初セッションと初めての二人
「身体、大丈夫?」
公士の質問に、百合恵は俯いたまま「うん」と小さく答えた。
「ユリユリ、気を付けなよ? 初GMで緊張してたのは分かるけど、それで、寝不足とか……」
「はい……すみません………」
「責めてる訳じゃ無いよ? ただね、結局、TRPGって遊びなんだから、ユリユリも楽しむ位のつもりで……さ? もっと気を楽にしてた方が……ね?」
「うん、俺もフォローするし、皆だってそうするよ?」
「そうですね、ですから渚先輩? お気を楽にして下さい……」
「慧流乃なんて、初心者なのです。ですから、良いも悪いもまだ分からないですよ?」
「慧流乃ちゃん、それあまりフォローになってないよ?」
百合恵がクスリと笑う。
「ま、じゃあ、皆で楽しむって事で、百合恵、行ける?」
「うん!!」
5つの机を付き合わせ、それぞれの机に椅子を並べる。その椅子に皆が座ると、その前に、前日作ったキャラクターシートを配る。
付き合わせた机の、いわゆる上座に百合恵は座り、目の前に衝立……マスタースクリーンを立てた。公士はサブGMの為、百合恵の左後方に椅子を置き、そこに座る。
「それじゃ~、よろしくお願いしま~す」
「「「「よろしくお願いしま~す」」」」
百合恵の音頭に皆が唱和する。
席順は百合恵……GMから見て時計回りに、慧流乃、紗雪、一望、深聡の順。
「じゃ~、慧流乃ちゃんから、PCの紹介、しようか?」
「は、はひ!!」
百合恵が初GMなら、慧流乃も初プレイヤーだ、緊張しているのだろう。
「大丈夫、さっきも言ったけど、結局は遊びなんだから……ね?」
「………はい」
紗雪が慧流乃にフォローを入れる。慧流乃はコホンっと咳払いをすると、PCの紹介を始めた。
「慧流乃のキャラクターの名前は“ミハイル=エデン”、[軽戦士/魔操師]で………………………」
……………………こうして、百合恵の初GMにして、慧流乃の初セッションは始まった。
公士の予想通り、慧流乃はキャラクタープレイ型のプレイヤーだった。
「『僕はそのやり方には賛同出来ないな!』と言って、剣をかみゃ……構えます」
「えっと~、『裏切り者の身内ならば、信用など置けるものか!!』……で【説得】系が、あれば判定出来るんだけど~?」
「………すみゅ…済みません有りません……【意思】の平目でしょうか?」
「……そうだね~」
プレイヤー的な損得よりも、キャラクター的な感情を優先する。つまりは、物語入り込み型のプレイをするタイプである。これは有る意味、幸運だったと言える。
この部には、もう1人、同タイプのプレイヤー……一望が居たからだ。
当然、彼女の親友である百合恵もその事は熟知している。だからこそ、状況や、場面の説明は丁寧に行う様にしていた。
その為、シナリオから大きく外れる様な状況は、今の所起きていない。だが……
「『嘘を言うな!! 死んだ筈なのだ!! 父も! 母も! 我はその遺体も確認した!! ならば、妹は、彼女は騙されているのだ!!』と言って、ロングソードを悪徳商人の首に突きつける!」
「『落ち着け、デュラン! ……では、お前も簡書の中身は見ていないと?』……GM、嘘ついてる?」
「え~と、【知覚】の振り合いで………」
(問題は………次のシーンか………?)
付属シナリオの殆どは、一般的常識を元に、万人が理解しやすいストーリーで、描かれる事が多い。従って、ライブであるセッションの流れや、今のPCの感情との齟齬が起きる事が、ままあるのだ。
シナリオに従うなら、次のシーンでは、全員で砦に潜入する事に決まると、なっている。しかし今、砦に潜入する事と、一望のPCの妹が捕らわれている敵軍の居留地に向かう事は、心情的な重要度は同じである。
公士であるなら、パーティーの意見が2つに分かれたとしても、居留地側の敵の多さを演出する事で、PCに分裂するリスクを避けさせると言った演出も出来るだろうが………さて……
「じゃあ、次のシーンなんだけど……?」
「う~ん『我は妹を助けに行くぞ!』って言うわよねぇ………」
「そうですね『ですが、こちらの情報待ちで、将軍の出発を待っていただいて居るわけですから、これ以上遅らせられませんわ』と反論します」
「……『だけど僕は、デュランの気持ちが分かる…10年……10年なんだよ? その時間は大きいんだ!!』………将軍が出発してしまえば、多分、助けに行けるチャンスは少なくなりますし………」
「でも、将軍の初動が遅れれば、被害は大きく成ると思うなぁ……敵の進路は、結局、どちらの領主が裏切ったかで大きく変わる訳だし……将軍も「戦力は分けられない」って言ってるんだから、この情報はキモになる訳でしょ?」
「ただ、こちらも、10年前の惨劇で死んだと思っていた妹のとの再会になるから、諦めろと言われても、ちょっと辛いのよねぇ」
「心情はお察ししますが………」
「……GM、現在居留している場所は分かるのですから、直接そこには進軍出来ないのですか? そもそも、PC達だけであれば、間に合うのでしゅ……ですよね?」
「え?」
慧流乃の質問で、百合恵はシナリオに目を通し直すが、それが出来ないと言う理由については書いてなかった。百合恵は困った様に公士に視線を送る。
公士は、少し考えた後、言った。
「……行軍速度と、領域侵犯の問題かな? 敵軍はまだ、自国に居るからね、こちらから向かって居留地まで攻め込めば、自分達の方が戦争を仕掛けた事になる。それと、PCのパーティーは、4人しか居ないけど、軍は、何千人単位で人が動く訳だから、目的地に着くまで相当な時間が掛かるんだ……その間に移動されて、はち合わせすら出来なかった……なんて事になったら、目も当てられないでしょ?」
「はぁ、成る程……」
当然だが、公士にしたって、今、自分が言った理屈が正しいかどうかなど分かりはしない。ただ、状況から判断して、最も正論に思える解をを導いただけである。
セッションが、ライブである以上、PCの動き如何によっては、まったく違う理屈に成る事もあるだろう。極端な事を言えば、ただの、将軍のカン……と言う事で済まされてしまう場合もあるのだ。
そう言う意味に置いて、正解という物は無い。ただ、PC達が納得出来れば良いのだ。
「公士くん……ありがとう~」
百合恵が小声で礼をする。公士はただ笑みで答えた。
「パーティーを2分割に出来ないですかね?」
「……う~ん。どちらも潜入がメインに成りそうだから厳しいかなぁ……デュランにしたって、駐留軍に真正面から突っ込んだりしないでしょ? ………イチホン、何故目を逸らす……?」
「はぁ、制止役が居なければ、正面から突っ込みかねないと………どうしましょうか………」
GM的な……と言うか、市販シナリオで陥りがちな状態を察したであろう紗雪が、さりげなくフォローを入れ、パーティー分裂を回避する。紗雪にした所で、初心者GMが分裂したパーティーを管理する難しさは理解している……これが、同じダンジョンで、左右の分かれ道を少し偵察すると言う程度であれば、そのままやらせていたかも知れない。
だが今回は、シナリオの行方自体が大きく変わる可能性のあるイベントに関わっていたので、回避したのだろう。
もっとも、百合恵に経験を積ませるのであれば、パーティーを分けた方が良かったのかも知れないが………
結局……砦へ潜入する事を優先することになった。だがそれも、潜入し、証拠の確認後、報告を入れたらすぐに、妹の奪還に向かうと言う条件付きとなったのだが……その為に、報告後、パーティー分の早馬を借り受ける約束も将軍に取り付ける事が出来た……もっとも、報酬は減額されたが……
もともと、出兵後は強襲部隊として味方の軍と敵が交戦状態に入った混乱の隙に、敵本体の後方から攻め入るのが、本来のシナリオではあった為、それ程シナリオにズレは無かった。
「『お兄様! 私はもう戻れません!! この身に背負った罪は重すぎて、とても償う事など……』と、短剣を胸に押し当てながら、涙ながらに言うよ~」
「『馬鹿な!! すべては、お前を騙していたその男が悪いのだ!』……う~ん、武器だけ狙うって出来るかな?」
敵将軍が倒れ、デュランの妹に「国王こそが家族の仇で有る」と、吹き込んでいた子爵を捕らえた。しかし、その罪の重さから、自決しようとする妹を必死でパーティーは止めている。
「これ以上は、【説得】で判定……かな?」
「……振り合い……だよね? 【威圧】じゃ駄目? …………ですよねぇ……」
「【説得】は持っていますが、デュラン以外が説得するのも、何か違う様に思いますし……」
「【神呪】を使うのも何か……だしね……」
「なんですよねぇ、成功しないといけないのに……このジレンマが……」
「……刺した直後に、きゃ……回復をかけて助けるとか出来ないのですかね?」
「おぉ! ……でも、イベントだからね~……GM次第?」
「ふえ?」
(その発想は無かったな……)
有る意味ゲーム脳なのかも知れないが、慧流乃の発言を公士は面白いと思った。シナリオには無い解決方法だからだろう、百合恵が公士をチラリと見る。「シナリオにないから……」と、無理だと慧流乃に言わないのは、百合恵自身も「ちょっと良いかも」と、思っているからであろう。
公士としては、面白い物は取り入れたくはあるのだが、今、GMをやっているのは百合恵である。「自分の判断で良いよ?」と、公士は言った。
あくまで、公士の行うのは補佐であって、判断は彼女が行わなければならないからだ。
百合恵は少し悩んだが。
「じゃ、【説得】に成功しなかった場合の最終手段はそれで……」
と、そう言った。
結局、説得は成功し、最終手段が取られる事はなかったのだが……
経験点の計算が終わり、百合恵がセッションの終了を宣言する。
「じゃ~、今日のセッションは以上で~す!」
「「「「お疲れさまでした!!」」」」
と、同時に百合恵が机に突っ伏す。それを見た公士が苦笑をしながら「お疲れさま」と声を掛けた。
「疲れたよ~。こんなに大変だと思わなかったよ~……」
その事は良く理解している為、公士は苦笑を返す。
「でも、終わった後の充足感……というか、やりきった感は、プレイヤーの時とは違うでしょ?」
「……それは……うん、そうだね~」
プレイヤーの時は、とにかく楽しんだと言う感じがある。しかし、GMはどっぷりと漬かったと言う感覚か?参加者と主催者の差とでも言うのか、プレイヤーの時の様に、ひたすら物語りを楽しむのではなく、物語を創り出して行くと言う感覚。確かに、セッション終了まで気など抜けなくはあるのだが、終わった後の開放感も含めて“やりきった”という感じがする。
「いやまぁ、今回は付属シナリオだったから、苦労……というか、頭は、自作シナリオよりずっと使うしね……」
「そうなの?」
「市販だからね? エンディングまで、しっかりある。その分分岐が少なくはあるけど……自作だと、やり様に因るけど、もっと、フレキシブルかな? もっとも、シナリオが出来るまでは、セッション中以上に頭を使う事になるから……」
どちらが良いとも言えないけど、そう言って公士は苦笑した。
「エルルンは、思ってた以上に動けたね」
「そ、そうですか?」
「うん、キャラクタープレイが上手だったわよ?」
「九竜先輩との絡みは、口を挟む余地がありませんでしたしね?」
「しゅ……すみません……」
「文句を言っている訳ではありませんよ? むしろ誉めていると思って下さい」
「おぉ、ミサッチを誉めさせるとは、大したモンだ!!」
「何ですか? それは………」
部員達のおしゃべりを見て、公士は微笑む。
「皆も、楽しんだみたいだし……ね?」
「そう……なのかな?」
「うん、そうだよ……」
つまらなかったのなら、こんな風に笑いながらセッションの感想で盛り上がったりしない。その事は公士も断言出来る。
「だから、自信持って良いと思うよ?」
「………うん」
何かを確かめる様に百合恵が目を瞑る。そして……
「公士くんあのね?」
「うん? 何?」
「わたしが、自作シナリオを作りたいって言ったら、協力してくれる?」
公士は少し驚いた後、ニっと笑うと、言った。
「もちろん、喜んで!」
その返答に、百合恵は満足して微笑んだ。
女子部員が談笑をしている。セッションの感想を話して居たはずなのだが、いつの間にか話は、駅前のクレープ屋と、駅前通の喫茶店のパンケーキの話題に移っていた様だ。
公士は嘆息しつつ、活動記録書を手に取ると、椅子に座り、こう書いた。
『新GMの初セッション……大成功』