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EP3 理由

EP3 理由


〝旧神〟と呼ばれる超越的存在がいる。

彼らはかつてこの宇宙が誕生して間もない頃、〝旧支配者〟と呼ばれる存在達と激しい戦いを繰り広げていた。

長きに渡る戦いは旧神の勝利という形で決着がついた。

その後、彼等は多くの〝旧支配者〟をこの次元から追放し、あるいは封印した。

そしてこの宇宙に、〝旧神〟の創り出す新たな秩序が生まれたのだ。

……これが、遥か古より伝わる古文書や伝承、預言者や巫女たちの声から明らかになった深宇宙の真実だ。

現在地球で人類と戦いを繰り広げているCCDと呼ばれるもの達は、〝旧支配者〟やその末裔、従属神、またはそれらに近しい存在だ。

彼らのほとんどは不死であり、人知の及ばない圧倒的な力の持ち主だ。

正面から戦ったのではまず勝ち目はない。

そこで人類は一つの答えへと辿り着いた。それは呪文や紋章などを使って一時的に〝旧神〟の力を借りようというものだった。


×××


――街には防御壁が展開されすでに戦場となっていた。

「古堅君、三体ともそっちに追い込んだわ、あとは予定通りに」

「了解しました!」

久藤さんからの通信が終わると同時に三体のCCDが俺の乗る《ギガンティス》のほうへと一直線に向かってきた。どのCCDも全長五メートルほどで細長く、赤くごつごつとした殻に覆われており左右には五対の脚があり、うち一対は巨大なハサミだ。

〝巨大なエビ〟というのがこのCCD‐29ことを言い表すのに最も適した言葉かもしれない。

しかしこのCCD‐29はただの巨大なエビではなかった。

こいつらは地上を高速で直進することが出来た。

ちなみにCCDの認定ナンバーは、それが今までに遭遇したことのないものであった場合新たにナンバーを与えられる。

つまりCCD認定ナンバー=今までに現れたCCDの数ではなく、今までに現れたCCDの種類を表すものなのだ。CCD‐29であれば二九種類目のCCDということになる。

そのため、誤認などにより同じ種類のCCDが複数のナンバーを持っていることなどが稀にある。例としては、CCD‐04、CCD‐09、CCD‐12、は擬態能力を持つCCD‐01と同じものであるということが後になって分かった、などというとことがある。

「来やがったな、エビの化け物ども」

 現れたCCD‐29は七体。既に四体を斃して、残りはこの三体だ。

 俺の乗る《ギガンティス》は人型装甲機用の銃を持っており、その銃口をこちらに向かってくるCCD‐29に向けている。

 ターゲットスコープが敵の姿を捉える。

「そこだ!!」

 操縦桿のトリガーを引き、それに連動して《ギガンティス》の持つ銃から弾丸が放たれた。

 弾丸は空中で爆ぜ、その中から白い粘液が網のように広がり三体のCCD‐29へと降りかかる。

粘液はCCD‐29に当たるとそのまま硬化を始め、動きを封じ込めた。

「どうだ、トリモチ弾の威力は、これで身動きできまい!!」

 俺は勝利を確信した。

しかし次の瞬間、トリモチ弾の当たり方が悪かった一体のCCD‐29が、拘束を力ずくで破り飛び掛かってきた。

「ちっ! しぶといやつめ!」

 即座に反応し《ギガンティス》の左腰にマウントされている超音波刃を引き抜く。そして飛び掛かってきたCCD‐29に向かって突き出した。

素早い動きを得意とするCCD‐29であるが、さすがに空中で方向転換することは出来ない。

「これで、終わりだ!」

《ギガンティス》の握る超音波刃は、硬い甲羅に覆われたCCD‐29の弱点、腹部へと深々と突き刺さった。

CCD‐29は手足を震わせわずかな間もがいたが、やがて動きを止めた。

「……よし、今度こそ仕留めた」

俺がCCD‐29のとどめを刺したところで久藤から通信が入った。

「ありがとう、古堅君。大丈夫だった?」

「あ、ああ、大丈夫だ。さっき俺が動きを止めておいたやつらは?」

「私がとどめを刺しておいた」

 今回の作戦では、本来は最後の三体は俺がとどめを刺す予定だった。……まあ、要するに役目を果たしきることが出来なかったということになる。

「すみません。今回も久藤さんに頼りっぱなしになってしまって」

 俺と久藤さんの操縦技能の差は歴然だった。当然と言えば当然のことだけど、それでもやはり悔しくはある。

 いや、悔しいというよりは不甲斐ないというべきか。どちらにしても、周囲の期待に満足に答えられずにいつまでも〝先輩〟に頼りきりというのはあまりいい気持のものじゃない。

「……問題ないわ。このぐらいのことなら別に気にしなくていい」

 久藤さんはそう言ってくれたが、気にしないという訳にもいかないのだ。


×××


古堅陸がWFの局員となって約一か月が過ぎた。

CCD‐27との戦い、最初の戦闘から今回で三度目の実戦、それに加え日々の訓練によって彼は確実に強くなっていた。

当人の感覚はともかく、WFの局員たちは、彼が予想以上の速度で力をつけてきていると感じていた。

「今回の戦闘もなかなか危なっかしかったが、まあそれでもだいぶ良くなってきたな」

 CCD‐29との戦闘の事後処理の指示を出しながら、指令室の局員たちはそんな会話をしていた。

CCDの死骸の処分や周囲の洗浄、町の破損具合のチェック、機体の回収と整備など、戦闘が終了してもこれからやらなければならないことは山積みだ。

とはいえ戦闘が終了して一安心しある程度リラックスしているというのも事実だった。

「そうですね、最初のころと比べるとかなり安心できるようになった」

 局員のひとりが今回の戦闘のデータをまとめながら相槌を打った。

基本的に作業の能率が下がらないのであれば私語に対してとやかく言う人はいない。

「それでも真理と比べるとまだまだだけどな」

「しかしこの短期間でよくここまで動かせるようになりましたね」

「そこはまあ教官の指導力とあいつ自身の能力なんだろうな」

 指令室のあちこちから声が上がった。

 最近の研究員たちの話題は新入りの戦闘員、古堅陸についてだった。

元々SGT細胞との適合率の高さから期待されていたが、数回の戦闘で操縦をものにし、見事にその期待に応えることとなった。

その上、司令の一人息子であると来れば、これはもう話題にならないはずがない。

「陸君ってそこそこ頭がいいんですよね」

「クラスで五番目ぐらいでしたっけ」

「そういえば真理ちゃんと陸君って同い年でしたね」

「確か同学年で同じクラスだったと思うぞ」

「……ほう、なるほどなるほど、知り合い同士か。いや、……まさか恋人同士か!?」

「それは流石になさそうだな」

 どこで知ったのか古堅の学校のことまで知れ渡っていた。

本人不在をいいことに局員たちはだんだんと好き勝手なことを言い始めた。とはいえ間違ったことは言っていないのだが。

「あれ、そういえば司令は?」

 局員の一人が思い出したように司令の席のほうを振り向いた。一番後ろの一段高くなっているところに司令と副司令がいつもいる席があるのだが、今そこにいるのは副司令だけだった。

局員の言葉に対してはその副司令が答えた。

「司令ならば先ほど出て行かれた。何でも、緊急の用事があるそうだ」


×××


WF日本支部の司令、古堅総一はある建物を一人で訪れていた。

外観上は四階建ての小さなビルだが、物々しい警備員と頑丈そうな塀で囲われている。そして、その壁には『宗教法人ダゴン教団』と書かれたプレートがつけられていた。

古堅総一は門のところにいた警備員を呼び止めた。

「司祭に用事があって来た。開けてもらえるかな」

「司祭様はご多忙でいらっしゃる。面会ならば事前にしかるべき手続きを済ませてからにしていただこう」

「古堅が来た、と司祭に告げてくれ。彼は必ずそれに応じる筈だ」

 警備員はしばしの間思案した後、無線機を取り出して誰かと話し始めた。そして何度かのやり取りの後、

「……入れ」

警備員はそう言うと門を開けた。

古堅総一は広い館内を迷うことなく進み、建物最上階の部屋を目指した。

他の部屋とは違い明らかに豪華な造りのドアの前に古堅総一は立つと、ノックをすることもなくそのドアを開いた。

床には高級そうな赤い絨毯が敷き詰められ、調度品はそのどれもが黄金の細工を施されたものとなっている。

さまざまな美術品、絵画や彫刻などが所狭しと置かれており、ちょっとした美術館のようでもある。

それらの多くは単に調度品や美術品というだけだはなく、何らかの宗教的あるいは魔術的な意味合いを強くもつものばかりだ。

そんな部屋の奥に窓の外を見つめる一人の男がいた。

恰幅のいい体を白地に金の刺繍のはいった法衣に包んでいる。

右手には豪華な金細工の施された杖を突き、左手には巨大な本を小脇に抱えるように持っている。

ぎょろりと飛び出した目に平べったい耳と鼻、完全に禿げ上がった頭部、何より鱗のようにがさがさとした皮膚。

そんな外見的特徴は、彼を見るものに魚類を連想させた。

強烈な印象を与えるものは外見だけではない。

彼からは、他者を圧倒しいかなる者も随わせてしまうような、圧倒的カリスマが内面からあふれ出ていた。

この教団の司祭だということは、誰が見てもすぐにわかるだろう。

彼は古堅総一を見ると、一瞬だけ驚いたような仕草を見せ、笑みを浮かべながら近づいてきた。

「WF日本支部の司令殿がわざわざこんなところにお越しとは。いったい何に悩んでいらっしゃるのでしょうか? 私の口からでよければ、我らが崇拝する大いなる神とその従者様からのありがたいお言葉を送って差し上げましょう」

「それはなかなかありがたい話だが、しかしそれには及ばん。今日はお前に聞きたいことがあってここに来た」

「ほう、聞きたいことですか」

「ああ。単刀直入に言おう。最近起こっている連続失踪事件、そして相次ぐCCDの出現。これらはお前たちのやったことか?」

 古堅総一は強めの口調でそう問い詰める。それに対して司教は、手にしていた本を壁際の本棚に戻しながら冷静に答えた。

「そうですね……。まず私がやったことかと言われればこれは違います。断言できますよ、アリバイだって可能な限り証明して見せることが出来ます。次に、こういったことが私の指示によって行われたことかと言えばこれも違います。そして〝教団〟にそう言った意思があるかといわれればこれについては違うと断言できます」

「だが、全く関係がないというわけでもなさそうだな」

「……ええ。大変お恥ずかしいことですが、現在〝教団〟は規模が大きくなりすぎたため、司祭である私や教団の総意とは異なった行動をとる派閥が生まれてきているというのが現状です。中にはテロリストまがいのことをしようとしている者達もいました。私は何度も説得を試みました。しかし……」

「心当たりがあるようだな」

「こういったことをやるような者達はおおよその見当がつきます。必要ならば名簿をお渡ししますよ」

 そう言うと司祭は無数の書籍が並べられた棚から一冊のファイルを取出し古堅総一に手渡した。

「……ずいぶんと準備がいいな」

「迷える子羊を正しい方向へと導くのが私の役目です。ですから間違った方向へと向かいそうな者達のことはしっかりとチェックしているのですよ」

「……邪神教団の司祭が、何を偉そうに」

「……あなた達が〝邪神〟や〝旧支配者〟と呼ぶもの達。彼らは本当に邪悪な存在なのでしょうか。あなた達がその力を称える〝旧神〟というもの達は本当に聖なる者たちなのでしょうか。自分達が信じるものを絶対的な正義であると信じて疑わないという点では、あなた達は私たちを笑うことは出来ない」

古堅総一は何も言わない。ただ黙って司祭に背を向けるとドアに手をかけた。

「もう行かれるのですか、残念です。久々の友人との再会だというのに」

 古堅総一は司祭のほうを振り返らずにそれに応じた。

「……お前とは、なるべく敵対したくないものだな」

 そんな古堅総一の言葉に対して、司祭は笑みを浮かべ頷きながら答えた。

「同感ですよ。またいつか会いましょう。イア、イア、クトゥルフ。大いなる神の御加護があらんことを」


×××


CCD‐29との戦闘から、既に三日が経過した。

今は自由時間なので、俺は局員寮の自室のベッドに寝転がっていた。

最初にここへ来た日からは、途中で荷物を取りに戻らせてもらった一度しか家には戻っていない。学校もあの後休んだまま夏休みになってしまった。

いろいろな教科から宿題が出てはいたけど、今はやる気にはなれなかった。ちなみに期末試験に関してはレポートの提出で振り替えてもらえるらしい。

普通では在り得ないような処置だが、学校内部にWFの関係者がいて根回しをしていると考えればさほど不自然じゃないかもしれない。

そういえば、結局ノートは貸したままだった。

……あいつら、今頃どうしてるのかな。

 俺の脳裏にいつも学校で他愛無いお喋りをしている友人たちの顔が浮かんできた。

あいつらは、多分俺が今こんなことになっているなんて全く知らない。俺が今までWFやCCDのことをほとんど知らなかったように。多分あいつらは、これから先も〝こっち側〟のことは全く知らずに過ごしていくんだろう。

 ……そうだ。

俺は、もうあいつらのいる〝日常〟の側には戻れないんだ。

もう〝非日常〟の側に、取り返しのつかないレベルまで踏み込んじまっているんだ。

 憧れていた〝非日常〟の世界。

その扉は思いがけないほどに、あっけなく開いてしまった。

「……ははははは……。何だよ思ったよりあっけなかったじゃねーか」

 力無く笑う。

この一か月間、正直忙しすぎてこんなこと考えている余裕もなかった。

早く一人前になれるように必死になって操縦法を覚えて、死にたくないから、死なせたくないから全力で戦って、久藤さんの足を引っ張らないように精いっぱい努力して……。

 そう、あまりにも多くのことが起こりすぎていた。

そして、そのどれもが、俺の今までの常識では考えられないような出来事ばかりだった。

ゆっくりと冷静に考え事をしている余裕なんてなかった。

……いや、もしかしたら考えないようにしていただけなのかもしれない。

 何故自分は此処に居るのか? 

何故自分なのか? 

何故戦うのか? 

何の為に戦うのか? 

この〝非日常〟は一体いつまで続くのか? 

これから自分は一体どうなっていくのか? 

…………。

ふと壁に掛けられている時計を見た。

「……よっ」

 掛け声とともにベッドから体を起こす。そろそろ昼食の時間だ。

「まあ、いくら考えても仕方がないことではあるんだよな」

 思考を無理やり中断する。

飯食って、訓練して、勉強して、そうやって目の前にあることを全力で一つずつやっていく。今俺にできるのは結局それだけなんだろう。

 とりあえず部屋を出て食堂へと向かった。

 今のところ、俺に出来ることはそれくらいだ。


×××


昼食時だがWF内の食堂はすいていた。

元々、決められた時間に食事をするような習慣の人間が少ない組織だ。昼食の時間はかなりバラバラになってしまう。

いつ行っても料理が出てくるのはとてもありがたいし、俺としては食堂がすいていることに越したことはないんだが、たぶん厨房の人は大変なんだろう。

そんなことを考えながら、トレーの上に毎日の楽しみの一つとなりつつある日替わりランチセットA(照り焼きハンバーグ&鶏の唐揚げ ライス、味噌汁付き)を乗せ、食堂を見渡しどこに座ろうかと空いている席を探していた。

……っ!

 食堂の一角に久藤さんがいるのを発見した。そして彼女の席のほうへと歩み寄る。

「こんにちは、久藤さん」

「……」

久藤さんは一度顔を上げて俺のほうを見ると、そのまま無言で自分の食事のほうに再び視線を落とした。

「ここ、空いてます?」

「……」

 今度は顔を上げることもなく久藤さんは黙々と食事を続ける。俺も今度は無言で向かい側の席に着く。

「いただきます」

 手を合わせると、俺も日替わりランチAを食べ始めた。

無言で黙々と食べる二人。

食器のぶつかり合う音だけが食堂に響く。

「…………」

「…………」

……いかん、何か話さないと。この沈黙は流石にきつい。ていうかこれじゃ何のためにわざわざ久藤さんの前に座ったのかわかんねーだろ!

 俺は沈黙に耐えかね、久藤さんへと話しかけた。

「今日から合同訓練ですね、よろしくお願いします」

 それに対して久藤さんは視線を上げることなく答えた。

「……そうね、よろしく」

……途切れちまったじゃねーかよ、会話! どうするんだよ俺、大事なのはコミュニケーションだろ! ここに来てから、久藤さんに話しかけてもなんか冷たいし、俺のこと避けている感じもする。……俺、なんか気に障るようなこと言ったっけかな?

 俺が悩んでいる間に、俺達の皿はすでに空になろうとしていた。

 俺としてはこれを機にパイロット同士の親睦を深めつつ〝先輩〟である久藤に今自分の抱えている〝悩み〟について相談するとともに、自分に対しての冷たい態度の理由を聞き、さらには体験談なんかもいろいろと聞いておこう、などと考えていたが、……さすがに少し無理そうか。

 思惑が外れ、一人で暗い顔をしていると、久藤さんが唐突に質問してきた。

「……ねえ、古堅君はどうしてこの組織に入ったの?」

「っ!? え、いや、どうして、って言われてもな……」

 久藤さんは、いつものどこか冷めた様な目で真っ直ぐに俺のことを見据えていた。

そしてどこか責めるような、静かな怒りや苛立ちすら感じるような口調で言った。

「古堅君にはちゃんと選ぶチャンスがあった。なのにどうして?」

その質問に対する答えは、最初から自分の中にしっかりとあった。

「別に、結局はなんだってよかったと思うんです。ほかの人には出来ないことを、自分だけにしかできないことをやってみたい、そう思っていたんですよ」

 久藤さんは俺の答えを聞き、最初に一瞬だけ驚き呆れた様な顔をした後、少しの間黙りこみ、そして静かに言った。

「…………そんな理由でここに来たなら、そんな理由で戦うなら、今すぐあなたはこの組織から出ていくべきよ」

 久藤さんのその言葉には、隠そうともしない怒りや苛立ちといった感情が多く含まれていることを感じた。

 突然のそんな態度に驚き、慌てて尋ね返す。

「どういう意味です、それは?」

 久藤さんは手元のコップに入っていた水を一口だけ飲むと、再び俺に対して視線を戻し、今度は諭すような口調で言った。

「言葉の通りの意味。あなたは自分の行動に、自分の戦いに多くの人の命が掛かっているということを自覚しているの? もし自覚してないなら、そのことをしっかりと理解した上で今すぐ考え直して。もし仮に理解した上でそんなことを言ってるなら、先輩として警告しておく。そんな生半可な〝理由〟では到底戦い続けることは出来ない、自分の命を投げ捨てて戦うことなんて絶対に出来ないわ」

 ……驚いた。

 いつもは冷静で口数が少ない久藤さんからは想像が出来ないようなことを言われ、俺は少しの間言葉を失った。彼女の言葉からは、〝戦うことの覚悟〟を強く感じ取ることが出来た。

それと同時のさっきから久藤さんから感じた怒りや苛立ちといった感情の、その理由を少しだけ理解出来た気がした。

「……自分の戦いに多くの人の命が掛かっていることは自覚していますよ。だからこそ戦わなくちゃいけない。命を守る、そのための〝力〟が俺達にはある。なら、戦うことが出来ない誰かのために俺達が戦うしかないですよ。それに、戦う理由に対しては他者がどうのこうのと口出しをすべき話じゃないと思いますし、そもそも〝戦い続けることが出来ない〟なんてことは他者が決めつけるべきじゃないと思います」

「だからといって、そのことはあなたが戦うことの理由には成らないわ。あなたがわざわざ戦わなくてもほかの誰かが戦えばいい、そうは思わなかったの? 実際、あなたが戦わなくても私を含めた多くの人に戦うための能力はあるのよ」

「十分理由になりますよ。力があるのに何もしないでただ見ているだけなんて俺には出来ません」

「あなたは自分にとっては見ず知らずの人のために戦うと、そんな理由で〝他者〟のために戦うと、戦うことが出来ると、あなたはそう言いたいの?」

「……それは少し違います」

「……え!?」

 久藤さんにとってはきっと予想外の答えだったんだろう。

 そのリアクションからなんとなくそう思った。

自分の質問に対して俺が、『ええ、その通りです』と答えると思っていたんだろう。

多分、普通はそうなんだ。

でも、俺はそんな普通とは真逆のことを言ったから。

異端だと、普通じゃないってことは自分でもわかっている。いや、もしかしたら異端を気取っているだけなのかもしれないけど、でも、それは確かに今の自分の心だ。

 久藤さんに対して俺は静かに告げた。

「俺が今こうして此処に居ること、俺が戦うことの理由は〝自分自身〟のためです」

「……それは、一体どういうこと?」

「みんなが笑顔なら、みんなが幸せなら俺もやっぱりそのことがうれしいです。誰かが悲しんでいたりつらい思いをしていたりしていたらやっぱり自分もつらい。それにそんな状況で力があるのに何もしない自分のことを俺は許せない。だから、やっぱり俺の戦う理由は〝自分自身〟のためです。――そしてもう一つ。これはあまり言いたくないんですけどね……」

 そういうと俺は視線を少し下に落とした。

 ……もう一つの方は、まあ、言ってもいいか。ここまで言っちまったなら。

「俺は父さんからこの話を聞いたとき〝チャンス〟だと思ったんです。自分が今まで憧れていた〝非日常〟の住人になることができるチャンスだって。その時の自分の考えの中には〝誰かを救う〟とか〝命を懸けて戦う〟なんてことはまるっきり抜け落ちていた。ただ自分の願いを叶える為だけに、〝自分自身〟の為だけに戦うことを望んだんです」

 俺はそこまで言うと、もう一度久藤さんのほうに視線を戻した。久藤さんは何も言わずに俺の方を見つめ返してきた。

――――僅かな沈黙が生まれた。

静寂を破ったのは、俺の方だった。

「自分がきれいごとを並べるだけの偽善者だってことぐらいは、きちんと理解しているつもりです。それに、こういう考え方が傲慢なことだとも思います。でも、俺は嘘をつきたくない。戦う理由を他人に押し付けたくない。もちろん出来ること、出来ないことぐらいちゃんとわかっているつもりです。だからこそ、いま自分にできることを全力でやりたい、やらなくちゃいけない。それに、ここにきて父さんの話を聞いた時から今に至るまで俺は一度たりとも自分の決断を後悔してません。……とはいっても自信はないんですけどね」

「……自信?」

 俺は、すでに温くなっている手元のコップに入った水を一気に飲み干すと答えた。

「ええ、俺のこういう考え方が本当に正しいのかどうかってことです。たぶん周りから見れば、特に久藤さんから見れば、俺の戦う理由なんて下らないものだと思います。だから、本当にこんな気持ちで戦っていていいのかってところが気になるんです」

「…………戦う理由は人それぞれ。どんな理由であれそこにきちんとした覚悟があるならそれでいいと思う。だから古堅君の戦う理由は間違ってないと、少なくとも私は思うわ」

 ……そうか。

俺の考え方は、別に間違いじゃなかった。

少なくとも久藤さんからは、俺の考え方は否定されるものじゃなかった。

 正しいものとは思えなかった今までの自分の考え方。

不謹慎とも言える戦う動機。

そのことを否定されるわけでもなく、肯定されるわけでもなく、一つの考え方として許された。

その事実が俺にとっては何よりも重要だった。

少し間を置き、今度は俺が久藤さんに質問した。

「久藤さんは、どうしてWFに入ったんですか」

「……今から五年前、ある邪神を信仰する教団が、巨大な力を持った邪神を召喚するための儀式を行おうとして、その結果町一つが完全に壊滅してしまった大事件。古堅君も覚えているんじゃない?」

「……ああ、覚えています」

 五年前のCCD関連事件。

ダゴン教団から分裂した一部の過激派信者たちが邪神〝ダゴン〟を呼び出そうとした事件のことだ。

幸い儀式を中断させ召喚自体は阻止することに成功したが、強制中断の反動で邪神の力が逆流し暴走してしまったらしい。

その影響で町全体まで広がる大火災が発生。儀式を行っていた中心地から半径三百メートル圏内は完全に焦土と化し、儀式を行っていた教団、周辺の住人、突入した機動隊やWFの局員たちはそのほとんどが死亡した。

全体でおよそ二千人近くの死傷者を出すという、国内におけるCCD関連の事件としては最大級のものだった。

「私はその時その町に住んでいて、私の家族は私一人を残してみんなあの事件に巻き込まれて死んでしまったわ。その時WFの人たちに助けられて、それから後は大体古堅君と同じ。才能を見いだされて、戦うという道を提示されて、私はその道を選んだ」

「…………」

 久藤さんは淡々と語った。

 その目に強い光を宿しながらも、その口調はまるでいつもと変わらないものだった。

「別にCCDや教団に対する復讐がしたいわけじゃない。ただ、あの時みたいに悲しい思いを、つらい思いをするのは私だけでいい。もう誰にも私みたいな思いをしてほしくないから、だから私は戦う」

……ああ、なるほどそういうことか、だから俺のことを……。

久藤さんが俺に対してとっていた態度の理由を。

俺に対するの言葉の中に感じた怒りや苛立ちの理由を。

それを今になって、やっと理解できた。

 久藤さんは、多分俺に対して『自分と同じようになってほしくない』と思っていたんだろう。

戦うことの苦しみを知っているから、失うことの悲しみを知っているから、残されたものの辛さを知っているから。

だからこそ俺や俺にかかわる人物に自分と同じような思いをしてほしくない。そういうことなんだろう。そして、だからこそ俺のことを避けていた。

俺がWFに留まり戦うという選択肢を取らないように。

それが、久藤さんの戦う理由だから。

〝もう誰にも自分と同じような苦しみや悲しみを味わってほしくない〟

〝悲しんだり苦しんだりするのは自分だけでいい〟

そんな、ある意味では自己犠牲的な考え方こそが、彼女を〝他者のため〟の戦いへと駆り立てる最大の理由で、そして最大の強みなのだろう。

だからこそ久藤さんにとっては許せなかった、か。

新たに自分と同じ苦しみを味わうことになるかもしれない人が増えることが。なぜなら久藤さんの戦う理由は、〝誰にも自分と同じ苦しみを味わってほしくない〟ということだから。久藤さんが俺を拒絶したり、苛立っていた理由は、俺の戦う理由じゃなくて、俺が戦うことそのものにあった。

そのことを理解したなら俺のとるべき行動は、次に言うべき言葉は一つだけだ。

「俺のことなら心配はいりません、別にそこまで気にしなくてもいいですよ。こんな性格ですし、それにさっきも言った通りそれなりの覚悟はきちんとできています。俺は久藤さんのことを信頼しています。だからもう少し俺のことも信用してください」

「……!? わ、私は別にあなたのことを心配しているわけじゃ……」

 いつも冷静な久藤さんだが、この時は一瞬だが動揺していたようにも見えた。

 そして俺から少し視線を逸らした。

 僅かな沈黙のあと再び顔を上げた久藤さんは、小さな声で言った。

「……話し方」

「……はい?」

聞き返す俺に対してに対して、久藤さんは、いつも通りの冷静な口調に戻り言った。

「私は別に先輩を気取ろうという気もないし、同学年の同じクラスなんだから、わざわざ慣れない丁寧語を使わなくてもいいって事」

「は、はい、わかりました」

 そう答えた俺に対して、久藤さんの無言の圧力を持ったどこか冷めたような視線が突き刺さる。

「……」

「……」

 少しの沈黙があった後、俺は改めて言い直した。

「お、おう、わかった」

「……よし、それでいい」

 久藤さんは俺のそんな回答を聞くと、満足そうに頷きながら空のトレーを持ち、席を立った。

 

×××


「――――だからもう少し俺のことも信用してください」

「……!? わ、私は別にあなたのことを心配しているわけじゃ……」

 私、久藤真理は、自分のことを冷静で理性的な人間だと思っている。これは周囲からの客観的な評価と自己分析に基づくもので、決して私の個人的な思い込みなんかじゃない。

そんな私だが、この時は一瞬だけ動揺していた。

 そして古堅君から少し視線を逸らした。

 そのあまりにも力強く純粋な視線は、今の私には少し眩しすぎたのだ。

……私は、もしかしたら古堅君のことを心のどこかで見下していたのかもしれない。〝守るべき対象〟と定義して対等な立場に立とうとしていなかった。〝覚悟のない人〟だと思ってバカにしていた。でも違ったんだ。私とは違った真直ぐな心と覚悟、そういったものをちゃんと持っていたんだ。

だとしたら、こんな風に避け続ける必要はもうない。

むしろ、私の方が古堅君から学ぶべきなんだ。

その覚悟を。

その意思を。

 私は少し考えた後、再び顔を上げ古堅君のほうを見ると少し視線を逸らしながら、小さな声で言った。断じて照れ隠しとかそういうのではない。じゃあなんで視線を逸らしたのか、と聞かれるかもしれないが、はっきり言って私もよくわからない。

「……話し方」

 妙な先輩風を吹かせるのは、はっきり言って性に合わない。とはいえ多分、生真面目な古堅君のことだから一応〝先輩〟である私に対して変な気の使い方をするだろうし、私だってそんな扱いを受ければ〝先輩〟として振舞っちゃうだろう。それは、あまりいいことじゃないと思う。

なら、とりあえず形だけでも対等の立場に立つところから始めよう。

私はそこまで器用な人間じゃないし、人付き合いだって得意じゃないけど、だからこそ、まずはとりあえず話し方だと、そんな風に思った。


×××


私にとって、それは運命の日だった。

二十年前の〝大発見〟ですら私を変えることは出来なかった。

十八年前の〝遭遇〟でも駄目だった。

五年前のあの日、私はついに下らない〝日常〟と決別したのだ。

それまでに築きあげてきた〝私〟の全てを対価として差し出す代わりに。

後悔はなかった。

悲しみはなかった。

司祭様は、あの燃え盛る炎の中から私を救い出してくださった。

そして、私に新たな道を示してくださったのだ。

その瞬間、私の世界は激変した。

今私がしていることは、司祭様への裏切りかもしれない。

しかし、きっと理解してくださるはずだ。

我らの悲願である〝大いなる父〟の召喚。

それを私が成し遂げたとあれば、必ずやお喜びになるはずだ。

手駒の大半を失ったが、本命はまだここにある。

私は、我々はそのために今まで入念に準備を進めてきたのだ。

五年前のような失敗はありえない。

WFの連中がいろいろと嗅ぎまわっているようだが、幸い〝計画〟についてはまだ悟られていないようだ。

 そう、今一度我々の下に神の力を呼び覚ますのだ。

この世界の支配者に誰が相応しいのかを知らしめる為に。

そのことこそが我らに力を授けてくださった、大いなる神に対する最大の功徳。

来たるべき日のために我らが為すべき使命なのだ。

イア、イア、ダゴン!

イア、イア、ハイドラ!

イア、イア、クトゥルフ、フタグン!

フングルイ、ムグルナフ、クトゥルフ、ルルイエ、ウガフナグル、フタグン!

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