表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼月の交響曲  作者: 由希
第三章 世界の決断
105/134

第百三話 重たき真実

 屋敷内は、あっという間に喧騒に包まれた。使用人や侍女と思われる人達が武装し、めいめいに外へと飛び出していく。


「父上、僕も戦います! アウスバッハの危機、嫡男たる僕が放って置く訳には参りません!」

「僕らも力を貸します! 皆で力を合わせれば、きっと魔物を退けられる筈です!」


 クラウスと僕は前に進み出、参戦の意を示す。けれどクラウスのお父さんは、厳しい表情のままこう言った。


「ならぬ。お前達は早急にこの領を離れ、サルトルートに向かうのだ」

「何故!」

「何故だと? 奴らの狙いが解らぬのか、クラウス」


 ぎらりと、鋭い視線をお父さんがクラウスに向ける。それに応えたのは、クラウスではなくサークさんだった。


「……これは足止めだ。アウスバッハ領を丸ごと利用したな。このタイミングまで奴らがアウスバッハに手を出さなかったのは俺達がいる時に領を攻めればお人好しの俺達が討伐に出向き、サルトルートへ向かう足が止まると予見しての事だ。奴らだって、いくら大量の魔物を使ったところで『竜斬り』や『竜殺し』を相手に本気でアウスバッハを攻め落とせるなんて考えちゃいない。時間さえ稼げればそれでいいのさ。自分達が、目的を達成させるまでの時間がな」

「その通りだ、サーク。お前達が戦列に加われば、奴らの思い通りになってしまう。奴らが今一番困るのは目的を達する前にお前達がサルトルートに辿り着き、陛下をどうにかする事のようだからな」

「だとしても! この領の人達を見捨てて行くなんて出来ません!」

「そうだぞ! エルナータ達も戦う!」


 二人の推理に、アロアとエルナータが声高に反論する。僕だって同じ気持ちだ。僕らのせいでこの領の人々が危険に曝されていると言うならば、尚更見捨ててなんか行けない……!


「いいえ、行って。行きなさい」


 そこにそう返したのは、クラウスのお母さんだった。さっきまでのにこやかな表情が嘘のように、その瞳は真剣に僕らを見つめていた。


「母上! でも!」

「胸騒ぎがするの。ここにあなた達を留まらせてはならない。私の胸騒ぎは外れた事がない。十八年前ドラゴンと戦う事になった、あの時もそうだった」


 追い縋るクラウスにも、お母さんは凛とした声で言い放った。その横顔をちらりと見ながら、クラウスのお父さんが続ける。


「サルトルートに着いたら、ジノ・クルーレという男を探せ。先代の王の時代に将軍を務めていたが、当時の王妃との不義を疑われて任を解かれ貴族の地位をも剥奪された男だ。昔何度か会ったが、少々斜に構えたところはあるものの国を思う気持ちは誰よりも強いと感じた。陛下も即位してすぐに改めて自分の配下として登用しようと何度も交渉したそうだが、総て断ったと聞く」

「そんな奴が、本当に俺達に協力するか?」

「可能性はある。……クラウスの身の上を明かせばな」


 サークさんの疑問に、お父さんはクラウスの方に目を向ける。そして、その衝撃的な一言を、言った。


「クラウス、お前と会うのはこれで最後になるかもしれぬ。それに今この事を知っておくのは、お前の目的の助けにもなろう。だから今、言っておく。……お前は、私とエレノアの本当の子供ではない」

「……え?」


 クラウスの動きが、完全に止まる。僕も今、何を言われたのか一瞬解らなかった。

 沈黙が、辺りを支配する。それを破ったのは……狼狽した、クラウスの声だった。


「うっ……嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! 僕が父上と母上の子供じゃないなんて、そんなっ……!」

「……十六年前の事だ。屋敷の前に、一人の女性が倒れていた。女性は子を身籠っており、当時同じように子を身籠っていたエレノアが熱心に看病をしたが一向に体調は回復せず、そのまま二人とも臨月を迎えた。しかしエレノアの子は死産……そして女性の方は男児を出産したが、そこまでが限界だった。女性は産まれた子を見て安心した笑みを浮かべると、そのまま息を引き取った」

「その子供がクラウス……だって言うんすか? そんな……」


 告げられた話に、呆然とした表情になるランドと僕。当のクラウスはと言えば顔がすっかり白くなり、青くなった唇が微かに震えていた。


「初めは、養子という形でその子を引き取ろうとした。しかし右肩の星型の痣を見て、私はその子が何者か気付いた。……気付いてしまった。だから私は死産したのは女性の子供の方という事にし、その子を実の子供として育てる事にしたのだ……」

「その痣は……何なんですか? どういう意味があるんですか……?」


 僕がそう質問すると、クラウスのお父さんは一瞬だけ言葉を詰まらせた。けれどすぐに、クラウスの方は見ないようにして口を開いた。


「星型の痣は、グランドラ王家の血を引く者の証。グランドラ建国の祖、魔導王ウェスベルグの血脈を示すもの。クラウス、お前の本当の名は……」


 そしてクラウスのお父さんは口にする。クラウスにとって、決定的な一言を。


「お前の本当の名は、クラウディオ・アルペトラ・グランドラ。グランドラ現国王、エンデュミオン・シルヴィア・グランドラの……腹違いの、弟だ」



 月明かりの中を、馬車が勢い良く駆けていく。辺りは静まり返り、幌の隙間からちらりと見える背後では何かが激しく燃え上がるような大きな灯りが揺れていた。

 僕らは結局クラウスのご両親の説得を受け入れ、用意して貰った馬車で急ぎアウスバッハ領を離れる事になった。領に残された人達の事は心配だったけど……僕が今それ以上に心配だったのは、クラウスの方だった。


「……」


 あれから、クラウスは一度も口を開かない。無理もないだろう。両親と実は血が繋がっていないだけでなく、敵対している相手が実の兄だと聞かされたのだ。僕だって、きっと冷静でなんていられない。


「……サークさんは知ってたんすか。クラウスの本当の生まれの事」


 ぽつり、俯いたままのランドが言った。サークさんもまた、ランドの方を見ないまま答える。


「知っていた。クラウスを預かる前に、二人から話を聞かされていた」

「それじゃあっ! 知っててずっとクラウスを騙してきたっていうんですか! 皆して!」

「ランド、止めて! サークさんも皆も、そうしたくてしてた訳じゃないわ!」

「何でんな事解んだよっ! だってよ! こんな事今更知らされるなんてあんまりじゃねえか! 産まれてから今までずっと、本当の家族だって信じてきたんだぞっ! それなのにっ!」


 アロアがランドを止めるけど、ランドの激昂は治まらない。……僕も、ランドと同じ気持ちだ。もしかしたら今生の別れになるかもしれないこのタイミングで、そんな事実を知らされた方は堪ったものじゃない。

 自分のお父さんの事を誇らしげに語っていたクラウスの姿を、不意に思い出す。それなのに、そのお父さんが本当のお父さんじゃなかったなんて。


「……旦那様方やサーク様を、どうか責めないであげて下さい」


 そこに声をかけてきたのは、御者を務める執事さんだった。その声は弱く、悲哀に満ちていた。


「このような事でもない限り、旦那様はクラウス坊っちゃまに真実を告げる気はなかったのです。私も奥様もサーク様も、皆この事は墓まで持っていくつもりでした」

「じゃあ何で!」

「……クラウス坊っちゃまが王弟クラウディオであるという事実が今必要になると、旦那様がご判断された為です」


 ぴくりと、クラウスの肩が震えたのが解った。執事さんはまるでそれが見えているように、切々と話を続ける。


「国の代表と相対するならば、こちらにもそれなりの大義名分が必要となります。外部の人間が、ただ異なる正義をぶつけるだけでは弱い。ですが同じ王家の血筋に連なる人間が起つのであれば、現王家を良く思わない者にとっては強烈な大義名分となり得るでしょう。だから旦那様は自分が恨まれる事も、もう純粋にクラウス坊っちゃまに接する事が出来なくなる事も覚悟の上で……総てを、明かしたのです」

「何だよ……何だよそれ! クラウスの気持ちはどうなるんだよ! それを言われたクラウスの気持ちなんて、あんたら全然考えて……」


 執事さんの話に納得がいかないランドが、更に声を荒げる。それを止めたのは……ランドの腕を掴んだ、クラウスの腕だった。


「……僕は、クラウス・アウスバッハだ。アウスバッハ家当主ガライド・アウスバッハとその妻エレノア・アウスバッハの一人息子。それ以外の存在として生きる気は、毛頭ない」

「クラウス……」

「……だが」


 クラウスが、キッと前を向く。それは、強い決意に満ちた顔だった。


「今、それが必要だと言うのなら。父上と母上が、それを望んでいると言うのなら……なってやろうではないか、今だけは。クラウディオ・アルペトラ・グランドラにでも、何にでも!」


 その悲愴な決意に、僕らは何も言えなかった。クラウスがどんな葛藤の末にこの答えに辿り着いたのか、想像も出来なかった。

 ただ解っている事は、一つだけ。友達がそう決めたのであれば、全力でそれを助ける。それだけだった。


「……もうすぐ、アウスバッハ領を出ます。送って差し上げられるのはそこまでです。旦那様と奥様の代わりに……皆様のご武運を、お祈りしております」


 執事さんのその言葉を最後に、馬車は更にスピードを上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ