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暴走自転車とロリ少女

「ふあああぁぁぁぁ……」


 大欠伸をしながら、公士は高校までの緩やかな阪を歩いていた。朝の抜ける様な晴天の空に、涼やかな風が頬を撫で心地よい。


(ちょっと、寝不足だなぁ……)


 昨晩は、つい遅くまでシナリオの調整……プレイヤーの趣味思考を加味した最適化……を行っていた為、少し……いや、かなり眠い。

 公士は気だるさを払うべく、首や肩を軽く回す。朝の予鈴まで、後20分と言った所か? のんびり行っても時間的には問題ないだろう。


シャーーーーーーーーーーー


「ひぃやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 突然のけたたましい叫び声に、びくりとして前を見る。と、自転車の女生徒がバックで(・・・・)坂を下ってきている所だった。

 公士と同じような通学途中の、他の生徒達も、一様に驚きの顔でソレを眺めている。

 パニックになっているのであろうか? 女生徒がブレーキをかける気配はない。


(マズイ……よな?)


 公士は、自分の右足をチラリと一瞥したが、次の瞬間には走り出していた。




(何? なに? 何でええええぇぇぇぇぇ????)


 氷上 慧流乃(ひかみ えるの)の頭の中は疑問で一杯になっていた。そもそも慧流乃が自転車通学を始めたのは、コンプレックスでもある背の低さと、それに伴う子供っぽさをどうにかしたかったからだ。


(慧流乃は、高校デビューを果たすのです!)


 無事、進学したと同時に、そんな野望を抱いたのだ。

 その為に、ポニーテールだった髪を下ろし、校則違反に成らない程度にカチューシャなんかも付けてみた。

 軽いウエーブのかかった濃紺の黒髪に、同じ濃紺の瞳は、やや丸顔の彼女の外見と相まって、まるでお人形さんの様に感じさせる。

 両親や、田舎のお祖母ちゃんなんかは「可愛い可愛い」と言ってくれるが、慧流乃としては、大人の女を目指したかったのだ。

 そもそも昔から、身長を伸ばす為に、定番の牛乳は当然の如く飲んでいたし、中学校ではバスケ部に入ったりもしてみた。

 だが、それでも身長は伸びなかった……と言うか、生来の運動神経の悪さの所為で、バスケ部は途中でやんわりと辞めさせられた……牛乳はそのまま飲むとお腹を壊すので、朝のホットミルクと夜のヨーグルトとなって、お母さんと一緒に未だに続けているが……

 だが、バランスの良い食事と適度な運動は、やはり発育によいらしい。

 バランスの良い食事は……お母さんに頼んでいるので、まだ良いのだが、自分の運動神経では運動部に入っても、中学の時の二の舞だろう。

 そんな時、聞いた1つの噂。


『自転車のサドルを足がつくギリギリの位置にして使っていると、脚が伸びるらしい……』


「………!!」


 慧流乃には、天啓が走った様に思われた……運動の為に自宅から学校まで徒歩での通学だと、時間も掛かるし、体力も持たない。しかし、自転車であれば………しかも、伸びるのは脚である。下手な器具を使って胴が伸びた…なんて事を時々聞くが、そんな事にも成らない訳だ、願ったり叶ったりである!

 彼女は大興奮で親に自転車を買ってもらうと、それで通学を始めたのだった。

………

 そして今、彼女は未曾有の危機の中にいた。何せ、自転車がバックしているのである。そんな事、今まで生きてきた15年の中で聞いた事もなかったのだから。


「ひぃやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 今朝、学校に着く直前までは、何の問題も無かった………

 しかし、校門が見えた丁度その時、スコーンとペダルが抜けて(・・・・・・・)空転したのだ。

 そして彼女にとって不幸だったのは、そのまま、バランスをとれてしまえた事だろう………ここは、上り坂である………で、あれば当然の結果として………


「ひぃやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

(死ぬ! しぬ! 死んじゃううううぅぅぅぅぅ!!!!!)


 おくびょ……慎重派の慧流乃にとって、前向きでの時にすら出した事のないスピードで、景色が遠ざかって行く。その恐怖に彼女が色々と諦めた次の瞬間!背中に若干の衝撃、そして、右手に添えられる大きな手。その手は、自分の手を包み込む様にゆっくりとブレーキを握り、自転車のスピードもそれに倣う様に減速し、やがて止まった。


「……大丈夫?」


 心配そうな声がする……その事には気づいていた…気づいてはいたのだが………しかし、慧流乃は青ざめて涙目のまま、暫く放心していた。






「これ位なら、工具が無くてもすぐに直せるよ。」


 心配そうに見ている慧流乃に、公士はそう言った。

 慧流乃が放心していたのは、ものの5分と言った所だったので、正気を取り戻した彼女をなだめながら、二人は学校の駐輪場まで来ていた。

 せっかく買ってもらった自転車を壊してしまった。その事に、慧流乃は憂鬱になっていた。

 今ですら、親にはかなり無理を言っている自覚がある。この上修理代も出してくれなどとは、彼女には言えなかった。

 そうなると、自分のお小遣いの中から費用を捻出しなければならない……不満無い額……と言っても一番貰っている同級生の半分位だがーーしかもその同級生はまだ足りないからバイトを始めるというーー(どう使えばそんなに足りなくなるのですかね?)と、慧流乃には疑問であった……を貰っているとは言え、どれほどかかるか分からない修理代に戦々恐々となっていたのだ。

 しかしわざわざ付いてきてくれた公士の話によると……


「チェーンが外れただけだしね」


 と言う。更に彼は、あっという間にチェーンを直して見せたのだ。


(すごい!!)


 不器用な慧流乃には到底できない事を易々とやってみせる公士。先程、助けられた時に抱きすくめられていた事を思いだし、慧流乃の動悸が再び激しくなる。

 と、公士は暫くチェーンのテンションを確認していたのだが……


「このままだと、また外れるかもしれない……」

「ええぇ!!」


 その言葉に、慧流乃が再び涙目になる。


「何とか…なりませんか?」

「えーっと……」

「やっぱり、無理ですか?」

「あ、いや、これだと工具が要るし、直すのに少し時間がかかるから、放課後で良いかな?」

「?」


 成る程、時間を見れば、予鈴まで5分を切っていた。

 と言うか、簡単に直せると言う公士に、再び慧流乃は(すごい!)と思った。

 二人は放課後に、また駐輪場で会う事を約束して分かれたのだが、慧流乃は再会の約束に、1人頬をゆるませるのだった。










 終礼が終わってすぐに、一望は公士に声をかけられた。

 隣の教室とは言え、連れだって部室に行く事もほとんど無いのだが……わざわざ何だろう?と、少し緊張して教室の扉脇にいる公士の元に行く。


「先に部室で、キャラクターを作ってて貰って良い?」

「?」


 ルールブックとキャラクターシート……キャラクターのステイタスの記入用紙を渡され、一望は公士に、そう言われた。


「良いけど……用事?」

「うん、ちょっとね……まぁ、30分も掛からないとは思うけど……」

「ふぅん、わかったわ、伝えとく」


 (何の用事だろう?)とは思ったものの、一望は快諾した。





「たまには~、前衛壁役とかやってみたいんだけどねぇ」

「そう言えば、渚先輩は補助、回復役が多いですよね?」

「う〜ん、前衛と魔法攻撃は、毎回やる人がぁ……ねぇ?」

「ああ……その、申し訳ありません……」


 部室の前に一望が着いた時、既に百合恵と深聡が揃っていて、今日のキャラクターをどうしようか等と、談笑をしていた。


「先輩は?」

「え? あ~、うん~、今、鍵を取りに~……公士くんは?」

「用事で30分位遅れるって」

「ふぅん……そう~……」

「GMの責任を果たさないつもりなのでしょうかね? あの男は!」

「あ、いや、シート類は、預かって来てるから……」


 深聡の剣幕に、苦笑しつつ、一望が答える。


「プレイヤーのキャラクターを確認して、バランスの調整を行うのも、GMの義務だと思います!」

「うん……まぁ……そうだけど…………」

「まぁ、深聡ちゃん~! きっと公士くんも~、それまでには戻って来ると思うよぉ?」

「……だと良いのですが……」


 ニコニコとたしなめる百合恵に、少しバツの悪そうな表情で深聡は言った。

 紗雪が鍵を持って現れたのは、丁度その時だった。


「あれ? オージは?」

「少し遅れるそうです」

「うん?なんで?」

「え? 用事だとしか……」

「用事? オージに?」

「う~ん。だよね? 一望ちゃん」

「え? はい、そう聞いてます」

「う~ん?」


 珍しいね、と呟きながら、紗雪は取りあえず部室を開ける事にしたらしく、扉に鍵を差し込んだ。

 暖かくなってきたからだろう、カーテンのない部室内は、少し汗ばみそうな程に暖まっていた。紗雪は直ぐに窓を開け放つと、外気を部屋に取り入れる。


「暖かくなってきましたね」

「そうね、少し暑い位?」

「衣替えも、もうすぐだからね~」

「でも毎年、変えたとたんに、肌寒く成りませんか?」

「梅雨始めって、何であんなに寒いんだろ?」

「あ~、うん。そう、そうだねぇ」

「梅雨の間だけ、服装自由とかなんないかねぇ」

「良いですね、それ」

「あれ?」


 窓から校庭を眺めていた紗雪が、何かを発見したらしく、声を上げる。


「どうしたんですか? 先輩?」

「あ、いや、オージがね……?」

「公士くん……ですか?……え~と、あぁ、本当ですね」

「何でしょう、呑気そうに。私達を待たせている自覚があるのでしょうか? ……まったく……」

「何だろ? 向こうは……駐輪場……ですかね?」

「だ、ね。例の用事って事?」


 紗雪が首を傾げながら言う。

 一望は、紗雪は、公士の事を“本当の弟”の様に思っているのだろう……と感じた。

 彼の事を理解している、なんでも知っていると言う想いが何処何あるのだろう。だから、自分の知らない……理由を聞いてない行動を取ると、釈然としない表情(かお)をするのかもしれない。

 もし、先に部活に顔を出して、紗雪に直接一声かけて……話していたなら、彼女もこんな表情をする事は無いだろう。


(独占欲が強いのかな?)


 とも思うが、もしかしたら、自分に懐いている子犬が他の人にも同じように、じゃれているのを見てしまった、飼い主の心境の方が近いのかも知れない……とも思う。

 何にせよこれ以上、この話題を続けるのは拙そうではある。もっとも、彼女が凹んだ事のリバウンドで、直接的な被害を被るのは公士自身なのだが……


「先輩! キャラクターメイク……始めましょうか?」


 紗雪の様子を見て、あまり公士が弄られ倒すのも可愛そうかな? と思い、一望はそう言った。









 後輪をゆるめ、調節用のボルトを締める。たった数ミリだが、後輪が延長され、チェーンの張りがが強くなる。

 後輪を軽く回し軸ブレを調整すると、公士は後輪を締め直した。


「終わったよ? 本当は、自転車屋さんで直して貰った方が良いんだろうけど……」


 公士の手際の良さに、慧流乃は大きく目を見開いた。


「あの……自転車部の人なんですか?」

「え?」


 反応を見るに、どうやら違うらしい。


「えっと、その、自転車に詳しい様だったんで……」


 自信なく、言葉が尻すぼみに小さくなる。自分は何を言っているのだろう……慧流乃はそんな気持ちになった。

 自転車に詳しい=自転車部などと、短絡的過ぎた……と少し落ち込む。

 そもそも、チェーンの直し方や調整方法など、慧流乃が知らなかっただけで、他の人間には常識なのかも知れない。だいたい、自転車に乗っているに、自分の使っている自転車の事も知らなかった自分は、世間知らずなのだろうか?

 それより、この人に“常識知らず”だと、思われたかもしれない……そんな事を思い、少し泣きたくなった。


「あー。まぁ、たまたま、やり方を知ってただけだよ……」


 軽く微笑みながら、公士はそう言った。

 その言葉で、慧流乃の心が少し軽くなる。


「じゃあ、もう、大丈夫かな?」


 そう言って公士が立ち上がる。

 行ってしまう!そう思い、慧流乃はアワアワと何か話す事がないかと思考を巡らせ、そして、1つの事実に行き着いた。


「あ、あの、慧流乃は、1年B組の氷上 慧流乃と言いましゅっ!!」

(咬んだ……泣きたい……)く

「……そう言えば、名乗ってなかったっけ? あー。俺は、2-Aの御門 公士……1-Bだと、北条さんと同じクラス?」

(北条? ……北条 深聡さんの事でしょうか?)


 慧流乃の脳裏に、クラスメイトの大人びた美少女の姿が浮かぶ。クラスの男子の中にも、ファンがいるとか……自分とは比べるべくもない魅力的な少女。

 彼女と公士が例えどのような関係だったとしても、慧流乃に口を挟む権利などは無い。

 しかし……


「えと、北条さんと、お知り合いなんですか?」

「うん? あー。同じ部活なんだ……」

「同じ……部活……」

「?」


 公士を見る……身長は自分よりずいぶん高く…もっともそれは、慧流乃の身長が低すぎる為なのだが……体格はガッシリしてるという程ではないが、悪くはない。走っている自転車を受け止められる事を考えれば、運動神経も良いのだと思う。

 しかし、深聡のイメージを考えると、申し訳ないが、活発に運動しているという場面を想像する事は出来ない。

 だとするなら、この先輩も運動部と言う訳では無いのかも知れない。

 もっとも、運動部員とマネージャーであるなら、その限りでは無いのかも知れないが……

 美少女マネージャー……深聡には、良く合っている様に感じる……

 口許に指を当てて、考え込む様な仕草の慧流乃に、公士は、どうしたのだろうと思い、声をかけようとした丁度その時、慧流乃が勢い込んで尋ねてきた。


「あ、あの、御門先輩の部活って、何部なんですか?」

「え? うえ? ……ああ、現代遊戯研究部だけど……」

「……………」


 文化部だった。しかし“現代遊戯”で“研究部”……そもそも慧流乃には、現代遊戯が何を指しているのか分からない。ゲーム部とは違うのだろうか?コンピューターゲームなら、電子遊戯になるのか?チェスとか、将棋の類だろうか?しかも、ソレを研究している部活であるらしい。

 研究……何やら頭の良さそうな響きである。それなら、深聡のイメージにも合っていると思う……公士も同じ部活なのだから、自分も入部すれば、研究の手伝いとか出来るかも知れない。

 慧流乃の脳裏には、ガラスのフラスコやビーカーに満たされた謎液体を流し込み、混ぜ合わせる、白衣の公士と、それを手伝う何故か眼鏡の自分の姿が映る。

 しかし……慧流乃は自分の頭がそれほど優秀でない事実も、よく分かっていた。

 下手な事をして公士に呆れられてしまうかも知れないと思うと泣きたい気分になった。


(どうしよう……)


 再び考え込む慧流乃。公士はどうしたものかと思うも口を出せずにいたのだが……


「先輩!! “部活見学”して良いですか?」

「…………はい? ……えーと、これから?」

「はいっ!!」


 公士の困惑など地平線の彼方に置きざりにして、慧流乃は元気よく答えたのだった。

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