三 周防 彰
澪が、そんなことになっていると知らなかった俺は、同じ頃、管理棟に辿り着いていた。確かに、荒田の言った通り、門が閉じられている。
ただ、人は居た。まあ、人と呼べるのかは、随分と難しいが。
「こいつら、どうなってやがる?」
俺の前には、管理棟の事務員だった者たちや、白衣を纏った研究員だった者たちが、立ち塞がっている。過去形なのは、理由がある。
「う……がぁ……」
様子を見る限り、こいつらは、もう正常な人間じゃねえってことだ。まあ、まず、どう見ても死んでるなと思える連中まで動いてやがる。それ自体が、異常だ。
目が、白濁としている奴。充血したのか、真っ赤な奴も居る。腕を前に突出し、ぽっかりと空けた口からは唾液が流れ落ちているが、気にする様子も無い。中には、足や腕が折れて、変な方向に曲がっている奴も居るが、痛がる様子は皆無。そして、糞尿の汚臭と肉の腐ったような腐臭を撒き散らしている。まるで、半世紀前に流行ったというゾンビ映画のようだ。
「そんなバカなこと、あってたまるかよ」
自分の考えを否定してみるが、現状は変わらない。
実際、死なない程度に怪我を負わせても、叫び声ひとつ立てない。何度、蹴り倒しても、無言で立ち上がってくる。
しかし、昔、お袋に無理やり見せられたゾンビ映画と違う点もあった。どうやら、死んだ人間だけ……というわけじゃないらしい。ちゃんと呼吸をしている奴が、チラホラと混ざっている。
どちらも襲い掛かってくるが、動作は極めて遅いし鈍い。
状態的には、殆どゾンビと同じだ。よく見て行動すれば、逃げることも可能だろう。
「こんなところで、足止めされるわけにいかねえんだよっ!」
殺しちゃ不味いと思って力を抜いていたが、こいつらの餌になるつもりは毛頭無い。手に持っていた木刀で首筋を穿つ。どす黒く変色した血液が、辺りに飛び散ったが、気にしていられない。映画と同じなら、弱点は首から上の筈だ。
案の定、あっさりと地面に崩れ落ちた。
「来いよ。全員、始末してやる」
どこから湧いたのか、最初の倍ぐらいの人数に増えている。そいつらに、宣言すれば、束になって押し寄せてきた。
「げ……マジかよ」
流石に、木刀じゃ不味い。辺りを見回して武器として使えそうな物を探す。
梯子は……後から使えそうだから却下だな。一輪車じゃ、役に立ちそうにない。スコップも使えそうだが、大量に始末するには骨が折れそうだ。さっと見回して、材木で作られた新品の生け垣が壁に立てかけてあるのが目に入った。
「これだ!」
木刀を壁に立て掛け、代わりに巨大な生け垣を持つ。ちょうど木材の先が杭のようになっていて、都合がよかった。
歩いてくる奴らに、ダンベル上げの要領で持ち上げた生け垣を投げつければ、思い通りに倒すことに成功した。当て損ねて、近寄ってきた連中は、木刀で穿つ。気持ちの良い作業じゃないが、生き残るために仕方がないと、割り切ることにした。すでに、俺の周りは死体だらけだ。
生け垣の当たり所が悪くて、真っ二つに身体が千切れた死体もある。穿つ間がなくて、頭を薙ぎ払った奴は、頭骨が割れて脳を撒き散らし倒れた。
それを延々と繰り返して、最後の一人を始末する。
「これで……終わりか?」
完全な死体と成り果てた者たちに、一礼した。少なくとも数人、見知った顔があった。剣道部の先輩、管理棟の事務員。門の守衛、古株の警備員。
「……すみません」
俺は顔を上げると、そのまま管理棟の室内に踏み込んだ。受付を通り過ぎ、二階へ駆け上がり、管理室へ入る。案の定、学院内のシステムコンピューターの画面が、エラー画面に切り替わっていた。そして、コントロールパネルへ視線を移し、舌打ちする。
「くそっ。壊されてやがる」
コントロールパネルの蓋が抉じ開けられ、配線が毟られている。
これじゃ修理の仕様がない。
ガツンとコントロールパネルの残骸を殴り、目の前にあった椅子を蹴飛ばした。
「役に立たねぇ連中だな。ったく、何のための警備員だか、分からねぇぜ」
コントロールパネルが破壊されてしまえば、システムコンピューターを再起動させることは不可能に近い。再起動させるとなれば、警備会社に連絡を取る必要がある。
「連絡手段は、なし……か」
電気・水道・ガス。ライフラインは正常に機能しているが、インターネット、電話回線、携帯電話、全ての連絡手段が封じられている。
「目的は、外部との遮断か?」
門が閉じてしまった時点で、学院内に居る人間は外に出られない。勿論、そうなる前に警備員が本社へ連絡を取るはずだが、システムコンピューターの状態を見る限り、それも絶望的だろう。
そして、何より外に居た連中……。奴らが、他にも居るとなれば厄介だ。何故、あんな状態になったのかも分かっていない。
「……アレを取ったら、一度帰るしかないな」
俺は、考えを纏めると管理室を出て、三階にある文書管理室へ向かった。