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Never give in ~俺たちは絶対に諦めない~  作者: 玄雅 幻
第二章 忍び寄る影 見えぬ先
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「…………」

 (しばら)くの間、呆然とトイレに座り込んでいた。どこかに、先生を殺した人間が潜んでいるのかと思うと怖くて、なかなか立ち上がれなかった。

 なんで、誰が、何の目的で。色々と考えているうちに、何かが俺の頭の中で引っ掛かる。

「荒田や彰は、何でアレに気づかなかったんだ?」

 高等部から出るにしても、入るにしても、国旗掲揚台は見える位置にある。運動場を通らなければ、高等部の敷地から出ることが出来ない。いくら慌てていたとしても、気づかないというのは怪訝(けげん)だ。彰にしても、気づけば引き返しているだろう。

「彰が通り過ぎてから、吊り下げられたのか?」

 彰が役員寮を出てのが、俺より十分程度前になる。途中で止まった時間まで合わせて、三十分弱の差があったはずだ。どこで先生たちを殺害したかも問題になるが、それを抜きにして考えれば可能だろうか?

「……可能と言えば、可能だけど」

 ただし、一人では、時間的にアウトだ。松崎先生は女性で細身だが、岡野先生と警備員は男性。しかも、警備員は太めの男性だから、ロープで吊り下げるとなれば、かなりの力が必要になる。ただ持ち上げるのと、力の入れ様が違う。一人で、それだけのことが出来る人間が居るのだろうか?

「想像の域を出ないな。複数と考えるのが、妥当かもしれない」

 複数の人間ならば、時間的にも……。待てよ。俺が見た時、アレは、どうなっていた?

「風が無いのに……揺れて……?」

 これ以上は、考えるな。そう思うのに、思考は止まってくれない。

「まさか、吊り下げられたばかりだったのか?」

 自分で導き出した答えにゾッとする。もし、それが正しければ近くに犯人が居たということだ。

 腕時計を見れば、十時半前。一時間近く、経っていた。もし、犯人が気づいていたのなら、追ってきて殺されているだろう。俺が殺されなかったのは、単に気づかれなかっただけなのか、殺す必要がないと思われたのか。それとも、他に標的が……。そこまで考えて、ハッとなった。

 俺は、荒田に何と指示を出した?

「避難の誘導!」

 いくら執行部の生徒でも、常軌を逸脱した殺し方をする殺人犯の相手は、無理だ。あんなの尋常な人間が為せるものじゃない。

 考えるより先に、走り出していた。特別教室棟を飛び出して、運動場脇に出る。ここからも国旗掲揚台に吊るされた先生たちの痛ましい姿が見えて、思わず足が竦む。内心、怖くて仕方がない。逃げ出したい。それでも、俺が出した指示の所為で、荒田たちが死ぬのは嫌だった。


 職員棟を抜けると、図書館がある。図書館が見えれば、役員寮まで五分程度だ。しかし、そこで足を止めた。微かに、人の声が聞こえたような気がしたからだ。

 聞こえた方向に忍び足で近寄っていく。体育館と寮を遮るフェンスの間。この先にあるのは、倉庫だけ。近づくと、聞こえてきた声に覚えがあった。

「執行部と一緒とか、本気で信じらんないし。荒田ってば、優等生ぶって、ふざけるなって感じよね」

 声の持ち主は、生徒会役員の斉藤(さいとう) 真紀(だった。

「大体、なんで真紀が、一般生徒を避難させなきゃならないのよ? そんなの真紀の仕事なんかじゃない。真紀は、守られるのが当たり前なのに!」

 それが、本音か。斉藤は、前総理大臣の孫というだけで役員に選ばれた。言わば、身内の七光り。

 実際、荒田に比べたら、仕事もしないで取り巻き連中と……って、今は、そんなことに拘っている暇はない。

「斉藤。こんなところで何をしている? 俺は一般生徒の避難をするよう指示を出したはず。避難が済んだなら、役員寮へ帰れ!」

 ただでさえ常軌を逸脱したことが起きているのに、斉藤の我が儘に付き合っていられない。それに、何故一人なんだ?

「執行部の生徒は、どこに居る?」

「か、会長! え、えっと、そのぉ……」

 両手を合わせ、上目遣いで俺を見ながら躰をくねらせる斉藤に、虫唾(むしず)が走った。一体、何を考えているんだか理解できない。

「早く言え!」

「ヒッ! ご、ごめんなさいぃ。真紀、途中で怖くなってぇ、逃げて来たんですぅ。真紀ってお嬢様育ちだからぁ、他人を守れって言われてもどうすればいいのか知らないしぃ……。だから、どこに居るのか知らないんですぅ」

 益々、躰をくねらせ、言い訳を始める斉藤を掴み走り出す。こんなところで、時間の浪費をしてたまるか!


 役員寮へ辿り着くと、約束通り飯田が屋上に居た。否、飯田だけじゃない。他の執行部の生徒が辺りを警戒するように見張っている。そして、飯田の隣には荒田の姿もあった。

 戻ってきた俺に気づいたのか、飯田が手を振り、何かを放り投げた。慌てて落とさないようにキャッチすると、それは小型の携帯無線機だった。よく見ると、電源も入っている。

「これで会話するってことか?」

 イヤホンとマイクを装着して、屋上を見上げれば――――。

「バカ野郎っ。どこ行ってやがった!」

 彰の怒鳴り声に、思わずイヤホンを外してしまった。それでも、声が聞こえてくる。音声のつまみが最大を示しているところを見れば、余程怒っているのかもしれない。とりあえず、無事が確認できて良かった。

「悪かった。少し問題が起きて、帰るのが遅れた。避難が済んだのか、確認をしたい」

 斉藤が居ることもあり、声音を変えず普段通りに会話する。それだけで、彰にも状況が伝わったらしい。彰も声のトーンを落としてくれた。

「ああ。避難は、完了済みだ。だが、生徒会役員の斉藤が、執行部の役員が襲われている間に逃げ出して、行方不明になったと報告を受けている」

 襲われただと!

 驚いて後ろを振り返り、斉藤を見る。しかし、会話が聞こえていない所為か、首を傾げるだけだった。

「その生徒は、無事なのか?」

 今は、斉藤の話を聞くより、執行部の部員の安否が先だ。

「……ちゃんと帰ってきた。彼女が逃げ出したお蔭で、相沢も逃げる隙を見つけられたと話していたが、その後、斉藤と合流することが出来なかったと本人から聞いている」

「そうか。……斉藤は、俺と一緒に居る。迷惑を掛けた。すまない。後から相沢にも謝らせてくれ」

 斉藤が逃げ出したことが起死回生に繋がったのなら、それでいい。勿論、逃げ出した後で、相沢という生徒を探さなかった斉藤に非がある。そう考えて、謝罪を言ったが返事が帰って来なかった。

「彰?」

「…………ああ。今、史哉が玄関を開ける。話は中に入ってからだ」

 長い沈黙の理由を聞かされないまま、俺たちは飯田が玄関を開けてくれるのを待っていた。


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