ストリート漫才
梅雨が終わり、そろそろ蝉の鳴き声が聞こえだした頃、俺達二人は駅前で漫才を披露していた。
俺のバイトが終わる午後七時頃から深夜駅に人がいなくなるまで、ほぼ毎日漫才を披露していた。
いわゆるストリート漫才と言うやつだ。
正直、某事務所のお笑い養成所などに入学した方がよっぽど有名になる近道だろう。
出来る事なら俺達もそうしたかった。
しかし、俺達にはお金が無かった。
章大は大学を辞めたばかりだったから養成所の入学金など払う余裕が無かった。
俺も俺でバイトしかしていなかったから当然お金なんてある訳が無かった。
悩みに悩んだ挙げ句章大が、
「もうこーなったら駅前とかで漫才するしかないやろ?」と言ってきたので、俺は半分呆れながら
「駅前で俺達が漫才したところで誰が見るねん!!歌唄ってる人なら何人かは見るかも知れんけど、俺らは漫才やで?!!路上で漫才って聞いたことないわ!!」
俺の中ではまぁまぁ強めに言ったつもりだったが、やはり章大には無意味だった。
「路上で漫才?めっちゃおもろいやん!!駅前で歩いてる人達を笑かしまくって有名になったらええねん!!そしてゆくゆくはTVデビューやで!!」
章大のこのポジティブ思考はおそらく日本一だ。
こうなったからにはもう俺に反論の余地は無い。
「もぉ、しゃーなしやぞ?まぁどうせ章大はまたすぐ嫌になって辞めるんやろな~」
「あほか!!今回は絶対に辞めへんわ!!とりあえず駅前行こか~」
これが、俺達がストリート漫才をするきっかけだった。
路上で漫才をすると決めてから、ほぼ毎日のように俺達は駅前で漫才を披露していた。
二人でネタを何本か作り、日替わりで披露していた。
初めて路上でネタを披露した時は、俺達の漫才に足を止めて見てくれる人はいなかった。
通りすがりに俺達の事を二度見する人達がほとんどだった。
それでも俺達はめげなかった。
誰も見てくれない事をプラスに考え、それをネタにしたりもしていた。
そして何よりも楽しかった。今まで平凡にバイトしかしていなかった俺が、今は人前で漫才をしている。
『平凡が非凡に変わる』 まさにそれだった。
次の日もまた次の日も俺達は漫才を披露し続けた。
そうすると、不思議な事に何人かの人達が足を止めて見てくれるようになっていた。
一つのネタが終わるまでずっと見ていてくれる人、五分十分で去って行く人。それは人それぞれだった。
でも見てくれる人全員に共通していた事。
それは、『笑顔』だった。
どんなに短い時間で帰る人でも俺達のネタを見ている間はずっと笑顔でいてくれた。
その笑顔が俺達に元気をくれている事は明確だった。
自分たちが作ったネタで人が笑ってくれている、その事が物凄く嬉しくてたまらなかった。
俺達はネタを書きまくった。ネタを書いては見せまくった。そのネタを見て、客は笑いまくっていた。。
路上で漫才を披露し始めてから一ヶ月半が経つ頃には俺達が漫才をするって時には必ずと言っていいほど人だかりが出来ていた。
やはり、ストリート漫才と言うものが珍しかったらしく、地元ではそこそこ有名な若者二人になっていた。
そして、『その日』は突然やって来た。
『その日』はいつも通り駅前で漫才を披露していた。有難い事にたくさんの人が見てくれていた。
二本目のネタが終わって三本目のネタに入ろうとした時、ある一人の男の人が俺達に近づいて来た。
その男の人はポケットからある紙を取りだし、俺達に見せながらこう言った。
「これに出てみないか?」
その一言が俺達の人生を変えるとは、まだその時は思ってもいなかった。
その紙にはこう書いてあった。
『M1グランプリ』