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02


「ルメニアさん助けて」


 今日も今日とて仕事がわっちゃりぐっちゃりな感じでああもう無理と思った私は、潔く自宅しごとばから逃亡した。ふ、携帯(こっちで新たに購入済み)の電源は落としてやったわ(元の世界の携帯は電源切りっぱなしで鞄の奥底に眠っている)。

 避難先は皆さんご存知、インテリ系クール美女のルメザニアン嬢宅。例のお菓子の家ではなく、一等地にある彼女の自宅でもなく、ルメニアさんが寝食と仕事道具の物置の為に購入した安アパートである。


 ルメザニアン=ロスト嬢。我らがウィルアーロ国が誇る名家の一つ、ロスト家のご令嬢である。

 ロスト家特有の艶やかな黒髪ストレートと淡い紫紺の瞳を持ち、ロスト家特有の並はずれた知能と柔軟な思考をもち、勤勉で実直なロスト家では異端の、ずぼらでいい加減な性格の持ち主の変態科学者である。

 変人ではない。変態科学者である。


「コーノちゃん、頭開かせて下さい」

「駄目。この中には空想という名の私の商売道具が入ってるんだから」

「じゃあ仕事なさい」

「異世界に来てまで仕事なんて!」


 テンポのいい会話をしながらも、彼女は手を休めない。試験管の中身をフラスコに投入し、軽く振る。元の世界で科学が常に赤点ギリギリだった私には彼女が何をしているのか分からないが、きっと変な薬でも作っているのだろう。私は基本的に彼女の実験を信用していない。

 ジト目に気付いたのか、彼女の代名詞とも言える無表情と抑揚のない声でルメニアさんは言った。


「怪しいものなんて作ってないわ」

「一服盛った人に言われても」


 一服どころか何回も盛られた。それも初対面の時に。

 振り返ってみれば不自然な事だが、私はあまりにもトリップ当初現実を受け入れ過ぎていた。柔軟さには定評があると言え、そんな文字通り“世界規模”の問題にもさらっと順応出来るとはとても思えない。でも、私は特に抵抗する事もなく指示に従った。これはおかしい。異世界生活ニ年目に突入する辺りでモヤモヤと疑念が生まれ、それなりに交流があった彼女(私は彼女をルメニアさんと呼ぶ様になったし、彼女もコーノちゃんと呼ぶ様になった)(無口だった彼女は今では結構“会話”してくれる。抑揚はないが)に尋ねたところ、あっさり答えは返ってきた。

 曰く。


「温泉から家の中まで判断力が鈍る薬を散布していました」


 恐ろしい言葉だった。つまり私はあの時軽く催眠状態、ないしは洗脳状態にあったのだ。

 トントン拍子に話が進んだのも頷ける。今だから「害はないしまあいいか」と思えるが、当時は猜疑心に塗れ話どころではなかっただろう。まったく恐ろしい。


 お菓子の家で感じた甘い匂いは菓子ではなく薬の匂いだったとか。いい匂いだと思って吸い込んじゃった過去の自分を全力で止めたい。薬が強力で、徐々に弱まったとはいえ一年もかかりっぱなしとか超怖い。知った時は愕然とした。その頃にはこっちも色々分かる様になって、悪意から薬を使ったわけじゃないとは分かっていたけど。でもこれ私がもっと繊細だったら裏切られたと思うんじゃないの? そんな疑問にも彼女はあっさり答えた。

 曰く。


「賢者が『図太いから大丈夫』と」


 ここでも元凶はお前か賢者と軽く殺意を覚えた。しかも私の性格を知ってるっぽいとかいよいよ何者なの賢者。幾度となくルメニアさんに尋ねるも、尽く黙秘を貫かれた。賢者の正体は未だ謎に包まれている。


「ごめんなさい」


 ルメニアさんが根はいい人なんだと感じるのはこういうところだ。聞けば聞くほど例の賢者に振り回されてるだけなのに(“特典”とか薬とか)、ちゃんと謝ってくれる。事実を知ってから事ある毎にチクチク同じ事を責める私にも一度も怒らず謝る。それに甘える私もどうかと思うが、甘やかすルメニアさんもそれで罪滅ぼしのつもりなのだろう。正にさっきの会話がいい例だ。藪蛇になると分かっていて、あえてその切っ掛けを作るのだから。


「出会った時に問答無用で弄れば良かったわ。コーノちゃん、まだ呆然自失だったからやりたい放題だったのに」


 こういう揺るぎない変態部分には困ったものだが。





 私は童話作家業と同時進行で、この世界の常識、政治、様々なものを学んだ。そして、ある程度の知識が集まると、ルメザニアン=ロスト嬢探しも行ったのだ。

 “特典”と言っておきながら、彼女からの接触は最初の一回だけ。正体も目的も分からない人間に不安を覚えていた私は、記憶にある彼女の容姿と名前を頼りに、情報を集められるだけ集めた。結果、思いの外あっさり見つかった。

 この世界で黒髪と紫紺の瞳を持つ一族は一つだけ。そして、ここ一体に住むロスト家の一員で、若い女性――この条件に当てはまるのは、ただ一人だけだった。


 彼女を見付けてからの私の行動は早かった。事前にコンタクトをとり……なんてことはせず、直で乗り込んだ。とんでもない暴挙だが忘れてはいけない。私は当時まだ薬の効果が切れていなかった。それも判断力の低下は無自覚。仕方ないだろう。

 名家というからには大豪邸に住んでいると思い、一等地のルメニアさんの自宅を訪問した私は、優しそうな家令のお爺さんから地図を渡された。なんでもお嬢様からの預かり物らしい。それはルメニアさんの拠点のアパートの地図で、教えてくれるつもりなら初対面の時に教えてくれよと思ったものだった。無駄に労力を費やした。ガイドブックも“特典”には何も触れないものだから、彼女が何者でどういう存在なのかという事はさっぱりだったのだ。許すまじ賢者という思いは募るばかりである。

 そんなルメニアさんのアパートは、街のはずれにひっそりと隠れるように立っていた。名家の人もこんな所に住むのかと新鮮な気持ちになりながら表札を探すと一つしかない。あれー? と思うが取り敢えず101のチャイムを鳴らした。

 アポ無し訪問にも一切表情を変えず、私を部屋に招き入れたルメニアさん(もしかしたら家令のお爺さんから連絡があったのかもしれない)。一歩部屋に足を踏み入れ気が付いた。成程やっぱり名家なのかもしれない(この場合はお金持ちを強調したい)、アパートは全室ルメニアさんのものだったのだ。

 部屋と部屋を繋げて大きな広い空間となった一室(という表現が正しいかは微妙だが)は、所狭しと数々の書物や実験器具が置かれている。理科準備室の様だ。

 その中心の申し訳程度に空けられたスペースで、床にそのまま正座して紅茶を飲みながら(フラスコからビーカーに注いで飲んでいた事には突っ込むまい)、開口一番彼女は言った。


「頭開かせて下さい」


 ちなみにそれは、三年目の今現在でも言われ続ける台詞になる。




「ルメニアさん」

「はい」

「ルメニアさんって優しいよね」

「人並みには」

「美人だよね」

「コーノちゃんよりは」

「………意地悪いよね」

「事実を言われても何とも」




 彼女は未だ黙秘を通し、謎に包まれているが、私と彼女は、友人と言っても差し支えのない、良い関係を築いていると自負している。


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