はじまりの日
~十年前~
「早くしろ!」と男性の声が響く。家が燃えている。
「くっ、もうダメなのか!?」
建物が無慈悲に崩れていく。妻と娘はどうなっているか分からない。だが、息子はここにいる。
「せめてお前だけでも…」
そう言うが早いか、男性は息子を外に無理矢理押し出した。その直後、家が完全に崩れた。
「お父さん!」
そう息子が叫んだが返事を返せない。少しずつ意識が遠のいて行く。体が炎に包まれた。
静寂と赤が世界を包んだように少年は感じた。
絶望が心に大きな爪痕を残した。
~現在~
「いい加減に起きなさい!」
そんな叔母さんの叫び声で俺こと神山霊示は目覚めた。
「いいじゃんかまだ朝なんだし…」
と寝ぼけた俺が答えると、
「早く補習に行きなさい!遅刻するわよ!?」
と答えられた。その時に俺は初めて現状を知った。今は七月二十日の午前八時。遅刻ギリギリである。
「あああああああああああっ!?」
気付いた時にはもう遅い。高校に入って初めての補習でこの状況。つまりどういうことかというと…
「神様助けて…」
助けを求める声は、虚しく響いた。
◇◇◇◇◇
現在時刻は午後一時。補習に遅刻した俺はもれなく居残りさせられていた。
「うう、なんでだ……俺にこの量の英文は無理だよ……」
「どんな理由であっても遅れたら課題が増えるのは当然だ」
言いながら教科書で俺を殴ろうとしてきた女性は、緑川優という我がクラスの担任(二十八歳独身、彼氏募集中)である。
「クソ、あんな夢二度と見なきゃいいのに」
「またなのか」
あの悪夢は、常に俺に付きまとっている。あの日から十年が経過した今でもまるで昨日のことのように、鮮明に思い出せる。
「まあ、お前がいつも悪夢を見ているのは知っているが、それでも限度はあるぞ」
「……本当は、俺だって嫌さ」
暫くしてようやく英語と歴史の補習を済ませると、俺は教室を出た。
「霊示、やっと終わったの?」
と俺に声をかけてきたのは、幼馴染の松本陽子だ。てっきりもう帰ったのだと思っていた。何でいるのかを俺が尋ねると、陽子は優しく微笑んで、特に帰る相手いなかったから、と言った。
「そっか。なら、帰りにマック寄ってこうぜ」
「ちょっと遅いお昼ご飯だね」
下らない話をしながら階段を下る。陽子との付き合いは長い。もう何年になるだろう。俺が叔父夫婦に引き取られてすぐにできた友人で、多分誰よりも心を許している相手なんだと思う。
「海とか行きたいね。夏休みだし」
「だな。その前に俺の補習を全て終わらせなきゃだけどさ」
「そうだね。楽しみにしてるよ」
陽子は学校ではなかなか有名だ。子犬っぽい可愛らしい笑顔に抜群のスタイルと、男子だけでなく一部女子からも人気がある。その関係で度々俺が恨まれもするが、まあそのくらいの悪意をスルーするのは難しいことじゃない。昔向けられた悪意に比べれば遥かにマシだろう。
「誰かな、あの人」
ふと、陽子が立ち止まって校門のそばにいた人物に興味を示した。そいつはまるで物語の中から抜け出してきた魔法使いのようだった。紺色に金の縁取りのローブ、手には年代物に見える木製の捻れた杖と、どこぞのファンタジーなゲームなら魔法使いの初期装備だと言われても納得できる。
「あの、一応ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど」
陽子が声をかけると、そいつは陽子ではなく俺の方に興味を示したようだ。
「……神の子、か。ついにお前の戦いは始まる。その手には友の命が乗っていることを忘れるなよ」
「何?」
神の子?戦い?命?理解が追い付かない。
「何なんだよ、それ」
「知らないか。しかし、何だ?何故戦う構えも見せない?おまけに何の力も感じない。まるで、何も知らない哀れな生贄のようではないか」
「だから何を言ってるんだよ。意味わかんねえ」
俺の言葉が本当に届いているのかわからない。何せ、まともな会話が成立していないのだ。これなら携帯のAIの方がよっぽど建設的な会話ができるだろう。
「ふむ、ならば試してみるか」
「な」
その先は声にならなかった。
「が、あっ!?」
「霊示!?」
何も無かったはずの空間から、突然鎖が現れて俺を縛り上げた。腕や足だけでなく喉元にまで食い込んだ鎖は、きっと俺の命を奪うのに十分だろう。
「これだけやって何も起こらないか。見当違いだったようだな。ならば姿を見られたからには生かしておく訳にはいかないな。悪いが死んでくれ、少年」
「やめて、離して!」
陽子が鎖を引っ張って無理矢理に外そうとするが、鎖の締め付けはさらに強まる。痛い。苦しい。息ができない。寒い。痛い。痛い。イタイ。イタイ。イタイ……
どこかで、同じ感覚を味わった。赤くて、熱くて、苦しくて、痛くて……ああ、そうだ。これはきっと、父さんが味わった痛みだ。もがくことすらできずに、死んでいく。
だけど、そんなのは嫌だ。俺は、まだ。
『目覚めなさい、神の子』
どこか懐かしい感じのする、女性の声だ。子供っぽくも、大人っぽくも聞こえる。どこか捉えどころがなくて、でも優しい感じだけは不思議と感じられた。
『貴方には力がある筈です。星造の光が。運命を拒否し、世界の理すらも捩じ伏せる力が』
さっきの奴といい、力って何だよ。俺はただの高校生だ。ちょっと成績と偏差値が良くないだけの、クラスに一人いたところで特に何も意味のない人間だよ。
『光は貴方の中にあります。生きたいのでしょう?ならば抗いなさい、霊示』
光、光か。イメージ的にあまり強くなさそうだ。まあ、随分面白い走馬灯だったな。
『やられっぱなしでよろしいのですか?それに、あの理屈ではあの少女も危ないのではなくて?』
それを聞いて、はっとした。そうだ。陽子を守らなきゃいけない。
『選ぶのです。生きて少女を守るのか、ただ無様に犬死するのか』
それなら、俺は。
「生きたいんだよ!」
右手が暖かい。呼吸ができる。鎖は、砕けて消え去っていた。
「何!?」
「黙って寝てろ!」
俺は男を全力で殴った。日頃度々ケンカはしているが、ここまで全力で人を殴るのは久し振りだ。白い光を纏った右の拳は、男を打ち抜いた瞬間に爆発した。圧倒的な光の奔流が、男を呑み込む。後に残っていたのは、地面に倒れ伏した男だけだった。
「何だ、今の……」
途端、視界がぐらついた。自分も倒れている、ということを把握するのに少し時間がかかってしまった。
「あれ、力が入らないな」
よくわからないまま、俺の意識は闇に呑み込まれた。
はじめて書いたので、拙い作品ですが、読んで頂けたら幸いです。