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十六

 扉を破られれば、今まで見た生きた屍以上に厄介な何者かが来る。その前に、いつでも脱出できるように支度をしなければならない。

 秋月の話を詳しく聞きたかったが、それよりも準備を優先させることになった。

「必要なのは、医療品と食料品でしょうか?」

「武器も要るだろ」

「っ……」

 彰の発言に息を飲む。こんな状況だから仕方がないと解っていても、動揺してしまう。視線を感じて頭を上げると、彰が俺を見ていた。その目には、もう戸惑いは見られない。

「携帯電話や充電器、懐中電灯も準備しておいた方がいいかもしれませんね」

 史哉の発案で、荷物を入れるリュックが必要だと、各々の部屋を回ることになった。まずは、ここから一番近い史哉の部屋だ。

「すぐに準備します」

 史哉の部屋へ着くと、彰、秋月、俺の三人は入口で見張りに立つことにした。

「……なあ、彰。襲われたら、何処に逃げる? 役員寮以上に、安全な場所って学院にあるか?」

「安全な場所……か。学院内には無い、だろうな。図書館も同じ造りだが、屋上に出る扉がない。その上、防壁が下りてない分、ここよりも危険だ。校舎は、ガラスを割られれば終りだから、避けた方がいい。そうなると、安全な場所なんてねえな」

 彰も、これからのことを考えている様子だ。逃げられる場所や安全な場所が確保できない。それが、余計に、俺たちの不安を(あお)る。

 せめて、被害が拡大する前に、外部へ救助を求められていたら違っていたのかもしれない。

 しかし、今の状態で外部と連絡が取れたとしても、救助を求めるのは難しい。救助に来る人間が襲われたなら、感染は学院の外へ拡大してしまう。

 それこそ、瞬く間に日本中へ広がってしまうだろう。

そうかといって、俺たちだけで殲滅できるような人数でもない。まして、得体のしれない化け物まで現れたのだから、不可能だと言わざる得ない。いくら考えても、突破口が見つからない。

「…………」

「ま、今は、準備に専念しようぜ」

  彰も同じように悩んでいるはずなのに、俺を励まそうとしてくれる。そんな彰の気遣いが、正直とても辛かった。



 史哉が支度を済ませると、今度は彰の部屋へ行き、史哉、秋月、俺が見張りをする。隣に立つ史哉の手には、やはり弓が握られていた。

「史哉も……戦うのか?」

「ええ。勿論、率先して戦うつもりはありませんがね。きっと、彼女も同じだと思いますよ」

 彼女と言われて振り向けば、手荷物から何かを取り出そうとしている。そういえば、避難した時から随分と大きなバッグを持っていたような気がする。

「それは……」

「クロスボウですか?」

「そうよ。矢の予備は少ないけど、何も無いより良いでしょ? それに、女子だから守ってもらえるなんて考えは、持ち合わせていないの。私は、戦えるもの」

「そう、か」

 みんなに戦わせたくなかった。しかも、女子生徒にまで武器を持たせるなんてこと、させたくなかった。

 だけど、それは俺のエゴでしかない。これが、二人の意思ならば仕方がない。

「澪、そんな辛そうな顔しないでください。僕は執行部副部長ですから、元から戦う意思がありました。武器を持ったのは、彼女の意思です」

「相手が人間でも、か?」

 生きた屍。人間であるのに変わりはない。

「ええ。僕は、まだ死にたくありませんから」

「…………」

「澪。こんな時に言うのは卑怯かもしれませんが、かなり前から澪と友人になりたかったんですよ。彰が楽しそうに澪の話をするのを聞いているうちに、僕も素の澪を知りたいと思うようになりました。だけど、どんなに近づいても、澪は、僕に心を開いてくれませんでしたからね。だから、意地の悪いことを始めてしまったのです。これでも、一応反省しているんですよ?」

 衝撃的な告白に、きっと凄く間抜けな顔をしていたと思う。史哉は、そんな俺を見てクスリと笑い、開いている方の手で俺の頬を掴んだ。

「そんなに意外でしたか?」

 その言葉は、一昨日、俺が史哉に言った言葉――――。

「……一昨日まで、嫌われているんだろうと思っていた」

 でも。一昨日、普通に笑いかけてくれた。普通に、俺の心配をしてくれた。

「嫌ってなんかいませんでしたよ? ただ、澪のポーカーフェイスを崩してみたくて、意地の悪いことを言うようになったんです」

「ポーカーフェイスって……」

 そんな風に見られてるとは、考えもしなかった。

「関心のない相手に対して、澪は表情を見せなかったでしょう?」

 確かに、弱みを握られたくなくて、感情を表に出さないようにしていたが、それがポーカーフェイスになるんだろうか? それに、それだって…………。

「澪は、表情を見せなかったんじゃねえよ。見せられなくなったんだ」

 答えられなくなった俺の代わりに、支度を済ませた彰が答えた。



 成徳学院中等部には、主席で入学した。勿論、必死に勉強した結果で養父母も喜んでくれたし、俺自身も結果を残せたことが素直に嬉しかった。ただ、入学して知ったんだ。出る杭は打たれるってことを……。


 入学して二ヶ月。

 仲の良かった友人たちが、態度を変えた。誰に話しかけても、汚いものを見るような目で、俺を見るようになった。さすがに、教科書や学用品に何かをされることは無かったが、それでも嫌がらせはエスカレートしていく。俺は、徐々に友人たちを恐れるようになり、笑うことも無くなった。なぜ、そのような扱いを受けるのか理由さえ解らなくて、泣くことも出来なかった。

 彼らが態度を変えた理由は『俺が孤児院育ちで、誰の子供か分からない人間だから』と、教えてくれたのは誰だっただろう? 教室に居ることが苦しくて、辛くて。これからのことを考え始めた頃、彰と初めて会話をした。


「その後だな。無表情が標準装備になったんだ。まあ、その分、目でものを言う様になったがな。最初の頃は、俺にも無表情で睨みつけてきやがった」

「そんなことが……。彰は、確か特進クラスでしたよね? じゃあ、澪も?」

 二階にある俺の部屋に移り、リュックを引っ張り出す。三階と二階の階段にある鋼鉄の扉を閉めた為、簡単には侵入できないと判断したのか、部屋へ着いてきた。

 特進クラスは、成績や家柄で選ばれ、生徒たちにはエリートクラスと呼ばれていた。しかし、実態は名ばかりで、足の引っ張り合いが多かったような気がする。俺をクラスから孤立するように仕向けたのも、家柄で選ばれた生徒だった。

「ああ。一緒だった」

「何故、止めなかったのですか」

 避難するような言葉に、彰は眉間を寄せる。

「止めたさ。だがな、本人から止めるのを止められたんだよ。余計なことをするなってな」

「どういうことなんです?」

「澪が、俺を止めたんだ」

 彰は、こちらを見て首を竦めた。自分で説明しろということだろう。

「……俺だけ退学するのは理不尽だし、俺が退学すれば、奴らは新しいターゲットが選ばれて同じことを繰り返すと思ったんだ。それなら、道連れにしてやろうと考えた。それに、あの頃の俺には、彰の好意が偽善にしか思えなくなっていた」

「酷い言われ方したんだぜ。それに、罵られた」

 否定は、しない。確かに、酷いことを言った記憶がある。史哉も秋月も目を丸くして俺を凝視している。

「まさか、特進クラスが解体された理由は……」

「うん。俺だよ。特進クラスの半分以上が関わっていた。だから、解体するしかなかったんだろうな」

 そう。学院の教師は信用できなくて、俺は集めた証拠を前学院長に提出した。そのおかげか、中等部学長は退職処分。職員も減給処分。特進クラスは解体されて、主犯格十五人は退学になった。

「本当は……クラスから孤立していた頃、夏休み前に前学院長へ退学届を持って行ったんだ。でも、受理してもらえなかった」

 まだ、彰と話をする前のことだった。だから、彰に話すのも初めてだ。

 もう、学院に居るのが嫌で仕方なくて、逃げ出したくて。こんなことになったのは、俺の所為だからと話しても、前学院長は決して頭を縦に振ってくれなかった。

「そんな話、聞いたことねえぞ」

「うん、言ってない。その時、前学院長に『本当にそれでいいのか? 逃げ出して後悔しないのか?』と訊かれて、俺は何も答えることが出来なかった。そしたら、戦う道を選ぶ気持ちがあるか問われた。逃げ出すのは戦ってからでも遅くない。逃げ出そうと思えば、いつでも出来る。だから、戦ってみるのもいいんじゃないかって、言われた」

「あの爺さん、そんなこと言ってたんだな」

「夏休みが終わって、前学院長と話をして……その時に、心の在り処が解らなくなったら、また来なさいって言ってくれたんだ。それから、強く在りたいと思えるようになった」

 前学院長が止めてくれなかったら、過疎地区に居るようなテロリスト・チルドレンになっいたかもしれない。

「もう、俺の話はいいだろ? 準備も終わったし、そろそろ一階に向かおう。武器の予備が欲しければ、案内する」

 史哉や秋月が自分で戦うと決めたなら、もう、否定はしない。これは、俺たちが生き残るための戦いなのだから――――。


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