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蒼月の交響曲  作者: 由希
第三章 世界の決断
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第百話 吹雪を抜けて

「凄い凄い! 気持ちいい!」


 猛スピードで流れていく景色に、エルナータがはしゃいだ声を上げる。僕らを乗せたドラゴンはやがて吹雪の圏内を抜け、山頂を越えて麓の方へと下っていった。


「まさかこうしてドラゴンに乗る日が来るとは……長生きもしてみるもんだな」

「いくら長生きしても、サークさんみたく一生で二回もドラゴンに逢うのは稀だと思うっす……」


 鱗にしっかりと捕まりながらしみじみと呟くサークさんに、思わず苦笑を返すランド。こうして呑気に話す余裕が出来るなんて、最初にドラゴンを目にした時は想像もしなかった。


『そろそろ山の中腹に入る。そこでそなたらを下ろすが、構わぬな?』

「はい。あんまり下の方まで降りると、他の人にも見られて騒ぎになっちゃいますもんね」


 ドラゴンの言葉に、アロアが頷き返事を返す。それを確認すると、ドラゴンはゆっくりと高度を下げていった。



 浅く雪が積もった平原に、ドラゴンは降り立つ。僕らはその背から下りると、改めてドラゴンにお礼を言った。


「本当にありがとうございました。お陰で、予定よりずっと早く山を降りられそうです」

『礼などよい。先程も言ったが、我とそなたらの利害が一致した故に手を貸したまでの事。どうかもう、この時期にこの山に入ってくれるなよ。人がいては、安心して山を閉ざせぬ』


 頭を下げた僕に、どこか気のいい感じでドラゴンが言う。ほんの短い間の関わりだったけど、僕はすっかりこのドラゴンが好きになっていた。


「今回の事は、僕にとっても良い経験となった。他の場所でも人と極力関わらず、静かに暮らす魔物がいた。もしかしたら、世界中にはまだまだそのような魔物がいるのかも知れぬな」

『我ら魔物には寿命というものがない。そういう風に作られているからだ。他の生き物に殺されぬ限り存在し、人を殺し尽くすが魔物の定め。しかし時には我やそなたの言う魔物のように、その定めに疑問を抱き自由に生きるものも現れたようだ。今もこの世に魔物がいるとすれば、そうして人と争う事なく生き延びたもの達だろう』

「……あの、それなんですけど……」


 クラウスとドラゴンの会話の内容に、僕は気になっていた事を聞いてみる事にした。以前ゴゼに聞いた時には、煙に巻かれただけだった質問を。


「魔物は、何故この世に生まれたんですか? 何で、人間を殺さなくちゃいけないんですか?」

『ふむ……それを聞くという事は、人は長き時の中でそれすらも忘れてしまったのか?』

「少なくとも今の時代には、何も伝わってはいません」


 僕の言葉に、ドラゴンは少し悩むように沈黙した。けれど心を決めたのか、やがてゆっくりと語り始めた。


『……誰が我らを作ったのか。それを明確にする事は、創造主より禁じられている。破れば死の罰が下るであろう。故にはっきりと口に出す事は出来ぬ。……だが……これくらいなら言っても許されよう。我らは人が世に蔓延る事を良しとせぬ、大いなる意思の尖兵として産み出された。その大いなる意思は今もなお、この世を監視している』

「大いなる……意思?」

『人の子よ、感じぬか? 空が、大地が少しずつ乱れ始めている事を。この空気は昔に似ておる。我らが生み出されし、遥か遠い昔に』


 言って、ドラゴンが上空を見上げる。僕もそれに続いたけど、そこにはただ青空が広がっているだけだった。


『気を付ける事だ、人の子よ。世界は再び、そなたらに牙を向こうとしておる。そなたらを守らんとするかの神の目覚めなくば、人もエルフもドワーフも、皆一様に死に絶えるであろう』

「待て! それはどういう事だ!?」

『少し喋りすぎたな。とにかく、我に言えるのはここまでだ。後はそなたらがその意味を考え、行動するが良い』


 クラウスの叫びには答えず、そこまで言うとドラゴンはくるりと背を向けた。そうして飛び立とうとして、不意に羽ばたきかけた翼を止める。


『ああそうだ。……そこの、蒼い目を持つ人の子よ』

「はい。……僕ですか?」

『そなたはかつて神と共に人を率いていた人の子に、とても良く似ておるよ。その目も、雰囲気も、我に言った言葉も』

「え……それって……!?」


 僕が深くその意味を問い質すより前に、再びドラゴンは羽ばたき始め空高く舞い上がっていってしまった。その姿はあっという間に見えなくなり、後には僕らだけが残される。


「……何つうか、夢でも見てたような気分だな」


 ドラゴンの消えた空を眺めながら、ランドが呟く。けれど僕らは確かにここにいる。これは紛れもない、現実なのだ。


「ドラゴンの残した言葉も気になるが……今は先を急ぐしかないだろう。山を下れば、アウスバッハ領はすぐそこだ」


 サークさんの言葉に頷き返し、僕らは麓へと向かって山を降り始めた。



 それから一日かけて麓に辿り着き、僕らはアウスバッハ領へと入った。アウスバッハ領はとてものどかなところで、なだらかな土の道の脇では近くに住んでいるのだろう、農夫さんが畑で作物を収穫している姿が目に入った。


「良かった……今のところは何もないみたいね」


 その様子を見て、アロアがホッと胸を撫で下ろす。けれどクラウスは、安心した顔を見せなかった。


「ここまでは被害が及んでいないというだけの話かもしれん。屋敷に戻るまで、油断は出来ん」

「そういやクラウスの屋敷に寄ったら三人の英雄が揃い踏みするんだな……だ、大丈夫かな俺。豪華さにショック死したりしねえよな?」


 どこかピントのずれた心配をし出すランドに苦笑を漏らし、道の先を見る。領の中央にあるというアウスバッハ家の屋敷まではまだ遠く、当然影も見えない。その向こうにいる筈のクラウスの両親やアウスバッハ領の領民達が無事でいる事を、僕は願う事しか出来なかった。


「山にいる間はずっと非常食だったから、美味しいもの食べられるといいな。特に肉とお菓子!」


 そんな、やはり緊張感に欠けるエルナータの言葉を聞きながら僕らは中央目指して疲労した体を奮い立たせた。

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