EP5 邪神
EP5 邪神
コックピットの中で待機していた俺に出撃命令が下ったのは、久藤さんの通信が指令室に届いてからすぐのことだった。
元々こういう事態はある程度予想していたので、出撃の準備だけは事前に行っていた。
「ぶっつけ本番になりますが、シミュレーションの通りにやれば問題ありません。どうかお気を付けて」
「わかっていますよ。大丈夫です」
今回はいつもと比べて状況が少々特別だった。
いつもなら人型装甲機は輸送機によって現地まで運んでもらいそこから降下する、という流れになっている。
しかし今回は作戦の性質上、輸送機を飛ばして現地に待機させておく、というわけにはいかなかった。
そうなると出撃要請があってから基地から出撃する、ということになるのだが、輸送機の速度では時間が掛かり過ぎる。
そこで今回の作戦では人型装甲機用のある試作型特殊装備を使用することになった。
人型装甲機専用空中戦闘支援装備試作型飛行ユニット《ゼピュロス》。
それがこの作戦のカギを握る秘密兵器だ。
これは簡単に言うと翼とジェットエンジンを搭載した装備で人型装甲機の背面部に装備することによって空中戦闘を可能にするというものだ。《ゼピュロス》単体での飛行や遠隔操作も可能で、戦闘支援用の装備としては破格の性能を持っている。
当然飛行速度も輸送機のそれを遥かに上回るもので、これを使用することによってタイムロスを大幅に下げることが出来るのだ。
ただし便利なだけではなく、当然この装備にも欠点がある。
操作性があまり高くなく小回りが利かないということ、そしてこれを装備した状態での地上戦がとても難しいということだ。その上、まだ量産されていない試作兵器なのでWF日本支部にも一機しか存在しない。
今回の作戦では、まず俺の《ギガンティス》に《ゼピュロス》を装備した状態で基地より発進させ、《ゼピュロス》を装備した状態での戦闘は行わず、目標地点に到達時にパージした後に《ゼピュロス》だけを遠隔操作によって基地まで戻し、その後無人の《ギガンティス・カスタム》に《ゼピュロス》を装備したものを遠隔操作で再度発進させ、現地に降下させたこれに久藤さんが乗り込む、ということになった。
《ギガンティス》の背面部に《ゼピュロス》が装備され基地の専用カタパルトへと移動される。
「――神経接続、脳波同調開始。冷却システム正常起動、オートバランサー起動、出力安定、SGT細胞活性率三六%。人型装甲機専用空中戦闘支援装備試作型飛行ユニット《ゼピュロス》とのリンクを完了、空中姿勢制御システムダウンロード完了、火器管制システム正常、全システム正常起動――」
『――カタパルト進路クリア。発進タイミングを《ギガンティス》に譲渡します』
オペレーターがそう言ったのを確認すると、操縦桿を握る手に力を込め俺は叫んだ。
「了解。古堅陸、《ギガンティス》、行きます!!」
リニアカタパルトによって超高速で機体が空へと打ち出される。
「――っ!!」
強烈なGが俺を圧迫する。
背面部に装備された《ゼピュロス》の大推力と主翼の空力効果によって、カタパルトから打ち出された《ギガンティス》は空を飛んだ。
確かに今まで人型装甲機を飛ばすための装備や飛行能力を持った人型装甲機は、いくつか開発されてきていた。
しかし、高速飛行が可能なものはほとんどない。
また、開発されたそれらはほとんどが〝試作兵器〟であり、それが〝実戦〟ともなれば全くと言っていいほど例がなかった。ましてや《ゼピュロス》の実戦使用となると、これは初めてのことだ。
つまり人型装甲機を飛ばすことに関しては、全く技術の蓄積が無い。
それをパイロットになってから一ヵ月の俺が行う。
無謀な作戦だ、というのがまっとうな評価だ。
しかし、
「――やってやる、やってやるさ!!」
たった一ヵ月とはいえ、俺は命がけの実戦と幾度とない訓練による経験を積んでる。
それらの経験、今自分が持つ全ての力を使って機体を操った。
×××
(やはりそうだ。肉体から分離していても精神はその形を保つことが出来ている。後はこのまま《ダゴン》の精神に働きかけて同化することが出来れば――)
深瀬はすでに己の肉体を失いながらも、呼び出した神、《ダゴン》の精神世界の中で自我を保っていた。
後は精神の中枢に働きかけ、同化すれば自らの意志で《ダゴン》の体を自在に操ることが出来る。
すなわち、自分が神に成ることが出来るのだ。
深瀬はどんどん精神の深みへと進んでいく。
奥へ奥へと進んで行くたびに、自らの精神が傷つけられ貪られていく感覚を確かに感じる。
膨大な知識と感情の荒波に呑まれ、自我がすり減っていくのを確かに感じる。
(――だが、だがあと少しだ。僅かでも自我を保ったまま中枢へと辿り着ければ、その時だ、ソの時コそ、ワタシのナガネンのユメが、夢ガ叶うノだ!!)
やがて、先ほどよりも一層激しい情報の嵐が訪れる。深瀬はそれ等に対して己の持つ知識の全てを使って対処する。
しかしその抵抗も虚しく深瀬の精神は摩耗していく。
(――ク!? 何トいうこトダ。まさカコレホどのもノトハ! しか――、後少しダ、こ――ヲ、此処さえヌケ出す――トガでキレバ!!)
深瀬は今まで生涯のうちに手に入れたあらゆる知識を総動員して、必死の抵抗を試みた。
どれほどの時間がたったのだろうか。
いや、精神世界においては時間など何の意味もなさない。
巨大すぎる存在の精神に誤って足を踏み入れれば、文字通り、永劫の苦しみを味わい続けることもある。
突如、永劫に続くかのようにも感じられた精神の嵐が消滅した。
(――!? ここは……。そうか、なるほど、この場所だ!! 辿り着いたぞ、此処が、此処こそが中央にして最深部、《ダゴン》の精神を司る中枢!! ついに、ついにだ、ついに辿り着いたぞ!! さあ、私に見せてくれ、我らが崇拝する神の、その総てを!! そのすべてを理解し、掌握し、そして私が、この世界の新たなる神となる!!)
そして深瀬は《ダゴン》の精神の中枢に働きかけ、それを侵食しようと試みた。
次の瞬間、
(な、なんだこれは!? いったいないが――――)
深瀬は《ダゴン》の精神中枢のさらに奥から何かが逆流してくるのを感じ取った。
深瀬は本当の意味で〝神〟の力を理解していたわけではなかった。
異なる次元、異なる時間、異なる宇宙、そこに存在する我々とは全く異なる異質な存在。
その総てを理解し、その精神を支配するということが果たしてどのような意味を持つのか、そのことを彼は完全に理解していたとは言い難かった。
深瀬はその力を過小評価し、侮っていたともいえる。
もっとも、そんな忠告は今の彼には何の意味も持たない。
最早手遅れだ。
深瀬のむき出しの精神の中に、膨大な量の異質な情報が流れ込み、その意味を強制的に理解させられる。
(――莫迦な、こんな、こんな筈では――――――)
深瀬はその次のことを思考することが出来なかった。
深瀬の精神は《ダゴン》を精神中枢から侵食しようとした次の瞬間、一瞬にして限界を迎え、崩壊し、完全に消滅した。
×××
俺の乗る《ギガンティス》は高速で空を駆け抜け、〝魚神遺跡〟へと向かっていた。その時、機体の光学センサーがあるものを捉えた。
「い、いったいなんなんだ!? これは!?」
遺跡のあった場所は小高い丘のような場所だったが、頂上から三十メートルほどの高さのところまで無数の巨大な触手のようなものが生え、絶えず蠢いていた。
それらは幾重にも絡まり合いまるで巨大な木のようだった。
『――形状、エネルギー反応、ともに該当データなし。未確認のCCDと断定。――目標をCCD‐30に認定。パイロットはただちにこれを駆逐せよ』
「――了解!」
操縦桿を握る手に思わず力がこもる。
モニターに映る〝敵〟の巨大な姿を睨みつけ、
「待ってろよ、久藤さん」
静かに呟き、機体を一気に急降下させる。
そして、
「――よし、《ゼピュロス》をパージ!! これより降下します!!」
《ギガンティス》の背面部分に装備されていた《ゼピュロス》をパージし《ギガンティス》は単身で降下した。
「いっけぇぇぇ――――!!」
各部のバーニアと機体の四肢を器用に操りながら、空中でバランスを取りつつ、機体の右手に装備した三十七ミリマシンガンの引き金を引く。
勢いよく地面へと降下しながら地上に現れた敵へと弾丸の雨を降らせた。
「うおおおぉぉぉぉ――――――!!」
モニターに映るCCD‐30の姿と、地上との距離を凝視。
機体が地面へと接触する。
その直前に全バーニアを一気に吹かし急ブレーキをかける。
しかし、それでも殺しきれなかった衝撃によって機体脚部に凄まじい負荷をかけ、地面を数百メートル単位で抉りながら、猛烈な対煙と共にスライディングをし、CCD‐30から約三十メートルの距離で機体がようやく停止した。
降下を始めた時からひたすら打ち続けていたマシンガンの弾丸は、確かにCCD‐30へと向かって放たれた。
しかし、
「――!? バリアか!!」
弾丸は一発もCCD‐30に届いた様子はなかった。
CCD‐30の周囲を覆うバリアのようなものに阻まれていたのだ。
まるで空間が歪んでいるかのような錯覚を覚えるほどの力場。
全てを拒絶する防御壁に、先制攻撃が無力化された。
「くっ!」
間髪入れずに、今度は機体をCCD‐30に向けて突進させると再び引き金を引く。
「この距離なら!!」
至近距離で当てればバリアを突破できる。
そう考えCCD‐30への接近を試みた。しかし、その考えはCCD‐30の行った急な反撃によって失敗した。
まるで木のように動かなかった触手の塊であるCCD‐30が、突如その触手を俺の乗る《ギガンティス》へと向けて伸ばしてきた。
「動けるのかよ、こいつは!」
反撃をギリギリのところで避ける。
「――まあ、大体こうなるとは予想していたがな」
機体の左腕に装備していたシールドを正面に構え、改めてあたりを見渡す。
ここから少し離れたところに遺跡への入り口がある。今そこから、突入部隊が囚われていた人たちを救出している最中だった。この近くに待機させてある人員運搬用の輸送ヘリのところまで全員が到達し、脱出が完了するまではまだ少し時間が掛かりそうだ。
――突入部隊の全員が脱出し終わるまでは派手に動けない。遺跡が崩落しないように何とかしてうまいこと立ち回らないとまずいのは明白だ。
CCD‐30の注意を自分の方に引きつけながら、遺跡の入り口から離れる。CCD‐30はそんな俺に対して自らの何本もの触手を鞭のように振るい攻撃を仕掛けてきた。
俺はその攻撃を何とかさばききる。
CCD‐30は触手を伸ばし執拗に攻撃を繰り返すが、しかし有効打にはならない。は何度かマシンガンで応戦するが、全てバリアに阻まれ本体に命中しない。
そんな中、突然触手による攻撃が止んだ。
突然の不可解な行動を不信に思ったが、その理由はすぐに明らかになった。
CCD‐30の触手の先端に光が、魔力が収束しだした。
「――!?」
触手の先端から光弾が放たれる。CCD‐30から俺の乗る《ギガンティス》へと向けられたいくつもの触手、その総てから妖しく輝く光弾が放たれた。
「ちっ、嘘だろ、おい! そんなの聞いてねーぞ!!」
舌打ちしながら、シールドを構え、CCD‐30から放たれた光弾を何とか防御する。
CCD‐30は《ギガンティス》からある程度離れたところまで触手を伸ばし、そこから光弾を放ち続ける。
四方八方に展開した触手から容赦なく絶え間ない光弾の連続攻撃が繰り出された。
光弾一発一発の威力は決して高くないが、いつまでも攻撃を受け続けていいってわけじゃない。装甲やシールドの強度は無限じゃないし、光弾の攻撃力が全くないってわけでもない。おまけに下手に避けると町の方にも被害が出る。
――チクショウ、どうすればいいんだ。
俺はなるべく場所を移動しないようにし、最低限の動きでシールドを操り攻撃を防御し続ける。
「クソッ、このままじゃ持たねえ」
四方八方からの絶え間ない攻撃により機体内の接近警報が常になり続け、避け損なった光弾が当たったことによる振動がプレッシャーをかけ続ける。
もちろんCCD‐30からの攻撃は光弾だけではない。触手を鞭のように使った攻撃も時折混ぜながら行われる。
く、まだか、まだなのかよ。
俺が焦燥に駆られ始めたその時、輸送ヘリからの通信が入った。
『こちら輸送ヘリ、全員無事脱出完了! 久藤の嬢ちゃんも無事だ!』
次いでそのヘリに乗っている今回の突入部隊のリーダー、久藤さんが俺に向かって話しかけてきた。
『古堅君、私の機体が到着するまで何とか持ちこたえて!』
「あんまり遅いと斃しちまうかもしれないな」
俺は久藤さんの声に対して冗談交じりに返すと、改めてCCD‐30の姿を睨みつける。
「――さて、暴れさせてもらうとするか、覚悟しろよ、触手野郎!!」
叫び、勢いよくバーニアを吹かしながら、横へと飛び攻撃を回避する。
俺は機体の右手に装備していたライフルをシールド裏にマウントし、機体の右腰から鞘に納められていた超音波刃を引き抜いた。そして、光弾を打ち続けていた触手に向かって斬りかかる。
「そのバリア、さすがに攻撃用の触手にまでは有効じゃねーよなぁ!!」
超音波振動を加えられた刃が触手を切り裂く。断面からCCD‐30の体液と思しきものが飛び散った。
それを一瞥し、相手を攪乱するためにCCD‐30の周囲を動き回る。
大地を蹴り高速で移動する《ギガンティス》に対して、それを追うかのようにCCD‐30は触手による攻撃を繰り出した。
俺はそれを回避すると、次々に触手を切断する。
あらかたの触手を切断したところで、シールドと超音波刃を構えたまま機体の動きを停止させた。攻撃用の触手のその大半を失ったCCD‐30はその攻撃の手を緩めた。
――諦めたのか?
そんなことを考えた次の瞬間、触手の切断面から新しい触手が生え触手が再生した。
「くっ、畜生、再生能力が高すぎる。これじゃあキリがない!」
今までの戦いや久藤さんから聞いた話などから、CCDの持つ再生能力はある程度理解している。
今回も触手がいずれは再生されることは、ある程度予想していた。
でも、問題はその本数だ。
切断したCCD‐30の触手一四本、しかもそのほとんどが全体の三割以上を損失している。
それが一瞬のうちに再生した。
それだけじゃない。
長く太い触手が絡み合いあたかも巨大な木のようになっていたCCD‐30が突然強烈な閃光を放ち始めた。
そして閃光と共に、今まで周囲に纏っていたバリアを無理やり押し広げたような、見えない力場が周囲のものを弾き飛ばした。
当然、俺の乗る《ギガンティス》もそれに巻き込まれる。
「くっ、今のは、一体――」
機体の体制を何とか立て直し、モニターに映るCCD‐30の姿を再び確認する。
「――!? なんだ、これは……。何が起こってるっていうんだ!?」
CCD‐30の姿が、変化していた。
さっきまでは地面から長く太い触手が生え、それが幾重にも絡み合った巨大な木のような姿だった。
だが今のCCD‐30は違う。
上半分は触手が絡み合いまるで人間の上半身のようになっていて、それが俺の乗る《ギガンティス》の方を向いていた。
CCD‐30の変化は続く。
両腕に当たる部分は無数の触手が筋繊維のように集まり、より太く、より屈強なものへと変化していく。
手に当たる部分は五本の指に分かれ、長く、鋭い爪が生えてくる。
胸部はより屈強なものへと変化し、その中央に赤く輝く丸い宝石のようなものが現れる。
頭部に現れたのは、おおよそ人間の顔と言えるものでは無かった。
殺意の光を宿した膨れ上がった眼球、おおよそ地上では役に立たないであろうエラ、剣山のような歯がびっしりと並んだ巨大な口。
CCD‐30の頭部はそれらの特徴を併せ持つ魚類のようだった。
魚類のような特徴は頭部だけにとどまらない。
触手の集まりであった上半身が、まるで粘土をこね合わせるかのように一体化し、その上が鎧のような白銀の鱗に覆われていった。
しかし、下半身、否、厳密に言うのであれば胸部から下の部分と言うべきか、その部分は最初とは変化がなかった。
最初の〝木〟の状態と同様に長く太い触手が赤紫色の光を放ちながら、時折妖しく蠢いている。
全体像で言うのであれば、とてもアンバランスで奇妙な姿だ。
上半身だけで言えば可能な限り醜悪な形に魚類を擬人化したような姿で、下半身だけで言えば触手の集合体だ。
その二つには何ら共通点はなく、その姿をただ単純に上下で組み合わせただけの姿と言うのは、やはりどこまでも奇妙な存在だとしか言いようがない。
しかしその不完全ともいえるような姿からは、見るものに対して理解しようとすることを拒ませる凄みと、有無を言わせぬ神々しさすらある。
事実、目の前にそびえ立つ三十メートル越えのその巨体に対して、俺は畏怖すらも感じていた。
「――それが、テメーの真の姿ってわけか」
モニターに映し出された、禍々しくも神々しい、見上げるような巨体のCCD‐30を見つめ呟く。
俺のそんな言葉に答えるかのように、CCD‐30はその大きな口を開き、天を仰ぐと、空間を揺さぶるような雄叫びを上げた。
銀の鱗に緋色の夕焼けを反射させ、天を仰ぎながら咆哮するその姿は、永劫の時と次元を超え地上に降臨した〝邪神〟そのものだった。
「いいぜ、相手になってやる!!」
CCD‐30の咆哮が止んだ瞬間、それを合図に、俺はシールドと超音波刃を共に前方へと向けさせ、防御態勢を保ったまま一気に機体を突貫させた。
CCD‐30が反撃するよりも先に、《ギガンティス》の右手に握りしめた超音波刃がCCD‐30へと到達する。
――いや。
到達しなかった。
超音波刃は、命中の直前で強力なバリアに阻まれたことにより止められた。
「うおおぉぉぉ――――!!」
操縦桿を握る手に力が入る。
《ギガンティス》の渾身の力で超音波刃を突き立て、それと同時に両肩の二十ミリ機関砲をこの至近距離で一斉に放つ。
「――!?バリアが、強くなっているのか!?」
全くと言っていいほどバリアを破れる気配がない。
次の瞬間、機体の頭上へと何かが迫ってくる。
それはCCD‐30が姿を変えた際に新しく生まれた腕だった。
「ちっ、当たるかよ!!」
機体を一気に後退させ攻撃をかわす。
CCD‐30の右腕は地面に当たり、轟音と共に容赦なく地表を砕いた。
だが、CCD‐30の攻撃はこの程度では終わらない。
いったん間合いを離した《ギガンティス》に対して、今度は触手を伸ばすと光弾を連続して発射した。
「クソ、こいつのエネルギーは底なしかよ!?」
超音波刃を一度鞘へと戻し、シールドの裏にマウントしていたライフルへと再び持ち替え、その弾丸を触手へと打ち込む。
何本もの触手が攻撃を受け、穴が開き、千切れる。
が、それらは即座に再生する。
――それでも、攻撃能力を低下させることは出来るはずだ。
触手に下手に近づけばまた囲まれて撃たれるか、打撃を受けるか、下手すれば捕縛される可能性もある。
そうなったらかなりやばい。
撃ち尽くして空になった弾倉を素早く取り替える。
今は、銃撃だけで何とか抑えこまなきゃいけない。
×××
巨大なモニターにCCD‐30の変化した姿が映し出されたWFの指令室は騒然となっていた。
「――この姿は! 奴らは儀式を成功させたというのか!?」
局員の一人がそう叫んだのに対して、北辺博士が答えた。
「あの様子からすると完全には成功しなかったみたいだね。まあ、《ダゴン》の不完全体といったところかな。エネルギーの制御もうまい具合には出来ていないだし。でも、今までのCCDとは桁違いの力を持っているっていうのは簡単に想像でるね」
北辺博士のそんな回答により、指令室の中はまたざわざわとする。
そんな中、司令は独り誰に言うでもなく静かに呟いた。
「――腐っても〝邪神〟、というわけか」
格納庫の方から連絡が入った。
『《ゼピュロス》帰還しました』
司令はその言葉を確認すると、直ちに命令を下した。
「よし、直ちに補給と《ギガンティス・カスタム》への装備を行い射出せよ」
ここまでの事態はおおよそ想定済みだった。
多少厄介な〝敵〟が現れたが、〝本物〟であったとしても〝不完全体〟であるなら、まだ恐らく対処できる。もし〝完全体〟に出てこられでもしたら今の戦力では恐らく対処しきれなかったところだ。
それに未知の戦闘能力のCCDとはいえ数は一体、その上移動もできないとあれば被害もそこまで出ないはずだ。後は多少時間をかけてでも確実に対処すればいい。
指令室にいる局員のほとんどがそう考えていた。
指令室を見渡しながら、副司令がオペレーターに訊いた。
「奴に弱点は無いのか?」
オペレーターの一人が目の前のPCのモニターに映し出されている様々な情報と格闘しながら、手短に答えた。
「現在、全力で調べています」
副司令は事務的に、しかし強い思いを込めながら言った。
「なるべく早く頼むぞ」
×××
――こいつ、強い!
今までの奴らとは桁外れの強さだ。
……いや、今までとか言えるほど戦ってきたわけではないけど、それでも、今俺の目の前にいるCCD‐30が強敵だということは確かな事実だ。
攻撃能力はもちろん高いが、問題はそれだけじゃない。
俺は懸命に機体を操作しながら触手による攻撃をかわし、本体への攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、強固なバリアに阻まれ攻撃が通らない。
その上近付き過ぎると腕による攻撃が来るため、うかつに近寄ることが出来ないのだ。
攻撃用の触手は破壊できるがすぐに再生されてしまい、どう見ても有効打になっていない。
触手から放たれる光弾は威力も数もどんどんと増していった。
シールドの強度はほぼ限界であり、機体へのダメージも蓄積していく。
《ギガンティス》にはSGT細胞による自己修復機能があるが、ダメージ量はそれを上回っている。そしてダメージフィードバックがパイロットである俺に対して痛みを与え続ける。
そう、CCD‐30は防御能力が桁違いに高いのだ。
攻撃が全然通らないし、とんでもない再生能力をもっている。だから〝斃し方〟がまるで見えてこない。こっちの活動時間だって無制限じゃない。何とかして突破する方法を見つけないと、このままではまずいことになる。
必死に状況の打開策を考えていたその時、指令室から通信が入った。
『陸、今そっちに《ギガンティス・カスタム》を送った。久藤が乗り込むまでの間何とか攻撃を防いでくれ!!』
「了解!」
俺は短く返事をする。
ここまでは大体予定通りに事が運んでいる。
確かに敵の強さは予想外だが、俺達の側だって今のところは予定通りに動けている。
まずは《ゼピュロス》をパージした後に、機体をオートパイロットで着地させる。その後輸送機を着地させて久藤さんが乗り込むまでの間を俺が守りきる必要がある。
CCD‐30が補足できる範囲に入ってから全てが終わるまでにかかる時間は約五分。その間の攻撃を全て防御しきる……。
多少きついが、でもやるしかない、……いや、やってやるさ。
『待ってください!』
突然久藤さんからの通信が入った。
『――《ギガンティス・カスタム》の速度を可能な限り下げてください! それから機長、速度と高度を合わせて《ギガンティス・カスタム》に近づいてください!!』
『いったい何をするつもりだ、真理』
突然の申し出に対して、副司令が質問で返した。それに対して久藤さんが、静かに、しかし力強い声で答えた。
『――飛び乗ります』
『!?』
久藤さんのいきなりの、そして予想外の言葉に俺を含めた、この通信を聞いていたすべての局員は一瞬だけ言葉を失った。
一瞬の静寂の後に、一人の局員が叫び返した。
『無茶だ! いくらなんでも危険すぎる!』
久藤さんはその言葉に対して即座に反論した。
『地上に降りれば攻撃されるリスクが上がります!』
「だからその間は俺が守――」
しかしそれに対して久藤さんは、俺が言い終わる前にその言葉を遮りながら言った。
『あいつの攻撃を数分間受け続ければどうなるか、古堅君にだってわかっているでしょ!』
「それはそうだけど……」
久藤さんのその言葉に対して俺は答えることが出来なかった。今の状態のままCCD‐30の攻撃を受けきるのは確かに厳しい。
しかし同時に久藤さんの提案もかなり危険なものだ。それに今の久藤さんはどこか〝らしく〟なかった。どこか焦っているようで冷静さを欠いているような気がしたのだ。
『司令、どうします? 私は正直こんな危険なことは――』
『――確かに危険ではあるが、しかし、危険なのはどちらも同じことだ』
司令はそう言って言葉を区切った。司令も久藤さんの様子がいつもとは違うことを感じ取っていたに違いない。
俺も久藤さんの言動の理由に、思い当たる節があった。
儀式の阻止が出来なかったことへの責任感と、〝ダゴン教団〟への復讐……。
ただ、久藤さんのやり方が現状の最善策だということは間違いない。それでも、誰一人として久藤さんに自己犠牲なんてもとめてないはずだ。
『――合理的ではあるな。この方法なら最悪失う機体は一機で済む』
司令のそんな発言に対して、局員の中からは司令を咎めるような声も上がった。しかし、その声には取り合わず命令を下す。
『作戦変更。真理の提案に従う。機体を減速させ、輸送機に近づけさせろ』
『――了解』
司令の命令に対して少しの沈黙の後、局員たちはそう答えた。それに対し久藤さんが一言いった。
『感謝します』
「必ず成功させてくれよ」
俺はそう言うことしか出来なかった。
そして同時に己の無力さを呪った。
こんな命がけの行動を久藤さんに取らせてしまう己の無力さを。そして、いまだ、自分のことを信頼してもらえていないのかもしれない、という無力さを。
『わかっている』
久藤さんはそんな俺の言葉に対して、いつも通りの平静を装うかのような極めて冷静そうな声で答えた。
×××
私は輸送ヘリの中でパイロットスーツへと着替えていた。もっとも、突入部隊用の防護服の下にパイロットスーツを着ていたので、着替えたというよりも脱いだと言った方がいいのかもしれないが。
隠密性と機能性そして何より生存能力に特化した防護服の下から、白地に赤のラインの入ったパイロットスーツの姿が現れる。
私は来ていた服を隊員の一人に預けると軽く一礼し、ハッチの方へと向かった。
地上では古堅君がCCD‐30と戦闘を繰り広げている。
私が機体に乗り込むほんのわずかな間だけ、CCD‐30が私たちの方に気付かなければいい。
たったそれだけの条件さえクリアすればこの方法は成功する。
この条件だけならば機体を地上に下ろしてから乗り込み、その間古堅君が防御に回る、という当初の案よりも条件が緩く、成功する確率は高い。
少なくとも今の段階でCCD‐30はこちらに気付いていない。
古堅君も持ちこたえることが出来そうだ。
ヘリの操縦士の技量も信頼できる。
「後は、私がうまくやればいい」
一人そう呟き、成功を確信した。
『そろそろだぞ、真理』
操縦士はそう告げると輸送ヘリのハッチを開いた。猛烈な勢いの風が輸送ヘリの中に流れ込み私の髪を揺らす。
一応命綱は付けているので言うほど命がけではないが、危険であることには変わりはない。
輸送ヘリは速度を少しずつ上げながら高度を下げていく。
そしてその下、少し前を遠隔操作で飛ぶ《ギガンティス・カスタム》は速度を少しずつ落としながら高度を少しずつ下げていく。
『なあ真理、せめてウィンチを使って降ろした方が――』
「この距離なら問題ありません」
速度と高度を調整しながら飛ぶ輸送ヘリと《ギガンティス・カスタム》の二機がちょうど軸線上に並んだ。
……――今っ!!
眼下に、白、赤、黄色の三色を基調にした自分の機体が現れたのを確認すると、輸送ヘリから真下へと飛び降りた。
十メートル近くの距離を自由落下する。
……――よしっ!
受け身を取りながらコックピットハッチの近くに着地する。
風にあおられ飛ばされないように機体の装甲につかまりながら外部操作でハッチを開くと、手早く命綱を外しコックピットの中に滑り込む。
素早くハッチを閉め、指令室に連絡する。
「こちら久藤。《ギガンティス・カスタム》への搭乗、成功。《ゼピュロス》をパージし降下します。機体のコントロールをこちらにください」
×××
《ギガンティス・カスタム》の機影は、地上にいる俺から確認できていた。
俺は久藤さんのいる方向へと流れ弾がいかないように、さらに久藤さんがそこにいることに気付かせないように戦っていた。
基地からの遠隔操作によって〝飛ばしている〟今の《ギガンティス・カスタム》は防御も回避も満足に行えず、ましてや反撃など出来ない状態だ。その状況でCCD‐30の攻撃を受ければどうなるかなど、わざわざ語るまでもない。
あと少しなんだ。
あと少しだけこっちに注意を向けさせ続ければそれでいい。
状況は相変わらず不利だけど、何の進展もなかったわけじゃない。
バリアの欠点を何とか見抜くことが出来た。
CCD‐30のバリアは攻撃に対して、ほぼ不可視の何らかの力場を発生させ受け止める。バリアはCCD‐30の周囲三六十度どこにでも展開が可能で、発動可能な距離は最大で約半径百メートル。形状は不定形で、常に展開しているわけではなく基本的には攻撃に反応して展開されている。
一見して完璧なバリアだが欠点もある。
一つ目は、バリアが基本的には攻撃に反応して展開されるということ。
つまり、相手の反応を上回る攻撃を行えば、バリアを展開されることなく突破できるということだ。
二つ目にCCD‐30も展開したバリアの上から攻撃することが出来ない、という点がある。
つまり、攻撃の瞬間だけは、その箇所だけバリアが存在しなくなるということだ。
三つ目は、バリアを〝複雑な形〟に変化させることが出来ない、という点だ。
これらのことが戦闘中の周囲の状況を解析し、CCD‐30の不可視のバリアをデータ上で疑似的に可視化することに成功したことにより判明した。
確かに俺一人じゃ確かに突破するのは無理かもしれない。
でも久藤さんが加わって二対一の状況を作ることさえ出来れば、逆転のチャンスはある!
『こちら久藤。《ギガンティス・カスタム》への搭乗、成功。《ゼピュロス》をパージし降下します。機体のコントロールをこちらにください』
オープン回線での久藤さんの通信が聞こえた。
無事成功だ!
そう思った次の瞬間、CCD‐30は今まで閉じていた巨大な口を開いた。そして、その顔を久藤さんが乗り込んだ《ギガンティス・カスタム》へと向けた。
――まさか!?
まずい、気付かれたんだ。
CCD‐30の口へと、今までの触手の砲撃とは比べ物にならないほどの魔力が収束していく。
脳裏に想定さえる最悪のシナリオが浮かび上がった。
しかしそれをすぐに否定し叫んだ。
「久藤さん、避けて!!」
『――!? ダメ! 間に合わないっ!!』
久藤さんの声が響く。
今から攻撃を逸らすことは出来ない。
恐らくは高威力の魔力砲、命中すればただでは済まない。
その無慈悲なる砲撃がCCD‐30から久藤さんの乗る《ギガンティス・カスタム》へと向けて狙いを外すことなく一直線に放たれた。
禍々しい光を放つ光線が明確な殺意を乗せて、無抵抗の獲物へと向かって放たれる。
「させるか――――っ!!」
CCD‐30が魔導砲を撃つ瞬間、俺は動いた。
《ギガンティス》に装備されたシールドを、渾身の力で空高く放り投げさせた。
×××
CCD‐30の放った魔導砲が一直線に《ギガンティス・カスタム》を、私へと向けて放たれた。
あと少しで完全に起動する機体。
鳴り響く警告音。
高速で迫り前方モニター一面に広がる禍々しい光。
あまりにも唐突な、現実感すら無いような、圧倒的暴力。
目前に〝死〟が迫っていることは本能でとっくに理解しているのに、そのことを思考が認めようとしなかった。
「っ!?」
思わず目を閉じる。
それが強烈な光を目にしたことによる本能なのか、それとも死という現実から逃れようとする最後の足掻きなのか、今の私にはそれすらわからなかった。
次の瞬間、猛烈な爆発音と爆風が《ギガンティス・カスタム》を揺らす。
「……――――」
だが、機体に異常はない。
『久藤さんっ!』
次の瞬間に私の耳に飛び込んできたのは、古堅君の叫び声だった。
その時はじめて、何が起こったのかを理解した。
CCD‐30の放った魔導砲が、古堅君の投げたシールドに命中し相殺されたのだ。
……結果オーラいとはいえ、間一髪だった。後で古堅君にはお礼を言っておかないと。
でも、今はそれよりも先にやらなきゃいけないことがある。
「――――っ!」
目を開き、操縦桿を強く握る。
《ギガンティス・カスタム》のコントロールが移り完全に起動した。
「アイ・ハブ・コントロール。――同調率正常、全システム異常なし。――《ゼピュロス》パージ、《ギガンティス・カスタム》降下開始!」
×××
高度や速度、それにパイロットの技量などの様々な条件から、久藤の駆る《ギガンティス・カスタム》は、古堅の乗る《ギガンティス》の時よりも静かに着地した。
そして地面の上を少し滑りながら《ギガンティス》の、古堅の隣で停止する。
久藤は短く、しかし心からの古堅へ感謝の意を告げた。
「……ありがとう、古堅君」
「――とりあえず、あんまり無茶しないでくれよ」
「……善処する」
沈みゆく太陽の光を受けて、二体の鋼鉄の巨人が蘇りし邪神と対峙する。
神話の時代が始まるよりもさらに前より連綿と続く、英雄達への試練。
智慧と勇気に優れたもののみに生き残ることが許される戦い。
全ての役者がそろい、いよいよ最終局面へと移行する――。
×××
「くらえ――――っ!」
俺は叫び声と共に超音波刃を構え触手による攻撃を避けながら、CCD‐30へと接近し超音波刃を勢いよく突き立てた。
しかしその攻撃はCCD‐30の発生させたバリアによって阻まれてしまう。
だが、それで構わない。
そのことは想定済み、作戦通りだ。
「今だ、久藤さん! 攻撃を!」
俺が叫ぶのに合わせ、久藤さんがトリガーを引く。
久藤さんが駆る《ギガンティス・カスタム》の右手に装備されたマシンガンから弾丸が放たれ、CCD‐30に命中した。
しかしそれも数発だけのことで、すぐにバリアによって阻まれてしまった。
俺達が現在行っている攻撃方法はCCD‐30のバリアの弱点、すなわち、〝バリアが基本的には攻撃に反応して展開される〟という性質を利用したものだ。
つまり〝どちらか片方が最初に攻撃を仕掛け、それに対してCCD‐30がバリアを展開するのに集中している間にもう一方が別の場所へと攻撃する〟という方法だ。これによって何回かダメージを与えることが出来た。
「ちっ、またダメか!」
しかし、すぐにバリアを展開され防がれたり、反撃をされたりしてしまう。そのため深手を負わせることが出来ず、多少のダメージを与えてもすぐに再生されてしまう。
「――古堅君!」
久藤さんの叫び声が聞こえた。
直後に接近警報が鳴り響く。
CCD‐30は接近していた《ギガンティス》に対してほぼゼロ距離からの触手による攻撃を行おうとしていた。
「っ! こいつ!」
それを久藤さんの声によって気付かされ、間一髪のところで後退しながら回避する。
「サンキュー、あと一歩でやられるところだった」
「……礼を言うのは戦いが終わってから」
「それもそうだな」
今度は伸ばした触手から一斉に光弾が放たれた。
久藤さんはそれをシールドで防御し、俺はなんとか回避する。
「どうする、久藤さん。このままじゃ埒が明かないぞ」
そう言いつつ、次に指令室に繋ぐ。
「CCD‐30の弱点、わかりましたか」
俺の質問に対して、『一応、ですが』と前置きするとオペレーターが答えた。
『CCD‐30の胴体中央部にある赤い球形の器官。それが〝核〟とも言える高魔力集積体です。それを破壊することが出来れば――』
「あいつの活動を停止させることが出来るってわけか……、久藤さん、今の話聞いたか、――ってええ!?」
「それだけわかれば十分。あとは私が――」
久藤さんはそう言うと超音波刃を構え一人でCCD‐30へと突貫した。
「っ!? 無茶だ、久藤さん!!」
俺が制止するのにも構わず、触手による攻撃を紙一重で避け、呪文を唱えながらCCD‐30へと単身で切り込む。
『我、旧き神の代行者なり! その尊き名のもとに、汝に命ず! 闇は闇へ、塵は塵へ、邪悪なるものは虚無へと還れ! 旧き神の印を刻まれし鋼の剣よ! 闇を切り裂く剣となれ!!』
超音波刃の旧神の力が解放され黄金の光を放つ。
その黄金の刃を一直線にCCD‐30へと向かって突き立てた。
刃は一瞬だけバリアによって阻まれるが次の瞬間にその強固なバリアを貫いた。
「これで――!」
久藤さんはその勢いのまま機体のバーニアをさらに吹かしつつ、CCD‐30の〝核〟へと向かって渾身の力で旧神の加護を受けた必殺の黄金の刃を突き立てた。
「っ!?」
〝核〟は傷一つつかなかった。
今まで多くのCCDを一撃で斃してきた攻撃が、理不尽なまでの圧倒的な力の差によって防がれたのだ。
「――どうしてっ!?」
久藤さんの動揺は俺の眼からもはっきりとわかった。それは機体の操作へも伝わり一瞬だけ動きを止めたその隙を、CCD‐30は見逃さなかった。
鋭い鉤爪の生えた巨大な腕で久藤さんが駆る《ギガンティス・カスタム》へと掴みかかる。
「やらせるか――っ!」
CCD‐30の手が《ギガンティス・カスタム》へと伸びる。
そして、今まさに捕えようとしたその瞬間、俺は叫びながら《ギガンティス》の右手に装備したライフルをCCD‐30の腕へと向けて乱射した。
「久藤さん、早く! 今のうちに離脱を!」
CCD‐30がわずかに怯んだその瞬間、俺は一時撤退を促した。
×××
「久藤さん、早く! 今のうちに離脱を!」
私は古堅君の声に反応し、機体をわずかに後退させた。何とか難は逃れられたけど、逃げてるだけじゃあいつは斃せない。何とかしてダメージを与えないと――!
「……まだ、これくらいで!」
再び超音波刃を構え直しCCD‐30へと機体を前進させた。
何度だって仕掛ける、それでこいつが斃せるなら、それしか手段がないのなら!
「……!? くっ、また、こいつは!」
だが、そんな目論見は容易く崩れ去った。
今度はCCD‐30の胴体から伸ばされた触手によって身動きを封じられた。
機体の四肢が拘束され、《ギガンティス・カスタム》は身動きが出来なくなる。
そして、さらに無数の触手が伸ばし、身動きのできない《ギガンティス・カスタム》のコックピット部分へと向かって叩きつけてきた。
触手による機体の拘束は、当然ダメージフィードバックによってパイロットである私へも伝わってくる。
「……まずい、このままだと――」
両腕両足に走る痛みに対して、私は僅かに顔を歪めた。
CCD‐30の無数の触手のその先端には、それぞれ光を放ちながら魔力が収束していた。確かに一撃一撃の威力は大したことのない攻撃かもしれないけど、至近距離でこれほど大量の攻撃を全て同時に受ければ耐えられない。
「久藤さん! 今助けにっ!」
古堅君の乗る《ギガンティス》が近づいてくる。
……私を、助けるために……。
しかし、CCD‐30が再びバリアを展開し、それに阻まれる。
古堅君には悪いけど、今は、逃げるわけにはいかない。
敵が、斃すべき相手が、もう手の届くところにいる。これ以上に被害を出さないためにも、こいつは、今すぐに排除しなきゃいけない。私が、斃さなきゃいけないんだ。
触手からの砲撃が、身動きのできない《ギガンティス・カスタム》へと放たれようとしたその瞬間、
「――これなら!」
叫ぶ。
――こんなところで、死ぬわけにはいかないんだ!
触手へとめがけて《ギガンティス・カスタム》の両肩に装備された二十ミリ機関砲を一斉に発射。
弾丸の命中した何本かの触手が千切れ飛ぶ。それと同時に収束していた魔力が制御を離れて暴走し、CCD‐30の正面で小規模な魔力爆発が起こった。
《ギガンティス・カスタム》を拘束していた触手もその爆発に巻き込まれ千切れた。
私はすぐさまそれを振りほどく。
……仕方がない、ここは一旦下がって体勢を立て直した方がいいかもしれない。爆風を利用して一気に機体を後方へと飛ばし後退する。
そして古堅君の乗る《ギガンティス》の隣へと機体を着地させた。
×××
「久藤さん!」
古堅の隣へと舞い戻った久藤を待っていたのは、古堅の怒声だった。
「っ!?」
「どうして、どうしてそんなに一人で無茶をしようとするんだ!?」
「……どうしても何も、今私が無茶をしないでどうしろっていうの?」
久藤の答えは非常事態であるこの状況的確に表していた。
多少のリスクを背負ってでも、どんな無茶をしてでも状況を好転させなければいけない。
まさに今はそんな状況だ。その点に関しては、久藤は何一つとして間違ったことを言っていない。
「少し冷静になってくれ! 今の久藤さんはあまりにもいつもとは違いすぎる!」
「……私は冷静よ。焦燥にも憤怒にも駆られていない。冷静に、合理的に判断しているだけ」
久藤はその言葉とは裏腹に、少し早口でどこか怒ったようだった。久藤は、確かに合理的だった。いや、正確に言うのであれば、自分の今の行動を、様々な理由付けによって合理的なものだと納得しようとしていた。
ただ感情的になって、後先考えず突っ込んでいるわけじゃないと、そう自分に言い聞かせていた。
「嘘だ! なら、どうしてさっきから、自分の身を危険にさらすような行動ばかりとっているんだ!」
古堅はためらうことなく否定した。
久藤は語調を荒げながら反論する。
「……それ以外に方法がないでしょ!」
「……確かに、俺は戦いに関しては素人同然だから、久藤さんがとった以上に優れた行動は思いつかない。でも俺には、久藤さんが自分だけが一番危険な目に合うような、そんな選択肢を取っているようにしか思えないんだよ!」
古堅の言葉に対して久藤は沈黙する。
CCD‐30は体制を建て直し、再び触手による攻撃を開始した。
二人はその攻撃を回避しながら会話を続ける。
「自分の復讐には、他人を巻き込みたくないってことか?」
「っ!? 違う、私はそんな――」
「……復讐を、怒りや憎しみを戦いの理由にすることは悪いことじゃない、少なくとも俺はそう思う。誰かのために戦おうという、その思いが復讐に根差したものであっても、それは別に恥じる事じゃない」
「……」
「けど、これは久藤さん一人の戦いじゃないんだ。なにも久藤さんが全部一人で背負いこむ必要なんてない。基地のみんなや俺が、対等な仲間として一緒に戦っているってことを忘れないでくれ!」
久藤は答えない。
古堅はさらに続ける。
「別に俺は、久藤さんみたいな強い意志があって戦っているわけでも、大きなものを背負っているわけでもない。力があるから、これが、今戦うことが俺の出来ることだから、だから俺は今こうしてここに居るんだ。それでも、俺にだって覚悟はできている。そのことは前にも言ったはずだ。俺のことなら心配いらねーよ、だからもう少し俺のことも信用してくれ」
久藤はCCD‐30の攻撃を回避しながら考えていた。
自分の考えや思いを冷静に振り返りながら。
(……古堅君の戦う理由を聞いたとき、私は心の奥で見下していたのかもしれない。いや、認めよう。私はあの時、古堅君のことを軽蔑していた。他者ではなく、自分の為だけに戦うと言った古堅君のことを。それが間違ったやり方だと、心の奥では思っていた。そのことを、私は認めなくちゃいけない。でも違ったんだ。もしかしたら、間違っていたのは私の方だったかもしれない)
久藤は気付いた。
否、最初から気付いていた。
今この場所で、初めて自分の心に正面から向き合った。
(結局、私は逃げていたんだ。考えることから逃げて、自分の心と向き合うのから逃げて、戦う理由を自分の知らない誰かに依存しながら、きれいごとの中に逃げていたんだ。自分一人が犠牲に成ればいいなんて、そんな大それた考えじゃなく、自分以外に誰も戦える人がいないっていう、そんな見下したような考えがあったんだ。だから今は、そのことを認めてきちんと向き合わなきゃいけない。自分自身の心と、自分の復讐心と)
そして、いつも通りの口調に戻ると、静かに古堅へと告げた。
「……ごめん、私も少し冷静さを欠いていた」
そして謝罪の後、久藤はさらに言葉を続けた。
いつも通りの冷静で静かな、しかし、いつもよりもどこか自信に満ち溢れたような声で。
「私から一つ提案がある。古堅君にもかなりの無茶をしてもらうかもしれないけど、うまくやれば、あいつを斃せる」
それは些細な変化だった。
しかしそのことを、例え顔の見えない通信越しでも、古堅は確かに久藤の心に変化が訪れたことを感じ取ることが出来た。
「本当か!? ぜひ聞かせてくれ」
「……本当にいいの?」
「仲間なんだぜ、いくらだって頼ってくれ。俺も久藤さんのことを頼りにしている。だからなんだってやりるよ、俺にできることなら。それに、女の子にばっか戦わせていたら男がすたるってもんだぜ」
「……わかった」
久藤はそう言って作戦を話そうとした。
しかし、そこで思い出す。
言わなければならないことが一つだけあった。
それは些細なことだが、しかしある意味ではとても重要なことだった。
「……それからもう一つ」
そう言うと久藤はどこかぶっきらぼうな口調で古堅へと告げた。
「……その、……ありがとうね、――――陸」
「!?、いま、俺のことを何て――」
「何でもない。気にしないで」
そう言った久藤は、自分の表情がいつものどこか冷めた様な目から僅かに笑みへと変わっているのを自覚した。
そんな無意識の変化の理由に思い当たり、僅かに頬を赤らめながら独り静かに苦笑する。
機体同士の通信が音声だけだったことに久藤は少しだけ感謝した。
(……まさか、ね。〝それ〟は多分ない。私はただ、求めていたんだ。自分と同じ痛みを共有することが出来る、自分と対等な関係の人間を。結局は望むことを自ら禁忌としていたものが、私の一番欲しかったものだった、ただそれだけのこと。それは別に誰でもよくて、そこに偶然古堅君がいた。ただそれだけのことよ)
そんな風に自分を納得させると、モニターに映る〝敵〟の姿を見つめ直し気合を入れ直す。
(今はただ戦う。戦って勝つ、それだけのこと。今と、そしてこれからも。それが、私の戦う理由!!)
×××
指令室では大型モニターに映し出されたいくつもの複雑なデータと、現地の監視カメラからリアルタイムに送られてくる映像を使って北辺博士が説明していた。
CCD‐30の無尽蔵ともいえるような魔力の正体が判明したのだ。
「CCD‐30の触手だけど、遺跡の地下にあった空間からさらに奥へと延び地底に〝根〟のように張り巡らされてるみたいだね。そして地底から木が養分を吸い取るみたいに〝根〟に当たる触手から魔力を吸い上げている。この方法だと、理論上は地球上すべての魔力を味方に付けることが出来るから、CCD‐30の魔力は無尽蔵といってもいいだろうね。もちろん、一度に運用できる魔力量には限界があるから、完全無敵というわけじゃないと思うんだけど……」
「再生能力を上回るダメージを与えられれば倒せるということか」
「理論上はそうなるけど、それはかなり難しいだろうね。と言うか、ぶっちゃけ不可能だよ。あの様子だと運用できる魔力自体が桁外れみたいだし……」
「何かほかに方法はないのか?」
「――CCD‐30には多分弱点が二つある」
そう言って北辺博士はモニターにCCD‐30をアップにした映像を二つ表示させた。それぞれCCD‐30のある部位を拡大したものである。
「一つは、こいつのすべての魔力をつかさどっている〝核〟。もう一つは地中から魔力を吸い上げるのに使っている〝根〟」
「〝核〟の破壊、もしくは〝根〟の切断さえできれば勝機があるということか」
「うん、でもCCD‐30は強力なバリアに守られるし、その上無尽蔵な魔力による再生能力があるから弱点に攻撃しても、そもそもダメージが通らないんだよね」
北辺博士がそこまで言うと今まで黙っていた司令がその沈黙を破った。
「――恐らくダゴン教団は当初、魚神遺跡を利用して何らかの〝邪神〟を呼び出そうとしていた。それが真理たち突入部隊のせいで儀式が不完全なものとなり、制御不能な〝邪神〟が現れてしまった。その〝邪神〟無尽蔵に魔力を吸収し続けており、それ故圧倒的な攻撃力と防御力、そして回復能力を得ている、か。……まさに八方塞だな」
北辺博士は司令の言葉に対して答えた。
「いいや、それだけじゃないよ。これはあくまでも推測なんだけど、CCD‐30は後数十分もすれば自滅するんじゃないかな」
「自滅? それは一体どういうことだ?」
北辺博士は、画像を別のものに変えながら説明を続けた。
「CCD‐30の体温、特に〝核〟の温度がとんでもない勢いで上昇しているんだよね。CCD‐30は今〝根〟から膨大な量の魔力を吸収してるんだけど、吸収量に対して魔力の消費量が少なすぎるからなんじゃないかな。だからこのまま大量の魔力を吸収し続ければ、限界を超え自滅すると思うんだよね」
「つまりはその数十分を耐えればいいってことか?」
「だとすれば勝機が見えるが……」
攻略不能と思われたCCD‐30の思わぬ弱点に指令室は沸いた。しかし北辺博士はそれらの言葉をすぐさま否定した。
「……その逆だよ。CCD‐30が自滅するときに、大量に吸収した魔力が引き起こす魔力爆発が起こるからね。要するに自爆だよ。そんなことになったら5年前の事件以上の被害、少なくとも関東全域が一瞬にして火の海に包まれるくらいのことが平気で起こるだろうね」
北辺博士の言葉をそこまで聞くと、再び司令が口を開いた。
「――それはつまり、あと数十分の間に奴を斃さなければならない、ということか」
「――まあ、そういうことだね」
指令室が重苦しい沈黙に包まれた。皆改めて〝敵〟の強さと事態の深刻さを理解したのだ。
CCD‐30は今までのCCDとはわけが違う。
攻略不能な防御能力。
圧倒的な攻撃能力。
そして何より時間制限。
それは今まで忘れかけていたCCDが本来持つ、絶対的な恐怖と理不尽さを兼ね備えていた。
決して忘れてはいけない。
CCDは人間の文明が生まれるよりも以前にこの星を訪れ、かつては宇宙そのものすらも支配していた〝旧支配者〟と言われる存在の眷属群なのだ。
そしてCCD‐30は不完全とは言えかつて〝邪神〟とまで言われた存在、海神〝父なるダゴン〟なのである。
それをそうやすやすと斃せるはずもないのだ。
たとえどんな力を手に入れようとも、深宇宙の力の前には人間が無力な存在であるこという事実は、決して揺らぐことはないのだ。
『指令室!』
重苦しい雰囲気に包まれ、各地の戦況を見つめていた指令室に、突然通信が入った。
声の主は古堅陸。
今まさにCCD‐30と戦っているパイロットだ。
「どうした、陸」
司令の言葉に対して古堅陸は即座に答える。
『俺と久藤さんから提案があります。CCD‐30を一時的に無力化させる方法が!!』




