血の招待状
時刻を少し戻そう。
~一時間前~
私はとりあえずお昼ご飯の買い出しに出掛けていた。買ってくるものはお兄ちゃんがメモを渡してくれているのでそれの通りに買って帰ればいい。
でも、何でだろう。何でお兄ちゃんは
「絶対にお前の判断で買うものを増やすなよ、いいか、絶対だぞ」
なんて言ったんだろう。昔の私とは違うんだよ?昔みたいな毒殺未遂は起こさないよ?
よって私は自分で料理を作ることを決意した。目的なんて一つしかない。お兄ちゃんに喜んでもらいたい。ただそれだけが今の私の原動力だ。
でも、喜んでくれるかな?言い付け守らなくても。
やっぱりどうしよう?
そんな私はふとある記事を見つけた。それは女性向けの雑誌の表紙だった。
話題の美人モデルが教える、男に好きになってもらえる秘訣!
思わず私はその記事を読んだ。そして、その中の一文に目が釘付けになった。
スタンダードな料理上手はモテる!
私は即座に食材の選定を開始した。
◇◇◇◇◇
結果、私はまったく違うものをしっかり買った。そしてこれからお兄ちゃんに料理を振る舞う。そうすればきっと・・・
「えへへえへへへへ」
「ママーあのお姉ちゃんは何で笑ってるの?」
「見ちゃダメ!」
私はどうも思考が漏れてしまう癖があるらしい。次からは気を付けます。
と、私が考えごとをしながら歩いていると、男の人にぶつかってしまった。私は即座に謝ろうとして、ちらっと男性の顔を見た。
そして私は後悔した。
思わず腰を抜かしてしまい、その場にへたりこむ。彼は、本当に人間なのだろうか。私では判断できない。
その顔は、数えきれないほどの数の『目』に埋め尽くされていた。しかも、その中で最も大きな、人の口ほどの大きさの目が二つに裂けていこうとしているのだ。
「ひあ、あっ」
言葉が上手く出ない。この夏休みで、たくさんの気持ち悪いものは見てきた。でも、それらの恐怖とこの恐怖は種類が違う。私はそう思う。
「し・・た・・じょ・・だ」
何か声が聞こえる。その声の発生源はどうやらあの裂けた目のようだ。私はそこで、ようやく気付いた。あの目こそが口だったのだと。
「『しょうたいじょう』だ」
少し不思議な感じだけどじゅうぶんに聞き取れる声でそいつは続ける。
「これが、『しょうたいじょう』だ」
差し出されたのは、いたって普通のシルバーのスマートフォン。どうしてこれが招待状なのだろう。私は疑問を抱くが、そいつは構わず続ける。
「ゼロからのしょうたいじょう」
「ッ!?」
私は思わず息を呑んだ。ゼロ。あの魔術師からの招待状。おじいちゃんとおばあちゃんの命を奪った男からの。
「これで、やっとおわれる」
終われる?私は意味が分からなかった。でも、その直後。その意味を理解できた。いや、させられた。
始めに、ぐちゃり、と音が聞こえた。そして、崩壊が始まる。全身のあらゆる場所から赤い血を吹き出しながらその形を崩してゆく。
私に成す術はなく、崩れて消えるところをただ呆然と見ることしかできなかった。
僅か数十秒の間にそいつは消えた。その痕跡は血のついたスマートフォンだけ。
「とにかくお兄ちゃんに相談しよ」
私は家へと急いだ。
◇◇◇◇◇
つくづく思う。私は厄払いに行くべきかもしれない。
「ほう、思ったより可愛い嬢ちゃんじゃないか」
そう話しかけてきたのは黒いローブの男。町中でその姿だったのに、なぜ気付けなかったのか。そう思えるような存在感だ。
「俺は黒魔術師、ヨハネス・ベイカーだ」
「ご丁寧にどうも」
「一応『議会』でそういう決まりになっているのでね」
「へえ、そうなんですか」
ヨハネスとやらの話を聞く限り、『議会』という組織があるらしい。
「それで、どんな用件ですか?私はお兄ちゃんをメロメロにするために料理をこれからしたいんですけど」
「・・・難儀なものだな。あの少年も」
あの少年って多分お兄ちゃんのことだろう。流れ的にそうだ。ただ、何か哀れむような感情が込められていた気がする。
「お兄ちゃんに何か用が?」
「いや。嬢ちゃんに、だ」
「私に何を・・・?」
すると、突如ヨハネスが私の顔を指で示した。
より正確には、私の左目を。
「わ、私の目がどうか?」
「強がるな。嬢ちゃんの問題点はそこだ」
疑問ばかりが浮かぶ。なぜ私の問題点を指摘する?なぜ私を成長させるようなことを?
私には、彼の真意は分からない。私はお兄ちゃんほど『そういうこと』が得意じゃないから。だから、私は正直に聞く。
「なんでそんなことを?私が強くなるかもしれないのに?」
「それでよいのだよ」
そして、彼は言う。
「俺は、ゼロを止めたいんだ。道を踏み外した馬鹿弟子を」
なるほど。ようやく理解できた。つまり、この人はゼロの師匠なのだ。ただし、育てるのに失敗したみたいだけれど。
「私に、あいつを止めさせたいの?」
「そういうことだ」
「なぜ私が?お兄ちゃんの方が適任だと思うけど」
「あいつは君を殺すことができないからだよ」
私には分からない。
「なんで私を殺せないの?」
「それは・・・君にとって本当にショッキングな話になるが」
ショッキング?何を今更。私はもう限界だ。お兄ちゃんと二人で平穏に暮らせたらそれで、それだけでいいのに。
なんで、皆が邪魔するの?
これよりショッキングなことなんてないんだよ。
「ゼロは、お前の兄、いや、『星の子』に存在を奪われた・・・」
だから、もうやめてよ・・・お兄ちゃんを巻き込まないでよ・・・
「もう一人の神山霊示だ」
◇◇◇◇◇
~現在~
「だから、か」
俺は瑠奈が予想していたよりも冷静に反応できた。
なぜかは分からない。
ただ、それでも割り切れてしまう。
その事実が、ひたすらに自己嫌悪を助長する。
「お兄ちゃん、ごめんね」
「?お前が謝る意味が分からん」
「私が、あいつを・・・」
「やめろ」
俺は強く言う。
あの招待状の通りにしてやる。
『招待状』
20XX年 8月31日に、東横須賀高校第一校舎にて待つ。一人で来い。
影の君
黒崎・A・ゼロ
皆を巻き込まないために。
◇◇◇◇◇
~ここではないどこか~
やあ。招待状はちゃんと届いたみたいだね。
「・・・」
ああ、そんなことか。大丈夫だよ。彼は必ず来るよ。
なにせ、僕は彼の影だ。彼の考えることなんて想像するのは簡単さ。
・・・たださ。
僕にはどうしても分からないことがあるんだ。
「?」
それはさ、彼の根本の部分だよ。
僕はなんでも分かる訳じゃない。
「・・・」
ははは、そりゃあそうか。
やっぱり君と話せてよかったよ。
最後の戦いの前にさ。
「・・・!」
それはできないんだよ。
クソッタレな神様たちがそうなるように仕向けたからね。
僕が勝てば人は終末を迎えて、彼が勝てば新たな序曲を迎えるんだ。
その先に何があるか、なんてことは分からないけれど、少なくともどちらかは消える。
本当に、嫌なものさ。
けれど、少しは希望を持てたよ。
彼には友達や妹がいるように、僕には君たちがいるからさ。
最後の最後に、君と話せたことは本当によかったよ。
『名無し』さん
◇◇◇◇◇
終わりへの歯車は、もう動き出している。