ゲームプレイと彼女の判定
「さて、自己紹介から始めますか…じゃぁ、渚さんから、時計回りで」
「は〜い。じゃあ、わたしのキャラクターは“リリム=エアリア”。クラスは[重戦士/気法師]男性で近接メインかなぁ?」
「百合恵が壁役とか、珍しいよね?」
一望の言葉に、百合恵がエヘヘと笑う。
「御門先輩、クラスって何ですか?」
「あー、最近のゲームとか、MMORPGとかも、やった事無いんだっけ?」
「しゅみません……」
「いや、えーと。クラスってのは、ゲーム内における、職業……みたいな物かな? [WEOZ]だと、メインとサブの2種類を選択して、決定するんだ」
「職業……ですか?」
「うん。そのクラスによって、最初の能力基本値とか、使用出来る技……スキルとかが変わるんだよ」
小声で聞いて来た慧流乃に、公士が答える。
慧流乃は、同じサイズの椅子に座って尚、公士より、頭1つ小さく、見れば、足もプラプラとさせている。
(妹とか居たら、こんな感じなのかな?)
と、そう思ったのだが、同時に……
(バッカ、妹なんて、理不尽の化身だぞ? 母親とつるんで男性陣蔑ろにするし、その割に、親父は向こうに甘いし……)
と、言うクラスメイトの話を思い出し、微妙な気分になった。
「公士君? 宜しいですか?」
「えーと、うん。ゴメン、続けて?」
どちらかと言うと、クラスメイトの言う“妹像”に近い方である深聡の、険の有るの声に思考を戻され、紹介の続きを促す。
「私のキャラクターは“オリビア・フォン・エッシャンロッテ”、クラスは[神巫女/召喚師]、女性で補助、回復役に成りますか……」
「回復役なの?」
「ミサッチにしては、大人しめ?」
「……そうでしょうか?」
「んじゃ、次はおね~ちゃんかな? 名前は“ソーハ=ミナヅキ”[忍者/狩人]で、性別は秘密、斥候とか暗殺要員? みたいな感じで!」
「秘密?」
「秘密! 問題でも?」
「さっき確認した時は、男装の麗人とか書いて無かったっけ? まぁ、良いけど……」
公士は頭をかきつつ、手元のメモを書き直す。
「次はあたしね。あたしは“アベル=ゲイン”、クラスは[錬金術師/風水師]男性で遠距離攻撃型。先のアダム=ゲインの双子の弟で、幼い頃に生き別れて……」
「うん、分かった、知らない子も居るから、内輪ネタは、止めておこう?」
「え? あ! そ、そうね……以上よ!」
自己紹介……と言われて、(何を?)と一瞬思ったが、自身のキャラクターを全員に紹介している様子を見て、ああ、こう言う事か……と慧流乃は納得する。
皆のキャラクターシートをみれば、全員、ステータスを書き込んであり、なるほど、このキャラクターを使ってゲームをするんだな……と思った。
良く見てみれば、深聡など、右上の空白[キャラクターイメージなど]と書かれている場所に、自身のキャラクターであろう、やけに耽美なイラストまで描いてあった。
もっとも、一望の方の同じ場所には、恐らく設定であろう文章が、書き連ねて有ったのだが……
全員の自己紹介が終わると、公士は衝立の裏で、ゴソゴソとレポート用紙の束を取り出し、そこに書かれた文章を読み始める。
「さて、オープニングです」
そして語られたのは、魔王軍対、諸王国連合の戦争の様子。
魔王の住む魔界から、人間界に来る為のルートは限られて居るのだが、その内の一ヶ所の封印が破られ、そこから、一騎当千の魔将軍が送り込まれて来ていた。
諸王国連合は、数こそ多いのだが、個体での強さは魔王軍の方が、遥かに高い。
今の所、力は拮抗してはいるが、ちょっとした事で、そのバランスは、いつ崩れてもおかしくはない……と言う状況。
そんな中、遊撃部隊として集められたプレイヤーキャラクター……PC達。
そんな彼等の前に、怯えた部隊付きの侍女が逃げ込んで来る所から、物語は始まった。
「さて、怯え、錯乱していた侍女……マリアンヌは……リリムの幼馴染みなんだけど……」
「そうなの?」
「え? う〜ん。じゃぁ、やっぱり、心配するかな? 『どうしたんだい? マリアンヌ?』」
「すると彼女は、こう話す……『リリム! 助けて! 私、殺される!』……と」
「物騒ね……『マリアンヌとやら、何があったか話せるでゴザルか?』」
「ゴザル?」
「何?」
「…………いや、男装の麗人だったら、似合わなかったな……と……」
「だから、直したでしょ?」
紗雪がニパっと笑う。
「……GM、続けて貰えるかしら?」
「え? あ、ゴメン……マリアンヌは言うよ? 『わたし、見てしまったんです……ヒューリン将軍が、魔族と密会してる所を……』」
「キナ臭い話ね……」
「GM、ヒューリン将軍って、どんな人なの?」
一望の質問に、公士はレポート用紙をパラパラとめくる。
「えっと、じゃあ【情報:軍事】か【社会】で振って貰えるかな?」
「【社会】は平目?」
「うん」
「【コネクション】で“エルサルバドル将軍”を取得しているのですが……?」
「あー、じゃぁ[+2]で……」
自分のシートを見て、何かを確認しつつ、ダイスを振る部員達を見て、慧流乃が尋ねる。
「あれは、何をしてるんですか?」
「うん? あーっと、【判定】。[WEOZ]だと【上方ロール】って言って、キャラクターの【能力値】に、ダイス2個の出目を足して、その合計数字が、指定された行動の難易度より、大きい数字だったら成功になるんだよ……今回は【情報判定】だから、【達成値】……合計数の大きさで得られる情報の量が変わるから、難易度は言わなかったんだけどね……」
そう言って公士は、レポート用紙の一ヶ所を指し示す。
そこには“ヒューリン情報”と書かれていて、7、10、13と言う数字ーーこれが難易度なのだろうーーそれと各数字に、情報の内容らしき、メモ書きがしてあった。
やがて部員達は、達成値を宣言しあい、公士は、その数字に対応した情報を語った。
(はぁ、こうやって遊ぶ物なんですね……)
慧流乃は、納得して1人頷いた。
話は、ヒューリンの子飼いの暗殺者を返り討ちにし、証拠固めをする事に纏まった所で、一旦休憩に入った。
手洗いから戻って来て部室に入ると、公士が1人、シナリオの確認をしていた。
なので、慧流乃は、さっき見ていた時に、疑問に思った事を聞いて見る事にしたのだ。
「御門先輩……」
「うん? 何?」
「さっき見ていて思ったんでしゅ……が……」
「……うん。」
「途中、いくちゅ……つ……か、そのレポート用紙に書いて無い場面がありましたけど……」
「えー、まぁ、アドリブ……だね。」
「え? 即興だったんですか?」
「うん、まぁ、TRPGの性質上……ね。PCの行動が話の流れ上、不自然で無ければ、止める理由は無いし……ね……」
慧流乃は目を丸くして、公士を見る。
「そう言う、物語のフレキシブルさも、TRPGの魅力の1つではあるから……」
「でも、聞いてる限り、当然みたいに、話が繋がってましたよ? 新しい話を作りながらやってた様には……」
「あー、いや。俺の場合は、新しいエピソードを加える事で、軌道修正を計ってるだけだから、全く別シナリオを構築してる訳じゃ無いんだよ……まぁ、中には、全くの別シナリオを構築する人も居たけどね……」
公士が苦笑しつつ、そう言った。
慧流乃が「それは……」と言い掛けたのと、他のメンバーが戻って来たのは、ほぼ同時だった。
「さて、後半戦、時間も無いし、チャッチャと始めようか……」
公士は、そう宣言した。
後半戦、百合恵こと、リリムのファンブル等があり、証拠固めにこそ失敗したものの、ヒューリン将軍が他の魔界通路の封印を解き、魔族を招き入れようとしていた事実を突き止め、本人の捕縛には成功した。
そして、ヒューリン将軍によって、魔界に先攻した特別選抜隊の働きにより、四天王が倒れ、魔王が重症を負って居ると言う情報が、握り潰されていた事が判明する。
「『そうか……兄さんは……』」
「え〜と。そうだねぇ『その事が事実なら、今が総攻撃のチャンスじゃ無いかな?』」
「うーん、でも、そうすると、ヒューリンの動きは、不自然じゃ無い?」
「そうですね……このまま行けば、諸王国連合の有利ですのに……『何故、こんな裏切り行為を?』」
公士は、少し考えると……
「【威圧】か【説得】でロール、難易度は……18!」
と、言った。
途端に、少女達の表情が厳しい物へと変わる。
「……6ゾロ以外無理……」
「【尋問】が出来れば、9以上で……オージ、駄目?」
「うーん、それなら……」
「わたし~、【威圧】で10以上なんですがぁ……」
「今回、出目が奮っていませんですからね……渚先輩……」
「……誰も【説得】は持って居ないんだ…」
「何か?」
「あ、いや……」
そうこうしている内に、紗雪と百合恵がダイスを振る。
「アチャ、駄目だった。」
「あっ、あっ!」
「え? 何?」
「……また、ファンブルですね……」
「うーん、もう最後だし、ここで使っちゃおう! 【神呪:イクタマ】! ……これで、その判定は、クリティカルだ!!」
「有難うございます! 部長!」
百合恵の判定を【神呪】を使って成功させる紗雪。公士は、少し考え語った。
「『オマエ等に、このワシの積年の怨みなど、分からん!』」
「怨み?」
「『そうだ、魔界の血を受け生まれた、このワシは、幼い頃から迫害されてきた! そんなワシの友は、封印回廊から出て来た妖魔だけだった!!』」
「封印回廊って何だっけ?」
「封印された魔界との通路の魔界側の名称だったかと……」
「“デップリと太った体に嫌らしい笑みを浮かべ”……だっけ? オークハーフかな?」
「オークは、何と子を成してもオークに成った筈ですが……」
「え〜と『それで?』」
「『やがて、ワシに、魔界側からの命令があった! もうすぐ、魔界は人間界に進行する、その為、人間側のスパイを行え……と!』」
「うーん。『だからと言って、その為にどれ程の血が流れたか、分からんでゴザルか!?』」
「『知った事か! そもそも、ワシの唯一の友を殺したのは、人間共なのだぞ!!』」
「気持ちは判らなくも無いですが……」
「でも、それとこれとは違うと思うんだけど……」
「ゴメン、感想は後にして……『だか、魔族の者達は違った。ワシの軍内での信用を高める為に、その身すら擲ってくれた!!』」
「え? じゃぁ、こいつの武勇は、ある意味、魔族の自作自演って事?」
「怖いですね、そう言った感じに、軍内で高い地位に居る者が、どれ程いるかと思いますと……」
「そうねぇ〜」
「………全員【知覚】で判定……難易度は18」
「え?」
「ウソォ!」
「あ〜。う〜ん……」
「! ……ッ!」
公士の宣言に、再び部員達の嘆きの声が響く。
「【危機感知】は、使えない?」
「PCに対する物じゃないから無理かなぁ……」
「6ゾロじゃないと無理!」
「あたしも~……」
「……わたしも……です……」
「……まったく、この鬼、畜生は!!」
「誰か【神呪】は……」
「おね~ちゃん、さっきので最後」
「あぁ~! 部長、御免なさい!!」
「ユリユリの所為じゃ無いさ……」
「そうです! 全ては、この根性の悪い、どS門鬼畜ジ君の所為です!!」
「……色々酷くないかな?北条さん……」
騒然とする部員達を窘める紗雪。
「取りあえず、1/36で、成功する確率は有るんだから、ロールしてみよう? ね?」
眉根を寄せつつ、ダイスを振る少女達。そして結果……
「ヒューリンは眉間をクロスボウの矢で打ち抜かれ『魔王軍に栄光あれ』と言い残し、絶命した……」
と、時間を見て公士が慌てて言う。
「ゴメン、今日はここまで!! 急いで撤収!!」
時間を見れば18時30分を回った所だった。つまり、完全下校まで20分と少し。
「俺は、活動記録書いてから帰るから、みんなもう上がっちゃって!!」
「あ、おね~ちゃんも残るよ~」
「うん、ありがとう」
「あ、あのっ、慧りゅ……流乃も……」
「あ、いや、7時になると、結構まだ暗いから先に帰っちゃって? ……あぁ、興味が湧いた様なら、また明日、ここで!」
「はっはい!」
そのやり取りに、モヤっとした物を感じた少女達であったが、公士の言うとおり、完全下校時間まで余り無かった為、急いで支度をすると、公士と紗雪のやり取りの聞こえる部室を後にした。
その時、最後に扉を出た百合恵は一瞬立ち止まっって振り返る。
「お疲れさま……公士くん……」
その囁く様な声が、公士に届く事は無かったが、百合恵は満足してそこから立ち去った。