒の中、サークさんの声が響いてくる。僕はもう一度相手の動きを読む事に集中し、相手の腕が伸びきった瞬間に手に強い蹴りを入れて武器を落とさせた。


「アロア、これを適当に振り回して! そうすればこいつらもアロアに迂闊に近寄れない!」

「う、うん!」


 落ちた曲刀をすぐさまサークさんの背後にいるアロアの方に蹴り飛ばし、拾わせて持たせる。アロアがしっかりと曲刀を握ったのを確認すると、僕は武器を失った相手を強く蹴り付け入口まで吹き飛ばした。

 もう一度ランドの方を確認すると、クラウスがランドと敵の間に割り込み二対二の形に持っていっているのが見えた。それに少し安心しながら、僕は更にそれに加勢すべく床を強く蹴った。



 入り込んだ大半が死ぬか大怪我で戦闘不能になったところで、残りの黒い外套の集団はぱらぱらと酒場から逃げ出した。まだ息のある相手の胸ぐらを掴み、サークさんが凄みのある声で言う。


「……テメェらの仲間はあと何人いる? まさかこれで全部じゃねえだろ?」

「……」

「答えねえなら今から指を一本ずつ切り落とす。答えるんなら、傷を治療する事も考えてやる」


 そう言ったサークさんに、胸ぐらを掴まれた恐らく男はにやりと笑った。そして懐から何かの丸薬を取り出すと、素早く自分の口に放り込んだ。


「しまった、自害用の毒……!」


 すぐにサークさんが丸薬を吐き出させようとしたけど、遅かった。間も無く男は血を吐いて、そのまま動かなくなった。


「……徹底してるな。よっぽど今の陛下が恐ろしいか」


 一連の戦いを店の奥で傍観していた、中年男が言った。他の客はゲームを止め、全員隅っこで怯えている。


「何故グランドラ王がこ奴らを差し向けたと思った?」

「並の刺客なら、そこのフードの兄ちゃんの脅しにビビって全部ゲロっちまってるよ。今のこの国で追い詰められたら自害なんてするほどのプロ意識を持っているのは、国の中枢に関わってる奴しかいやしねえさ」

「……貴様、何者だ。ただの貧民街の酔っ払いにしては、国の内情に詳しすぎる」


 クラウスの問いに、中年男は伸ばしっ放しのボサボサな赤毛をくしゃくしゃと掻き乱した。そして、前髪の奥から銀の目を光らせこう答えた。


「俺の名前はジノ・クルーレ。……あんたらがお探しの男だよ」

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