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木陰、君の面影

作者: 菱井いろは

高校生活の三年間、振り返ってみればとても儚く短かったという人もいるしかしぼくには永遠に近く長かった気がした。そんな永遠がそろそろ終わってしまう。

実質彩良と一緒にいた時期は三年間どころか二年間だ。だがこの長かった二年間確かにこの数学研究部、通称数研部の短い歴史の一編を作ってきた。ここ最近数研部は部員が一人になることが多くかろうじで存在してきた。今いる唯一の後輩朝比奈彩良、二年。ずるずると続いてきた数研部もあまりに毎年の入部者数が少ないためその歴史に終止符が打たれることとなった。ちょうど彩良を最後の部員としてこの部活は終わる。


「先輩・・・すうっ数研部が私を・・・最後にして廃部になるそうです・・・ううぅっ。」

彩良が泣きながらこの事実をぼくに知らせてくれたのはおおよそ一年前だった。

「なっ、泣くなよ、ほらこの一年はぼくがいるんだし。知らないうちに自分の所属していた部活が廃部になるよりその現場に立ち会えるだけいいじゃないか。もう動かせない事実ならそれを嘆くより、その部の有終の美を飾ってやる方がこの部を出た数少ない先輩やこの数研部のためになるんじゃないか。」

ぐすんっ、制服の袖で自分の涙を拭うと、

「はい、私がんばりますっ!」

まだ少し赤い目で満面の笑みで艶やかな姿でぼくにこう言った。おそらく今後の長い人生でもうこんな笑顔とは出会えないのではないか、そう思わせるような笑顔だった。

「先輩、先輩!」

ぼくにとっての最後の文化祭の準備期間、受験を控えたぼくらが最後に楽しむことの出来る行事。

「どうしたんだ?そんなに急いで。」

「有終の美です!数研部の存在、数研部の軌跡を残すにはこの文化祭で数研部が企画をするしかないんじゃないのでしょうか!」

―数研部の文化祭での企画

おそらく過去に一度も無い。そんなことが行われたことなんて、

「何も今年じゃなくてもいいんじゃないか?しかも数研部に何をすることがある?有終の美は来年でいいと思うよ。来年だって彩良がいるんだから。」

「今年じゃないとダメなんですっ!」

珍しく彩良が大きな声を出した。

「今年じゃないと・・・今年じゃないと私一人ぼっちなんです・・・私・・・一人だけ・・・」

そう言って彩良はどこかへ走り去ってしまった。

部活を廃部するに向けて来年は数研部は新入部員を取れない。

ぼくが一年だった時その部には先輩という存在は無かった。当時は数研部はぼく一人だった。それはそれまでの数研部にとっては日常。多くの人から忘れ去られながらもひっそりと、だが確かに存在し続けた部活にとっては日常だった。そして彩良と出会うまでのぼくにとってもそんなことは日常だった。寂しい―悲しい―惨め―そんなことは一度も思ったことは無かった。それがぼくにとっては日常だったから。

しかし次の年、部員は二人になった。倍になった。そして生まれて初めて心から自然と―守らなければ―そう思う物を見つけることが出来た。

「先輩ですか、よろしくお願いします。」

彩良の笑顔を見たとき傍にいてほしくそして守りたいと初めて感じた。あのときのぼくには彩良との出会いで何とも言い表すことの出来ない言葉にできない気持ちで心が満たされた。そしてそれとともに初めて寂しい、悲しい、惨めの感情も生まれた。もし彩良が一人になったらそんな景色は考えるまでもなく容易に想像できる。―寂しさ―悲しさ―惨めさ―のにじみ出ている顔。守らないといけないんだったな、あの笑顔。

彩良にすまないことを言ってしまった。

彩良がどこへ行ったのかは分らなかったが取り敢えず部室へ向かうことにした。

「彩良っ。」

探すまでもなく彩良はそこにいた。窓から外を見ていた。

「あっ、先輩、さっきはすみません私が・・・」

「彩良、ごめん!数研部としてこの文化祭企画をしよう。」

「えっいいんですか?」

「あぁ。」

「はいっ!」

彩良の顔に笑顔が戻った。よかった。

「それで先輩、何をするんですか?」

決めてなかったのかよ・・・

「取り敢えず、生徒会に提出しなければならない書類に必要なことは企画内容と必要物だ。」

「数研部っていままで一度も文化祭に企画を出してないんでしょうか。」

「まず無いだろうな。ここ最近はそもそも部員すらままならなかったのに。」

「それならやっぱり数研部らしい活動といったら・・・」

『数学』

「まぁそこに落ち着くだろうな。あいにく過去の部誌なんかは一切ない癖に数学雑誌はこれでもかってくらいあるからな。」

「問題解きますか!」

「でもそれで有終の美を飾れるのか?」

「それもそうですね。どうしましょうか。」

とくに何をするべきかも浮かばないので棚に無造作に積まれている数学誌をパラパラとめくる。さて何をしようか数研部らしさのある企画・・・どうしても子供向け科学館的なものしか浮かばない。

「おぁっ」

突如彩良が不思議なうめき声が聞こえた。

「先輩、先輩ってプログラミングが出来るんですよね?」

「え、まぁ競技プログラミングやってるからある程度は出来るけど・・・。」

「これなんてどうですか!」

彩良がぼくの目の前に出した物。それはとある数学誌のアルゴリズム特集の回

「―遺伝的アルゴリズムでゲームを攻略―かぁ。」

彩良がものすごい目力で期待の眼差しを送ってくる。

「しかし、見てみろ彩良。このアルゴリズムは単純な作業を行えるようになるまで途方もない時間を必要とするんだ。そんな短時間で学習するといったってどんなゲームをやらせるんだよ。」

すると彩良は待ってましたと言わんばかりにその数学誌をパラパラとめくって巻末のページを見せた。

「ちょうどこの文化祭からしばらくたったくらいに開催するそうですよ!」

そこにあったのはゲームAI開発大会。運営が作成したとあるゲームでAI同士が戦いあって勝敗を決める。

「彩良、これを見ろ。さっきも言っただろ。遺伝的アルゴリズムはかなりの時間を要して成長させるんだだから・・・」

「文化祭で来て頂いた方々にプレイして頂くんです。そのプレイ方法も記録して進化の材料とするんです!どうでしょうか?」

なるほどそういうことか。スタートを完全ランダムではなくある程度決まった方向を与えることで進化の初期段階を省略するのか。

「まぁやってみるだけやるか。」

やるならこのアルゴリズムは早くやらないといけないな。これでぼくの最後の文化祭はプログラミングにつぎ込まれることとなった。


「はい、一応完成した。恐らくバグは無いはず・・・。何度も直したから。まぁ中身はスパゲティーだけど。」

「スパゲティー?」

「何もないから気にするな。」

「先輩すごいです。こんなの 作れるなんて!」

「ネットで調べて出てきたコードをコピペしただけだよ。とりあえずパソコン二台用意して試してもらえる?」

「えっ、二台ですか?」

「あぁ。本番はもっとあってもいいけど。とりあえず二台。一台ではコンピュータの作り出した方法でとにかく世代交代を繰り返す。もう一台では一方でコンピュータが考え出したその時で最良方法と人間とを対戦させながら人間の手を記録し一方のパソコンへ送っている。」

「へぇ~、よく分らないですけどすごいです。でもなんで本番だともっとコンピュータが必要なんですか?」

「コンピュータが最良の手を計算させるのは速いにこしたことないからね。」

恐らくほとんど理解は出来ていないだろうけど、理解させるために一から説明するのも面倒なので詳しい説明はしない。

「わっ分りました。(絶対分ってない)コンピュータルームへパソコンをお借りしに行ってきます!」

そういうと彩良は飛び出して行った。

―はぁ、ぼくの最後の文化祭、これはこれでよかったのかもしれない。事実ぼくは今とても楽しい。

「先輩!」

帰ってきたのはことのほか早かった。

「ノートパソコンでよかったですか。」

「うん、ありがとう。さぁまずはプレイしてみよう。」

彩良が持ってきたノートパソコンの電源を付けてUSBを差し込む。いくつかあるファイルの一つを開くと、

「わぁ。」

ゲームは運営が用意しているものと言え起動すると少しうれしい。次にもう一方のパソコンを起動する。二台をケーブルで接続し、まだゲームを起動していない方でもゲームをとりあえず起動させる。そしてコンピュータが計算をする方ではもうそのプログラムを起動させる。そのパソコンではめまぐるしいスピードでゲームのキャラクターが動いてはゲームオーバーとなっている。

「それじゃあ、やってみようか。」

人との対戦用パソコンでもう一方との連携用プログラムを起動する。

「まだ第一世代だから簡単だよ。」

「はい!」

ゲームをスタートさせるとすぐにコンピュータ側はゲームオーバーとなる。

一旦はこれでほっておくか。

「そういえば先輩って将来はプログラミングの道に進むんですか?」

「いやぁ、親がねプログラミングなんてただの遊びだって言って反対されててね。工学系に進むよ。」

そう、うちの親はぼくがプログラミングをすることを全然快く思っていないんだ。

「先輩っ!」

「えっ?」

「先輩は大人になってもそうやって自分の思いを殺して、意見を殺して、考えを殺して生きるんですか。もしそうやって他人の意見にすり寄るのがこの社会なら、先輩の未来を潰すのがこの世の流れなら、わたしはこの世界もそしてそれに抵抗しようとしない先輩も嫌いになりそうです。」

ぼく以上にぼくのことを考えてくれる存在。なんか、彩良のおかげでインドア派で人とのコミュニケーションを取ろうとしなかったぼくを変えることが出来たと思う。これも「ぼく矯正計画」の一環なのかな。

「本当そうだね、自分で自分を殺してた。今でも間に合うかなぁ考えてみるよ。」

「あっ!」

「どうした?」

「いいえ、文化祭の開幕式で企画グループは企画紹介をしないといけないんです。まだ全然原稿も考えていませんでした!」

まだ仕事は残っていた・・・


「・・・それではみなさん楽しんでください。次は企画紹介です。」

三十秒間での限られた時間での企画紹介。時間を余すところもあれば足りないで中断させられるグループもある。上手い紹介でみんなを笑わすグループもあればマイクを使っても声の全然聞こえないグループも。

―まずい、緊張してきたな。

「先輩、次ですよ。」

僕をみて緊張していることを察さられたのか彩良がは急に僕の手を握ると

「先輩、大丈夫ですよ。私がいますから。」

ぼくは後輩に何を言わせているんだ・・・

「そうだね、ありがとう。」

「囲碁将棋部のみなさんありがとうございました。次は数学研究部です。」

彩良とともにステージに上がる。すると、

「人ばっかり・・・」

急に頭が真っ白になってしまった。

結局発表は彩良が全部話してくれてぼくは突っ立っているだけだった。

「なんか、ある程度人来てますね・・・」

開幕式が終わり、とりあえず部室に戻ってしばらく待っていると思いのほかパラパラとだが人が来始めた。

「先輩、私たちがもしこれで企画賞をとれば有終の美にふさわしいんじゃないでしょうか!」

そうだった。失念してた―有終の美―ぼくらは「数研部」の供養を願ってそれを目指しているんだった。

「でも、ここに楽しみに来ているというより休憩がてらゲームをしに来た感じじゃないか?これは。」

うちに来た人たちの様子を見ながら呟くと、

「先輩!それです!それですよ。」

一体どれなのかは全然分らなかったが彩良はぼくにもっと机と椅子を用意するように言ってすぐに出て行った。じゃぁまぁ隣の教室から机と椅子を持ってくるか。


「はぁ、はぁ、はぁ先輩・・・このパソコン全部人とゲーム出来るようにしてください。」

どこから取ってきたのかホームセンターなんかで重い商品を載せていく厚手のベニヤ板に車輪と紐をつけたようなのにノートパソコンが積んであった。

「わっ、分かったけど大丈夫?休みなよ。」

「ご心配かけてすいません。それでは数研部の宣伝に行って参ります!」

そういってまたどこかへ行ってしまった。そんな彩良の効果なのかその日の昼過ぎから急に人が増えてみんなが黙々とゲームをした。

そして・・・

「・・・企画賞、数学研究部殿、貴方は・・・。」

夏が過ぎて秋が顔を覗かせようかとする季節、吹く風は今までと違いジメジメとした不快なものではなく爽やかな物となっていた。数研部を太陽から守ってくれる大樹の木洩れ日が部室でチラチラしている。

「そういえば彩良が数研部の宣伝に行ったときあの後何で急に人が増えたの?」

「休憩室ですよ。」

休憩室?

「疲れたら是非休憩しにいらしてくださいゲームも出来ますよって言ったんですよ。」

「それだけであんなに増えたんだな。」

文化祭が終わり無事数研部が企画賞を受賞してからしばらくして(えっ?ゲームAIのは終わったのかって、終わったけど結果は聞かないでくれ)

「数研部の部室って今考えてみるといい立地なんだな。無くなるのももったいないくらいに。」

「ちょうど、あの木で日が遮られて葉を透き通る光でちょうどいい明るさですしね。」

「うん。」

「つつめどもかくれぬものは夏虫の身よりあまれるおもひなりけり」

「何その歌は?」

「大和物語に出てくる詩です。私の好きな。今の私のような・・・。先輩、歌意ご存知ですか?」

「いいや。ごめんあまり古文は勉強してなくて。」

すると彩良がすこし悲しげに俯いたと思うと顔を上げて、

「大丈夫ですよ。私の趣味なので。」


今は人のいない数研部部室。窓から見える大樹がぼくに手を振る。きっと今後大樹をみればぼくはもう一人の部員のことを忘れることは無いだろう。文化祭あの企画にぼくがたとえ難色を示したままだったとしても結果は同じだったような気さえする。結果はどの選択肢を選ぼうと運命でもう決定しているかのようなそんな気がする。人を嫌っていたあの頃のぼくを変えてくれたのは彩良だろう。ぼくの忘れていた夢を気付かせてくれたのも、そりゃ喧嘩も何度もあったけどこの永遠の一年間からすればいい思い出だったかな。これでぼくも彩良も未来の別の道を踏むことになる。そしてぼくらの未来を見届けたあとここ数研部の歴史も閉じる。

―ここにいるかと思ったけどいなかったな。

もう一人の部員を求めてここへ来たが今はいないようだった。

「ゴミにならなかったらいいけど、もしいらなかったら捨ててくれるかな。」

全然欲しがる者のいない倍率0のぼくの制服の上から二つ目のボタン。あげたい人とも出会えなかったし置いていくか。

数研部の机のうえに金に輝く釦を残して教室を出る。

「っわぁ!」

ちょうど部室に入ってこようとしたもう一人の部員とぶつかりかける。

もう一人の部員がぼくを見てなぜか急に気を落としたかのように俯くと、何かの糸が切れたかのように

「先輩、ご卒業おめでとうございます。」

とても自然な笑顔でこう言った。自然だが何かが足りないそんな笑顔で、

「ありがとう。」

ぼくも微笑み返し最後の校門へと向かう。階段を下りかけたその時、

「きゃっ!」

そして

「先輩、頂いちゃいますよ!」

部室から聞こえたこの声、それに僕は答えた。

「いいよ・・・」

ざわっ、木陰が揺れたような気がした。

ひしいさんへ贈るタイトルお題は、『木陰、君の面影』 です。 #同人タイトルお題ったー https://shindanmaker.com/566033


という診断メーカーで出た「木陰、君の面影」のお題をイメージして書かせてもらいました。

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