第百二話 ささやかな晩餐会
「成る程……エンデュミオン陛下と直接話をしたい……か」
一通りの話を聞き終わると、クラウスのお父さんは腕組みをして思考を始めた。その姿を見上げながら、エルナータが大きく手を広げる。
「何かないか? 王様の所までばびゅっと行ける方法とか!」
「生憎だがお嬢さん、我がアウスバッハは中央の政界より遠ざけられて久しい。私としては地方領主という今の立場に不満はないが、故に陛下に直接謁見出来るようなパイプは持ってはおらぬよ」
「むー、そうかー……」
困ったように苦笑し返すクラウスのお父さんに、エルナータが唇を尖らせる。入れ替わるように、今度はサークさんが質問を口にする。
「中央の様子は今どうなってる? 知っている範囲でいい、教えてくれ」
「サルトルートか。今は正規軍もレムリア攻略に出払い手薄と言えば手薄だが、そう易々と王城に潜入出来るほど警備も温くはないぞ。陛下が戴冠された直後は王城も人の出入りが自由だったが、他国への侵略が始まってからは僅かな侍女達と正規兵以外出入りは禁じられてしまった」
「サルトルートに入る事自体は問題なく出来るって訳だな?」
「ああ。だが問題はそこからだ。中央ともなればお前達の手配書も回っている可能性もある。迂闊な動きは、取れないと思った方がいい」
真剣な顔で、サークさんとクラウスのお父さんが語り合う。その姿はクラウスとサークさんの話をする姿に、少しだけ似ていた。
「あなた、お話し合いもよろしいですけどもう時間も遅い事ですし、続きはお夕食を頂きながらにしたら如何かしら。皆さんも、長旅でお疲れでしょう」
「ご飯! エルナータ、ご飯食べたい!」
そこに割って入ったクラウスのお母さんの提案に、エルナータが目を輝かせる。同時に僕のお腹もぐう、と鳴った。
「あ……すみません……」
思わず真っ赤になって謝るも、クラウスのお父さんは小さく笑っただけだった。そして、執事さんの方を振り返る。
「いや、いつまでも立ち話をさせていたこちらにも非がある。まずは部屋を用意させ、それから夕食としよう。話の続きはそれからだ。レミール、客室は使えるようになっているな?」
「はい、いつ急なお客様がお見えになられてもおもてなし出来るよう清掃は常にしてあります。お客様、どうぞこちらへ。お部屋まで案内致します」
「あっ、は、はい! 英雄揃い踏みの上その英雄の家で休む……俺今日の事絶対忘れらんねえわ……」
ぶつぶつと呟くランドに苦笑しながら、執事さんの後に続く。執事さんは右の廊下に入り、二階に上がって奥にある四部屋を順番に開け僕らを迎え入れた。
「お部屋はご自由にお使い下さい。夕食の準備が出来ましたらまた伺います」
皆が部屋に入っていき、最後に僕が一番奥の部屋に入ると扉は閉められ僕は一人きりになった。見渡した部屋もベッドも、今まで泊まったどんな宿屋よりも大きく清潔そうだ。
「……何だか、却って落ち着かないな……」
今身に付けている汚れた服でこの綺麗なベッドに本当に腰掛けていいのか悩みながら、僕はぽつりと一人ごちた。
暫く部屋で落ち着かない時間を過ごしていると、やがて侍女さんが食事の用意が出来たと伝えに来た。僕はそれに軽い返事を返し、部屋の外に出る。
先に外に出ていたアロアとランドは、やはり広く綺麗過ぎる部屋に落ち着かなかったのかどこか曖昧な表情を浮かべていた。唯一エルナータだけが、興奮したようにアロアの周りをうろついている。
「なあなあ、この家凄いな! 広いしベッドもすっごいふわふわだ! お姫様になったみたいだ!」
「うん……でもあんまり中の物を弄らないのよ? もし壊しちゃったら、私達じゃきっと弁償出来ないから……」
侍女さんに案内されながら、アロアがエルナータを宥める。やがて僕らは玄関の向かいの大扉まで辿り着き、侍女さんが両手を使い大扉を押し開けた。
「わあ……」
そこは、広い食堂だった。人十人程が軽く座れるだろう長テーブルには人数分の料理が盛られ、クラウスとサークさんが既に席に着いて待っていた。
「凄いね……こんな豪華な食卓初めてだ」
「これでも貴族としては質素な方だがな。前王の時代に中央の貴族の家に招かれた時など、食い切れもしない料理が所狭しと並べられて最後は結局殆どを生ゴミにしていた。あれは本当に無駄だった」
僕の素直な感想に、言いながら当時の事を思い出したのか苦々しく吐き捨てるようにクラウスがそう返す。殆どが生ゴミになるほど料理が飽和した食卓……中央の貴族が本当にそんな人達ばかりだったなら、町や村の人達の生活が大変だったというのも納得出来る。
間もなくクラウスのお父さんとお母さんも姿を現し、それぞれ席に着く。皆が揃ったのを確認すると、クラウスのお父さんが口を開いた。
「この料理は総てうちの領で採れた材料を使っている。お口に合えばありがたい。今夜は十分に、旅の疲れを癒してくれ。では、いただきます」
「いただきます!」
その号令を合図に、僕はおっかなびっくりナイフとフォークを扱いながら料理を口に運ぶ。料理はどれも素材の味を活かした、優しい味がした。
「テーブルマナーは気にするな。ガライドもエレノアもそんな事を気にするタマじゃない」
「それを父上と母上が自ら言うならともかく貴様が言うのはどうなんだ、サーク……」
言葉通りマナーを気にせずいつも通りに食事をするサークさんに、自分は完璧にマナーに乗っ取りながらツッコミを入れるクラウス。そんな二人を見て、クラウスのお母さんが嬉しそうに笑った。
「良かった。クラウスもサークも、すっかり仲良くなって。初めて会わせた時は大変だったわよね。特にクラウスが、こんな胡散臭いエルフの言う事なんて聞けるか!って警戒心が凄くて」
「は、母上。今はその話は……」
「でも私は、きっと二人は仲良くなれるって信じていたわ。だって二人とも、私の大切な家族なんですもの。それに今ではこんなにお友達も増えて……悩んだけど、やっぱりクラウスを旅に出して良かったってお母さんは思うわ」
「……っ」
話を始めたお母さんを止めようとしたクラウスの言葉が、途中で止まる。クラウスだけでなく、心なしかサークさんもほんのり顔が赤くなっているように見えた。
「エレノア、昔を懐かしむのはいいが今はこれからの話だ。……あれから考えたが、中央により詳しい者に協力を頼むのが目的達成には一番の近道となるだろう」
「中央に詳しく、反グランドラの動きに賛同しそうな者……前王時代に政治の中枢にいた貴族達などでしょうか?」
「ふむ、確かに貴族達の中には陛下を疎ましく思う者も多い。しかしあれの大半は、己が身の保身に何よりも執心する者達だ。表立って陛下に背く行動を取るという、大それた事に協力するとは到底思えぬ」
「なら誰を協力者にする? 腰抜け貴族共は論外として、グランドラの現状を快く思わず尚且つ中央の情報に詳しい奴……」
クラウスとサークさんの問いに、お父さんは俯き難しい顔を見せる。けれどやがて、顔を上げて言った。
「……一人だけ、心当たりがない訳ではない。その者が今もサルトルートに住んでいるかは自信が持てないが……」
「それは誰です、父上?」
「その者の名は……」
「大変です、ガライド様!」
クラウスのお父さんが、問いに答えようとした時だ。執事さんが血相を変えて、食堂の中に入ってきた。
「どうした、レミール?」
「領内に魔物の大軍が! 魔物達は領民達を襲いながら、この屋敷に近付いている模様です!」
「……何だと!?」
その報告の内容に。辺りの雰囲気が、一気に緊迫したものに変わった。