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EP2 初陣

EP2 初陣


何か、とんでもない夢を見ていた気がする。

いきなり巨大な化け物に襲われ、死にそうになったところを、同級生の女の子が乗った人型装甲機に助けられる。

そんな荒唐無稽な夢だ。

そうだ、あれはすべて夢だったんだ。あんな非日常的なことが早々起こるわけがない。

百歩譲って、仮にそんなことが起こったとしても自分が関わるなんてことはありえない。

「もうすぐ到着。そろそろ起きて、古堅君」

 そんなことを言いながら誰かが肩を揺すってくる。

 わかっている、いま目を開ける。

そうすればさっきまでのことが全て夢の中の出来事だったと証明出来る。

そうさ、何も恐れる必要はない。

3、2、1――

「…………」

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、先ほどの声の主、久藤さんのどこか冷めた様な目をした顔。

次いで、見慣れない機械と、見慣れない文字の映るモニター。

見慣れないシートベルト、見慣れない椅子。

プロペラの音と、かすかな振動。

「……まあ、そんなわけねーよな……」

 わかってはいたけど、いざとなるとなかなか素直に認められないもんだ。

しかし、一体全体何がどうなっていることやら。

まあ、わからない時は質問するに限る。

「ここは、人型装甲機の中みたいだが、この音からするとヘリにでも積まれているのか? いったいどこへ向かっているんだ?」

「ご名答。私たちの乗っているこの機体は今、専用輸送機で運ばれているところよ。行き先はウィルマース・ファウンデーション日本支部、あなたのお父さんの〝研究所〟」

…………。

どうやら、俺はとんでもないことに巻き込まれているらしい。


×××


 今から十八年前。

世界全域に突如として謎の巨大生物が現れる事件が発生するようになった。

なぜ、突然そんなものが現れたのか、どこから現れたのか、何のために現れたのか。それは今でも不明であり、研究と調査が続けられている。

暴虐と破壊の限りを尽くすそれらに対しては、既存の現代科学で作られた兵器群では有効打を与えることが難しかった。

それらは古代の書物に記された神話生物にその姿や性質などが酷似していることから、クトゥルフ眷属邪神群(Cthulhu Cycle Deities)、通称CCDと呼ばれるようになる。

CCD‐01出現から三年後、世界中の科学者、技術者、そしてオカルティストたちが集い、国連直轄対邪神組織「Wilmarth Foundationウィルマース・ファウンデーション」(WF)が設立される。

人類はもはや蹂躙されるだけの存在ではなくなった。

新たなる力を手に、反撃の狼煙をあげたのだ。

WFは結成当初、アメリカ合衆国のマサチューセッツ州アーカムにあるミスカトニック大学を拠点として活動していたが、近年では世界各地に支部が置かれるようになった。

そのうちの一つが日本にも存在する。

今まさに俺が向かっている場所であり、俺の父さん、古堅総一の〝研究所〟だ。


×××


輸送機はWFの基地にあるヘリポートに着陸した。

するとヘリポートの中央部が輸送機よりも一回り小さく開いた。次に輸送機の下部のハッチが開き、そこから俺と久藤さんを乗せた人型装甲機が、輸送機のワイヤーに吊るされながらヘリポートの下にある空間へと降ろされていく。

ヘリポートの下にある空間、すなわちWFの兵器格納庫に俺達を乗せた人型装甲機が下りてくると、整備員と思われる人たちが慌ただしく動き始める。

俺が久藤さんに続いてコックピットから降りると、何人かが機体に駆け寄ってきた。

その中に一人、一目で整備員でないと判る男が混ざっていた。

その男は俺のところまで歩み寄り、

「君が古堅陸君か。話は司令から聞いている。さあ、ついて来たまえ」

 そう言うと半ば強引に腕をつかみ、早足で歩き始めた。

「はい? え、えっと……、えぇーっ?!」

そんなわけで、一体何が起きているのか理解するよりも先に、ほとんど説明もなく、俺はいきなり現れた男に連れられて格納庫を後にした。

俺は腕をつかまれたまま男の斜め後ろを黙って歩く。

格納庫を出た直後、男に対して質問を浴びせたが、何を質問しようと、

「詳しい話は司令から聞いてくれ」

 の一点張りだったので、諦めて、黙ってついていくことにした。代わりにその〝司令〟とやらにはたっぷりと質問をしてやろう。

 エレベエーターで何階か上り、迷路のように入り組んだ通路を歩いていくと、唐突に男が足を止めた。

ほかの部屋よりも一回り大きく、一目で堅牢だと判るドアがそこにはあった。

「司令、古堅陸をお連れしました」

男がそう言うと、電子ロックが外れる音と共に、指令室のドアが横にスライドし開いた。

ドアの先にあったのは、学校の教室一つ分はある大きな部屋だった。

しかし調度品は少なく、窓がない上に照明も抑えられているため、かなり殺風景だ。

その部屋の奥の大きな机を一つ隔てた奥に〝司令〟は居た。

「ご苦労だったな、副司令。下がっていいぞ」

「わかりました。では私はこれで」

 俺をここまで連れてきた男、すなわち、今〝司令〟から副司令と呼ばれた男はそう言って一礼すると指令室を後にした。

 今この部屋には俺と〝司令〟の二人だけ。

 俺は自身の顔に驚愕の表情を浮かべながら、〝司令〟の顔をまっすぐに見据えた。その顔は俺がよく知っている人物だった。

 〝司令〟に対して俺はゆっくりと、内心焦りながらも、冷静であることを装いつつ質問した。

「父さん、これは一体どういうことだ? なんで父さんがこんなところに……」

 〝司令〟の名は古堅総一。

俺の父さんだ。

「まあ待て、そう焦るな。いくらでも、とは言わないが時間はある。私がなぜこんなところにいるのか、か。これはとても単純な理由だ。それは私、古堅総一がWF日本支部の司令だからだ。さて、順を追って説明していこうか」

 そう言った父さんの口から語られたのは、WF設立の経緯だった。

 WFの設立時、世界中から様々な科学者、技術者、そしてオカルティストたちが集められた。

古堅総一も当然その内の一人で、WFの結成そのものにかかわった人物なのだそうだ。

結成当初はアメリカ合衆国のミスカトニック大学を拠点としていたので、古堅総一は日本からアメリカに出向いて活動を行っていたらしい。

しかし、CCDの発生および活動が世界全土で活発化していったので、世界の主要国家に支部を作ることが提言された。   

そうした流れの中で、日本においてもWFの支部が作られた。

その局長として、オカルト分野における深い知識と広い人脈を持ち、さらには設立に携わった数少ない優秀な日本人メンバーである、古堅総一が選ばれた……――。

「――どうして……、どうしてそんな大切なことを、今まで言ってくれなかったんだ!」

「お前を守るためだ。そもそも我々の敵はCCDだけではない。異形なるものを呼び出し使役しようという者、邪悪なるものを呼び出し世界を破滅させようという者、それらの全てが我々WFの敵となる。敵対組織にもしも素性がばれれば、本人や近しいものが攻撃や報復の対象になる場合もある。今回のお前のようにな」

「そのことはまあ、わかった。詳しいところはまだよくわからないけど、とりあえずわかったことにしておくよ。それで、あの手紙はいったいどういうことなんだ? 大事な話っていうのはいったい何のことだ?」

「端的に言おう。WFの一員となり人型装甲機のパイロットとして我々と共にCCDと戦ってほしい」

「…………はい?」

……っ、いや、ちょっと待ってくれ。何?

俺が、戦う?

CCDって、あの化け物とか?

どうやって?

というかなんで俺が?

無数の疑問が頭の中に浮かんだ。

唐突にこれほど大きな話を持ちかけられて驚かない人など、そうそう居るはずもないが。

父さんはさらに続ける。

「CCDに対抗できる力を持つ人間はごく少数に限られている。そしてお前にはその素質があるのだ。お前がもし、我々WFに協力してくれるというのであれば、それはCCDに対する人類の大きな反撃の一手となる。これは他の誰でもなく、お前にしかできないことなのだ」

 驚愕の表情を浮かべる俺に対して父さんは、戸惑うような顔をしてから告げた。

「これは、多くの人の命と、この星の運命がかかっていることだ。もちろんそういったものを背負って戦うことが、いかに辛いかは私も十分理解しているつもりだ。無理強いはしない、と言いたいところだが、今の我々には圧倒的に戦力が不足している。それに今まで多くの人々に戦いを強要してきた手前、私もお前のことを身内だからといって特別扱いするわけにはいかないのだ」

CCDのことに関しては幾度となくニュースや新聞などに取り上げられているため俺もある程度の知識はあった。

〝地球からの警告〟、〝悪意を持った自然災害〟、〝神を冒涜した人類への天罰〟、……。CCD関連の事件、事故が起こるたびにそういった見出しが記事の一面を飾り、そこに何百、何千といった犠牲者の数が記されているのを、産まれた時から何度も見てきた。日本でも何度もそういうことは起こっている。

そんな記事や映像の先にある世界は確かに〝非日常〟だった。

しかし、それでも俺は〝日常〟の中にいた。

〝非日常〟を目の当たりにして生きていても、そんな世界を〝日常〟の視点から見下ろしている傍観者だった。

確かに、俺には〝日常〟の変化を望むという、ある種の身勝手とも言える思いがある。代わり映えのしない毎日が、何かの拍子に一変して、刺激的な未知の世界にならないかと思っていた。

でも、〝こんな〟大それたことを考えてたわけじゃない。ただ漠然と、「何か面白いことが起こんないかな」と思っていた程度だ。

今俺が父さんの話に乗れば、〝非日常〟の側の人間になることは出来る。でもそれは、今までの〝傍観者〟という立場を捨て、状況の〝当事者〟になるということだ。

そして、その先にあるのは誰かの日常を守るという、あまりにも重大な責務だ。

その責任の重大さは、十分に理解してるつもりだ。

 ……でも。

 それでも、俺の選ぶ道は決まってる。

「……父さん、俺、戦うよ。それは誰かがやらなきゃならないことだ。それが、俺にしかできないことなら、俺は戦う! 戦わせてくれ!」

「……迷いはない、か。いい覚悟だ。本当は実の息子をこんなことに巻き込むのは不本意なのだがな。しかし、共に戦ってくれるというのであれば、私はお前に対して、一人の戦士として接する。そして歓迎しよう。ようこそ、WFへ」


×××


その後、事務的な手続きを経て、俺は正式な局員になった。

父さん、もとい司令が彼を呼びつけた理由がこれだったのだ。当然、局員のほぼ全員がこのことを知っていたので、手続きが迅速に済んだことはある意味必然なのかもしれない。

……そう考えると、俺が局員になるという前提でことが動いていたことになるわけで、なんとなく釈然としないが、まあ、細かいことは気にしないでおこう。

そんなこんなで、この日から少なくとも夏休みが終わるまでの間、俺はWFの局員寮に泊まることになった。

現在戦力不足のWFとしては、なるべく早い段階で戦力が欲しいらしい。だから、一日でも早く俺に操縦方法を覚え戦えるようになってもらいたいとのことだ。

翌日からシミュレーターを使っての操縦訓練が始まった。

これがもし普通の人型装甲機なら、数日で操縦方法を身に着けるのは不可能だ。

人間の形状を模して造られた人型装甲機はその内部構造も人間同様に複雑だ。

それを、限られたレバーとボタンとフットペダルのみで操るというのは、コンピューターの助けを借りても非常に困難なのだ。

そもそもコックピット内にある大量のそれらの役割を覚えるというだけでも非常に大変だ。それらを理解したところで、素人にはただ歩かせるだけでも非常に難しい。

しかし、WFの所有する人型装甲機はただの人型装甲機とは全く異なる。

対CCD用人型装甲機、形式番号IPA102‐ギガンティス

先日久藤さんが操縦して、俺のことを助けてくれた機体だ。

最大の特徴は機体の操作にパイロットの脳波を補助として利用しているというところにある。これは機体内部にあたかも神経細胞や血管のように張り巡らされている〝SGT細胞〟という特殊な細胞の作用によるものだ。

この細胞は生物の脳波に反応し自在に変形、増殖するという性質があり、もともとは研究用に回収したあるCCDの解剖実験中に偶然発見されたものらしい。

この細胞を応用することによって、操縦者の意のままに機体を動かすことが出来るのだ。そして、それによりコックピットの中が従来の人型装甲機よりも圧倒的に簡素化されている。

パイロットは動かす箇所をいかに動かすかをイメージしながら、対応するペダルやレバーを動かせばいいのだから余分な操作が必要ないのだ。

それだけじゃない。機体の自己修復機能や魔術的な力に対する耐性、活動可能時間の大幅な上昇など様々な恩恵が得られている。

もちろんデメリットもある。

その一つがSGT細胞とパイロットの脳波の適合率だ。簡単に言ってしまえば細胞との相性であり、これに関しては持って生まれた才能としか言いようがないものだった。

いくらパイロットの技量が優れていようとも適合率が低ければ、SGT細胞を内蔵した機体を指ひとつまともに動かすことは出来ないのだ。

おまけにSGT細胞との適合率の高い脳波を持った人間はとても少ない。

また、CCDとの戦いにおいては、さらにそれ以上の〝才能〟を求められた。

CCDの極めて高い防御力や再生能力は、一種の魔術的な要素によって成り立っている。

これを打ち破りダメージを与え、相手を駆逐するためには、こちらも何らかの魔術的要素をもった攻撃を行う必要があった。

〝SGT細胞との適合率〟と〝魔術的力の素養〟。

この二つを持った人間にしか対CCD用人型装甲機のパイロットは務まらないのだ。

その点において俺、古堅陸は極めて貴重な人材らしい。

聞くところによれば、この二つの要素、特にSGS細胞との適合率においては、事前に密かに行われていた適性試験において極めて高い数字が出ていたそうなのだ。


×××


「……死ぬ……」

初日の講習と訓練からやっと解放され、俺は局員寮の自室のベッドに倒れこんだ。

壁に掛けられた時計はすでに十時を回っている。

WFは緊急時における超法的行動を政府より許可されているらしいが、どうやら労働基準法と児童福祉法は、常に超法的行動が許されているらし。

「才能、か……」

 渡された教本を机の上に投げ出しながらそんなことを呟いた。

操縦法は思っていたより簡単だったけど、それでも覚えることが多い。そもそも〝思っていたよりも簡単だった〟というだけで難しいことに変わりはない。

シミュレーターを使った訓練では何とか歩かせるようになったけれど、所詮それまでだ。

武器の扱いや戦術などは遥か先の話だった。

それに加えてCCDに関することも覚えなければいけなかった。

このことは機体の操縦訓練以上に、主に精神的な疲労の原因となっている。

何しろ今まで信じてきた常識を真っ向から否定された上に、訳のわからない言葉と名状しがたき壁画や図形を大量に聞かせられたり見せられたりするのだ。大概のまともな人間にとっては苦痛の他の何者でもない。そして俺は、そのまともな人間の一人だ。

俺へCCDに関する知識を教える担当になったのは、北辺響子きたべ きょうこ博士という、丸メガネと白衣がよく似合う、どこか浮世離れした雰囲気を持つ若い女性研究員だ。

そんな彼女から、

「じゃあ明日までにこれ、読んできてね」

 と言って渡された資料。日本語訳版『死霊秘法』の一部とやらの注釈付きのコピーに、ベッドに倒れこんだ体を起こしながら目を通し、

「…………訳が分からん……」

 机の上に放り出した教本の上に重ねて置くと、再びベッドの上に倒れこんだ。

目を閉じると心地よい倦怠感が全身を包んでいく。

何と言うか、さすがに一日目からハードすぎるだろ、これは。

父さんにしろ、局員の人にしろ、割といろんなことを好き勝手言っているような気がして仕方がない。

〝他の誰でもなく、お前にしかできないこと〟、〝生まれて持った才能〟。

俺に、そんなものがあるんだろうか。

あるいは、乗せられているだけという気もする。

実際このざまではそうも考えたくなるというものだ。

……でもまあ、やると決めたんだ。この際とことんやってやるさ。

…………つーか事前の適性試験なんて、いったい、いつどこでやったんだよ……。

 そんなことを考えていると俺の意識は徐々に眠りの中に落ちていった。


×××


市街地でのCCD‐02との戦闘から数日が経った。

現在多くのWFの局員は〝事件〟の事後処理と情報収集に追われている。

戦いのあった場所は、すでに洗浄されCCDの痕跡は何一つ残されていない。損傷した道路や防御壁もすでに修復作業が始まっている。

事態は確実に収束へと向かっているように見えるが、油断はできなかった。

何しろ今回の〝事件〟は古堅陸の殺害ないし誘拐を目的としたものだが、その背景には、ある邪神教団が何らかの大がかりな計画が存在する可能性が非常に高いのだ。

彼の家の周りを怪しい風体の人物が徘徊している、といった情報が以前から流れていて、こういったことが起こる可能性は前からあった。

そのためWFでも、貴重なパイロット候補に危害が加えられないようにするため、極秘に護衛をつけていた。

ちなみに、久藤が古堅と同じクラスになったり席が近くになったりすることが多いのは、久藤が彼の護衛の中の一人だからである。

もちろん、本人は全く気がついてはいなかったが。

今回重要な要件を手紙で送ったのも、電子メールが傍受される危険性を考慮してのことだったが、どうやらあまり効果はなくむしろ裏目に出てしまったようだ。

現地を調査したところ、人払いの魔術を使ったと思われる跡がそこかしこに残されていた。CCDを召喚するための儀式に用いたと思われる魔方陣や薬品なども発見された。

 さらに、その時刻に監視カメラや防御壁のプログラムが、外部からの不正アクセスを受けていたと思われる痕跡までもが発見されたのだ。

 つまり、彼の周囲からいきなり人がいなくなったり、防護壁の中に閉じ込められたりしたのも偶然ではなく、誰かが意図的にそう仕向けた可能性が高いのだ。

人払いの魔術に関しては、〝民間人を巻き込まないため〟に使われたのではなく、単に〝自分達が見つからないように〟という理由で使われたと考えるのが自然だろう。

 CCDの召喚という大がかりな行動を起こしてもなお、その姿をくらまし続けているという点からは、並みの個人では到底不可能ともいえる用意周到な計画性が感じられる。

 CCDの持つ力は絶大だ。悪意を持って利用すれば町一つ、いや、国一つ滅ぼすことすらも容易だろう。そしてその力は、人の手によって制御することは不可能と言ってもいい。

事実、今から五年程前、巨大な力に魅かれて入信した大量の信者が冒涜的な儀式を行い、その結果町一つが邪神の力によって壊滅するという大事件が起こっている。

もう二度とあんな事件は繰り返させてはならない。

そんな思いを胸に、局員たちは今回の事件の首謀者の調査に励んでいた。


×××


松明の炎に照らされた洞窟の中に、黒いローブをまとった異様な風体の人間が数人いた。

その中のリーダーと思しき人物に対して、跪きながら何か報告している男がいた。

「申し訳ありません。まさか〝クトゥルフの落とし子〟があそこまで簡単に敗れるとは思いませんでしたので」

「かまわんよ。奴らを甘く見ていた私の責任でもある。しかし今回の一件で奴らのおおよその戦力を把握することが出来た。あの程度であればわざわざリスクを冒してまで我々の持つ切り札を使うまでもない。これで十分事足りる」

「それがこいつですか。しかし本当にこんなものが?」

 呼ばれた男は顔を上げながら深瀬の持っている〝それ〟をまじまじと見つめた。

〝それ〟はソフトボールほどの大きさであり、白く半透明な球形の石のようなものだ。

僅かな青白い光を放っており、表面には大きな五芒星を思わせる紋章を中心に無数の曲線と直線が複雑に、しかし一定の法則に基づいて刻まれている。

 そして〝それ〟中には爬虫類や両生類などの幼生を思わせるような何かの影を、うっすらとではあるが確認することが出来た。

「ああ、間違いない。何しろこいつは私が昔現地で発掘したものだからな。〝魔石に封じられし邪悪なる失敗作〟。『死霊秘法』や南極の遺跡にもわずかにだがその記述が残されている」

「〝古のもの〟のオーバーテクノロジーってやつですか。俺は今でも信じられないんですがね」

「進歩した科学というやつは魔術と大して変わらんものだ。それに、人類の知る〝科学〟というやつが実にいいかげんで、大宇宙の真理とはほど遠いものであることは、〝魔術師〟であるこの私が誰よりも一番よく知っている」

そう言いながら深瀬は男のほうに、手に持っている“それ”を近づけた。

「――っ!?」

 男は〝それ〟を近づけられた瞬間後すさりした。

 深瀬の持つ〝それ〟から尋常ならざる殺気と狂気、そして何とも名状しがたき根源的な恐怖を感じ取ったのだ。


×××


 俺がWFの局員になってから、すでに五日が過ぎた。

 正式に局員になってから久藤さんとは廊下や食堂で何度か顔は合わせている。しかし話しかけてもそっけない反応しかなく、どこか俺のことを避けているようだった。

おかしいな、俺、久藤さんから嫌われるようなことしたっけな……。

 確かに、久藤さんとの接点はあまりない。

強いて挙げるとすれば五日前の助け出された時ぐらいか。

でもあの時は避けられるようには感じなかったし……。

……うーむ、どうしたものか。

人型装甲機のコックピットを模して作られたシミュレーターの中で、ソフトが起動するまでの間、俺はそんなことを考えていた。

慣れない環境の中で唯一の知り合いから無視され続けるというのは、なかなか辛い。

ちなみにこの間、学校における俺の扱いは〝風邪による欠席〟ということになっているらしく、夏休みが始まるまで何とかごまかし続けるらしい。

仮病というべきかズル休みというべきか、とにかくそんな状況になっていることに対しては若干の罪悪感を覚える。

もっとも、その間の詰め込みともいえる操縦訓練によって何とか機体をまともに〝動かす〟ことが出来るようになった。シミュレーターだけじゃなく実機にも何度か乗って動かしてるので、おおよその感覚はつかめてきている。

 いつCCDが現れても大丈夫なように訓練する。今の俺に出来ることはそれだけだ。


×××


古堅がWFのパイロットになってから一週間たった日の朝、WFに住民からの通報があった。

町に突然怪しい何かの卵のようなものが現れたので調査してほしいとのことだった。この通報を受けて数名の調査員が現地へと派遣された。

場所は一週間前にCCD‐02が現れた場所から一キロメートルほど離れた場所で、マンションの駐車場だった。

「思ったよりもでかいな」

「卵、なのか?」

「あるいは何かを封じこめた石といったところか?」

通報では直径が五十センチほどの球形と伝えられていたが、局員たちが現地で見た大きさは報告されたものよりもはるかに大きかった。

〝卵〟は今でも巨大化を続け、現在では直径が五メートほど、高さが十メートルほどの楕円形になっていた。

〝卵〟は表面から粘液のようなものを滲み出させながら、青白い光を放っていた。

それだけではなく、大きな五芒星を思わせる紋章を中心に、無数の曲線と直線が複雑に刻まれている。

そして〝卵〟中には爬虫類や両生類などの幼生を思わせるような何かの影を確認することが出来る。

そしてその影は僅かに動いていた。

「これは、ひょっとするとかなりやばい物かもしれないな……」


×××


現地の様子はWFの指令室の大型モニターにも写し出されていた。

すでに基地のメインスタッフ達には招集がかけられている。俺や久藤さんもその場にいた。

モニターに映しがされた〝卵〟は徐々にその大きくなっていた。

「これは……、いったい何なんだ?」

 映像を見た局員が誰ともなくそう言った。

その直後、だぶだぶの白衣を着た若い女性研究員が入ってきた。

いや、〝女性〟と言うよりは〝少女〟と言った方がいいかもしれないし、〝若い〟と言うよりは〝幼い〟という表現の方が妥当だろう。何しろ外見は、どう見ても俺や久藤さんより年下なのだ。

「いやー、すみません、遅れました。それに関しては、今から私が説明しますね」

「北辺博士!」

 皆の視線が一斉に入口の方に注がれた。

 彼女こそ、WF日本支部の中でも、最もCCDに関しての深い知識を持っていると言われている人物、北辺響子博士だ。

 北辺博士は両手に抱えていた資料を近くの机に置いた後、下がっていたメガネを直し、〝卵〟のことについて語り始めた。

「この〝卵〟の正体は、遥か古代のCCDが、何らかの方法で石の中に封印されたものだろうね。昔、古代遺跡から同じような物が発見されたこともあって、封印を解こうとしたら、ちょうど今にたいに中に封印されていたCCDが巨大化、というか、〝元の大きさ〟に戻ろうとしたことがあった」

「つまり、このままあれを放置すれば、中のCCDの封印が解けてしまうってことか?」

「うん、たぶんそうだね」

 そう答えた後、司令のほうを向き、進言した。

「司令、ここは最悪の状況を想定して、早急に手を打つべきだと思うよ。幸い、まだ封印は完璧に解けたわけじゃないし、今ならまだ再封印が可能かもしれない」

 司令は、まずモニターに映された〝卵〟を見た後、周囲の局員を見渡し、傍らに立っている副司令と目配せした後、局員たちに告げた。

「……よし。まずは住民の避難誘導を開始。地元の自治体と協力して迅速に行え。避難完了後、対特殊災害法に基づき周囲の防御壁の展開を要請。周囲の安全が確保されたのち研究室のチームで再封印の儀式を執り行う。また、万が一の事態に備えて久藤、陸の両名も出動後輸送機内にて待機。陸、お前は《ギガンティス》の予備機に乗れ」

 そして、一息置いて宣言した。

「では、これより作戦を開始する」


×××


俺はパイロットスーツに着替えてから、対CCD用人型装甲機ギガンティスのコックピットについていた。

久藤さんの乗る機体が、何らかの理由で動かせない時の予備機として配備されていたものであり、機体の形状は同じであるが配色が違う。こちらは青、白、灰色を基調としたものだ。

ちなみに、久藤さんがいつも乗っている機体、つまり、俺を助けた赤い機体は彼女専用の調整が施されているいわば〝カスタム機〟である。

「さすがに暑いな。夏場にこれはきつい」

俺は一人そんなことをぼやいていた。

 パイロットスーツは胸部や肘、肩などの部分にプロテクターが付けられているが生地自体は決して厚くはない。とはいえ夏場に全身を覆う服を着るというのはさすがにきつい。

コックピット内に空調設備がついているのがせめてもの救いだ。

 緊張など全く感じられない言葉を口にしてはいるが、内心はとても緊張していた。

何しろ初出撃だ。

シミュレーターでの模擬戦とは違い実際に命のやり取りをすることになるかもしれないのだ。

とぼけたセリフの一つや二つ言っていないと緊張に押しつぶされてしまいそうだ、というのが実際の気持ちで、余裕など全くない。

……とはいえ、まだ戦いになると決まったわけではないのだが。

せっかくの訓練の成果を発揮したい、という気持ちが、〝全くない〟と言えば多分嘘になる。だが〝戦いにならなければいい〟という気持ちのほうが明らかに大きかった。

 発進時刻となった。

格納庫の天井が開き、輸送機から降ろされたワイヤーによって俺の乗る《ギガンティス》が引き上げられる。続いて久藤の乗る《ギガンティス・カスタム》。

二機の人型装甲機を収容し輸送機のハッチが閉じられた。次いで格納庫の天井、つまり、輸送機が止まっているヘリポートの中央が閉じられる。

俺と久藤さんがそれぞれ乗る人型装甲機、そして〝卵〟の再封印を行うための研究室チームを乗せた輸送機がWFの基地から飛び立った。


×××


輸送機が基地を出たのを確認してから、指令室に残った局員は不安そうな表情でモニターに映し出されている〝卵〟を見守っていた。〝卵〟は徐々に膨張しているが、しかしそれ以外には特にこれといった変化はなかった。

輸送機が飛び立ってから二十分後、もう少しで輸送機が到着するという時に突然異常事態が発生した。

「――っ!? 〝卵〟の中央に高熱源反応発生!」

「表面の紋章消滅! これは、まさか!?」

「くっ、再封印は間に合わなかったか」

 突然の事態に指令室は騒然となる。

そんな指令室の様子とモニターを見渡した後、司令は副司令に静かに訊いた。

「現地の、住民の避難はどうなっている」

「すでに完了しています。防御壁も展開済みです」

指令室の局員が見守る中〝卵〟に亀裂が入り始めた。

瞬く間に亀裂は大きくなり、卵の全体へと広がっていく。

次の瞬間、〝卵〟に生じた亀裂から青白く眩い閃光がほとばしり、〝卵〟の〝殻〟が消滅した。

それと同時に〝卵〟の中に封印されていた異形の生物が出現した。

人類有史以前から封印されていたであろう〝ソレ〟は乾いたアスファルトの大地に両足をつけると、聞く者の精神を狂わせるような醜悪な雄叫びを上げた。

それは歓喜。

再びこの大地に立ち、命を貪り食うことを許されたことに対する歓喜の雄叫。

 モニターに映し出される〝ソレ〟を睨みつけながら指令は局員全員に静かに命令する。

「作戦変更。現時刻を持って目標をCCD‐27と断定。目標の駆逐を最優先事項とする」


×××


 『卵』の中からCCD‐27が現れたこと、そしてこれと戦わなければならないことは、既に俺たちの方へも伝わっていた。

……落ち着け、落ち着くんだ俺。

大丈夫だ、訓練通りにやればいいだけじゃないか。

 心を落ち着かせようと必死でいると、それを読んだかのような絶妙なタイミングで、久藤さんから通信が入ってきた。

「あなたが戦う必要は無い。私ひとりで出る」

……戦う必要は無い? 

何を言い出すんだ、いったいどういうことだ?

「どういう意味です? それは? いったいなにを――」

「あなたがいても邪魔なだけ」

「なっ!?」

 久藤さんが告げた理由は単純にして明快なものだった。

そして、それ故に俺は反論することが出来なかった。

そんな俺のことを無視して久藤さんは輸送機の機長に話しかける。

「機長、私一人で行きます。今すぐ降ろしてください」

「……本当にいいのか?」

「かまいません」

そんなやり取りがあった後、ややあって久藤さんの機体の下にあるハッチが開いた。

「久藤真理、《ギガンティス・カスタム》行きます」

その掛け声とともに、輸送機内で機体を固定していたロックが外され久藤さんの駆る《ギガンティス・カスタム》が地上へと降下した。


×××


〝卵〟の中から現れたCCD‐27。

それを私達の知っている生物に無理やり当てはめるとすれば、二足歩行する桁外れの大きさの蛙と言ったところだろうか。

肌の色は黄土色で黒い筋や斑点があり、ボツボツとしたイボがある。

肥大化した腹部にはイボはなく、そこだけが白くブヨブヨとしている。

重鈍そうな印象を受ける巨体とは不釣り合いに細長い、折りたたまれた四肢。

そして横に長く広がる巨大な口。

たしかにこれらの外見的特徴からはこのCCDを〝蛙〟と言うことが出来るかもしれない。

でも、このCCDは私達の知っている蛙とは明らかに違う特徴があった。

まず、このCCDには尾があった。

それも自らの伸長に匹敵する長さ、推定十メートル以上を誇る尾だ。

それに加え四肢の指は鋭い鉤爪があり、巨大な口の中からはのこぎりのような鋭い歯がのぞいている。

極めつけはその顔。

そこには左右に三個ずつ、合計六個の目が横一列、等間隔に並んでいた。

私の乗る《ギガンティス・カスタム》は、そんなCCD‐27のおよそ三十メートル前方へと着地した。

CCD‐27がゆっくりと、目の前に現れた未知の存在を見つめる。

私は素早く目の前の敵に照準を定め、トリガーを引いた。

次の瞬間、《ギガンティス・カスタム》の左右に肩に装備されている二十ミリの機関砲が轟音と共に一斉に弾丸を放つ。それらは全てCCD‐27の腹部に一発も外すことなく命中した。

しかし、

「――効いてない!?」

外観上もっとも弱いであろうと思われる腹部への機関砲による攻撃。

しかし全く効果がない。

「皮膚の弾性が高すぎる! なら、これで――っ!」

腰の部分にマウントされていた超音波刃を引き抜きまっすぐに突進する。

現れるなり、いきなり攻撃を仕掛けてきた《ギガンティス・カスタム》のことをCCD‐27は〝敵〟として認識したんだろう。

向かってきた《ギガンティス・カスタム》を迎撃するために、鉤爪を備えた腕を振るった。

CCD‐27に対して、私は超音波刃をまっすぐに突き出した。

同タイミングでに腕の攻撃が《ギガンティス・カスタム》を襲う。

両者の腕がぶつかり合う。

衝撃。

――《ギガンティス・カスタム》の手に握られていた超音波刃が、弾き飛ばされた。

「っ!? しまっ――」

 体勢を立て直させるよりも先に、CCD‐27の追撃が迫る。

横なぎに腕を振るった勢いのまま、尻尾を鞭のように振るってきた。

十メートル超えの強靭かつしなやかな鞭が真横に振るわれ、回避も防御も行えない《ギガンティス・カスタム》を襲う。

「――っ」

 CCD‐27の尾は《ギガンティス・カスタム》のコックピットを叩き、その強烈な衝撃が私へと襲い来る。

それだけじゃない。

尾の強烈な衝撃によって弾き飛ばされた《ギガンティス・カスタム》はそのまま受け身を取ることもできず、防御壁に向かってその背面を打ちつけた。

「っ!? くっ――」

 金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、コックピット内の衝撃吸収装置でも無力化しきれなかった衝撃がそのまま伝わってくる。それに加えて神経接続とSGT細胞との脳波同調、その二つの副作用としてのパイロットへのダメージフィードバックが行われる。

「――まだ、この程度なら」

 腹部と背面部に痛みを感じながらも、反撃を行うためにどうにか体勢を立て直す。

左腰にはもう一つの超音波刃がある。だけど、この距離じゃそれを使う余裕はない。

そう判断すると機体背面部のバーニアを吹かし、大地を蹴るとCCD‐27に対してタックルを行った。

これだけの至近距離で逃げ場を失った状態は、明らかに不利だ。それでも、いったん怯ませて間合いを取った後、冷静に対処すればいいはずだ。

しかし、CCD‐27はそんな私の攻撃を見透かしたかのように、突如空中に飛び上がり攻撃を回避した。

重鈍そうな見た目にからは想像もできないほどの身軽さ。

流石に、これは想定外だった。

さらに、CCD‐27は《ギガンティス・カスタム》を飛び越えると同時に、体の向きを空中で一八〇度向きを変えその大きな口を開くと、そこから紫色の液体を噴射した。

「っ!」

ギリギリのところで無理やり機体を横転させながら、放たれた液体を回避する。狙いの外れた液体が防御壁と地面に降りかかった。

「……あの液体、付着した物質を溶かしているっていうの?」

 CCD‐27から放たれた粘性のある紫色の液体は命中した個所を溶かし始めた。

 厄介な能力だ。とにかく崩れた体制をいったん立て直し、立ち上がらせないと反撃すらままならない。

しかし地面に着地したCCD‐27は、追い打ちをかけるかのように口の中から何かを発射した。

今度は液体ではなく、何か固体のようなもの。

 とっさに防御態勢を取らせながら後退する。

CCD‐27の口から放たれたものは《ギガンティス・カスタム》」の左腕部に命中し、その装甲の一部を損傷させた。

そして再び口の中に戻っていく。

《ギガンティス・カスタム》に対して狙い澄ました矢のように放たれたそれは、CCD‐27の舌だった。

まるで蛙やカメレオンが獲物を捕食するかのように、CCD‐27は自分の舌を使って攻撃してきたのだ。

CCD‐27は攻撃の手を緩めない。

いったん間合いの離れた《ギガンティス・カスタム》へと飛び掛かり両腕の鉤爪で襲いかかってくる。

私も防戦一方というわけじゃない。

タイミングを見極め、飛び掛かってきたCCD‐27の両腕を掴む。

そして同時に両肩の機関砲を撃とうとした。

「っ!?」

 突然、手のひらを強烈な痛みが襲う。

そのわずかな一瞬、操縦桿を握る力が緩み《ギガンティス・カスタム》がCCD‐27の両腕を掴む力も弱くなる。

CCD‐27はそのわずかな一瞬を逃さず、腕を振りほどくとともに後方へ一歩後退した。

今の痛みはいったいなんだったんだろう。まるで火に焼かれるみたいな、でも、CCD‐27の体温が高いわけじゃない……。

――まさか。

ふと思い至り周囲を見渡した。

戦闘によって周囲の防御壁とアスファルトは損傷し、それに加え先ほどの液体による攻撃で一部は溶けている。だが溶けているのはそこだけじゃない。

CCD‐27の足跡やその周囲もだ。

たぶんCCD‐27の体液には、付着した自分以外のものを溶かす能力があるに違いない。

 でも、それが分かっても状況は好転しない。

弾性の高い皮膚と溶解能力のある体液で銃撃は通じない。近づけば鉤爪、少し離れたところで尻尾と舌による攻撃。それに加えて溶解液の噴射と高い俊敏性。

今まで戦った中でもかなり厄介な敵だ。

 CCD‐27が再び飛び掛かってくる。

その攻撃を何とかかわし、それと同時に左腰にマウントされているもう一本の超音波刃を引き抜き斬りかかった。

斃し方を間違えればさらに周辺へ被害が広がる。

急所への一撃で仕留めるしかない。

斬撃を避けたCCD‐27が、長い尻尾を鞭のように振るう。

私がそれをかわすと、今度は防御壁のほうへと向かって飛び上がった。そして壁を蹴り、私の斜め上の方向から体当たりを仕掛ける。

飛んでくる方向に超音波刃を向けカウンター気味に当てようとするが、CCD‐27が空中で身をひねったことによりかわされてしまう。

……確かにCCD‐27強敵だ。だからこそ古堅君は戦いに巻き込まない。

絶対に戦わせちゃいけない。

今も、そしてこれからも。

私が一人で、あいつを斃さなきゃいけないんだ。

誰一人傷つけないために!

――そんな私の思いをあざ笑うかのように、CCD‐27の攻撃はさらに激しくなる。防御壁を使った三次元的な攻撃はこっちから反撃することはおろか、防御や回避すらも難しい。

こっちの攻撃は全然当たらなくて、じわじわと追いつめられているような感覚。

私はこの時、明らかな不利と焦燥感を自覚した。


×××


上空からモニター越しに戦いを見ていた俺は、久藤さんが苦戦していることが一目でわかった。

本当は、今すぐにでも助けに行きたかった。

でも、彼女の言った〝足手まとい〟という言葉は、確かにその通りかもしれない。

操縦訓練を始めてからまだ一週間しか経っていない俺に、この状況でいったい何が出来るというのか。もしかしたら、さらに状況を悪化させてしまうことだってあり得る。

……違う、違うだろ。

出来るか出来ないかなんて、やってみなけりゃわからねえんだ。

俺に今出来ること、それはなんだ!

何も出来ないわけじゃない、今の俺には、その力があるんだ。

やってやる、やってやるさ!!

「機長! 俺も戦います! 今すぐ機体を降ろしてください!!」

「久藤が苦戦している相手だぞ、新人のお前が行ったところでどうこうできる相手では……」

「俺だってWFの局員です! それに、久藤さんが苦戦しているから、だからなおさら助けに行くんですよ!!」

「……、わかった」

 必死の思いが通じたのか機長が首を縦に振った。

「――神経接続、脳波同調開始。冷却システム正常起動、オートバランサー起動、出力安定、SGT細胞活性率三二%を維持。全システム正常起動――」

 機体下部のハッチが開かれる。

「――古堅陸、《ギガンティス》、降下します!」

掛け声とともに機体を固定していたロックが外され、《ギガンティス》は戦場へと降下した。

「くっ、落下地点までの距離を確認、姿勢制御開始、着地の直前に脚部バーニアを噴射。大丈夫だ、訓練通りにやれば――」

 轟音と土煙と共に俺の乗る《ギガンティス》はCCD‐27の後方百メートルの地点に降下した。そしてそのまま目の前の敵に向かって拳を振り上げ急接近する。

「うおおおぉぉぉぉぉ――!!」

雄叫びを上げながらCCD-27へと突貫する。

――が、その攻撃は簡単に避けられてしまった。

そして攻撃を外した多少間抜けな格好のまま《ギガンティス・カスタム》の横に並び、改めて正面からCCD‐27と対峙する。

「助けに来ました、久藤さん!」

 俺の発した声が周囲に響き渡った。

「古堅君、どうして!」

「出来ることがあるのに何もしないで見ているなんて、そんなこと俺にはできません」

「――戦えば、死ぬかもしれないのよ!!」

「わかっていますよ! それでも久藤さんを見殺しにすることは出来ない!!」

「私は別に――」

「冷静になってください、あのまま戦いを続けても町の被害が広がるだけです!」

砕け捲れあがっているアスファルト、陥没した防御壁。

そんな状況が数百メートルに渡って広がっていた。

まだ辛うじて民家への被害は出ていないが、しかしそれも時間の問題だろう。

「それに俺は新米とはいえWFの局員です! 信頼しろとは言いません、でも少しぐらい信用してください!!」

「……わかった。わかったからとりあえず、外部スピーカーをオフにして」

 俺の必死の訴えに、とうとう久藤さんが折れたようだ。俺もあわてて外部スピーカーを切る。ついうっかりしていた。

 俺達がそんなやり取りをしている間、CCD‐27はどちらの獲物から仕留めようかと品定めをしていた。そして、

「!!」

CCD‐27は俺の乗る《ギガンティス》のほうへと飛び掛かってきた。

「俺の方が弱そうだとか、そう言いたいのかよ!」

とっさに機体を後退させ回避。

それと同時に久藤さんの駆る《ギガンティス・カスタム》がCCD‐27に超音波刃で斬りかかった。

CCD‐27は飛びすさりその斬撃を回避する。

「……、す、すみません」

「で、いきなり突っ込んできたからには、何か策はあるの?」

「いや、特にありません」

「……」

「……」

 久藤さんがあきれたような表情でこちらを見ているところが思い浮かんだ。

「……すみません」

「別に謝らなくていいわ。私もそこまでは期待していないもの」

 ……そこまで正直に言われると、いっそ清々しいものがある。

CCD‐27が口を開き、今度は溶解液による攻撃を仕掛けてくる。俺達は左右に散会しその攻撃を回避した。

溶解液のかかったアスファルトが煙を上げて溶けていく。

 久藤さんがいつものような冷静な口調で言った。

「もし古堅君が私の言うとおりに戦うことが出来るなら、この戦いに勝ち目はある」

「何か策があるんですか? 俺にできることなら、全力でやらせてください」

「……わかった。なら、あなたのその覚悟を見込んで頼みがある」

 ――久藤さんの作戦は比較的単純なものだった。

そもそもCCD‐27の厄介なところは、その見た目に反した俊敏さにある。たとえ溶解液があってもCCD‐02の時のように旧神の力を解放した超音波刃であれば問題なく仕留められる、というのが久藤の考えだった。

 つまり、一人が相手の動きを止め、もう一人がとどめを刺す、というある意味単純極まりない作戦だ。

 役割分担はすぐに決まった。

「いくぜっ! この蛙野郎!!」

 俺はそう叫ぶと同時に、《ギガンティス》の拳を腰だめに構えさせCCD‐27へと突貫した。

 役割分担は俺が相手の動きを止めている所に、久藤さんがとどめを刺すということになった。

理由は二つある。

まず一つ目は機体の耐久性。

久藤さんの《ギガンティス・カスタム》はもともと機動性を上げるために若干ではあるが装甲が薄くなっていた。それに加え、先ほどまでの戦闘のダメージにより一部の駆動系と装甲にダメージが蓄積している。だから、これ以上なるべく攻撃を受けない方が賢明だ、と判断したのだ。

二つ目は、CCD‐27を斃すための条件である、超音波刃の旧神の力を解放させるのは久藤さんがやった方が確実である、というものだった。

これは、俺の「呪文ってどんなのだっけ」という発言により両者の共通認識となった。

……仕方ないだろ、そんなに早く覚えられるかよ。

そんなやり取りがあったとは知らないCCD‐27は、自分へと向かってきた獲物をしとめるために、その長い尾を鞭のように振るい《ギガンティス》を迎撃する。

「何!?」

 CCD‐27の尾は、勢いよく突っ込んできた《ギガンティス》をそのまま真横へと弾き飛ばした。

俺の乗る《ギガンティス》はそのまま防御壁へと衝突し、金属同士がぶつかり合いひしゃげる音が響き渡る。ダメージフィードバックにより俺も全身を壁に打ちつけられるような痛みを受ける。

「まだだ! この程度で、やられると思うなよ!」

 即座に体勢を建て直し、再びCCD‐27へと拳を繰り出す。不意打ち気味に繰り出された攻撃はCCD‐27の腹部へと直撃した。

「――! 嘘だろ、効いてねえのかよ!?」

 CCD‐27は避けられなかったわけじゃない。回避不要の攻撃と判断し避けなかったのだ。

 久藤さんはこの戦闘を一歩離れたところから超音波刃を構えつつ、とどめを刺すチャンスを見計らっている。

CCD‐27が、攻撃をあえて受けることで間合いを密着させたこと、その理由を即座に理解した。

 そして叫んだ。

「伏せて! 古堅君!! あいつの攻撃が――」

「!!」

 俺がとっさに機体を屈ませたその瞬間、CCD‐27の口から溶解液が噴射された。

それは放物線を描き、俺の乗る《ギガンティス》の後方の地面に降りかかると、アスファルトを溶かし始めた。

「サンキュー、久藤さん!」

 礼を言いつつ、CCD‐27の動きを封じるために組み付こうとする。

「これでっ――!?」

 しかしそう上手くはいかない。

組み付こうとした《ギガンティス》の胴体にあるコックピット部分にCCD‐27の強烈な蹴りが炸裂した。

 CCD‐27の長所は俊敏性。

その俊敏性を支えているのは強靭な脚部だ。

それによって放たれる強烈な蹴りが直撃した《ギガンティス》は数百メートルの距離を吹き飛ばされた。

 人型装甲機のコックピットはもっとも頑丈にできている。ましてや足の裏という〝面〟によって放たれた攻撃であればそうそう簡単には壊されたりしない。しかし、コックピットを直撃した衝撃とダメージフィードバックによる腹部への激痛が同時にパイロット、つまり俺へと襲う。

「ぐあああああああぁぁぁ!!」

脳波コントロールの副作用、それは機体の受けたダメージが逆流し、パイロットに対して痛みの幻想を味あわせること。

そのダメージがパイロット本人の受けたものでなくとも、パイロットの脳に対して〝その部分がダメージを受けた〟という信号が送られてしまうために、体が痛みを感じてしまうのだ。

意識が薄れる。

視界がぼやける。

チクショウ、……こんな……ところで…………。

そのぼやけた視界の中で、ゆっくりと久藤さんのほうを振り向くCCD‐27の姿を捉えた。

……まだだ!

まだ終わりじゃねえ!

久藤さんを助けるんだろ? 世界を守るんだろ? そのために今出来ること、それはなんだ? 俺があの化け物の足を止めりゃ後はうまくいくんだ。

だからっ!!

 消えそうになった意識を気合いだけで何とか持ち直す。

そして、機体がアスファルトに叩きつけられる瞬間なんとか受け身をとると、低い体制のまま脚部と背面部のバーニアを一気に吹かした。

「いっけ――――――!!」

《ギガンティス》は地面を滑るように移動した。

蹴り飛ばされた数百メートルの距離を一瞬で詰め、CCD‐27の長い尾をその両手で強く握りしめる。しかし、それと同時にCCD‐27の皮膚から溶解液が分泌され、《ギガンティス》のハンドマニピュレーターを溶かし始める。

そして同時にダメージフィードバックにより俺は両掌に、酸によって焼かれるような痛みを感じ始める。

が、

「痛くねーよ! 痛くねーんだよ! 畜生がっ!!」

 気合と根性だけで俺はその痛みを耐えきる。

戦意の高揚がSGT細胞の活性率を高め、機体の破損個所を急速に再生させ始めた。

 次いで両肩の二十ミリの機関砲を、ほとんど照準を合わせることもなく一斉に掃射する。

操縦訓練の時に、銃火器は極力使用を控えるように言われた。弾薬の値段がバカにならないというのもあるが、それ以上に、誤射や跳弾による二次被害を極力減らすためだ。

「だがこの距離なら、外しようがねーよな! 喰らいやがれ蛙野郎!!」

 これだけの至近距離で射撃を受ければ、CCD‐27がいくら高い防御能力を持っていてもダメージになるはずだ。加えて尻尾を掴まれているこの状態では、逃げることも、回避することも出来ない。

 CCD‐27は唸り声を上げながら、ゆっくりと振り向く。赤く輝く六個の瞳は怒りの光を宿し、《ギガンティス》を、俺を見つめた。

 その瞬間、俺は叫んだ。

「今です、久藤さん! とどめをっ!」

冷静に戦況を見つめていた久藤さんはCCD‐27の注意が完全に自分から逸れるのを感じ取ったのだろう。

久藤さんは《ギガンティス・カスタム》の超音波刃を逆手に構え直させ、呪文を唱え始めると同時にバーニアを一気に吹かし機体を直進させた。

『我、旧き神の代行者なり! その尊き名のもとに、汝に命ず! 闇は闇へ、塵は塵へ、邪悪なるものは虚無へと還れ!』

久藤さんの詠唱は続く。

CCD‐27との距離が一気に縮まる。

CCD‐27は《ギガンティス》に対して攻撃を仕掛けようとする。

『旧き神の印を刻まれし鋼の剣よ! 闇を切り裂く剣となれ!!』

 超音波刃が金色の光を放ち始める。

《ギガンティス・カスタム》は旧神の力が解放された超音波刃を振りかぶった。そして、今まさに俺が乗る《ギガンティス》に対して攻撃を仕掛けようとしていたCCD‐27の、頭頂部に向かって一気に振り下ろした。

光の刃がCCD‐27の皮膚と頭蓋骨そして脳髄を貫く。

――訪れる一瞬の静寂。

久藤さんが超音波刃を手放させゆっくりと機体を後退させた。

それを見ながら俺も、ゆっくりと尻尾を掴む手を離させる。

その直後、CCD‐27は糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

指令室からの通信が届く。

『……目標の生体活動、完全に停止。再生の兆候、……ありません』

 俺はその言葉を聞くと、いまだに醒めない興奮と共に、初めての戦いが終わったことに対する虚脱感と安堵に包まれ、しばらくの間コックピットの中で呆けていた。

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