十四
部屋へ戻ると、ちょうど自室へ帰ろうとしていた史哉と会った。手には、医療品が詰め込まれた籠を持っている。
「……彰に、謝ってきたよ」
「そうですか。僕も、これを片付けたら少し休みます。澪は、どうしますか?」
史哉に問われ、少し考えて厨房へ行くと返事をする。小腹も空いたし、散々眠った所為か眠気もない。早々に史哉と別れ、厨房へ向かった。
生き残った生徒は、九人。執行部の部員が五人、一般生徒の女子――秋月 華那。彰と史哉、俺。
たった数日の出来事で、全てが変わってしまった。
「……みんなの分も作るか」
無理やり、思考回路を遮断して、大型冷蔵庫を開ける。何かをしていなければ、落ち着かなかった。
「朝だし、和食でいこうかな。ご飯とみそ汁と……何か、おかずになりそうな物、と」
必要な材料を取り出して動き出せば、自然と余計なことは頭から消えていた。――――そう、史哉から携帯無線機に連絡が入るまでは……。
「は? 屋上に居た執行部の部員? 来てないよ?」
『そうですか。そこにも、居ないんですね』
全ての料理が出来上がり、余分に作った温泉卵を食べていると、ポケットに入れていた携帯無線機から、俺を呼ぶ史哉の声が聞こえた。携帯無線機の電源は、何かあった時の為に入れたままにしてある。
俺が屋上を出たのが、四時前ぐらい。彰は、あの後、部員たちに言われて自室へ戻って仮眠を取ったらしい。そして、現在の時刻が六時十分。
「一人も居ないのか?」
『ええ。見張りの交代をしようと、彰と二人で屋上へ行ったのですが、誰一人として居ないんです。無責任な行動を取る生徒たちじゃありませんから、少し心配で……』
確かに、史哉の言う通りだ。残っていたのは、執行部のメンバー。仕事を投げ出したりする生徒じゃない。
「今まで厨房に居たが、誰も来なかった」
『今、寮内を彰が探していますが……万が一ということもありますから、用心して武器になりそうな物を携帯してください。見つけたら、すぐに僕か彰に連絡をお願いします』
万が一って、生きた屍になったかもしれないということか? それは、有り得ないだろう。今、寮内には、感染者が居ない。
「わかった。武器を取り次第、俺も探してみる」
食べかけの温泉卵を置いて、食堂を出る。
そして、秋月のことを思い出した。色々あり過ぎて考えもしなかったが、彼女はどうしているんだろう? そういえば、会議室で別れてから見ていない。俺は、自室に置いていた木刀を取ると、先に秋月を探すことにした。
しかし、歩き始めて直ぐに足が止まる。肝心の部屋が解らない。
空き部屋を一部屋ずつ見ていくしかないんだろうが、それだと無駄に時間がかかる。
「こんなことなら、荒田に聞いておくんだったな」
後悔しても、今更な話だった。荒田は死んでしまったのだ。悲しんでいる余裕もない。
とりあえず、頭の中で寮内の見取り図を広げる。一階は、特別室。二階と三階が寮生の部屋になる。
一昨日の事件が起きたのは、二階南側の階段と一階にある来賓用の部屋。その南側の通路と階段は、完全に封鎖されていた。つまり、使える階段は北側だけになる。元々、二階南側は女子部屋の区画になっているため、封鎖されても支障はない。
ちなみに、俺の部屋は二階北側の角部屋。その真上、三階北側の角部屋が彰の部屋だ。
残っている空き部屋は、二階には無い。三階は……。
「彰に尋ねるか」
五部屋の空き部屋があることは、知っている。
執行部の女子部員は、人数が少ないこともあり、生徒会区画の二階南側の部屋を使っていた。同じ執行部と言っても、男子ばかりの区画に部屋があるのは心許ない状況だったのだろう。荒田を通して、二階南側を使う許可を申請してきたのを、まだ心に色濃く残っていた。
そういう経緯もあり、3階の執行部区画は空き部屋が増えた。ただ、俺は彰以外と交流がなかった所為で、他の部員がどこの部屋を使っていたのか知らない。
一応、二階の北側の部屋を調べてみたが、誰かが居る気配は無かった。
「……と、なると、三階か」
いつもなら騒がしいはずの役員寮が静まり返っていて、かなり不気味な雰囲気を醸し出している。あれから一時間以上経つというのに、史哉からの連絡もない。防壁を下した所為で、外の様子も窺い知ることすら叶わない。
「閉めるのは、早急すぎたかな」
階段に至っては、蛍光灯の灯りだけでは薄暗く、見通しも悪くなってしまった。居なくなった五人のことも考え、用心して階段を上っていく。
「こんな状態で、停電とかしたら大変だな」
ポツリと呟いて、現実になってほしくないと思わず溜息を吐く。
電気がある状態でも薄暗いのだ。停電でもしたら真っ暗になってしまうだろう。想像しただけで、ゾッとなり、残り数段を足早に上がれば、三階に着いた。廊下を見回すと南側から人が歩いてくるのが見えた。
「彰!」
その後ろには、史哉と秋月の姿が見える。
「部員たちは、見つかったのか?」
俺が問いかけると、彰は頭を横に振った。
「いや、見つからねえ。あいつらを探してる途中で、秋月を見つけたから、連れてきたんだが……」
「澪が一人ということは、下にも居なかったようですね?」
二階北側の部屋は全て見て回ったが、北側を見ていないことを伝えれば、史哉が小さく頷いた。
「二階と一階の北側は、僕と彰で封鎖しましたから、まず彼らも入れないでしょう。三階の彼らの自室も空き部屋も確認しましたが、居ませんでした。それにしても……」
史哉が首を捻る。それもそうだろう。人間が五人も煙のように消えてしまったのだから。
「とりあえず、食事にしましょうか。ここに、立ち尽くしていても仕方ありませんからね」
「そうだな。澪、今朝の献立は?」
史哉から、俺が厨房にいたことを聞かされたのだろう。当然のように尋ねてくる。
「白飯、ほうれん草と薄揚げの味噌汁、焼鮭、温泉卵。和食で良ければ、人数分ある」
居なくなってしまった五人の分も用意していた。それを思うと、少し寂しい。
「お。美味そうだな」
美味そうも何も、こんな献立ならば誰だって作れるだろう。実際、料理が出来なかった俺に、料理を教えてくれたのは彰だ。
「澪は、和食派なのですか?」
問われて首を傾げてしまった。彰から習ったのが和食ばかりで、洋食は自分で調べて作っていた。
「どちらかと言えば、和食派になるかもしれない。でも、洋食も食べる。好き嫌いは、あまりない……かな」
「嘘吐くな。トマトと貝は残すだろうが」
隣から突っ込まれて、ムッとなる。
「両方とも食感が苦手なんだよ。それぐらい、いいだろ。彰は俺より好き嫌いが多いくせに」
意外そうな顔で、史哉が彰を見ている。一緒にいることが多いから、知っていると思っていた。
「ナス、グリーンピース、ゴーヤ、セロリ、里芋、人参、茸……後は、忘れたけど多すぎだろ」
「彰が野菜嫌いだったとは、知りませんでした」
「好きじゃねえだけだろうが。我慢すれば、食える」
「それを、一般的に嫌いっていうんだ。文句ばっかり言ってると、朝食、食べさせないからな」
「うわ、マジかよ。大体、文句じゃねえだろ。好き嫌いの話だろうが」
食堂に向かいながら、他愛のない話をしていた。
すると、後ろから小さな笑い声が聞こえてくる。不思議に思い振り返れば、秋月が必死に笑いを噛み殺そうとしていた。
「……彰、笑われていますよ?」
「俺だけかよ? お前らも笑われてんじゃねえか?」
「ぷっ。ふふふ、あはははは」
史哉と彰の遣り取りが、余程面白かったのか、とうとう笑いを堪えきれなくなったようだ。秋月はお腹を抱えて笑い始めた。
「ご、ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど……。ふふふっ。ああ、また。ごめんなさい。だけど、三人とも女子から聞いていた話と違い過ぎるし、生徒会長と執行部の副部長って凄く仲が悪いって聞いてたから、仲良く話してる姿が想像以上に可笑しくて」
秋月に言われ、三人で見合う。
確かに、秋月の存在を忘れていた所為で、三人とも素だった。今更、取り繕っても仕方がないだろう。
「ま、怖がられるよりマシなんじゃねえか?」
ポツリと吐き出された彰の言葉に、秋月が再び笑い出し……。
結局、食事が出来たのは、九時が過ぎる頃だった。