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05


 はぁい皆さんこんにちは。全世界の心のアイドル、レイちゃんダゾ!


 だめだしにたい。自分で自分が痛々しい。世間さまに白い目で見られる事確実だ。


 なんだどうしてこうなった。


 答えは分かり切っているが、他にする事もないためもう何度も回想した一時間前の出来事を、もう一度振り返った。





「助けて下さいルメニアさん」

「あっ」

「えっ」


 小さな爆発音。続いて白い煙に覆われる室内。


 そして現状である。




 回想が早く終わり過ぎたのでもう少し遡ろう。


 今日も編集者と書いて鬼と呼ぶ集団に(この世界にはリアルに鬼もいる)追い掛けられていた私は、ルメニアさんのアパートに逃げ込んだ。

 もう慣れたもので、勝手知ったる様に手早く合鍵でドアを開け(この合鍵も“特典”効果らしいがよく分からない)、慌ただしく101号室に駆け込めば(ルメニアさんの生活圏はこの部屋だけで、後は器具置きである)、こちらもいつも通り何やら怪しい実験をしていたルメニアさんが持つ試験管は、私が扉を開けた瞬間に振動が伝わったのか、それともルメニアさんが単にミスしたのか、音を立てて爆発した。家が丸々一軒焼失する様な大爆発ではないが、薬が霧散して主に私が被害を被った(ルメニアさんはガスマスクを着用していた)(そんな重装備が必要なんて、どれだけ危ない実験をしていたのか。恐ろしくてとても聞けない)。


 果たしてその薬の効果は、医療関係で使う筋肉弛緩剤の改良版だったらしい。全く何がどうしてそうなったのか、口を開くと頭が緩そう、平たく言えばちょっとおバカさんな言葉しか出てこないようになってしまった(もう笑うしかないハッハッハ!)。


 何これどうなったのかしらと解剖する気満々のキラキラ改めギラギラした目で詰め寄ってくるルメニアさんをなんとか宥め、中和薬を取りに行ってもらった。学舎にあるルメニアさんの研究室にあるらしく、彼女は今ここにはいない。つまり私はお留守番。まさにひとりでできるもん! うわぁ……とうとう脳にまで薬の効果が浸透したのだろうか。頭の中までお花畑は笑えない。


 一時間で現状に嫌気がさしている私には、ただひたすらルメニアさんを待つのが苦行である。待つのには慣れていると自負していたが、どうやら考え直す必要がありそうだ。


 時計の針が二週した。


 ただただ、無為に時間が過ぎてゆく。



 ……あれ? さすがに遅くないかしら。



 そう思い始めていたからだろうか。


「お帰りなさいルメニアさん! ご飯お風呂? それともわ、た、し? いやん言っちゃった!」


 ガチャリと開く扉の音に、ルメニアさんと疑わず出迎えたのは。


「……は?」


 私の目の前で、一人の男が何とも言えない目でこちらを凝視していた。……いやん、照れるー…。





「つまり、それはお嬢ちゃんの素じゃないんだよな?」

「ええ! モチのロンです! いつものレイちゃんは、こーんな子じゃないのです! しゅびっ!」

「……信じられん」

「ええ! そんな酷いですぅ! しくしく」


 目の前の男性――ヒュー=ジャメラ氏は、胡乱気な眼差しで私を見つめた。


 気持ちはよく分かる。

 物凄く分かる。

 が、信じてもらえない身としてはとても悲しい。というより死活問題である。


 現在ルメニアさんを訪ねて来たらしい彼に事情を説明し、一緒にお茶してルメニアさんの帰宅を待っているのだが、どうやら私は全く信用されていないようである。

 黒髪黒目、浅黒い肌。精悍な顔つきのジャメラ氏は、三十後半そこらだろう。たいへん格好いいオジサンである。何だろうこの周りのステキなオジサマ率。古書店のハイマーさんしかり。この度編集長に昇進したクロークさんしかり。

 そんな見た目とてもステキな方に信用されないのはかなり悲しい。胡散臭い人を見る目で見られ、睨まれる。なまじ顔が整っているせいで余計な迫力もあってとても怖い。早く帰ってきてルメニアさん。


「お嬢ちゃんは何の仕事を?」

「みんなに夢と希望を運ぶお仕事です!」

「……そうか」


 お願い早く帰ってきてルメニアさぁあああん!





 相も変わらず私たちの間には冷たい風が吹いている。

 ジャメラ氏は私から視線を逸らさず優雅にお茶を飲んでいて、私は私でその視線から逃れる様に原稿を書き進める。良かった、原稿持ってて。しかも仕事がはかどるはかどる。あれかしら、火事場の馬鹿力。命の危機に晒されているような感覚(理由:前方からの冷たい視線)から、こんな力が出るのかしら。これ編集が知ったらヤバいな。これから締め切り間際の度にクロークさんが出張ってきたらどうしよう。絶対書ききる自信あるけど終わった瞬間ライフポイントゼロ確定。


「へぇ、作家」

「違いますよぅ! 夢と希望を運ぶお仕事です!」


 訂正。今この瞬間にも私のライフポイントはゼロに近い。


「………何、やってるの?」


 ――!!

 待望の救世主メシアが光臨なされた。





「戻って良かった……」

「はい、本当に」


 淡々と頷くルメニアさん。元凶は貴方だと忘れてないか? 忘れてそうだ。下手に触れると自分が誤爆しそうだから彼女を責めるのは止めておこう。とりあえず戻れて本当に良かった。自分の口なのに勝手に口調が変換されて本気で舌を噛みたくなった。なんだあの二次元のキャラクターにしか許されない口調。もう嫌だ経験したくない。記憶を抹消したい。叫んで転がりたい。ルメニアさん、中和薬の他に鎮静剤でも持って帰ってくれれば良かったのに。


「筋肉弛緩剤が中途半端に脳内を弛緩させてたようね。これ、上手くすれば麻薬効果のある薬になるんじゃないかしら」

「何それ怖い」


 自分はかなり危ない橋を渡っていたようだ。再確認した、クスリ怖い。ルメニアさんもっと怖い。


「貴方は何しに来たんですか」

「挨拶なしでいきなりそれかよ」


 そしてジャメラ氏。ルメニアさんと私の会話から、私の話が嘘じゃないと悟ったのか、冷たい視線を注ぐのは止めてくれた。まだ信用はされていないようだが(当たり前である)。


「ちっと野暮用。それよりこのお嬢ちゃん何者だよ。古語を使えるって事は、よっぽどの家柄か学舎関係か? 神官が作家なんかしてるわけないだろうし」

「ええ、そんなところ」


 そのままルメニアさんとジャメラ氏が話しているのを良いことに、私は一人後悔という名の考え事に集中することにした。


 ――テンパってたとはいえ、どうして見知らぬ他人の前で字を書いた私……!


 この世界に来た当初から普通に話していた言語。自覚はないが日本語ではなかったらしい。自動的に読み書きはウィルアーロの言葉に翻訳されるらしいのだが、やはり無自覚なのでどういう原理かさっぱりである。ガイドブックにはたった一行『読み書きは心配しないで下さい』とやはり英語で書いてあった。ほんとあのガイドブック適当過ぎる。不親切も甚だしい。シリカゲルにわざわざ『食べられません』と書く日本人からすれば、あのガイドブックは穴があるにも程がある。重要な項目程内容が薄いとはどういうことだ。


 話を戻す。

 ウィルアーロ国とダイス国の共通語である大陸語が、現在の公用語である。しかしそれとは別に、私が本来使っていた言葉――日本語が、ここでは古語として研究されていた言葉だった。

 ウィルアーロ国最大にして唯一の学舎では、教育の一環として。

 古くから続く名家では教養の一環として。

 聖女サマのいる神殿では常用語として。

 つまり、古語を使う人間は限られているわけなのだが、何故衰退しないのか。それは何百年前の“初代賢者”が使用していたから、らしい。謎の多い“初代賢者”は、現代に伝わる“科学”や“経済”“政治体制”の先駆者でもあったらしい。当時の風潮では考えられない様な柔軟な発想、企画力、実行力。圧倒的な思想で全てを魅了する“初代賢者”はしかし、彼に関する書物は散逸して実態が掴めない。それ故“初代賢者”に関わるものを調べる事は、推奨されるべきものとされている。そして古語(日本語)については資料も多いため解読されているが、他に賢者が使ったとされる表音文字(英語)、画文字A(中国語)、画文字B(ドイツ語)、咽頭文字(韓国語)はまだ未解読らしい。


 初代賢者って同郷だろ。


 しかもやたら語学に強い。初代賢者は何百年も前の人らしいから、一概に言えないが、もしかしたら次元も飛んでこの世界にやってきたのではないだろうか。いや、でも地球とこの世界、時間の進みは一緒だし(体内時計でもガイドブックでも確認済みだ)。まったくどんな原理なのか。


 さて、また話を戻すが、一般人が普通に物書きで古語を使うのは一般的ではない。それこそ、さっきジャメラ氏が言った神殿で働く神官は別であるが。私は普段から童話は古語で書いているから(それが私の本の売りでもある)、さっきはそのクセが出てしまった。


 初めて童話を書いた時、自動翻訳機能がどう働いていたのか知らないが、特に意識しないまま慣れた言語で書いていたそれは古語、つまり日本語だった。それから私が書く本は古語でと決まっている。初代担当のクロークさんが、古語が分かる人、かつ豪胆な人で本当に良かった。古語を使えるという事は、国でも最高の高等教育を受けてきたと同義だから、私の編集はみんな国でも最高の頭脳の持ち主のはずなのだが、全くそれが見えてこない。彼らも輝かしい学生時代は、将来学歴が何の関係もなく、ただ人を追い掛けるのが仕事になるとは思いもしなかったであろう。可哀想に。


 ――学舎と神殿があるこの街では、存外古語を使える人間が多いため、失念していた一般常識である。


「お嬢ちゃん、あの『ベル=スワロー』だったんだなぁ」


 ルメニアさんに聞いたのであろう、ジャメラ氏は納得と同時に驚いたようだった。


 ベル=スワローは、私のペンネームである。これでも売れっ子作家。知られていても不思議じゃない。

 私の童話は、古語版と現代語版、二つの種類が出回っている。絵本としても、古語の勉強としても利用できるのが、私の本の一番のセールスポイントであるらしい。クロークさん曰く。

 大の大人が真剣な表情で私の童話を読んでいるのを見た時は驚いた。そして恥ずかしかった。いや、あのそれそんな深い話じゃないです。書き込みとかラインとか付箋とかする程のものじゃないです、と何故か罪悪感に駆られた。この私が。その後元ネタ私じゃないのにそんな事思ってスミマセンと、更に罪悪感がプラスだった。この私が!


「知り合いが大ファンなんだよ。へぇ、こんなお嬢ちゃんが書いてたとはねぇ」

「ありがとうございます。もうお嬢ちゃんなんて歳じゃありませんが」

「ギリ二十代ってだけで驚きだね。文体見てると頑固な親父が書いてる固い感じだからな」


 悪かったわね。


「ルメニアさんこそ、私より二歳下とは到底思えない老成した人ですし。枯れきってますし。今時の若者なんてそんなものですよ」

「私を巻き込まないで」

「そりゃ違いねぇわ」


 何だかんだで話が弾む。でもやっぱりまだ信用されてるわけではないよう。目が笑ってないわジャメラ氏。

 ルメニアさんと一緒にいるんだから、少しは認めて欲しいものだと思いながら、口を開く。


「ジャメラさんは何のお仕事を?」


 少しでもうち解けたくてこっちから会話を試みる。私の仕事の話だったから、という流れでチョイスした軽い話題だったのだが。


「ああ、今は雑誌のライターやってんだ」

「そうなんですか。同じ物書きですね」

「昔は腕に物を言わせる仕事だったのになァ」

「あら、何のお仕事を?」


 就職難のウィルアーロで転職とは、なかなか冒険する人だ。前職はそんなに辛かったのだろうか。

 私も参考にしたいのだが、ハローワークの様な職業斡旋所、こちらの世界にあったろうか。


「勇者」


 ……は?


「俺、八年くらい前までは勇者やってたんだわ」


 なるほど、ハロワに行ってもそんな職業、地球じゃ一つも見つけられないだろう。


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