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保健室と悩める乙女達

 この日、いつもより遅れて百合恵が一望を迎えに来た。時間に正確な彼女にしては珍しい事だった。

 すっかり身支度を終え、どうしたんだろう? と心配になった頃に、口許を押さえて「ふわ~」と可愛らしく欠伸をしながら、百合恵が到着した。


「どうしたの?」

「う~ん……ちょっと……ねぇ……」


 一望の質問に目を擦りながらそんな風に答える。

 とにかく、学校に向かおうと歩みを進めたのだが、どうにも百合恵の足元が覚束ない様に思える。


「………眠いの? 無理してない?」

「ん~? 大丈夫だよ~?」


 再度の一望の質問に百合恵はそう言った。


「………………………」


 一望には、とてもそうは思えないのだが、本人がそう言うのだから、それ以上言及も出来ない。

 学校まで丁度半分の交差点に差し掛かり、一望は時間を確認する……いつもより、随分遅くなってしまっている様だ。


「ホントに大丈夫?」

「ん」


 三度の質問……百合恵の返答とは裏腹に、一望の不安は逆に大きくなる。しかし……


「遅刻になりそうだから、ともかく、少し走るよ?」

「うん? 分かった~」


 百合恵本人としては、普通にしているつもりかも知れないが、いつもより明らかに歩みが遅い。最初は間に合うかと思っていたのだが、このままのペースで行くと間に合うか微妙な所だった。

 確かに、今の状態の百合恵を走らせるのは少し危険な気もするが、もしかしたら、体を動かす事で少しは覚醒するかも知れない……一望はそう思い、百合恵の手を取り走り出した。






「お前、本当は馬鹿だろう……」

「う゛……」


 保健室行く道すがら、一望は公士にそう言われた。

 結果で言えば、走った事で学校には十分間に合った。しかし………百合恵は今、気を失って公士に背負われている。恐らく寝不足だったのだろう……百合恵は登校途中の坂で倒れ、気を失ってしまったのだ。

 取りあえず、坂の木陰に百合恵を引っ張り込み、どうしようとオロオロしていた所に、公士が通りがかった為、今、こうして彼が百合恵を運んでいた。


「寝不足っぽい人間に過度の運動なんてさせれば、貧血を起こすに決まってるよね?」

「だって、学校に間に合わなさそうだったんだもん……」

「で、結果これ?」

「う゛ーー」


 公士の言葉に、二の句が継げない。自分が失敗してしまった事を自覚しているが故に、反論もできないのだ。いっそ逆ギレでもしてしまえれば、楽だったかも知れないのだが、それは一望のプライドが許さなかった。


「失礼します……」

「あら? どうしたの?」


 保健室に入ると、恰幅の良い女養護教諭が迎えてくれた。登校途中で倒れた事と、寝不足で有っただろうという事、そして、遅刻をしない為に走ってきた事を告げる。

 彼女をソファーに座らせる様指示した後、その養護教諭は爪や、目の下などを診て、フムと頷く。


「貧血ね、倒れた時、頭とか打たなかった?」

「え? はい、咄嗟に受け止めたので………」

「そう、じゃあ、暫く休んでいれば、目を覚ますと思うわ。奥のベッドに寝かしてちょうだい」

「はい、えっと……」

「ああ、任せて」


 そう言うと公士は、百合恵を胸の前で抱え、ベッドまで運んだ……所謂“お姫様だっこ”というヤツである。見ていた一望が、微かに羨ましそうに頬を赤らめる。それを見ていた養護教諭は「あらあら」とやけに楽しそうに微笑んでいた。


「じゃ、後はやっておくから、あなた達は授業に戻りなさい」

「えっと、何か……手伝える事は………?」


 微笑んで、養護教諭は大丈夫よと言った。


「それよりちゃんと、勉強をしなさい、心配なのは分かるけど、学生の本分は勉強なのよ?」


 一望はかなり名残惜しそうにしていたのだが、養護教諭に強くそう言われ、二人は保健室を後にした。




「あのさ……」

「何?」


 教室へ向かう途中、それまで黙っていた公士が口を開く。また何か言われるかと思い、一望は身構えた。


「次、同じような事があったら、すぐに俺を呼びなよ……俺のメアド、知ってるだろ?」

「え? ……あ……うん……」

「俺だったら、お前等より体力有るし……さ……さっきみたいに背負って行く事も出来るから……それに……その、仲間だろ?」


 ちらりと公士を見ると、耳が赤くなっている……恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに……そう一望は思った……が………


「うん、そうする………アリガト………」


 そう言った。






 百合恵が目を覚ました時、意識はポヤ~っとしていて、いまいちハッキリしなかった。暫くそのままボーとしていたのだが、「起きたようね?」という声に反応して、そちらを向く。


「えっと……」

「まだ、寝ぼけてる? ここは、保健室。貴女、登校途中で倒れたのよ?」

「? …………!! あ、あのっわたし!」

「大丈夫よ、落ち着きなさい?」


 体を起こし、周りを見渡す。自分は一望と一緒だったはずだ。しかし、ここには養護教諭の姿しか見えない。


「あの、一望ちゃんは?」

「お友達? 授業に行かせたわ。二人とも(・・・・)心配してたわよ?」


(……二人?)


 首を傾げる百合恵に、養護教諭は言う。


「? お友達よね? 肩まで髪を伸ばしてた女の子と、体つきのしっかりした黒髪の子……その男の子が貴女を背負ってきたんだけど……」


(え? 一望ちゃんと………え? 背負ってって? ………まさか………!!!???)


 百合恵と一望は、隣のクラスである。各々お互いにクラスに知り合いは居る。だが、男子の知り合いは殆ど居ない。それも、二人の共通の知り合いで、まして、一望が、自分を背負わせて、その事に何も言わない程信頼して居るであろう人間など、1人しか知らない。百合恵は、もう1人の“男の子”の方に思い至り、真っ赤になる。それを見て養護教諭は楽しそうに「あらあら」と言った。






 1時間目の終わった休み時間、百合恵は一望のクラスに顔を出す。学校ではだいたい、一望の方から訪ねて来てくれる為、少々緊張する。戸口から中の様子を窺うと、一望と目があった。

 一望は、百合恵を認めると、笑顔で走り寄ってきてくれた。


「もう、大丈夫なの?」

「うん。その、ありがとう……」

「なら、良いけど……」

「………」

「?」


 百合恵の態度に違和感を感じる。


「ホントに大じょ……」

「…………たの?」

「え?」

「背負われてたの? ……公士くんに……」

「え? うん、アイツが偶々通りがかって………」

「!!! ……~~~~ッ!!!」


 百合恵が真っ赤になって手で顔を覆う。


「だ、大丈夫だって、気にする事じゃないよ? おんぶ位、だいたい、そんな事言ったら……あ!」

「え?」

「いや、ナンデモナイヨ?」

「な、何を?」

「いや、その……」

「何をされちゃったの!」

「いや、えっと……」

「何をされちゃったの!? わたし!!??」

「ちょ、百合恵! 声が大きい!!」






「~~~~~~~~~っ」

「もう、気にするの止めなよ……」


 お昼休み、中庭にあるアズマ屋でお弁当を食べながら、百合恵は未だに顔を赤く染めていた。一望にとっても、少しそうではあったのだが、百合恵にとって“お姫様だっこ”の衝撃は自分の比では無かったらしい。

 事実を知った後の恥ずかしがりっぷりと言ったら………1時間目の休み時間など、一望が付き添って教室に送り届けた程だ。

 だが暫くすると、百合恵はハァっと大きく溜息を付いた。


「………どうしたの?」

「……重いって……思われなかったかなぁ?」

「………う~ん。軽々やってた様に見えたけどなぁ。てか、百合恵は、少し華奢すぎる位なんだから、もうちょっと食べた方が良いと思うよ?」

「そう……かなぁ……?」


 百合恵はそう言う一望を見る……太ってもいなければ、痩せ過ぎてもいないバランスの良い整った体型。胸元や腰回りは、緩やかなカーブを描き、女性らしい膨らみを見せている。

 対して、自分はどうであろうか? なるほど、さっきは重いかどうかを気にしてしまっていたが、華奢……と言うより痩せ過ぎと表した方が良いかも知れない。

 その所為か、胸の膨らみも、腰の丸みも足りない気がする。そもそも、バストのカップ数で言ってしまえば蘭華()にすら負けている位なのだ。もしかすると自分は女性としての魅力に欠けているのかも知れない……紗雪レベルとまでは言わないが、せめて、あの半分位は欲しい……と百合恵は思った。

 そうなると、別の不安が湧いてくる。


 ………公士くんは自分を背負っていて、つまらなかったのでは無いか? ………


 実際には、そんな問題では無いのだが、百合恵にとっては切実な悩みであった。

 百面相を始めた百合恵を見ながら、(そんなに問題かね?)と一望は思う。そもそも百合恵は、自分と違って、穏やかで気配りが出来、優しげな雰囲気と芯の強さを兼ね備えているのだ。女の子らしい……という言い方をするのなら、彼女の方がずっと女の子らしいと思う。

 入学当初、ベリーショートだった髪を伸ばしたのだって、百合恵を見て(少し女の子らしくしようかな?)と思ったからなのだ。

 第一、あの男なら、そう言った事など気にはしないだろう。頓着が無いというより、優先意識が低い……と言うのか? クラスの男子の様に、女子の外見やバストサイズなどで盛り上がっている所など、見た事がないし、想像も出来ない……まぁ、ムッツリの可能性も捨てきれないのだが……

 百合恵の気持ちは分かる……彼女のとって、公士は“特別”なのだろう。だからこそ、些細な事で思い悩み、一喜一憂する。羨ましくもあり、悔しくもある。

 百合恵にとって、自分も“特別”であると思ってはいる……親友……と言う意味で……

 しかし、それはやはり、公士に対する“特別”とは違う物なのだ。

 一望自身、別に公士を嫌っている訳ではない。他のクラスの男子よりは親しい方だと思う。一緒にいて他の男子より気を使わないでいられる分、気楽な相手ではあるし、身体能力の高さやTRPGのマスタリングの能力は素直にすごいとは思う。

 それに…………


(すぐに俺を呼びなよ……)


「……………………………」


 でもまぁ………


(嫌われるより、好ましく思われている方が良いのかな?)


 一望は、そう思ったのだった。






 放課後になり部室に行くと、深聡と慧流乃が二人で部室前に立っていた。たぶん、紗雪待ちであろう。と、こちらに気が付いた深聡が小走りで駆け寄ってきた。


「あ、おはよう、深聡ちゃん!」

「おはよ~」

「あ、あの……」

「?」

「渚先輩、お体の方は、大丈夫なんですか?」

「え?」

「どうしたんですか?」


 一望達に気が付き、慧流乃も近づいてくる。

 一望と百合恵は、お互いに顔を見合わせる。


「……公士に聞いたの?」

「え? いえ、今朝方、教室から公士君におぶわれた渚先輩とそれに付きそう九竜先輩をお見かけした物で……」

「あー、見られてたんだ……」


 考えてみれば当たり前だ、朝の登校時間で、普通に正面玄関を使っている。そもそも、正面玄関は教室から丸見えなのだ。

 百合恵が恥ずかしさで顔を押さえる。

 今朝は、周りに気を回す余裕がなかった事もあるが、思い起こしてみれば、登校途中に何人もの生徒とすれ違ってもいる。その生徒達は、背負われた百合恵を目撃しているはずなのだ。

 百合恵が教室に戻った時、体調を気に掛けてくれた友達はいたが、背負われていた事について追求してくる者は居なかった。恐らく皆、気を使ってくれていたのだろう。


「気にはなって居たのですが……上級生の教室に伺うのはのは、やはり敷居が高くて……一応、お昼にはお二人の教室に足を運ばせていただいたのですが……」

「あー」


 中庭に移動していた一望達とは入れ違いになっていた様だ。確かに、昼休み終わりに教室に戻った時、クラスの男子が「美少女が来ていた」と言った事で騒いでいた様に思う。

 あれは、深聡の事だったのか………

 一方の百合恵は、恥ずかしさで顔を手で覆ったまま、たまらずに踞っていた。


「消えちゃいたい………!!」


 まぁそうだろうな……と一望は思う。


「しょ、しょの、お、おんぶしてもらったでしゅか?」

「氷上さん……少し、落ち着きましょうか?」

「えっと、その……慧流乃さん? もう、止めてあげてもらえるかな?」

「~~~~~~~~~~っ」

「でもっ、しょのっ!!」


 慧流乃の興奮は、治まらない様で、自分でも何を聞いて良いのか分からないまま、意味の分からない言葉を羅列する。そんな彼女を落ち着かせようと、宥める深聡と一望。

 その横で、百合恵は終始、顔を押さえたまま、踞っていたのだった。

 結局、彼女たちの、その騒ぎが納まるのは、鍵を持ってきた紗雪の到着を待っての事だった。


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