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06


 勇者について説明しよう。


 ウィルアーロ国には、遥か昔からの仇敵と言っても過言ではない(いや過言かもしれない)程仲の悪い国が隣接している。

 その名はダイス国。

 大陸の他の国々や別大陸の国とは友好的な関係を築き、人や物の交流があるのにも関わらず、ダイス国とはそれがない。やることなすことすべからく徹底的にウマが合わない。

 一体いつから続くのか、お互い戦争を繰り返し繰り返し、現在は冷戦状態にある。


 ウィルアーロ国は、王族率いる王家、聖女率いる神殿、教導長率いる学舎、これら三つの権力により独裁が防がれている。

 そしてダイス国も同様、王家、神殿、議会の三つで均衡が保たれている。建前上は。


 ウィルアーロはこの三権分立的政策が上手くいっているようが、ダイスは数百年前、この力関係が崩れた。神殿が力を持ち、その長の教皇が、王や議会を操り始めたのである。その独裁ぶりはまさに悪逆非道、残虐極み、自国他国共に、いつしか教皇を魔王と呼ぶようになり、恐れた。

 実際教皇には異能があり、それこそ物語に登場する魔王と何の遜色もなかったそうだから、その呼び名はある意味的を射ているのだろう。しかし教皇が魔王ってどうなんだ。


 “勇者”


 寝食を削り祈りを一心に捧げた聖女が、「神の信託」を授かった。何でも一般市民の中に魔王を倒す勇者がいるとかなんとか。聖女は神のお言葉通りに勇者を選定、そして王家が任命し、学舎と神殿が協力し仲間を選抜。こうして勇者一行が誕生したそうだ。


 勇者に拒否権はない。さすがにやりすぎっしょあんたちょっと反省しなさいと、教皇をボコす任務が与えられる(見返りは一切なし)(あ、名誉は貰えるわ)。なんとも割に合わない仕事である。


 本来ならその何百年前の一度きりのイベントで終わったのが、当時の教皇(以下魔王)がねちっこい上に陰険な性質だったらしく、倒され際に「ふははは私はこれで終わりではない何度倒されようとも幾度と無く復活しこの世に災厄をもたらすであろう恐怖にひれ伏すがいいはっはっはぐふぉ」と呪詛を吐き、しかも有言実行タイプなのか、それから言葉通り何度も復活しているのである。なんて迷惑な魔王。ダイス国も教皇制を廃止しようとしたらしいが、教皇から魔王ではなく、一般市民から魔王になる事例も出たことがあり、お手上げ状態でそのまま放置しているそうだ。無責任極まりない。


 さらについでに、一番最近魔王が復活したのは八年前。つまり一番最近の勇者も八年前。彼は前代未聞の仲間が賢者一人だけという絶望的状況で魔王に殴り込みに行き無事生還した伝説の男である。


 というかいつもいつも魔王は復活しても必ず勇者に倒されている。弱すぎだ魔王。


 と、長々と勇者について述べてみたのは、目の前の八年前まで勇者やってたらしいジャメラ氏に掛ける言葉を探していたからである。


 八年前といえば、彼は歴史上一番強かったらしい魔王を倒した勇者に他ならないわけで。

 旅を供にした賢者は、私をこの世界に連れてきた例の伝説の賢者に他ならないわけで。

 ルメニアさんの表情から、彼が嘘を言っているわけではなさそうで。


 とりあえず。


「不運でしたね、ジャメラ氏」


 労っておいた。






 日も暮れる頃には、私とジャメラ氏はすっかり意気投合して、十年来の友の様な気安さで話せるようになった。まさに竹馬の友。さすがに盛り過ぎた。


「いやー、初めは悪かったなぁ。言っちゃなんだが、出会い頭の印象が悪すぎてよ」

「そんなの気にしないでよヒューちゃん。私も逆の立場だったらドン引きしてる自信あるもの」

「はっはっは! だよなあ!」

「そうそう」


 あれから。

 初めに労ったのが良かったのか、ジャメラ氏はたいへん感激したらしく、一気に心の距離が近付いた。


 初めて労られたらしい。

 何でも当時の知り合いの反応は、「俺勇者になったんだわー」→「え、マジ? ありえねー」「きゃはははファイトー」「あ、ダイス国名物魔王まんじゅう買ってきてよ」「うーわードンマイ乙」だったらしい。


 なんて不憫な人。


 ジャメラ氏の知り合いもなかなかいい性格をしている。反応が大胆。……大胆? 大物? 大人物? まあ世間一般の反応ではない。しかも複数……というか大多数があんな風だったってちょっとどんな人間関係築いてきたのヒューちゃんと小一時間ばかり問い詰めたい。絶対一癖も二癖もあるような人ばかりだろう。


 酒の力もあって(私もジャメラ氏も強い方だがジャメラ氏は底なしだ)、ヒューちゃん、レイちゃんと呼ぶ仲にまでなった。


「おっせーなルメニア」

「そうですねぇ。迷子になってたりして」

「はっはっは、まさか」




 ……さて、一番の問題は、勝手にルメニアさんちの酒で酒盛りしてるのを、ハイマーさんから頼まれた手記を渡した途端、また家を出て何処かへ行ってしまったルメニアさんが帰ってきた時に、どう言い訳するかである。



 ――ガチャリ、と。


 今日何度目か分からない音が響いた。


 ルメニアさんが帰ってきたのだろうか。ハイマーさんから頼まれた手記の件で家を出たようだが、あんな表情をするくらいだ、よっぽど重要な事なのだろう。もっと時間が掛かると思っていたのだが……中和薬を取りに行ったより早く帰って来たんだけどどういうことだ。





 そんな事を考える私の前に、風を切る様な音と共に、さっきまで上機嫌に酒を飲んでいたジャメラ氏が立っていた。


 私を庇うように背を向けて。


 どういうことだと黙然と眉を寄せ、声を掛ける。


「どうしたんですか、ヒューちゃ……」

「静かに」


 低く囁かれた言葉に、ただ事ではないと察し、扉へと視線を向ける。

 ゆっくりと姿を現したのは、無表情の中にやけに疲れた雰囲気が覗くルメニアさんと――、その腕に抱かれている、森で出会ったあの小動物だった。



「……けったいなもん連れてんじゃねぇか」


 程なくして口を開いたジャメラ氏だが、その瞳は鋭く細められ、口調は鋭い。しかしその対象は黒い小動物。


 シュールな光景だ。


 何が何やらさっぱり分からないが、ジャメラ氏はあの黒いのをかなり警戒しているらしい。いったい何故。

 ルメニアさんは相変わらずの表情でその様子を眺めている。止める気は無いようだ。


 あの黒いのは、元勇者が警戒心を露わにする程恐ろしいものだったと言うのか。


 人(ヒト?)は見掛けによらないと、一人納得している私は、次の瞬間攻撃を受けた。

 黒いのに。



「もふっ」


 顔面に飛びつかれ、呻き声が漏れる。

 え、大丈夫なの? これ大丈夫なの? 勇者が警戒するようなものに飛びつかれて大丈夫なの私!?

 とりあえず黒いのを顔から引き離す。ワタワタとした動作だったのはご愛敬だ。だって危ない物だったら怖い。とても攻撃力があるようには見えないが。でも私まで飛びつくジャンプ力はすごい。というかそろそろ息がやばい。丁度黒いのが口と鼻を押さえる位置にいるせい……え。


「何なの窒息させる気もしかして!? 可愛いナリしてえげつない事するわね君」


 可愛らしい顔に反して恐ろしい事を実行した黒いのに、戦慄する。あざといだけじゃなくてえげつない。もしかして中身も真っ黒なのだろうか、この黒いのは。


 その手口に会社の後輩を思い出した。彼女はその愛らしい顔と上目づかいと明るい朗らかな性格で数々の男を顎で使っていいように利用していた。仕事は出来るが恐ろしい後輩だった。こちらに実害がなければ別にどうとも思わなかったが、何故か彼女は私を敵視していて、私は多大な迷惑を被る事になったのだ。


 後輩については上司にチクったので実害は広がる前に止んだが(公私混同なんて言ってられない状況だった)、黒いのはどうするべきだろうと顔を上げると、驚いた表情の二人と目が合う。


 え、どうしたの一体。


「……コーノちゃん」


 新種の珍動物発見しちゃったと顔に書いてルメニアさんが口を開いた。ルメニアさんの表情が変わるなんてこの三年で二度目なんだけど、こんなとこで貴重な二度目を使っていいのだろうか。それともそんなにやばい感じなんだろうか。


「何ともないの?」

「は?」


 やけに抽象的な……というか主語がない質問をされる。何ともないって何が? 体に不調もないし頭も通常運転だが。


「酩酊感や心拍上昇、陶酔的な気分になるとか恍惚とした気分になるとか」

「酒の症状ですか」


 程良い酩酊感は確かにあるが、ちゃんと正気を保っている。これでも底なしと言われるクソ人事課主任にお前おかしいと言われるだけはある。あれこれ褒められてない。


「おい、ルメニア」

「ええ、ヒューさん」


 アイコンタクトを取り合うお二方。何が何やらさっぱりな私を置いて、二人は事態を理解しているらしい。


「コーノちゃん」

「はあ、何でしょう」

「その動物、『アイミリ』は――」


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