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Never give in ~俺たちは絶対に諦めない~  作者: 玄雅 幻
第二章 忍び寄る影 見えぬ先
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 会議室に居るのは、生徒会が俺と荒田、一般生徒が四人、執行部が飯田と彰。

 たった、八人。執行部の部員は、見張りに就いている。その部員たちを合わせても、たった十三人。


 会議の進行役で前に立ったのは、飯田と彰の二人。

 俺は、彰に言われるまま、最前列の席に座る。

「現在、執行部役員七名、生徒会役員六名が怪我を負い、第一鑑賞ホールへ隔離措置中です。一般生徒は、十二名が負傷。役員と同じく第一鑑賞ホールで、隔離措置中です。尚、生徒会役員一名が経過観察の為、第二鑑賞ホールへ隔離されています。第一・第第二鑑賞ホールは施錠してあるので、狂乱者・生きた屍……ゾンビとしての症状が発症しても問題はありません」

 飯田の話す現状を聞き、座っているというのに眩暈がした。

 狂乱者は、まだ理解できるが……。生きた屍、ゾンビなど現代社会で、在りえるのだろうか? 信じられない気持ちで飯田を見ていると、その隣に座る彰が口を開いた。

「見ていない者もいるだろうし、信じたくないという者もいるだろうが、飯田の話した内容が現実だ。狂ったように暴れ出す者、そして、明らかに死んでいると思われる人間が人間を襲っている。実際、俺も管理棟で襲われた。ただ、その時、遭遇した奴らは、非常に動きが鈍かった。他に、奴らの情報を持っている者は?」

 会議室が僅かに騒めく。

 死んだ人間が、動き回るなんて悪夢としか言いようがない。あまりの気持ち悪さに、俺は眉間を押さえて冷静を装った。

「私が、遭遇した者は、狂乱者でした」

「君は?」

「二年の秋月(あきづき) 華那です」

 彰の問に、はきはきと答える女子生徒。同じ学年だというのに見たことがなかった。

「遭遇した狂乱者の特徴を聞かせてもらえるか?」

「……目の充血。皮膚が赤黒く変色し、汗腺、涙腺、耳、鼻、口からの出血。神経の麻痺、意識の混濁こんだく、攻撃性の特化が見受けられました」

 想像するのもおぞましい。

 一瞬、国旗掲揚台に吊るされていた先生たちの姿が脳裏を過ぎり、小さく頭を振った。思い出せば、吐き気が襲ってくる。ちらりと見えた飯田や荒田の顔も、若干、青ざめていた。

「……ありがとう」

 彰は、短く礼を言って、俺の前まで歩いて来た。何かあっただろうか?

「管理棟のシステムコンピューターは、全て破壊されて修復は不可能だ。内部から外部へ、連絡手段は無い。門も閉じられている。役員寮を出れば、奴らの餌食だ。救助が来るまで籠城するか、大学部に助けを求めるかだが、……正直な話、大学側は襲われた後と考えるべきかもしれない。幸いにも、役員寮は堅牢な造りの上、寮母が休暇中で食糧の蓄えも十分にある。どうする、澪」

 どうすると聞かれても、現時点では逃げ出すことは、不可能だ。情報も少なすぎる。

「籠城するしか、他に手はなさそうだ」

 俺が籠城を告げると、会議は終了となった。

 あらかじめ、飯田と彰で話の内容を決めていたらしい。荒田は、一般生徒の女子三人と男子一人を空き部屋へ案内すると言って、席を外した。残されたのは、彰と飯田、俺の三人だけだ。

「澪は、部屋に戻って休んでろ。これは、命令だ」

「そんな命令、聞くつもりはない。大体、緊急事態なのに生徒会会長が休んでいられるか」

 只でさえ、二人に任せっ放しになっている。一番の責任者が仕事もせず、休んでいられるはずがない。

「今から、隔離された者たちを見に行く」

 最後に帰ってきた為、負傷者と会っていない。

 どれほどの負傷なのかも、会議中、飯田は話さなかった。彰だって、会議室で説明をすると了承したのに何も言おうとしない。

 席を離れ、会議室を出ようとすれば、何故か飯田に腕を掴まれた。

「谷崎生徒会会長殿、行っても無駄ですよ? もう、彼らに言葉は通じないのですから」

 は? 言葉が通じない?

 意味が解らなくて、飯田の顔を見上げれば、その顔がグニャリと歪んだ。

「ふっ……ふははははっ。そんなに知りたいですか? それなら、見てくればいいんですよ。それで、貴方が帰ってくるまでの間、僕たちがどんな思いをしたのか、知ればいいんです。どんな思いで、部長――」

「史哉!」

 彰から咎められるように怒鳴りつけられた飯田は、俺の腕を離すと、すがるような視線を彰へ向けた。俺は、そんな二人を見て、何も言えずに立ち尽くすしかない。

「何故、止めるんですか? 颯太や雄一は、避難してきた一般生徒に殺されたんですよ? 彼には、ここで起きた全てを知る義務がある筈なのに、どうして隠そうとするんです? 一番辛い役目を負わされたのは、部長なんですよ? どうして、リーダーである彼を責めないんですかっ!」

 避難してきた一般生徒に殺された? 颯太と雄一は、よく飯田と一緒に居た生徒だった。それが、何で……。それに、一番辛い役目って、何の話なんだ?

「俺だって、助けたかったさ。だが、手遅れだったんだ……。死なせてやるしか、なかった」

 泣き縋る飯田をそのままに、彰が呟いた。二人を会議室に残したまま、部屋からソッと出た。


 その足で、第一鑑賞ホールの管理室へ向かう。

 鑑賞ホール自体の入口は施錠されているだろうが、管理室の鍵は開いているかもしれない。だが、管理室の鍵も施錠されていた。二十人以上が隔離されているというのに、音ひとつ聞こえてこない。

 仕方なく、来た道を帰る。防壁で締め切られた建物内は、蛍光灯の灯りだけが頼りだ。お世辞にも明るいとは言えない。


「……彰が、始末した」

 ぽつりと呟く。

 漸く、二人の会話を理解することが出来た。

 第一鑑賞ホールに隔離された生徒たちを、本当の意味での死者へ戻すために、彰が手を下した。飯田が言いたかったのは、そういうことなんだろう。

「だから、言葉が通じない……か」

 確かに、死者に言葉は通じない。

 カツン、カツンと靴音が響く階段。降り切った踊り場の観葉樹の裏に、ひっそりと隠された血塗れの木刀。

 手に取れば、手元に周防と文字が彫ってあるのを見つけて、小さく溜息を吐く。どうやら、俺の考えが正解らしい。


 今朝までは、日常が続くと思っていた。明日は、彰と鍛錬しようとか、今日の議題は、文化祭の警備についてだとか、新しく入荷する参考書のことだとか……。

 それが、全て遠い昔のように思えてならなかった。もう、……昨日までの日常に戻れない気がした。


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