事後処理
俺はベッドの上で目覚めた。体にはまだ奇妙な怠さが残っているが、何とか気にならないくらいだ。
「ああ、霊示、やっと起きたんだね」
陽子がそう声を掛けてきた。俺が今は何時か尋ねると、十五時だと言われた。どうやら二時間程気絶していたらしい。肩には包帯が巻かれている。
「ここはどこだ?」
俺がそう尋ねると、陽子は「保健室だよ」と答えた。
「そういや、保健室のベッドなんて久し振りだな。警察もいるのか?」
「う、うん。そうだと思う……」
「どうしたんだ、考え事か?」
「いや、あのね。霊示のあれ、結局何だったんだろうって思ったの」
「あれか……」
右手が暖かい光を纏った途端に鎖が砕けた現象を何と説明すればいいのだろうか。それは残念ながら俺にはわからない。
「そういえば、お前は大丈夫だったのか?」
「うん。私は何もされなかったよ」
「そうか。なら、あいつは結局何がしたかったんだ?俺のことを神の子なんて呼んでたし」
結局、何も解決しなかったような気がする。まあ、きっと警察が事情を聞き出してくれるとは思うけれど。
「あ、君たち。ちょっといいかな」
「はい、なんでしょう?」
入ってきたのはスーツ姿の二十代くらいの刑事だと名乗る人物だった。男らしさはあまり感じられない、ひょろっとした感じの人物だ。
「一応君たちからも事情を聞きたいんだ。恥ずかしいことに、色々と僕たちにもよくわかっていなくてね。えっと、近くの防犯カメラの映像があるんだけど、これは君たちで合っているよね?」
刑事さんが俺たちに見せてくれた映像には、確かに鎖で締め上げられている俺と、それを必死に解こうとする陽子の姿が写っていた。そして、ローブ姿のあいつも。
「あいつのあれ、結局何だったんだ?俺は何も無い所から鎖が出てきたみたいに感じたんだけど」
「私もそうだったと思うよ」
「うーむ、弱ったな。それが事実だとすると、本当に魔法みたいなんだよね。映像からもわかってはいたんだけど、改めて当事者から証言を聞くとより混乱してくるというか」
そんなの俺が知りたいよ、という言葉は流石に飲み込んだ。向こうもよくわかっていないのに、俺がやたらと急かしても意味は無い。
「おーい、霊示。一応来たけど大丈夫だった?」
「お、時太か。この通り、死にかけた以外は何ともないぜ」
現れた理知的な雰囲気を纏う人物は何を隠そう俺の友人、鳶久時太である。結構軽い調子だが、普段使いのコンタクトじゃなくて自宅で使用している眼鏡のままなことから、一応不安ではあったんだということはわかった。
「ま、死ななきゃ安いってことでここは一つ」
ある意味で、俺と時太の間で交わされるくだらないジョークは普段と変わらない。俺の調子も特に悪い訳じゃないらしい。
「君、本当に自由だよね。僕にはちょっと真似できないな」
「嘘つけよ。お前俺がケンカしてても止めないじゃん」
「だって止めるの面倒臭いじゃないか。そもそも霊示がするケンカって大体一方的に虐められてる人を助けるためだしね」
「いや、君たち警官の前でする話じゃないと思うよ、それ」
刑事さんが呆れながらそう言ったので、流石に本題を思い出した。
「ってか、それよりあいつはどうなったんですか?ぶっ倒れていたと思うんですけど」
「ああ、今は警察署で拘束しているよ。まだ目を覚ましてはいないみたいだ」
ということは俺の右手の光のあいつを気絶させる力は俺自身に返ってくる反動より強いということになる。俺が元々鎖で締め上げられて弱っていたことを加えると、かなり強いのかと思ったがよく考えたら普通に一撃で人を気絶させられる化け物みたいな奴もいるんだった。あれ、それと比べると超弱くね?
「おや、どちら様で?」
考え事をしていて気付かなかったが、来客らしい。刑事さんが扉を開けると、軍隊が着ているような迷彩服にガスマスク姿の人物が立っていた。体形から見ると、多分女性。それも、俺と年齢はそこまで変わらないような気がする。しかし、腰にぶら下げた拳銃が異様な威圧感を放っている点で普通じゃないことはわかる。
「神山霊示。来い」
ガスマスクでくぐもってはいるが、少女らしさを残した声だ。この声に心当たりのある知り合いはいないので、取り敢えず様子を伺おう。
「何だよ、俺一応患者なんだけど」
「そうだよ。大体君は誰だい?」
刑事さんが尋ねると、ガスマスクは無言で何かを取り出す。それが携帯電話だということが一瞬わからないくらいには怖かった。
「お前の上司からだ」
携帯電話はどうやら誰かとの通話の最中らしい。タッチパネルにそのマークが出ている。
「?」
刑事さんが電話に出てしばらくするとどんどん顔色が悪くなっていった。漏れ聞こえる一部から組み立てると、どうやらガスマスクたちに俺の身柄を一任するとかいう物凄く物騒な内容のようだ。逃げた方がいいかもしれない。
「動くなよ」
「ッ!?」
拳銃を額に突き付けられ、浮かした腰を再び下ろす。金属質な冷たい感触に、冷や汗が止まらない。路地裏のケンカでは味わったことのないような恐怖が体の芯まで染み渡っていくようだった。
「……神山霊示の身柄はこれよりEatersに引き渡される。同様に事件の解決も一任される。おそらく我々は君の望むことを教えることができるだろう」
「拒否権は?」
「あるなら最初からそう言っている。黙秘権もお前にはない。ただ我々の拠点で我々の質問に答えるだけでいい」
「クソッタレ」
「何とでも言え」
仕方なく、俺はガスマスクに連れられて車に乗せされた。運転手が黒スーツのマッチョモヒカンな黒塗りの高級車とかヤクザ映画以外で本当にお目にかかることになるとは。
ああ、本当に最悪な一日だ。
新キャラも大分癖の強いキャラにしたつもりです。全然投稿スピード遅いですが、読んで頂けると幸いです。