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Never give in ~俺たちは絶対に諦めない~  作者: 玄雅 幻
第一章 閉ざされた門
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 国立成徳学院は、関東地区の山間部に設立された巨大な学校だ。

 学院は、中等部・高等部・大学部・大学院と一貫教育で、文武両道を謳い『明朗活発で徳のある人材の育成』を掲げているが、それが表向きの謳い文句であるということを、学院の人間なら誰しも知っている。

 要は、中央政府に楯突くことのない従順な人材を育成する為の学校……否、機関だ。故に、学院の学生は、強制的に入寮させられる(バスが週末に一往復便だけだから、車を所有してない限り、通うこと自体が不可能)。中等部と高等部の学生が外出許可を申請して受理されるのは、長期休暇の時期と身内に不幸があった時ぐらいだ。


 そして、今が、その時期に当たる夏休み。しかも、お盆となれば、学院に残っているのは、少数だ。大学部や大学院関係の学生や教授を見かけることは、多々ある。しかし、中等部は生徒だけでなく教師も残って居ないらしく、フェンスが完全に閉められていた。偶に、警備員が鍵を開けて入っていくのを見るくらいだ。


 高等部に在籍している俺、谷崎(たにざき) (みお)も、そんな少数の一人だった。

「はぁ。もう、八時半か……」

 夢見が悪い日は、動きたくない。それが、正直な気持ちだ。


 中等部の頃から、夢に魘された挙句、休むことが多くなった。それほどに体力を奪われるのかと問われれば何も言えなくなるのだが、体調が悪くなるのは事実だ。血圧が下がるし、一日中眩暈がする。酷い時には、耳鳴りがして吐き気に襲われる。

 そういう日に限って、悪いことばかり起こる。だから、出来ることなら、予定を全てキャンセルしてしまいたかった。

「……仕方ない、か」

 個人的な予定なら、相手に謝ってキャンセルすれば済む。しかし、それが生徒会と執行部の合同ミーティングとなれば、そういうわけにいかない。

 俺は、休むことを諦めてベッドから降りると支度を始めた。



「おい、澪。朝練、休むなら連絡ぐらい入れろ」

 制服に着替え、一階にある食堂へ入る。

 すると朝食の準備を済ませた周防 彰(すおうあきら)に声を掛けられた。

「おはよう、彰。今朝は、ごめん。気分が優れなくて行けなかった」

 言い訳がましくて、多少後ろめたい気持ちになるが、嘘を言っているわけじゃない。

 彰は、中等部時代に入部した剣道部で出会った。俺の素を知る、唯一の友人だ。

「明日は、一緒に鍛錬す――」

「気分が悪いなら、休んでなきゃ駄目だろうが!」

 俺の言葉を遮り、手に持っていたトレイを投げつけるようにテーブルへ置くと、凄い剣幕で歩いてくる。

 うん。相変わらず、彰は過保護だね。

 俺の体調が少しでも悪いと、すぐベッドへ連行する。拒否すれば、無理やり連行される。しかも、横抱き。所謂、お姫様抱っこと呼ばれるアレで、強制連行だ。

 二メートル近い背丈と鍛えられた肉体を持つ彰に逆らうのは、不可能なんだ。俺の身長は、平均以下だし、いくら鍛えても細身のままなんだ。筋肉バカに適う筈がない。おかげで、中等部時代から、あらぬ疑いや噂を立てられ――――。そして、諦めた。開き直ったとも言うが。

 遠い目をしていると、いつの間にか彰が目の前まで来ていた。これは、不味い。

「もう、平気だよ。それに、今日は休めないって、彰だって知ってるだろ?」

 お互い、生徒会と執行部の長を務めている。

 彰も、今日の合同ミーティングの重要性を理解していると思っての発言だったが――。

「まだ、夏休みは残っている。合同ミーティングは、日を改めればいいだろ。今は、お前の体調のほうが大事だってことが、何故分からない?」

 いや、待て。俺は、平気だと言ったよな? まぁ、実際には、大丈夫でもないんだが、体調管理が出来ていない俺が悪いんであって、周りに迷惑かけられないだろ。しかも、また誤解を招くような言葉を使ってるし!

 俺の腕を引いて食堂から出ようとする彰に、目の前にあったドアにしがみついて抗議の視線を向ける。悔しいことに、未だ体格で圧倒的に負けている俺は、睨み上げるしかない。

「…………」

「…………」

 互いに無言。五年に及ぶ付き合いで、彰には無言の抗議が一番有効だと知った。喚いても、殴っても、抱き上げられてしまうのがオチなだけ。睨み続けていると、彰が大きな溜息を吐いて腕を掴んでいた手の力を緩めた。

「……はぁ。本当に無理してないだろうな?」

 無理は、している。だけど、それを言ってしまえば、自室に強制連行されるから、絶対に言わない。しかし、同じ年の筈なのに、子ども扱いは酷いんじゃないか? そんな気がして、ムッとなる。毎度のことだと解っていても、やっぱり腹が立つ。

「何度も言わせるな。平気だと言ってる」

 冷静を装って言い切れば、徐に腕を離した。それでも、傍から離れようとしないことに気づいて、今度は俺が溜息を吐いた。

「彰は心配し過ぎなんだ。俺が何のために鍛錬を続けていると思っている? 今朝は、少し調子が悪かっただけで、今は平気だと言っただろう。俺のことはいいから、早く朝食を取って、その胴着を着替えてこい。執行部部長を務める者が、合同ミーティングに遅刻するつもりか?」

 思わず命令口調になって、気まずさから視線を逸らす。心配してくれている彰に、こういう態度をとってしまう自分自身が腹立たしい。

 逸らした視線を床へ向けると、頭をコンと小突かれた。

「そんな顔するな。お前は高等部のリーダーなんだ。堂々と命令すればいい」

 どんな顔だよ。大体、堂々と命令って……。どれだけ俺様なリーダーなんだよ? 絶対に違うだろ。

「……どうしても具合が悪い時は、ちゃんと話す」

「ああ、ちゃんと言ってくれ。気が、気でねえし。じゃあ、俺は先に飯を食ってくる。腹が減りすぎて、いざという時、体が動かねえと洒落にならねぇからな」

 捻くれた言い方しかできない俺に、彰はニッと笑って答えてくれる。いつの間にか、俺も自然と笑顔になっていた。


 彰が食事を摂り始めるのを見届けて、厨房へ向かう。普段は寮母が食事の支度をしてくれるが、その寮母も盆休みで不在中だ。その期間は、各々で食事を作って食べることになっている。

 休暇に入る前日。一週間分の食材を調達しておいたと、寮母長の寺田さんから説明を受けた。

 大型冷蔵庫の扉を開ければ、これでもかと言わんばかりに詰め込まれていて、少し引いてしまった。

 一週間で、こんなに大量の食材を使い切るのは、不可能だと思うのだが……。きっと、寺田さんなりの配慮なのだと考え、必要な分だけ取り出した。

 食パンとバター、そして、牛乳。

 極めて簡単なメニュー。トーストした食パンに薄くバターを塗って、コップに牛乳を注げば出来上がり。これなら、態々テーブルに運んで食べる必要がない。

 行儀は悪いだろうが、誰かが見ているわけでもないので、厨房で食することに決めた。

 食パンを無理やり押し込んでは、牛乳で押し流す。それを五回ほど繰り返して、無事に食事を済ませた。夢を見た日は、こうでもしなければ食事を摂ることが出来ない。俺は、未だ口内に残っている食パンを咀嚼(そしゃく)しながら、後片付けを始めた。

 ヤバい。気を抜けば、リバースしてしまいそうだ。それは、非常によろしくない。


 止まない吐き気と戦いながら後片づけを済ませ、厨房から出ると、完食された食器を残したまま彰の姿が消えていた。そして、その場所に一人の女子生徒が居る。

「おはようございます、谷崎会長」

 俺が厨房から出て来たことに気付いた女子生徒、荒田(あらた) 幸江(さちえ)が駆け寄ってくる。荒田の顔色は、見るからに悪い。

「おはよう。顔色が悪いようだが、何か問題でも起きたのか?」

 彰と話す時よりワンオクターブ程、声音が下がる。

 荒田が良い奴だということは十分解かっているが、俺は未だに気を許すことが出来ずにいた。

「岡野先生の姿が、高等部内のどこを探しても見つかりません。携帯に連絡をしても留守番サービスに転送されてしまいます。外出されたのかと駐車場へ車の確認に行ったのですが、そしたら……」

 何時もなら、饒舌(じょうぜつ)とも呼べる荒田の歯切れが、やけに悪い。そんなことを考え、報告を聞いていると男子生徒が食堂へ入ってきた。

「おはようございます、谷崎生徒会会長殿。随分と遅い朝食なんですね。まさか、合同ミーティングがある日だというのに重役出勤なさるおつもりですか? それとも、高等部のマドンナと称される荒田女史と食堂で逢引きをされていらっしゃるのでしょうか? どちらにせよ、生徒会会長殿自らが、風紀を乱すような真似をなさるのは、如何なことかと思いますが?」

 ああ、ややこしい奴が来た。飯田(いいだ) 史哉(ふみや)、執行部副部長で、俺だけに慇懃無礼な態度を取り、妙な言い掛かりをつけてくる。

 元々、生徒会と執行部は対立していたし、その仲も非常に悪かった。例年通りなら、それが当たり前の姿と見ていい。ただ、今年は俺と彰がトップに立った。

いくら長年の悪弊(あくへい)があろうと、俺と彰は互いを親友と呼ぶ間柄だ。諍いが起こるはずもない。

 しかし、飯田は俺にだけ、こういう態度を崩さなかった。

「荒田、報告を続けろ」

 飯田の言い掛かりより、荒田の話を優先させる。一瞬、戸惑った素振りを見せた荒田も、すぐに報告を再開させた。

「岡野先生の車は、駐車場にあることを確認しました。ただ、岡野先生の所在を訊ける相手が誰も居ないんです。常駐の警備員も養護教諭の松崎先生も、いらっしゃいませんでした。異常事態だと思い、管理棟の警備員へ連絡をしようと向かったのですが、そうしたら、管理棟にも誰も居なくて。それに、門が……」

 荒田の声が震えている。俺は、黙って荒田の言葉を待った。

「門が、閉じていたんですっ」

 隣で聞いていた飯田も、荒田の報告を聞いて顔色が変わった。それだけ、重大な事態に陥っていた。

「荒田、門が閉じていたのは、確かなんだな?」

 確認の為に尋ねれば、荒田は強く頷く。門が閉まる。それは、この学院内、若しくは外部で非常事態が起きているということだ。

「荒田は、生徒会役員を集めて、一般寮に残っている生徒を速やかに役員寮へ誘導、避難させろ。何があるか判らないから、放送は使うな。飯田は、執行部部員を集めて二階、三階の防壁を下ろし、鍵の確認をするんだ」

「なんで、僕が貴方の言うことを聞かなきゃならないんです?」

 こんな時まで、それかっ!

「ふざけるなっ。荒田の話を聞いていただろうが! 非常事態に、生徒会だの執行部だの争ってる場合か!」

 この馬鹿は、そんなことも、判らないのか!

 飯田は、俺が怒鳴りつけると目を見開いて固まっている。荒田は、偶に見ている所為か、至って普通だった。

「荒田。ここに、彰。……周防執行部部長が居た筈なんだが、どこに行ったか知らないか?」

 食事の後片付けをせずに、どこかへ行く男じゃない。何か理由があるはずだ。

「谷崎会長に話した内容を、周防執行部部長にも話しました。そしたら、突然飛び出されてしまって……。どこに行くのか尋ねる時間もありませんでした。十分ほど前です」

 十分ということは、俺が厨房へ入って、すぐということになる。

「そうか。ありがとう」

 先生が居ないことも問題だったが、それよりも門が閉じたことの方が重大だ。きっと、彰も同じことを考えて行動しているはず。そうなると向かう先は、一ヶ所しかない。管理棟だ。

「俺は、周防執行部部長を追う。もしもの事があってはならない。俺や周防執行部部長が帰って来なくても、生徒の避難が済み次第、役員寮の入口を閉じろ」

「そんな! 谷崎会長や周防執行部部長はどうなさるつもりなんですか!」

 荒田が反論してくるが、当たり前の処置だ。ここに残る生徒全員を危険に晒す訳にいかない。

「僕が、一人で防壁を下します。僕以外の執行部部員は、生徒会役員の護衛に付かせましょう」

 今まで沈黙したまま、話を聞いていた飯田が口を開いた。

「一人で、可能なのか?」

「甘く見ないでください。僕だけで、十分為せます。それから、勘違いをしないでくださいね? 執行部の生徒も一緒の方が、一般生徒を安全に避難させられると考えてのことです。生徒会の生徒と違って、執行部の生徒は武道を習得していますから、もし危険人物と遭遇しても対応できますからね。そして、生徒全員の避難が終わり次第、他の部員も使って屋上から危険人物が近寄ってきていないか見張りをしましょう。あくまでも、見張りですよ? 貴方の為じゃありません。生徒全員の安全確保の為です」

 飯田は、にっこりと笑みを浮かべると優雅に歩いて食堂を出て行ってしまった。俺の為じゃなくても、動く気持ちになってくれたことが有り難い。

「谷崎会長。……本当に行かれるのですか?」

「ああ、行く。何が起きているのか分からない状況だ。最悪、救助が来るまで籠城することになるかもしれない。ちゃんと執行部と連携するよう荒田から皆にも伝えてくれ」

 荒田に伝えるべき言葉を言って、俺も食堂から飛び出した。


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