6 障害物競走
この物語は冒険等はしません。
「シンク、今日は何をやっているんだ」
僕の前には水が浮かんでいる。
「手でも洗うのか」
「違うよ。ナズナが自分が見たことがない魔術を見せてくれと頼まれたからどれがいいかなと思って」
「それでどうして、水が浮かんでいるんだ」
水を出すぐらいだったらナズナも出来るから珍しいものでない。
「水の人形でも作ろうと思ってね」
「人形?」
僕は水で人間の形をした人形を作り出す。
大きさは15cmほどだ。
さらにイメージを固める。
完成したのはイリスをイメージした水で出来た人形。
あくまで水だから色はないけど。
「これは妾か」
「はい」
「魔術でそんなことまで出来るのか」
「魔術はイメージですから。魔力を水に流して形をイメージすれば出来ますよ」
僕はもう一体の人形、エリナ人形を作りあげ、2体を戦わせてみせる。
お互いにパンチキックを繰り返す。
「おお、面白いな。妾も出来るのか」
「魔力があれば出来ますよ。ただ、魔力に大きさによって動かせる時間は変動しますけど。あとはイメージが出来るかどうかです。とりあえず、水はこれを使って下さい。魔力の消耗も減りますから」
イリス人形を一度水に戻し、人の形をした状態の水をイリスを前に移動させる。その理由は細かい人形の形にするとイメージが散漫になって形が保てなくなるからだ。
「まずは水に魔力を入れて下さい。そして、この形にできるようにイメージをしてください。出来たら言って下さい。僕の魔力を水にから抜きますから」
「分かった」
イリス水に魔力を入れて「うーん」と言いながらイメージをじている。
水を使っている理由はいくつかある。
まず、魔力の伝導率がいいこと。
漫画や小説によくある土人形を作るのは伝導率が悪く、人形を動かすのは難しいのだ。
形を固定するなら土、動かすなら液体がいい。
そのため、自由に変化が出来る水を使用している。
「いいぞ」
僕が水から魔力を抜くと水は崩壊して机の上に広がる。
失敗だ。
僕はすぐに魔力を流してこぼれた水を集めて水の塊を作り出す。
「もう一回だ」
僕はもう一度水を人形を作り出す。
それにイリスが魔力を通して人形の形を維持しようとするが出来ない。
何度か失敗するがイリスは諦めようとはしない。
「イリス姫、ちょっといいですか」
「なんだ」
「人の形ではなく、他の物にしましょう」
「他の物ってなんだ」
「イリス姫が好きなクマのぬいぐるみはどうでしょうか」
「なぜ、貴様が知っている」
真っ赤になって椅子から立ち上がる。
「エリナからイリス姫のお部屋には沢山のクマのぬいぐるみがあるって聞きましたよ。しかもお気に入りのクマがいるとか」
「あいつそんなことまで話したのか」
「はい」
「エリナ、あいつ来たら殺す」
「まあ、クマでやってみましょう」
今度は水球からクマのぬいぐるみをイメージさせてクマを作ってもらう。
水の形が段々と丸みがあるクマの形に変わって行く。
僕は水から魔力抜き、今の水のクマはイリスが1人で作り上げたものだった。
「うまいですよ。あとはイメージして動かしてみて下さい」
クマの足がゆっくりと動く。
「そうです。足を動かす要領で腕や手を動かしてみてください」
ゆっくりだけど、腕が動きくまぱんちの動作を行う。
「段々こつが分かってきたぞ」
テーブルの上を歩くクマの水人形。
飲み込みが早い。
「なら、障害物競走でもしましょうか」
「障害物競走?」
「このテーブルの上にいろんな物を置いてそれを乗り越えて行く競争です」
僕は土魔法で障害物になる物を作り出す。
人形が15cmほどの大きさなので、その人形が登れる台を作ったり、平均台を作ったり、くぐれる土管を作ったりする。
「ルールはこのコースを早く一周した方が勝ちです。あと、飛ぶのは駄目です。ちゃんと地面を走ってくださいね」
スタート地点に僕の人形とイリスのクマの人形がスタート地点に立つ。
「ではコインを投げますから床に落ちたらスタートにしましょう」
「分かった」
僕はポケットからコインを出して空中に放り投げる。
コインはクルクル回り部屋の床に落ちる。
それと同時に僕の人形とクマが走り出す。
第一の障害物は20cmほどの高さの障害物が3つ続く。
腕を伸ばして掴んで上によじ登るのだ。
僕の人形は上手く上に掴まり、登って行く。
クマは爪で突き刺し、捩り登っていく。
「ええええ」
「なんだ。問題でもあるのか」
「いいえ、ありませんけど」
3つの山を越えて、次に待ち構えているのはスラロームした平均台。
2つの人形がゆっくりと歩いて行く。
「上手いですね」
「話し掛けるな!落ちるだろ」
クマはゆっくりだけどバランスを取りながら平均台を渡っていく。
次に待ち構えているのは網で出来たネットを手を使って登って行き、上に着いたらすべり台で降りる障害物だ。
さきほどのように爪で突き刺すことは出来ない。
「シンク卑怯だぞ」
「まだ、手を動かす細かい動きは出来ませんか」
「難しい」
クマの手がネットを掴もうとするが上手くいかない。
足、腕などは動かせるが、指までの操作は難しいらしい。
「なら、この障害物は無しにしましょう。ジャンプでかわして次の障害物に行きましょう」
「いいのか」
「出来ないものをやっても仕方ありませんから、今度やるときの参考にします」
クマはジャンプで上に登り、滑り台で落ちる。
次は土管、潜っている人形が見えないので上手に操作しないと人形を見失ってしまう仕様だ。
いかに見えていない人形を同じ動作で動かして土管を潜るかが勝負になる。
「右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、・・・・・」
イリスは見えないクマを掛け声で上手に動かしている。
僕の人形も土管の中に入り問題なく外に出る。
次に待ち構えている障害物はスプーン。
小さなスプーンを持ちスプーンの上に乗っている玉を落とさないようにゴールまで向かう。
「イリス姫、スプーンは持てますか」
「一回掴むだけだったら、なんとか」
ネットを登るように掴んで離しての繰り返しは難しいらしい。
クマはスプーンを握り、ゆっくりと歩き出す。
僕の人形もクマの横でゆっくり歩いている。
走れるけどクマに合わせている。
ゆっくりとクマがゴールする。
「これ魔力をかなり使うぞ」
「そうですか」
「お前は魔力があると思って」
「それじゃ、駄目ですかね。新しい魔術」
「ナズナだったら出来るんじゃないのか。一応天才なんだから」
「イリスちゃん、一応は酷いよ」
「なんだ、いたのか」
「うん、今来たところ。部屋に入ったら何か2人とも集中している感じだったから声をかけずに見ていたんだよ。それで2人で何をしていたの」
「ナズナが見たことが無い魔術を見せて欲しいって言っていたから、試しにイリス姫に使ってもらったんだよ」
「イリスちゃんが使える魔術なの?」
「ナズナ、妾を馬鹿にするのか? なら勝負じゃ!」
別に馬鹿にしたわけじゃないと思うけど。
ただ単に遊びたかっただけかもしれない。
まあ、イリスも本気で怒っているようすはない。
笑っているし。
まあ、そんな感じで2人の障害物競走が始まる。
その前にナズナに水の人形の作り方、動かし方を教える。
その横では自慢するかのようにイリスのクマが動き回っている。
その動きは滑らかでつい先ほど覚えたばかりとは思えない動きをしている。
「これ意外と難しいよ」
「妾はこんなに簡単に動かせるぞ。それよりも早く勝負するぞ」
「ちょっと待ってよ」
「待たん、天才なんじゃろ。妾だってさっき覚えたばかりだぞ」
結局開始は5分後になり、その間に僕は障害物のコースを作り直すことにする。
指を使うネットは排除してネットを潜るように変更する。
あとはボール転がしを追加する。
コースも完成し、二人にルールを説明する。
飛ばない、相手を妨害しないなど基本的なこと説明する。
「ナズナ、今日は勝たせてもらうぞ」
「わたしも負けないよ」
二人の人形がスタートに立つ。
僕が指でコインを上に弾く。
コインは回転しながら床に落ちる。
それと同時に走り出す。
そして、僕は驚くことになる。
「四足歩行」
クマが野生のように四足歩行で走っている。
何よりも速い。
「イリスちゃん、ズルい!」
「何を言っておる。クマは四足で走るものだぞ」
四足で移動するクマは二足の歩行のナズナの人形を突き放していく。
その先には、
第一の関門、3つの壁が待ちかまえる。
先ほどは壁に爪を突き刺して登っていたクマが壁に手をやって登って行く。
「これが経験の差じゃ」
クマが3つ越え終わる頃、ナズナの人形が一つ目を登り終わる。
「先に行くのじゃー」
第二の関門、スラロームした平均台。
クマは四本足で平均台を掴み、落ちないように進んで行く。
半分ほど過ぎたところでナズナの人形が平均台に入る。
「シンク君、あれいいの」
「落ちなければ問題ないのでセーフです」
「そうじゃろ、クマ行くぞ」
クマは平均台を渡りきる。
第3の関門、ネットくぐり。
網に引っかからないようにほふく前進する。
「なんじゃ、これは」
クマが引っかかる。
少しクマのサイズが大きかったみたいだ。
ネットの高さを普通の人形サイズに合わせて作ってしまったせいだ。
クマがネットでもたついている間にナズナの人形が追いつく。
「シンク、貴様。妾のネット小さくしたな」
「違うよ。クマが大きかったんだよ。ネットの高さは同じだよ」
ネットを出る頃には2人は並ぶ。
第4の関門、ボールころがし。
2人の人形の前にボールが置いてある。ボールを転がしてテーブルを半周する。
2人は同時にボールを転がしていく。
若干ナズナの人形が先頭を進む。
「シンクめ、新しいコースを作って、妾の邪魔ばかりして」
「ナズナも初めてなんだから同じでしょう」
ボール転がしでナズナがついにリードする。
第5の関門、土管くぐり。
見えない土管の中を人形を動かすコース。
このコースはイリスの方に分がある。
「右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、・・・・・」
土管の中はどうなっているか分からない。
どっちが早いのか遅いのかはお互いに分からない。
出てきたのは同時だった。
土管のコースでイリスがボール転がしの差を縮めた。
第6の最後の関門 スプーンのボール運び。
2人同時にボールが乗ったスプーンを掴む。
どっちが勝つが予想が出来ない。
一度経験があるイリスなのか。
天才と呼ばれた魔術師なのか。
2人の人形がボールを落とさないようにゴールに向かう。
ほぼ互角だ。
ゴールが近くなる。
クマが一歩出る。
クマが勝つと思った瞬間、スプーンからボールが転げ落ちてしまった。
「あ・・・・・」
クマが止まっている間にナズナの人形が追い抜きゴールしてしまった。
「負けたのじゃ~」
「イリスちゃん、強かったよ。今のはわたしの負けだったよ。運が味方しただけだよ」
「ナズナ~」
「でも、イリスちゃん。クマさん動かすの上手いね。四足歩行には驚いたよ」
「でも、負けた」
「イリス姫、僕がネットの大きさの調整ミスもあったから、ちゃんとクマのサイズにしていればイリス姫の勝ちだったかもしれません。だから、気にしないでください。それにゲームですよ。また、やればいいじゃないですか」
「そうですよ。いつでも再戦しましょうよ。今度は皆でコースを考えたりして」
「そうだのう。でも、今日は無理だ~」
細かい魔力操作にイリスは疲れてたのか、叫ぶと椅子の背もたれに寄りかかってしまう。
「確かに疲れるね。でも、魔力の細かい練習にはいいかも」
のちにメンバー5人よるハンデ戦有りの戦いが始まるのだった。
イリスのマスコットはクマになりました。