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活動記録と彼女たち

 魔王に対して、回り込んで、死角から切りつける−−【ムーヴバッシュ】が、九竜 一望(くりゅう いちほ)こと、[剣士/念術師]アダム=ゲインの選択だった。

 仲間からの制止が聞こえるが、構わず突撃する。

 仲間たちは傷付き、体力も残り僅か、虎の子の蘇生薬も尽き、魔法やアイテムによる回復手段も、もう殆どない。

 しかし、それは向こうも同じ筈。

 自慢の四天王は倒れ、こちらの有効打が目立つ様になって来た。

 かなり、チャンスだと思う。

 しかし、渚 百合恵(なぎさ ゆりえ)こと、[魔法師/神巫女]リリィ=リリムスは“もしも”に備えて待機して貰った為、、魔王の攻撃後の行動になる。

 つまり、ここで自分が決めなくては、後が無いのだ。

 右手に力を込める。

 そして、その手に握りこまれた、運命を統べる正六面体を解き放つ!

 アダムの祈りに運命の女神は微笑み、その一撃は魔王を捉えた!!

 アダムは勝負を決めるべく、【神呪:ヤツカノツルギ】[属性:神呪 攻撃力:+(レベル×10)]を攻撃に上乗せする。

 正に必殺の一撃と化した、その攻撃に、アダムは勝利を確信する。


…………しかし…………


 魔王は……それを操る男(・・・)は、ニヤリと笑う……






 乃坂高校、現代遊戯研究部の部室で、九竜 一望は、机に突っ伏していた。

 肩までかかる明るいブラウンの髪は、今は机に広がって、整った彼女顔…その鳶色の瞳も、少し低めの鼻も、うす桃色のぷっくりと膨らんだ唇も覆い隠し、彼女の表情は伺い知れない。

 しかし、その背負った雰囲気が、彼女のやりきれない気持ちを余すこと無く伝えて来ていた。


「う゛〜。勝てると思ったんだけどなぁ〜」

「あ〜うん、もう少しだったねぇ」

「相変わらずの鬼畜モードだよねオージ」

「いや、オージじゃ無いから」


 ショートカットの栗色の髪に褐色の肌、はにかんだ微笑みから見える八重歯は、その肌の色と対比するかの様に白く見える。ボーイッシュと言う表現がピッタリくるのだが、彼女の一部分は女性であるという事を主張し疑わせる事はない。そんな少女、風原 紗雪(かざはら さゆき)の言葉をこの部の唯一の男性部員である御門 公士(みかど こおじ)は、無造作に伸ばした黒髪をかきあげつつ、苦笑して否定した。


「あら? 鬼畜の方は、否定しないのですね? 流石は、どS門鬼畜ジ君」

「いや、鬼畜でも無いから……て、名前の原型がほとんどないよ!?」


 公士の反応に、トレードマークである艶やかな黒髪のツインテールを揺らし、口許を手で隠しながら、フフンっと笑う北条 深聡(ほうじょう みさと)。彼女の病的な白い肌とその黒髪は良く調和しており、制服が黒を基調とした短めのブレザーであることも相まって、あたかもゴシックな美少女を思わせる。

 実際、自分に辛く当たってくる事がなければ、素直に可愛いと思えるのにと、公士は溜め息を吐く。


 先のゲーム……[WEOZワールドエンドオブデウス]で、アダム……一望の必殺の一撃を防いだのは【神呪:オロチノヒレ】[種別:神呪/拘束 行動の強制キャンセル]と言う神の呪いだった。

 [WEOZ]において【神呪】とは、神の因果をも縛る呪いであり、それは、例え神であったとしても逃れられぬ強制力を持った御技なのである……要するに、ゲーム内で絶対の強制力のあるスキルの様なものだったのだ。

 その為、様々な制約もある。プレイヤーのキャラクター1人につき所持できる【神呪】は2個だけであり、一度使うと、もう、そのゲームシナリオ内では使えなくなる。

 その上[属性:神呪]に抵抗出来るのは、同じ[属性:神呪]だけ。

 一望も、流石に通常攻撃では、一撃で魔王を倒す自信は無かった。

 今までの戦闘の流れを顧みて、魔王に【神呪】はもう無いとふんだが故に、最後の一撃に賭けたのだが…………結果は推して知るべし……である。

 実際には、クリティカルによる攻撃力の上乗せや、通常攻撃だったとしても、命中上昇効果のある【ムーヴバッシュ】では無く、攻撃力上昇効果のある【乾坤一擲】を使っていたなら、魔王は倒せていた可能性は十分にあった。

 ただ、その場合でも、一望の攻撃は【神呪:オロチノヒレ】で防がれていただろう。しかし、一望の【神呪:ヤツカノツルギ】は残ったハズなのだ。

 残りライフの少なかった魔王は、全員を一度に倒さねばならなかった為、先程の戦闘と同じように【広域魔法:ポイズンレイン】を使用しただろう。

 この魔法は、全員に一度に攻撃は出来るが、攻撃時のダメージはさほど大きくはない。事実、これを喰らって落ちたのは、魔法耐性を持たない紗雪のキャラクターだけだった。

 しかし、この魔法の恐ろしさは、全員の行動が終わった後に[毒:レベル×3]ダメージが入る所にある。しかも、解毒を行わない限り毎ターン永続してなのである。

 先程の戦闘では、火力不足の百合恵のキャラクターの攻撃を魔王が凌ぎ、その毒ダメージにより、全滅してしまった……と言う訳だ。

 もし、この時【神呪:ヤツカノツルギ】が残っていたならどうだっただろう?【神呪】は、特に記載がなければ、誰のキャラクターに作用させても良い事になっている。そして【神呪:ヤツカノツルギ】にそう言った制限はない……つまり、あの時【神呪】を温存しておいたならば、百合恵の攻撃で魔王は倒せていただろう……兎に角、魔王側にしてみれば、薄氷の勝利だったわけだ。

 ……もっとも、どちらにしろ紗雪のキャラクターは落ちていたの訳だが……


「無いと……思ったんだけどなぁ……」

「配下に配る【神呪】の数が、一律とは限らないよ……」


 公士は、ゲームのシナリオの運行を司るGM(ゲームマスター)をやって居るのだが、当然、シナリオの配役の中には(エネミー)も含まれている。

 ただし、【神呪】は、GMの権限があっても、GM1人(2個)+シナリオに参加しているプレイヤーのキャラクター(PC)数しか、所持できないルールに成っていた。

 つまり今回で言えば、2+4で6個だけなのである。

 その為、公士は、今回用意した魔王と四天王に2:2:1:1:0の割合で配り、魔王には早々に1個使わせ、それを皮切りに、次々に配下に使用させ、そして戦闘中盤で四天王の1人に2個目の【神呪】を使わせて見せたのだ。

 当然の様に、魔王が2個持っていると思っていれば、この事は驚愕に価するだろう。

 なぜなら、配下に【神呪】の2個持ちが居るのであれば、全員に【神呪】を行き渡らせる為には、魔王の【神呪】は1個だけと言う事になる。

 そして、魔王は既に【神呪】を使っていて、配下の四天王は全滅している。さすがに、倒れた配下の【神呪】までは使用する事は出来ない為。先の考え通りなら、魔王に【神呪】は残って無い筈なのだ。

 だが実際は、魔王はまだ【神呪】を一つ残していた。つまり一望は、まんまと一杯食わされた……と言う訳なのだ。


「そう言う、底意地の悪い事を当たり前に考え着く辺りが、鬼畜だと言われる所以なのです」


 深聡がピシャリと言う。


「おおう……」

「……でも、凄いよねぇ。わたしも、すっかり騙されたもん! 流石は公士くんだよねぇ」

「……!! 渚さん!」


 百合恵のフォローの言葉に、公士は彼女の両手を掴み、彼女を拝むかの様に見つめる。その拍子に百合恵の亜麻色の髪がふわりと揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 いつも優しげな、少し太めの眉と目尻の下がった榛色の瞳が、今は目の前にある。

 咄嗟の事で、一瞬キョトンとした百合恵だったが、すぐに頬を染め俯いた。


「ユリユリ! あまり優しくすると、惚れられちゃうよ?」

「え?いや〜、やは〜」


 慌て手を離してもらい、亜麻色の三つ編みを揺らし、少し照れた様に身じろぐ百合恵。


「ダメですよ先輩! 百合恵は、もっと幸せになれる所に、お嫁に行かせます。公士の所になんか……ねぇ?」

「そうです、渚先輩と公士君では、等価交換の原理に反します!!」


(あれ? 俺、泣いて良いかな?良いよね?)


「まぁまぁ、みんな、その位で勘弁してやりなよ」

「紗雪さん!」

「だからオージ! 泣くのは止めて、活動記録を書くんだ! そしたら、きっと皆も許してくれるから!」

「…はい! 俺、頑張ります!」


(うわ、騙されてる)

(あ〜。騙されちゃってる?)

(単純な男ですね)


 もっとも、公士にした所で、そんな訳はない事など分かっている。

 しかし現状、女性陣に弄り倒される事を避ける為には、紗雪の言葉に乗っかるのが最も妥当だと思われたのだ。

 実際、活動記録を今日中に書くのであれば、そろそろやり始めなければ間に合わない時間ではあった。

 恐らく紗雪も、その辺を計算して促したのだろう。

 心の中で感謝しつつ、公士は活動記録に取りかかった。


「でも、九竜先輩も悪いとは思いますよ? 私、お止めしましたのに……」

「う゛っ」

「そんな事はないよぉ、一望ちゃんは、ちょっと猪突猛進なだけで……」

「百合恵…それフォローになってない……」

「ま、ま、イチホンがキャラクターに入り込み過ぎて暴走するのは、いつもの事だから、ねっ?」

「先輩のそれも! フォローじゃ無いですよね!?」


 そんなやり取りを聞きながら、フッと公士は微笑む。







 乃坂高校(のざこう)……県立乃坂高等学校では、運動、文化どちらの部活動も盛んに行われている。

 若干、郊外に位置する、かつてのマンモス学校は、少子化による生徒数低下に伴い、1学年のクラス数を減らした事もあり空き教室が多い。

 そうした空いた教室を遊ばせる事もあるまいと、新しい部活の設立を割りと簡単に行なえる。

 それでも運動部だと、グラウンドの割り当てもあり、月例会での調整等、少々面倒な事もあるのだが、こと、文化部なら、3人以上の生徒と顧問を引き受ける教師が居ればよいのだ。

 ただ自然と、顧問は掛け持ちが多くなる為、1つ単位の部活に割ける時間がどうしても少なくなる。

 その為、特に目立った大会等も乏しく、活動内容が不明瞭に成り易い文化部は、こうした活動記録の提出が義務づけられているのだ。


 公士達の所属する“現代遊戯研究部”は、テーブルゲーム系のジャンル……特にTRPGを主だった研究テーマ……と言うか活動のメインにしている……これでも、創設より十数年を数える、由緒正しき部活なのである。

 現在の部長は紗雪なのだが、面倒事を嫌った彼女に押し付けられる形で、こう言った記録は公士が担当する事になっている。

 同じ学区の幼なじみ……特に小学校では、班単位の登下校で、お世話になったお姉さんと言う事もあり、公士としても断りづらかった……と言う事もある。

 要するに、頭が上がらないのだ。








「……活動記録を書きながらニヤニヤ笑うとか、果てしなく気持ち悪いですよ?公士君……」

「え? いやっ……」


 深聡の言葉に、公士は慌てて表現を取り繕うが、それに対し紗雪が小悪魔の笑みを浮かべ言う。


「今日のイチホンの罠にかかりっぷりを思い出して、思い出し笑い? 意地悪だねぇオージ!」

「……ホント、こんなか弱い乙女を苛めて、何が楽しいのかしら?」

「え〜と……う〜ん…」


 先程の話題を蒸し返した紗雪と一望に、百合恵が本気で困った様な声を出す。


「ま、ま、美少女を苦悶させて楽しむのはどSのたしなみだから!」

「紗雪さん?!」

「全く、見下げ果てた男ですね、公士君は!」

「北条さんも! 適正だよ、適正なボスレベルだったよ?」


 その公士の言葉に…


「そこよ! あたし達のキャラクターを見透かした、ギリギリよりちょっと上の強さの設定!! 何とか勝てそうな所とか、もう〜!!」

「一望ちゃん、手の読みあい苦手だもんねぇ〜。」

「乙女を弄んで喜ぶなんて、おね〜ちゃん、オージをそんな風に育てた覚えは無いよ?」

「そりゃ、無いでしょうね!?」

「! 先輩に対する、言葉遣いが成って居ませんよ公士君! 敬愛の念が足りないのではないですか?」

「それは、君もだよね? 北条さん。俺、一応、君の先輩なんだけど!?」

「尊敬に価すれば、その様に致します」


 フフンっと鼻を鳴らす深聡。


「おね〜ちゃんみたいに、威厳に満ちた先輩にならなくちゃ、ミサッチの尊敬は、得られんよ? オージ?」


 胸を張ってポーズを取る紗雪。

 ボーイッシュな彼女の、やけに女性である事を主張する、その部分が、ブルンっと揺れる。

 つい、目を引き寄せられていた公士が、ハッとして目を逸らす……と、深聡が『見下げ果てたエロ男ですね』と言った感じのジト目で公士を見ていた………


「………助平………」


 その一望の呟きに、何か言い訳をしようとして何も思い付かず、口をパクパクとさせる公士。

 その様子を見て、自らの胸をペタペタと触って、ため息をついた百合恵に、気が付いた者が居なかったのは、彼女にとって幸か不幸か……


キーーン、コーーン、カーーン、コーーン……


 放課後の鐘が鳴り、スピーカーから放送部女生徒の、帰宅時間のアナウンスが流れる。


「と、とにかく! 明日は新規キャラクター制作から開始で、ゲームシステムは、今日と同じ[WEOZ]を使うから、そのつもりで!」

(あ、ごまかした)

(う〜ん、ごまかした?)

(ごまかしたねオージ)

(誤魔化しましたね)


 仕切り直した公士の言葉に、彼女達は一斉に、そう思ったが、茶化してもしょうがないので、あえて黙っている事にした。

 誰からも意見(つっこみ)が出ない事に胸を撫で下ろしつつ、公士が宣言する。


「じゃぁ、今日のセッションは、ここまでで!」

「「「「お疲れ様でした!」」」」








「お待たせ〜」


 壁にもたれ掛かり本を読んでいた公士に、活動記録の提出と、鍵の返却を終えた紗雪が、職員室から出てきて声をかける。

 公士は笑顔で応え、読書を中断すると、本をカバンにしまい込む。

 御近所さんである事もあって「ちょっと待ってて」と言う紗雪のお願いに応える形で公士だけが残り、学区が違う一望達、特にバス通学の深聡は先に帰って貰っていた。






「オージはシオリ、使わない派なんだね?」

「はい?」

「だから、シオリ……本の……」

「あー……そうですね」

「再開する時、分からなく無くない?」

「は? いや、読んでた頁は、その都度、覚えるんで……」

「え? マジで?面倒くさ!」

「そう……ですかね?」

「うん、変!」


 そんな会話をしながら、二人で歩く。

 幼稚園、小、中学校と一緒で、流石に高校まで同じになるとは、二人とも思わなかった。

 紗雪が中学に上がる辺りで一旦疎遠となり、何処の高校に入るかは、お互いに知らなかったのだが、公士の入学後、二人は直ぐに再開を果たす事となる。


「ところでさ……」

「?」

「その、ありがとね?」

「え? はい?」

「部活……入ってくれて……」


 突然、一年も前の事を話題に出され、職員室で何かあったのかな? と思い、苦笑しつつも公士が返す。


「あー。いや、結局すぐに、一望と渚さんも入って来たし……」


 多分、紗雪は、今でもその事に感謝をし続けてくれている…と言う事なのだろう。

 その事は嬉しいと思う。しかしそれは、あの頃から距離が縮まってまって居ないと言う事であり、その事に公士は一抹の寂しさを覚える。

しかし……


――お願い! 公士! 私達の部活に……現代遊戯研究部に入部して!!ーー


『あんなに切羽詰まった紗雪さんを見たのは、初めてだったな……』


 その時の事を思い出して少し口許が弛む。

 それを見た紗雪が、訝しむ様に眉を歪めるのを見て、公士は慌て表情を取り繕う。


「……オージ、エロい事を考えてる顔に成ってたよ?」

「え? うぇ?」

「幼なじみの、おね〜ちゃんと二人っきりだからって、そんな! ……姉萌えかね?」

「ち、違うよ? 違いますよ?」


 クククっと紗雪が笑う。

 紗雪と再開して1年以上が経つ。あの時、今は既に卒業した、もう1人の先輩と紗雪、そして自分の3人だけだった部活は、一望と百合恵、そして深聡が入ったお陰で5人に増えた。

 あの時、一年前のあの日、公士が入らなければ無くなっていたかもしれない部活。

 公士は、楽しそうな紗雪の笑顔を見ながら、あの時の自分の判断が間違って居なかったと、そう感じた。


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