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部活見学と4人の部員

 カランコロンと小気味良い音が響く。向かい合わせに動かされた机の上にはキャラクターシートに筆記用具……そして、正六面体の小さなサイコロが幾つか置いてある。

 紗雪達は、そのサイコロ……ダイスを2個セットにして転がし、その出目を見ては、何やらメモを取っていた。


「出目が…偏りますね……」

「う~ん。ここで出目が良いと、実際のプレイの時に揺り返しで悪くなりそうで、怖くなるよねぇ……」


 深聡の呟きに百合恵が答える。

 実際、百合恵の今まで5回ダイスを振った結果は、全てが8以上で、ダイス2個の合計の平均値以下になる事がなかった。


「まぁ、ユリユリ!能力が高い分には、問題は無いでしょう?」

「まぁ、きっと、いざと言う時のダイスの出目が“致命的失敗(ファンブル)”になる位だよ!百合恵!」

「それ、駄目な例だよね?一望ちゃん!」


カラカラカラ……


「ゴメン、遅くなった。」

「あ、オージ!やっと来た………?え と、誰?」


 部室の入り口から、公士に少し遅れて、少女が入る。

 紗雪や一望、百合恵には見覚えの無い少女。


「氷上さん?」


 深聡がその名前を呼ぶと、その少女……慧流乃は、ペコリと一礼をした。


「は、はじめまして! 氷かみゅっ……」


(あっ咬んだ!)

(ありゃ、咬んだね…)

(あら~、咬んじゃった?)

(咬みましたね……)


「氷上 慧りゅ乃…でしゅ…………」


(………っ!)

(う~ん……)

(あ~……)

(………)


 真っ赤になって俯く慧流乃。


「……氷上さんは、この部の、部活見学をしたいんだって!」

「うぅ……御門先輩……」


 あえて空気を読まず、朗らかにそう言う公士に、慧流乃が助けられた子犬の様な瞳を向ける。

 それに対し、微妙な表情で紗雪が言った。


「そ、そう、えと、氷上……さん? 部活見学? 大歓迎だよ! ゆっくり見ていってね!」

「?」


 紗雪の態度が、若干ぎこちなく見えたのは、気のせいだろうか?一望は、そう思ったが、それよりも……


「5月も終わりのこの時期に? これまでは何かやろうと思わなかったの?」

「え? その……え~と……」


 乃坂高校では、部活への参加が必須ではないとは言え、有象無象も含めて、良くも悪くも部活動は盛んである。それこそ、その気になれば、自分で部を立ち上げる事もそれほど難しくはない。

 にも係わらず、こんな中途半端な次期に入部…するかどうかを決める為に見学しようと言うのである。一望の疑問は尤もな事だった。

 それを見ていた公士は、一望の腕を掴み、部室の端へと引っ張って行く。


「何? 公士?」


 声を荒げる一望に、公士は小声で言った。


「あのさ、さっき彼女と話す機会があったんだけどな?」

「?」

「彼女、中学時代は、運動神経がアレ過ぎて、辞めさせられたそうでさ…それに、北条さんがこの部に居るって聞いて(見学したい)って言ってきたんだよ……」


 ーーぼっちーーそんな言葉が一望の脳裏をよぎった。それについては公士も同意見だったらしく、ハッとした一望の目を見返すと、コクリと頷いた。


「ゆっくり、見ていってね。」


 二人が戻って来た後、一望は優しげにそう言った。


(何があったんだろう?)


 残されていた4人、皆がそう思った。




 自己紹介をされ、慧流乃は、目の前にいる4人の女生徒を見て、改めて息をのんだ。

 深聡は、言うに及ばず、その他の部のメンバーも魅力的な人達だと思った。

 3年で部長と紹介された、紗雪、身長は160ソコソコ位か? 運動部だと言われても納得できそうな、しなやかな肢体に褐色の肌。親しみの持てる笑顔をしていて、その胸は、制服の上からでも判る程にその存在を主張している。

 ましてや、公士とは幼馴染みだとか。付き合いが長い分、気心も知れて居るだろう……

 羨ましいなと慧流乃が思ったのは秘密である。

 2年生の二人、一望と百合恵。勝ち気な印象を受ける一望は、整った顔に均整の取れた体つきをしている……何と言うか、風紀委員長! と言う感じのイメージで、正義感とか強そうな感じだ。

 先程、公士と何やら親し気に話して居たが……

 百合恵の方は、一望とは逆に、全体的に優しそうな印象をを受ける。

 逆印象なのに、同じ様に魅力的と言うのは、何か卑怯な気がする。

 優し気な表情に女の子らしい仕草、鈴の様な声は癒し系……と言うのだろうか?

 そして、同じ1年でクラスメイトでもある深聡。最早、説明するまでもない程の、同性でもため息が出る様な美少女。

 育ちの良さが滲み出る所作と言葉遣い。その上、気さくで性格も良い為、クラスにファンも多い。

 ………自己紹介を交わしただけだと言うのに、慧流乃は敗北感に打ちひしがれる。なんと、世界の残酷で不平等な事か……

 そんな慧流乃に百合恵が声を掛ける。


「え〜と、大丈夫?気分が悪いなら、少し休もう?」

「……大丈夫です……慧流乃は、世界の残酷さを嘆いていただけなのです……」


(((((何故!?)))))










「今やっているのは、キャラクターメイキング。コンシューマーRPGで言う所のステイタスを決めて居る所。」

「? コレをゲームに打ち込むんですか?」

「打ち込ま無いよ?ゲーム機は使わないんだ……」

「?」


 公士以外の部員がやっている作業を慧流乃に説明する。

 TRPGと言う単語は知らないが、RPGと言う単語は知っている。

 その為か、イメージに引き摺られ“会話で行うRPG”と言う物を上手く想像出来ないらしい。

 しかし、公士にしても、キャラクターメイキングをキャラクターエディットと言ったとして、やる事は限り無く近くとも、余り、しっくり来る気がしない。


(こればっかりは仕様が無いかな?)


 と、公士は思う。

 例え、現行のRPGがTRPGから派生した物であるとしても、発表媒体や表現手法が違えば、それは最早、別物である。

 それこそ、TRPGとRPGでは、舞台演劇を演じるのと、DVDを見る位に違いがある……

 それを同じ様な言葉で説明しようと言うのだから、齟齬や誤解が生まれるのは仕方がないと言える。


(やって貰えれば判り易いと思うんだけどな……)


 そう思った。

 一方の慧流乃はかなり焦っていた。

 疑問に思っていた、現代遊戯と言う物は、所謂テーブルゲームの事で間違いないらしい。

 その中でも、公士達がやっているのは、TRPGだと言う……RPG……それなら慧流乃も知っている。

 モンスター集めをするゲームなら、慧流乃もやった事もあるからだ。

 しかし……部活でそんな事をやっていて、大丈夫なのだろうか?それとも、いわゆる、ゲーム部みたいに、ソレ専門で作っているのだろうか?

 研究部と言う位なのだから、プレイしてるにしても、自分が遊んでいた様な事とは、一線を画す事をやって居るんだろう……進化や配合を極めたり……いや、それなら、小学校でも、男子とかはやって居た様な? 攻略本片手に……

 しかし、部室に入った時、慧流乃が見たのは、そんな想像とは全く違うものだった。

 TVやゲーム機等は、勿論無い。

 ましてや、携帯ゲーム機が置いてある訳でも無ければ、ソシャゲをしている様子でもない。

 向かい合わせの机の上には、紙と筆記用具 そして、分厚い本……まるで、試験勉強でもしている様に見える。

 しかし、勉強会と違うのは、机の上に散らばる、慧流乃が見た事も無いような、色とりどりのサイコロ。

 勉強会では無い様ではあるが、ゲームと言われても……

 サイコロを使うのであれば、スゴロクの様な物なのだろうか?

 それにしては、ボードが無い。と、言うか、あんなに沢山のサイコロを使うのであろうか?

 それに、あの分厚い本は?

 公士の話によれば、ジャンルとしてはRPGで間違いは無いらしい。

 キャラクターのステイタスを紙に書き込むのだそうだが、それでゲームが出来るのだろうか?

 そもそも、ゲーム画面を映す、モニターが無い。

 “キツネに摘ままれた”と言うのは、こんな気分なのだろうか?

 皆は、時折、あの分厚い本……ルールブックを回し読みしながら、シートに何か書き込んでいる。

 慧流乃には、やはり、試験勉強でもしている様にしか見えない。

 それにしては、皆、一様に笑ったり、苦笑したりして、楽しそうだった。


「………」


 GM席の隣に、もう1つ椅子を置いて、公士と慧流乃が並んで座っている。

 いつ知り合ったか分からないが、随分と親し気な様に深聡には見える。


「……確認して頂いてよろしいですか?公士君。」

「ん? ……あぁ、え〜と?…………うん、オッケー、問題ないよ?」

「何を確認したのですか?」

「あー、記入漏れとか、計算間違いとか……まぁ、後はバランス……とか……」

「見ただけで分かるのですか?」

「まぁ、大体なら……」

「……! すごいです。」


(何をデレデレとしているのでしょうか? この男は!)


「公士君! セッションシートを頂けますか?」

「え? ああ、ゴメン。」


 そんな深聡の様子に、慧流乃は首を傾げる。

 何と言うか、クラスに居るときよりも、積極的と言うか、攻撃的と言うか……少し怖い感じか?

 他の部員相手の時なら、然程では無いのだが、公士を相手にする時は、その傾向が顕著な様に感じる。


「…北条さんは…クラスに居る時と、少し雰囲気が違いますか?」

「…………………そうでしょうか?」

「うん? どう違うの?」

「クラスでしゅ……ですと、もっと大人っぽい?大人しい? ……ので……」

「本当かね?ミサッチ?」

「………………………さぁ? 自覚は有りませんが…そう仰られるなら、そうなのでしょう……」

「あ〜、う〜ん。やっぱり、深聡ちゃんも、上級生ばかりだと、気を張っちゃってるのかなぁ……」

「逆じゃ無いかな? あたし達の前だと、遠慮が無いって事でしょ?」


 百合恵が少し寂しげに、言ったのを一望が否定する。


「そうかもね、TRPGって、良くも悪くも、色々さらけ出すゲームだから……」

「あー、確か、ロールプレイって、精神治療とかにも使われるって、聞いた事が有りますね。」

「…………公士君、人を病人の様に言うのは、止めて貰えますか?」

「いや、そんなつもりは……」


 深聡の言葉に、剣呑な雰囲気を感じて、公士が苦笑する。

 それを聞きながら、なるほど!深聡はここの先輩方に甘えているのかも知れない…ど慧流乃は思った。だとするなら、一番、遠慮租借の無い公士に対してが………


「先輩方! セッションシートを書いて仕舞いませんか? 時間も在りますし……」


 自分が、話題の中心になっている事に居心地の悪さを感じて居るのか、深聡は、そう言って皆の行動を促した。

 しかし、事実、時間が惜しい事も確かなので、紗雪達もそれに従う。


「時間……?」


 慧流乃が首を傾げる。


「あー、うん。TRPGって1セッション…ゲーム一回に、4、5時間掛かるのも普通だから……」

「4、5時間……ですか……」


 慧流乃が驚きに目をむく。


「あー、いや。でも、ウチでは、シナリオ調整して有るから、そんなに、掛からないよ?」

「シナリオ……調整……?」

「うん?ああ、TRPGでは、シナリオ進行とかも人がやるから……」

「?」

「うーん。まぁ、見てて貰えれば判ると思うよ?」


 結局の所、TRPGは“やれば判る”の一言に尽きてしまう所はある。

 TVゲームの様にビジュアルでうったえる物が無い以上、言葉で説明するしか無いのだが、そもそも言語による説明と言う物は、共通認識ありきの物なのだ。

 「百聞は、一見に如かず」と言う言葉もある。

 TRPGに於いて、その“一見”とは“やってみる”事に他ならない。

 しかしそれでも、楽しめるか否かは、また別の問題である。

 本人の資質もあるのだが、それ以上に周囲の環境や技量にも左右されやすい。

 そう言う意味では、公士は幸運だったと思っている。

 導いてくれる先達……紗雪が居てくれ、共に楽しもうとしてくれる一望や百合恵、深聡がいる。

 それに……悔しいが、先代部長……あの男はGMとして優秀だった事は、認めざるを得ない。

 未だに、公士は、エンターテイメント性に於いて、あの男を上回る人物に会った事がないのだ。

 あんなにネガティブでヤル気が無い様に見えると言うのに……結局は、彼には才能があった……と言う事なのだろう……


「ほい! 書けたよ〜。」


 セッションシートの記入が終わり、紗雪から公士にソレが手渡される。


「……それは?」

「ああ、これはセッションシート。皆のキャラクターの特徴…特に、シナリオ進行をする、俺が参照する為の要領を纏めた物だよ。」

「?」

「皆のキャラクターの覚え書きとか、メモの様な物……かな?」

「はぁ……」


 慧流乃は、良く分かっていなさそうではあったが、まぁそう言う物だからと軽く流す。


「準備はオッケー?」


 そう言う公士に、皆が頷き返す。公士は時計を見て時間を確認する。


「じゃ、10分後に始めるよ?」


 そう言った。








 公士は、自販機で紙パックの珈琲を2つと、イチゴオレを2つ買うと、イチゴオレを慧流乃に渡す。

 慌てて財布を取り出そうとする慧流乃を笑顔で制すると、彼女は俯いて小声で「ありがとうごじゃいます」と、礼を述べた。

 両手に1つずつ紙パックを持つ。


「……何で2個?」

「? ……あー。うん、さっき、1セッション、2時間位掛かるって言ったよね?途中で、休憩は入れるけど、大体いつも皆、その位飲むから……」

「ああ!」


 納得し、頷く慧流乃。そして、そのまま、部室に戻る。

 開始すると言った10分後、その時間には全員が戻り、公士はそれを確認すると、自分と他のメンバーの間に、厚紙で作られた衝立をたてた。

 それを合図に、皆、居住まいを正す。

 そして公士は、厳かに宣言した。


「では、セッションを始めます。」

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