襲撃者と潜入者と(後)
黒い男との戦闘は続いている。俺が攻撃を砕き、桜が切りかかる。そんな状況が続いていた。
「ハア、ハア、いつまで守り続ければいいんだよ!?」
俺が叫ぶ。
「知らん!」
桜が言い返す。
「君らよくそんなに楽しそうに騒げるね。魔に対する絶対の死の力があっても一応命の危機だよ?」
「「楽しそうに見えるかよっ!?」」
俺も桜も全力で言い返しつつ攻撃を仕掛ける。ここで俺たちは攻撃と防御を入れ換えた。
「!?」
男が驚愕に目を見開く。まあ、俺が防御しなければどうなるか理解しているからだろう。だが、考える時間と俺との戦闘にパターンを切り替える一瞬があれば十分だ。ここには便利な物があるから。
桜が男の近くの消火器を剣で貫ければ。
プシューと音がして白い粉末が視界を覆い隠す。そして俺たちは開きっぱなしの扉めがけて走り出した。途中、窓に向かって消火器を投げて欺くのも忘れない。
「速くしろ!」
桜の声に急かされて俺は全力疾走で逃げる。逃げ続けて気が付くと、俺たちは車庫に辿り着いた。
「ここまで来れば、ってえ?」
桜がさっきまでの印象からかけ離れたマヌケな声を上げる。俺は一瞬笑いそうになってしまったが、すぐに『それ』に気付いて絶句した。そこにあったのは地獄。ありとあらゆる方法で殺し尽くされた男女とその中央で笑う桜を『お嬢』と呼んでいたあの大男。
「そんな、どういうことだ平田!?」
平田というのが大男の名前なのだろう。だが、その程度どうでもいい。本当に居たのだ。文字通りの『潜入者』が。
「お嬢、ありがとうございました。おかげで楽に殺せました」
「貴様、初めから敵だったのか!」
平田は薄気味悪い笑顔で答える。
「ええ、そうです。初めからこの瞬間を狙ってボスやお嬢の側近になったのです」
「貴様、ボスはどこだ!」
「ああ、あなたの足下に居ます。いや、ありますと言った方が正しいかな?」
桜が震えながら自らの足下を見る。つられて俺も見た。するとそこには奇怪なオブジェの様にめちゃくちゃになったあの指名手配の女が転がっていた。
「嘘、嫌、そんな、」
「ご満足頂けましたかな?後はお嬢、あなたを殺してその少年の神の右腕を奪うだけなのです」
平田は死刑を宣告するかの様に脱け殻みたいになっている桜と何も言わない俺に向けて言い放つ。それは紛れもない死刑宣告なのだが、俺は何も言わない。なぜなら、もう終わっているから。ダダダッと銃声が響く。平田は自分の胸の辺りを見て、そして銃声のした方を振り返る。そこには、M4A1とかいうアサルトライフルを発砲した時太が、銃口を下に向けて立っていた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!嘘だ。私が死ぬなんて嘘だ。きっと悪い夢なんだ」
血を胸から噴水の様に流して平田は狂った様に笑っていた。そして、やがて倒れて動かなくなった。
「ハハハ、人を殺しちゃったな・・・これで僕も犯罪者の仲間入りか」
時太は何かを受け入れた様に乾いた笑みを浮かべている。それは、泣くことを堪えているみたいに俺には見えた。
「酷い・・・」
遅れて物陰から現れた陽子は堪えきれずそう言葉を漏らした。
「皆・・・ママ、串田、丸山、ひらた・・・」
桜はまるで脱け殻の様に見える程弱々しく死体に近寄っていく。だが、俺には嫌な感じがしていた。
「止まれ!まだ危な」
すると平田が立ち上がった。皆の顔が驚愕に染まる。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!やはり私は死なぬ!私を人の手で殺せると思うな!」
その言葉に合わせて『何か』が平田の背中から飛び出した。それは触手。人ならざる怪物。
「クソッ!」
再び銃声が響く。だが、どれだけ銃弾を浴びても、怪物となった平田は倒れない。それどころか胸以外からは血も出ない。
「だから人には殺せぬと言っただろう」
そう。この場で平田を殺せる『人』は居ないかもしれない。だが、人の身に余る力ならどうだろう?魔の存在に対する絶対の力なら。
「うおおおおおっ!」
俺は正面から突撃する。それが一番有効だから。触手が凪ぎ払うが、タイミングを合わせて右手で掴む。
「!?」
平田が初めて驚愕した。まあ、自分の武器を止められて驚かない方が難しいだろう。
「ゴチャゴチャうるせえ」
俺は触手を左手で掴み、全力で引っ張る。平田はその意味を知り恐怖の表情を浮かべた。触手が崩壊を初めていたのだ。俺は一歩踏み出し、平田に近付く。
「人に殺せないならテメェは死なない。自信があるんだろ?試してみろよ」
俺は嘲り笑う。平田は怒りを顔に浮かべて俺に突っ込んでくる。
「さあ、来いよ」
俺の声に合わせて平田が突進してきた。だが、俺は冷静に右の拳を構えて、右腕に全神経を集中して前へ突き出した。ドゴオ!という音の直後、何かが砕ける音がして平田が地面に落ちた。俺はもう何も言わなくなった大男を見下ろす。桜は涙を耐える様に唇を噛み締めていた。
「そいつを放置する訳にはいかなかったんだ・・・本当にごめん」
俺は言い訳は無駄だと分かっているのにそれをした。
「分かっている・・・でもッ!」
理解はしている様だがそれでもやはり納得のいっていない様子で桜が叫ぶ。
「少し話そうか」
時太が話題を逸らした。その気遣いを理解してくれて、桜は少し落ち着いた。
「さて、まず何から話そうか?」
「じゃあ、俺の力について頼む」
「ああ、分かった」
桜の説明が始まった。