十七
一階に下りて、地下倉庫へ三人を案内する。反応は、其々違ったが武器になりそうな物を物色していた。
史哉は、俺が考えた通り、弓をクロスボウに持ち替えている。そして、秋月と二人で予備の矢を探しているようだ。彰は、その奥で薙刀を見ている。
「こんな所にあったんだな」
「図書館の地下倉庫には、何が置いてあるんだ?」
「あー。廃部になった文化部の機材が置いてあるが、使えそうな物はねえな」
俺が役員寮の鍵を持つように、彰は図書館の鍵を持っている。そのどちらも地下倉庫の鍵だ。
「図書館の地下倉庫は、湿気が多いか物が置けねえんだよ。置いても、すぐに痛むからな」
湿気が多い? 確かに地下だから湿気があっても不思議じゃない。しかし、役員寮の地下は、湿気が多くて物が傷むというほどではなかった。そんなに湿気が酷いのだろうか?
「薙刀は、長過ぎんな。狭いところじゃ、邪魔になりそうだ。ん……? これは?」
俺が考え込んでいる間に薙刀の束を退かしていた彰が山積みになっている木箱を見つけ出していた。その木箱ひとつひとつに焼印が押されている。
「見たことが無い。開けてみれば?」
頷いた彰が、木箱を手に取り開くと布に包まれた木刀が姿を現した。よくよく見れば、全て同じ物だ。
「……まとめ買いでもしたのか?」
「俺も此処に入ったのは三度しかないから、何が置いてあるかは、ほとんど知らないんだ」
ただ、この木刀が昼食後に取った木刀と同じ物だということだけ。その間にも、彰が他の木箱を開けて木刀を取り出していく。
「そんなに持って行くのか? 邪魔になるんじゃ……」
「いや。案外、折れやすいからな。お前も予備を持って行った方が良い」
「折れやすいのか?」
疑問に思いつつ、手渡された木刀を持って入口へ視線を向けると、探し物を済ませた史哉と秋月さんが立ち話をしていた。
「そろそろ、次へ行こうか」
未だ木箱の中身を取り出し続ける彰に声を掛ける。まだ準備しなければならない物が幾つか残っていた。確かに武器は重要だが、武器探しばかりに時間を割く訳にいかない。次という俺の言葉に、彰は取り出した木刀全てを棚に置かれていたロープで縛り、小脇に抱えて立ち上がった。
「待たせて悪かった」
地下倉庫の出入口に佇む二人に声を掛け、後ろの彰へ振り返る。いつの間に物色したのか、木刀以外の物も彰の手に握られていた。
「……それ、買ったままで電池切れてるのがあると思う」
袋に詰められているのは、大量の防犯ベル。なんであるのかは知らないが、埃が被っているところを見ると、かなり前に購入したのだろう。
「マジかよ。使えると思ったんだがな」
その言葉に溜息を吐き、防犯ベルを手に取る。この乾電池なら、備品室に買いだめしてあったはずだ。
「後で備品室から乾電池を取ってくる」
「おう。頼む」
「ああ」
ニカッと笑う彰に返事を返しながら、地下倉庫の鍵を閉める。次は、医務室か。
「史哉、木刀使わねえのか?」
「木刀を使おうと思ったんですが、彰と澪が居るので近距離攻撃は二人に任せます。僕は、遠距離攻撃も出来ますからね」
背後から聞こえてきた内容に振り返ると、史哉と目が合った。
「ああ。なるほどな。まあ、そっちの方が無難か。澪のカバーは俺がする。史哉は、彼奴のカバーをしてくれ」
「ええ。それが理想の形でしょうね」
とんとん拍子に決められていく話に、思わず逡巡してしまう。
「……史哉も剣道を習っていたのか?」
「いいえ。剣道は授業で習った程度ですよ。祖父が居合の道場を開いていたので、そちらは少しばかり習いましたが、まあ、かじった程度です」
「嘘つくんじゃねえ。ガキの頃から中等部までやってたんだろうが。てめえのは、かじったじゃなくて、食っただ!」
「それを言うなら、彰も同じですよ。武術は網羅しているでしょう?」
そ、そうか。史哉は弓道だけじゃなく、居合も出来るのか。確か、空手も嗜んでいるようなことを彰から聞いた気がする。それに、彰も武術を網羅していたのか。中等部から始めた俺が敵うような相手じゃなかったんだな。
執行部の部員が各々武術を嗜んでいることは知っていたが、彰や史哉が他の部員に比べて卓越した技能を身に着けていたことに、唯々、驚くばかりだった。
呆けていると史哉に先を促され、医務室へ向かった。そこでは、史哉に医薬品の説明を受けながら少量ずつ平等に分け合う。史哉に任せる案も出たが『万が一、離れ離れになった時が困る』と史哉が拒んだ。同じ理由で、食堂でも各々に食料を配っていく。
「こんな物、寮母さんに頼んでたのか?」
俺が配っているのは、所謂、栄養補助食品と呼ばれる物。
「いや。これは、災害時用に確保してあったんだ。これも、持って行った方が良い」
段ボールから取り出したのは、チョコバーやキャラメル。
「カロリーが高いから少量でもエネルギーを補給できるらしい」
「僕は甘いものが苦手なんですが……仕方ありませんね」
「飲料水もあるのかしら?」
「ああ。それなら、この段ボール箱に入っている」
厨房の奥にあるストックルームには、食料品が処狭しに並べられている。これは生徒会の仕事で、三ヶ月に一度、賞味期限のチェックをすることになっていた。だから、どこに何が置いてあるか把握している。
「タブレットタイプの補助食品が欲しいなら、この箱に入ってる」
「何でもあるんだな」
「前は、少なかった。ただ、荒田が災害時は何が起こるか分からないと言って量と種類を増やしたんだ。好き嫌いもあるだろうって、言ってたな」
「こちらは、何ですか?」
史哉が開けた段ボール箱。それは、火を使わず水やお湯で炊けるご飯だった。ライフラインが途切れたら飲料水も節約しなければならない。そう言って、これを勧められた。言い出したのは、斉藤だ。荒田と二人で色々と吟味していた気がする。こっちの方が美味しいとか、長期保存が利くとか、値段の割に栄養価が低いだとか……。態々、生徒会室まで持ち込んで、他の役員まで巻き込んで。
「……しっかり者の荒田らしいな」
「そうですね」
「…………」
違う。それは、荒田じゃないんだ。斉藤なんだ。その一言が言えなくて。
「……俺、何か作るから。準備が終わったら食堂に居てくれ」
その場を離れる口実を言って、厨房へ戻り目頭を押さえた。寮の中は、死んでしまった仲間たちとの思い出に溢れている。この厨房の設備だって、会計の田原が古すぎる設備の所為で電気代が無駄になっていると言い出して、今年度買い換えたばかりだった。
「っ……」
必死に堪えているのに、頬を涙が伝っていく。
斉藤だって、馬鹿で嫌な奴だったけど、死んでいい筈の人間じゃない。それなのに……それなのに、俺は……!
冷蔵庫から食材を取り出して夕食の準備をしながら、呪文のようにごめんと呟き続けるしかなかった。