キャラクターメイクと真面目な彼女
「先ず、メインクラスとサブクラスを決めて下さ~い」
百合恵はそう言い、コピーしておいたクラス一覧を皆に配る。
「どれがメインで、どれがサブなんですか?」
慧流乃が尋ねる。
「そこに書いてあるクラスは、どれもメインにも、サブにもなるよ? メインにした時とサブにした時で、使う基本値が変わるだけで……」
「ああ、各クラスの所の【基本値】の数字に/があるよね? その左の大きい方がメインにした時の数字で、左がサブで選択した時の数字だよ」
百合恵の言葉に、公士がフォローを入れる。
「でね? メインのクラスで持てる【神呪】が1つ決まるから………………」
………………………………………………………………………………………………………
「……………【出身】と、【経歴】と、【因縁】……え~と、ダイスで決めるのは以上かな?」
「………[一般家庭]【出身】で、[穏やかな日常]の【経歴】を持っていて、“魔王アマオトコロ”が[宿命のライバル]って【因縁】なんでしゅ……すが……」
「何で【因縁】だけ、そんなドラマチックに……?」
慧流乃の【ライフパス】に、流石に一望も苦笑する。
「え~と? ふり直す?」
「……いえ、このまま行きましゅ……」
「まぁ、そう言うのも醍醐味だよね~………おね~ちゃんは[盗賊]【出身】で、[復讐者]と言う【経歴】を持っていて、“蛮族王リュドー”が[恩人]って【因縁】か……う~ん、分かり易すぎて面白味が無いかな?」
「私は[王族]【出身】で[天啓を受けた]【経歴】が有り、【因縁】が“豪族パルネラ”と[親友]ですか……成る程……」
「あたしの【出身】は[騎士の家系]で、【経歴】が[行方知れずの親兄弟]、【因縁】の相手は“将軍エルサルバドル”で、[敬愛]している訳ね? 品行方正な元騎士……って所かな?」
全員の【ライフパス】が決まったのを見届けて、百合恵が言う。
「じゃぁ、後は名前かなぁ?」
「名前………」
慧流乃がムウっと唸って考え込む。
「……どんな名前が一般的なんでしょうか?」
「あ~、そうかぁ……えっと、これ、NPC一覧!」
そう言って百合恵は、ルールブックを開いて見せた。ルールブックのそのページには、NPCの名前とプロフィール、そして顔のイラストが載っていた。
慧流乃は、ペラペラとページをめくる。
「……基本は海外風? ですか? ……でも、和名っぽい人もいるんですね……東夷国? ふむ? 魔族には、日本神話風な者も多いですね………」
「そうだよねぇ……でもPCは人間世界の者だから、そっちで考えてくれると、ありがたい……かなぁ?」
「むぅ」
慧流乃が再び長考に入る。
「書き終わりました。渚先輩、確認お願いします。」
深聡がシートを百合恵に渡す。百合恵は暫くシートを眺めていたが、後ろからのぞき込んでいた公士の方を見る。
「良いんじゃないかな?」
その、公士の言葉に、百合恵もニコリと微笑み「問題ないよ~」と言って、深聡に返した。
そして、一望と紗雪が、次々と確認に渡す。百合恵は、それらも問題がないと確認すると、二人に返した。
そして、それから遅れる事数分……慧流乃がシートを手渡した。
「うん、良いと思うよぉ」
微笑んで、百合恵がシートを返す。
「はい!!」
それに対し、慧流乃は満面の笑みで、そう答えた。
「時間が無いし、セッションは明日かな?」
「そうだね……ユリユリもシナリオを読み込む時間が欲しいでしょ?」
「う~ん。そうですねぇ、欲しいですね~。」
紗雪の言葉に、百合恵が賛同する。
「そう? じゃぁ、今日は少し早いけど、解散って事で!!」
「なら、俺は活動記録書、書いちゃいますね」
「では、私は今日は帰らせていただきます」
「えっと、その、慧流乃もきゃ……帰ります……」
そう言って1年コンビが席を立つ。
「……えーと、あたし達はどうしようか? 百合恵……」
「わたしは~。少し残ってシナリオを読んでみる………公士くんに聞きたい事とか出るかも知れないし……」
「なら、あたしも少し残るか……」
「あのぉ、公士くん……良い?」
「あー、うん。聞きたい事が有れば何でも聞いて。」
「では、今日はこれで失礼します」
「え、えと、失礼しましゅぅ………」
「「「「お疲れさま!」」」」
そう話がまとまると、1年二人は部室を出て行った。
サプリメントの付属シナリオに目を通しながら、百合恵はチラリと公士を見る。アルカイックスマイル……というのであろうか? いつもなら微かな笑みを浮かべているその顔は、今は口許が引き締められ、いつもより凛々しく見える。
「ん? 何? 質問?」
百合恵の視線に気付いた公士が尋ねる。
「え? その~、そうじゃ無いんだけど~」
「………?」
「いつも、どんな事書いてるのかなぁって……」
「? ……ああ、活動記録?」
「う、うん!」
「特に大した事は書いていないよ?」
公士が、百合恵に活動記録書を差し出す。
書かれているのは、部員の名前と記録者の名前……昨日と違うのは、1人分増えている事だろうか……活動内容としては、「アフタープレイ、経験値の計算」「新GMの確立」「新しいセッションの為のキャラクターメイク」と言った物……“新GM”自分の事だ……そう思うと、百合恵の心が高揚する様な気分になった。
「……良い?」
「うん! ありがと~」
百合恵から、活動記録書を受け取ると、そのまま紗雪に差し出す。
「じゃ、紗雪さん、これ」
「はいよ!」
活動記録書を受け取ると、紗雪は、印鑑を持ってきて、記録書の“印”と書かれた空白にポンっと押す。
「で? ユリユリ、まだ残る?」
「え? え~とぉ……」
チラリと公士を見る。
「時間までなら付き合うよ?」
「ホント?」
「う~ん、じゃぁ、おね~ちゃんも……」
「もし、何だったら、鍵は俺が返却しとくけど?」
「良い? じゃ、任せた! ……イチホンは?」
一望は暫く考え、百合恵と公士を次々に見る。
「………じゃあ、今日はあたしもこの辺で……」
そう言ってカバンを手に取る。
去り際に、色々な意味で「頑張ってね」と、親友に声を掛けようかと思った一望だったが、何故かそれが躊躇われ、結局、「GM、期待してるよ」とだけ言うと紗雪と一緒に扉に向かった。
「「じゃ、お先〜!」」
「お疲れ。」
「お疲れさま〜!」
「あたし、心が狭いんですかね?」
「え? 何が?」
「いえ、何でも無いです……」
廊下を連れ立って歩いている時、一望はポツリと質問を口にした。
多分、本人も答えを求めていない、この言葉を紗雪はあえてスルーした。
「集中しなくちゃ……」
そうは、思いはすれども、どうしても落ち着かない。
学校の中とは言え、二人っきりと言う状況。
手を伸ばせば届く二人の距離。
もしかすると、自分の鼓動が聞こえてしまって居るのではないか? と思う程、百合恵の心臓は早鐘を打っていた。
百合恵の目の前では、公士が自分と同じ様にルールブックを読んでいる。
窓から差し込む光が公士の顔に陰影を作り、絵画の様な雰囲気を醸し出していた。
ふと、見惚れていたらしい自分に気付き、顔を赤く染める。
「大丈夫?」
百合恵の様子に気付いた公士が声を掛ける。
「えひゃい!」
つい、変な声が出てしまい、俯く。
(変に……思われちゃったかな?)
チラリと様子を伺うと、公士は苦笑しながら頭を掻いていた。
「……氷上さんさ……」
「?」
唐突に公士が話はじめる。
「彼女、どんなプレイするんだろうね?」
「………あ〜うん。そうだねぇ……」
「多分だけど、一望のスタイルに近い気がするんだよね。」
「そう……かな?」
百合恵は、二人の事を頭に思い浮かべる。快活な一望と、一生懸命そうな慧流乃。
ポジティブそうな所は同じかも知れない。
「彼女……さ、世界観に関する所、一生懸命に聞いてたから、キャラクターがちゃんと、世界に馴染む様に考えていると思うんだ……」
「希望的観測かもしれないけど」……と公士は続けたが、百合恵はそんな風に慧流乃を観察をしていた公士に驚く。
初GMと言う事もあって緊張していた事もあるだろうが、百合恵には、そんな様な皆を見ている余裕など無かったし、プレイヤーとして参加していた時に、プレイスタイルの差異に気を配った事など無かったからだ。
精々、「演技上手いな〜」とか、「格好良い台詞だな〜」と思っていた程度である。
よくよく考えてみれば、自分の行うのはGMである。つまりは、シナリオに出てくるNPCも担当する事になるのだ。だとすれば、PCの時みたいに、ほぼ自分の素で話すと言うのは拙いのではないか?
そう思うと、再び緊張がぶり返してきた。
「あ、あの公士くん。公士くんはNPCを演じる時、どうしてるの?」
言った後、百合恵は激しく後悔した。……この聞き方ではまるで、自分が公士のNPCを見ていないみたいではないか? ………
しかし公士は気にした様子もなく少し考える。
「俺は“落語”とかを参考にしてるかな?」
「……落語を?」
「うん、あれは、昔の庶民の暮らしを語る物も多いからね、それこそ老若男女、色々な登場人物が出てくるんだ。それを噺家さんは1人で演じ分ける……だから、勉強になるよ?」
「へぇ……」
百合恵には無い視点だった。
キーンコーンカーンコーン
放課後のチャイムが鳴る。
「もう、時間か……結局、あまり時間がとれなかったね……」
「ううん! ありがとう!」
苦笑して言う公士に、百合恵は笑顔でそう言った。
自宅マンション、その一室の彼女の私室。百合恵はまだ、公士から貸して貰ったサプリメントの付属シナリオとにらめっこしていた。その後ろのベッドでは、妹がソフトキャンディーをほおばりながら、ごろごろしている。
「姉ーやん、キモい………」
眼鏡を掛け、大判の本を熟読しながら、時折ブツブツと何か台詞らしき物を呟く姉に、彼女、渚 蘭華はそう言い放った。
「………文句が有るなら、自分の部屋に帰りなさい………」
百合恵の言葉に、蘭華がつまらなさそうに、唇を尖らせる。
「てかさぁ、勉強って訳じゃ無いんでしょ? なんで、そんなに真面目にやんの?」
「何でって……」
「ほら、答えらんない……」
「ぶ、部活だからよ……ちゃんとやらないと迷惑を掛ける人もいるの!」
「ふうん」……と姉と同じ亜麻色の髪をかき上げながら、蘭華が気のない返事をする。
「迷惑を掛ける人って……誰?」
「え? それは……」
言って、1人の人の顔が浮かび、百合恵は少し頬を染める。その反応に眉根を寄せ、蘭華が言う。
「一望って人?」
「え?」
姉から度々聞く名前。おそらく、姉が高校に入ってから最も仲がよいと思われる相手。しかし、この姉の反応から、どうやら違うらしいと悟る。
だとするなら、高校には他に姉が気にする相手がいるらしい。
(……まさか、男じゃあるまいな?……)
「違うよ? 一望ちゃんは……」
迷惑に思うだろうか? そう思いはしたが、どうしても彼女が嫌がっている所を想像出来ない。せいぜい苦笑しながら「しょうがないなぁ」と、言っている場面が思い浮かぶ程度である。
「……怒らないよ?」
むしろ、公士に呆れられる事の方が怖かった。もちろん公士にした所で、そんな態度を見せる事は無いだろう。彼は、何時だって優しかったし、ややおっとりな自分の言葉を最後までちゃんと聞いてくれる男子だ。百合恵を突き放す様な事などしはしないだろう……ただ、百合恵が、そう思われたく無いと言うだけだ。
蘭華は、「ふうん」…と再び唇を尖らせる。
「でも、姉ーやん、やっぱりキモい……」
「!! ……だから、だったら、自室に帰りなさいと……言っているでしょう!?」
流石に、これ以上姉を怒らせるのは拙いと思い、自身の髪の先を弄びながら、口をつぐむ。
大人しくなった妹を見て、百合恵はシナリオの確認を再開した。
そんな様子の姉を見て蘭華は思う。
(部活だって言うけどさ……それほど必死にやんなくちゃいけない物かな?)
聞いた所では、文化部で、大会やコンクールが有る訳でもないらしい。
「百合ちゃ~ん、お風呂見てくれる~?」
「……蘭華ちゃん? お願いして良い?」
「姉ーやんが呼ばれたんでしょ?」
百合恵が蘭華を非難の目で見る。
「百合ちゃ~ん?」
「呼んでるよ? 姉ーやん?」
「もう!」
サプリメントを閉じ、百合恵が席を立つ。
「………………………………」
姉が出ていったのを見計らって、蘭華はサプリメントとやらを手に取る。姉が、あんなに一生懸命に見ているのだ、どんな物だろうと思い、見てみる事にしたのだ。
何か、最初こそ、マンガ何か何かが載っていて、面白そうだったのだが、すぐに文字と数字と表に埋め尽くされ、何やら面倒な事が書いてある。
「なんじゃこりゃあ!?」
そう思い後ろを見ると、¥3'800もする。下手な参考書より高いのである。
姉は、これをゲームだと言っていた。
確かにゲームソフトだって新品で買えば、同じ位する。
しかし、これは本だ、書籍だ、自分の持っているアイドルの写真集だって、こんなには……するものもあるが、あれはフルカラーで写真だ。何より癒されるのだ。こんな参考書モドキとは違う!
姉、百合恵は、妹の自分から見ても、お人好しでちょっと放って置けない所がある。
もしか……もしかしてだが……
(姉ーやん騙されて無いよね?)
そんな疑惑が蘭華の心に渦巻いたのだった。