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 俺の知らない一時間半の出来事を、飯田が簡潔に教えてくれた。

「谷崎生徒会会長が役員寮を出た後、僕と荒田さんで役員を二人一組のペアを編成して、避難誘導に行かせました。人数が多かったので、第一鑑賞ホールへ集めていたんです。そこの管理を荒田さんに任せ、僕は寮内の防壁を下して回りました。非常時なので、スペアキーを使って個人の部屋の防壁も全て下しました。その作業を四十分ほどで終わらせて、一階へ下りると、荒田さんが玄関ホールで転んで怪我をした一般生徒を手当てしていました。その時、第一鑑賞ホールから生徒たちの悲鳴が聞こえました。帰ってきた颯太と雄一、僕の三人で第一鑑賞ホールへ行くと、もう、血の海に変わっていたんです。何故、そんなことになったのか解りませんでした。颯太と雄一は、その時に噛み付かれて……暴れ出しました。……結局、僕だって何も出来なかったんです。帰ってきた周防部長が、僕を第一鑑賞ホールから追い出して、鍵を閉めてしまったので……」

 そこまで言うと、飯田は項垂(うなだ)れてしまった。仲間の変わり果てた姿を見るのは、耐え難い。それが、親友と呼べる相手なら、尚更……。

「そして、彰が一人で、皆を死なせてやった」

「気づいていらっしゃったんですね」

「会議室を出た後、第一鑑賞ホールの管理室へ行った。だが、管理室も鍵が掛かっていて入れなかった。誰にも見ることが出来ないように。……飯田が言った『言葉が通じない』という言葉。最初は、狂乱者や生きる屍になった所為だと思っていたんだ。だが、第一鑑賞ホールは、静かだった。だから、死んでいると気づいた。そして、部屋に帰る途中で、血塗れになった彰の木刀を見つけた」


 人が人を殺す。

 否、死んでいるのだから、もう人間ではなくなっているのかもしれない。しかし、人であったことに変わりはない。もし、自分が同じ立場になったとして、俺は、彼らを殺せるんだろうか? 人を殺すという恐怖に、打ち勝つことが出来るんだろうか?


「……無理かもしれないな」

「え?」

「否、独り言だ。それより、飯田から話を聞いて、確信が持てた」

 颯太と雄一が噛み付かれて暴れ出したのなら、狂乱者になったということだ。生きる屍の『噛み付く』という行為は、攻撃性の特化になるんだろうか? それとも、他に意味があるのか?

「飯田、噛み付かれた生徒は、全員、狂乱者になったのか?」

「いいえ。いきなり生きた屍になる生徒も居ましたね」

 狂乱者になる者と、生きた屍になる者。どこで違いが出来るのか分からない。

「それに、狂乱者の吐血した血を身体に浴びただけで、狂乱者になる生徒もいました」

「……血液を浴びた生徒は、身体の何処かに怪我をしていたか、狂乱者の血液を口にしてしまったんじゃないか?」

 他に考えようがない。実際、すぐ近くで見ていた飯田は平気なのだから、空気感染は無いと言えるだろう。

「まさか……血液感染したと?」

 俺が何を言いたいのか、飯田にも伝わったらしい。

「ああ。俺は、この騒動の発端がバイオハザードに寄るものじゃないかと考えている」

「生物災害が学院内で起こると、本気で言ってるのですか? 大体、そんな施設がどこにあるんです?」

 執行部なら知っているんじゃないかと思っていたんだが、どうやら知る人間は限られているらしい。

「大学部の奥に建てられた大学院の研究施設。あれが、バイオセーフティレベル4の施設だ。偶然、院生と教授が言い争ってるところに遭遇して知った。もし、今、起こっていることが感染症なら、何か対策を考えないと余計な犠牲者が増える。救助に来た人間が感染してみろ。最悪、日本中に感染が拡大する」

 俺の言葉に、飯田がハッと息を飲んだ。

「その話、周防部長にも話していただけますか?」

「勿論、話す」

 今度は、俺が飯田の言葉に頷いた。


 飯田が携帯無線機で彰に話をしている間、屋上から辺りを見回す。奥地にあるせいで大学部の方を確認することは不可能だが、それでも気になった。

 大学部と大学院の人間、研究施設の研究員、カフェや購買部の職員。その全てが感染してしまった場合、どれだけの感染者が生まれるのだろう? それを思うと気が重くなった。

「何か気になることがあるのですか?」

 彰と連絡を取っていた飯田が、尋ねてくる。

「大学部は、どうなっているのかと思ったんだ。もし、感染が広がっているなら、高等部より悲惨なことになっているだろうからな」

「……あちら側は、逃げられる場所も限られていますからね」

「どうにか、助けられる方法があればいいんだが」

「不可能でしょう。一般生徒を避難させただけで、これだけの被害が出たのです。これ以上、被害者を増やすつもりですか?」

 飯田の言う通りだ。

 大学部の人間が、生き残っている保証がない。それに、リスクが高すぎる。行って、帰って来れるとは限らない。被害者が出ないとも言い切れる状況じゃない。

「……そう、だな。すまない。今の言葉は、忘れてくれ」

 なんとなく気不味くなって、飯田から視線を逸らす。

 間違ったことを言ったつもりはないが、少なくとも仲の良い友人を亡くしたばかりの飯田に対して、無神経過ぎた。

「悪い。飯田に話す内容じゃなかった」

「構いませんよ。色々と考えを巡らせるのが、谷崎生徒会会長殿のお仕事ですからね」

 俺の顔を覗き込むように腰を折ると、(あご)を掴まれて無理やり視線を合わされた。やっぱり、こいつは嫌味な奴だ!

「そんな可愛らしい顔をなさることもあるのですね」

「はぁっ!」

「ああ、言い忘れていました。周防部長が、こちらに来られるそうです」

 俺が、(あご)を掴む手を払いのける前に、飯田はサッと腕を引いた。執行部副部長の肩書は、伊達じゃない。こんな優男が弓道部の部長で、しかも合気道の有段者なのだから恐ろしい。

「谷崎生徒会会長殿が屋上にいらっしゃると話したら、すぐに行くと仰いました」 

 飯田は、何故か俺を見ながらクスクスと笑いだした。

「何が、可笑しいんだ?」

「これ以上、勝手に動き回るなら監視役を付けると」

「勝手に動き回るって…………俺は、小さな子供か?」

 ガックリと肩を落として座り込めば、隣で盛大に噴き出す音が聞こえた。仰ぎ見ると、口元を押さえ、肩を揺らしている飯田が目に映る。

「クククッ。確かに、谷崎生徒会会長殿は華奢であられますから」

「う、煩いっ。彰や飯田が、無駄にでか過ぎるだけの話だ!」

 二メートル近くある彰。それに、それほど背丈の変わらない飯田が追従する形で立てば、絵になる姿だ。

 情けないが、それは認める。俺と彰じゃ、どう見ても歳の離れた兄弟にしか見えない。

 未だに、肩を揺らす飯田を睨みつながら立ち上がり、そのまま踵を返した。

「おや、どちらに行かれるのですか?」

「気分を害した。俺は、自室へ帰る。彰には、飯田から話せ」

 無責任だと思うが、からかう飯田が悪い。

 そのまま、出口の扉へ向かうと――――。

「おいおい。俺が、只でお前を帰すと思ってんのか?」

 扉には、鬼と化した彰が寄り掛かっていた。

「彰、それ、どう聞いても不良やいじめっ子の台詞だ」

 彰が一歩踏み出す毎に、俺も一歩後退する。

「俺は、言うことを聞かなかった澪に、たっぷりお仕置きをするだけだ」

「お仕置きとか、変な言い方するな!」

 言った瞬間、いきなり彰の回し蹴りが、頭上を掠める。回し蹴りを避けると正拳突き。更に避ければ、足払いを掛けられる。本気でやる気かよ!

「ちょこまか、避けるな!」

「避けるに決まってるだろ!」

 こんなの喰らったら、怪我じゃすまない。吹っ飛ばされたら、屋上から転落死なんてこともあり得る。人並み外れた動体視力のお陰で避けられているが、反撃する隙を与えない彰に、思わず舌打ちをした。

 こうなったら、強行突破で屋内に入るしかない。次に回し蹴りが来たら、避けた勢いで、そのまま扉まで走ろう。

 それなのに――――。

「甘えんだよっ!」

「ぐっ!」

 一回で終わると思っていた回し蹴りが、連続で繰り出され、避けきれずに扉まで吹っ飛んだ。咄嗟に受け身を取り、扉との顔面衝突は避けられたものの……。

「げほっ……ぐっ……はっ……」

 背中を強く蹴られ、上手く呼吸が出来ない。その所為で、涙が滲む。そのまま、座り込みそうになると、彰に胸倉を掴まれ、無理やり立たされる。立つというより、持ち上げられているに近い。

「まだ寝るには、早いだろ?」

「あ……き……」

 返事をしようにも、呼吸が出来ないから声も出せない。

 持ち上げられている所為で、首も締まっている。苦しさで意識が朦朧(もうろう)としてきた。彰の腕を掴もうとするが、手にも力が入らない。

「やり過ぎですよ。周防部長」

 そんな俺に助け舟を出してくれたのは、意外にも飯田だった。

「谷崎生徒会会長殿は、周防部長の回し蹴りで背中を強打されて、呼吸が出来なくなっているようですが、よろしいんですか? このままだと、彼の意識、確実に落ちますよ?」

 俺の胸倉を掴んでいる彰の手を、飯田が外してくれた。そのまま、床に崩れ落ちて転がる。ゆっくりと深呼吸を繰り返し、少しは楽に呼吸が出来るようになった。

「……悪い。頭に血が上ってた」

 彰は、気不味そうに背中を摩ってくれている。

「昼過ぎ、食事を届けに澪の部屋へ行ったんだが、姿がなかった。まさか、屋上に居るとは思わなくて、ずっと寮内を探していた」

 ああ、それで監視役云々の話になったのか。どうやら、本当に心配させてしまったらしい。

「心配、させて……ごめん。携帯、使えないと……不便、だな」

 途切れ途切れに伝えると、彰の顔が少しだけ穏やかになった。


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