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十一

 目覚めると、自室のベッドで寝ていた。身体が、いつも以上に怠く瞼も重く感じる。

 サイドテーブルに置いている時計を、首だけ動かして横目で確認すると、時計の針は夜中の二時過ぎを指していた。室内は暗く、見通しがきかない。

「……なんか、変な夢見た気がする」

「夢じゃねえ。現実だ」

「えっ?」

 暗闇から人の声が聞こえて、ベッドの中で固まる。すると、部屋の電気が点けられ、壁に(もた)れて座っている彰と、部屋の入口を背にして立つ飯田が視界に入った。どうやら声の主は、彰だったらしい。

 そして、よく見れば、二人とも顔色が悪い。

「彰。もう、安心していいでしょう」

 安心? 何の話をしているんだ?

 意味が解らず、二人の顔を交互に見比べる。彰は、あからさまに安堵の表情を浮かべていた。

「そうか……安心していいのか。つき合わせて、悪かったな」

「いいえ。僕も澪のことが心配だったので、構いません」

 え……? 今、澪って呼んだのか?

 飯田は、いつも俺のこと役職名に殿をつけて呼ぶのに、何で名前で? 

 訳が解らない会話に首を傾げ、答えを求めるように彰を見ると、盛大に嘆息された。

「お前、一日半も意識を失ってたんだよ」

 意識を失っていた? 一昨日?

「彰、一体、何の話をしてるんだ? 昨日、何かあったのか? 大体、何で俺の部屋に二人で居るんだ?」

 逆に問いかけると彰は、青い顔になって飯田を見た。飯田は、真剣な顔で俺を見つめている。

「僕も医者じゃありませんから断定は出来ませんが、記憶障害……かも、しれませんね」

 俺が、記憶障害? 意味が、さっぱり分からない。

「どうやったら、澪の記憶を取り戻せる?」

「……無理やり思い出させるのは、勧められません。酷くなる可能性もあります」

「それでも、やるしかねえだろうがっ。一刻の猶予もねえんだぞ!」

「彰は、澪を廃人にしたいんですかっ! 無理矢理、記憶を取り戻させるのは、危険な行為だと言ってるんです!」

 飯田の怒鳴り声に、彰も瞠目(どうもく)している。

「なぁ、飯田。俺は、何を忘れてしまったんだ?」 

 飯田を呼ぶと、何故か辛そうに眉根を寄せた。

「飯田?」

「……確かに、忘れています。ですが、それは自己防衛が働いただけなんです。澪が悪いわけじゃありません」

 自己防衛? 俺の身に、それ程のことが起きたということなのか?

 彰もさっき、一刻の猶予もないと言っていた。学院で、何が起こったんだ?

 思い出そうと考えてみるが、何も思いつかない。否、思い出せないと言うべきか。

「それだけ、精神的に追い詰められてしまっ――」

「なぁ、今朝、俺と食堂で会ったよな? いつもの夢を見て、具合が悪くなったんだろ?」

「彰っ」

 咎めるように叫ぶ飯田を押しのけて、彰が俺の目の前に座った。

「あ、ああ。いつもの夢を見て……俺、鍛錬に行けなかったんだよな? ごめん。明日は、必ず行くよ」

「俺に会った後、厨房で飯食っただろ」

 確か、誰も居ないからと厨房で食事を済ませたような気がする。食べながら、後片付けまで済ませて……。

「食欲なかったから、軽食で済ませたと思う。あまり食べると吐きそうだった……はず」

「厨房出たら、俺は居なかっただろ? 代わりに、誰が居た?」

 彰が居なくて、代わりに……? 誰だ?

『おはようございます、谷崎会長』

 脳裏に、誰かが俺を呼ぶ姿が浮かぶ。俺のことを谷崎会長と呼ぶのは……。

「あ、荒田?」

「正解。じゃあ、荒田は何をする為に、澪のところへ来たんだ?」

 荒田は、俺に会う為に来た? 荒田が、態々会いに来るなんて、何かの報告がある時ぐらいだ。報告? 一体、何の報告があって来たんだ?

「っ! 痛っ」

 頭が、割れるように痛い。まるで、思い出すのを拒否するかのように、じくじくと痛みが広がる。頭を両手で押さえると、その手を彰が掴み、俺を押さえつけた。

「荒田は、澪に岡野先生が見つからないと報告しただろ」

「っ……嫌だっ。離せ! 痛いんだっ。も、嫌だっ」

 聞きたくないっ。痛い。嫌だ、思い出したくない! これ以上、彰の言葉を聞きたくなくて、ベッドから逃げ出そうと暴れた。だが、彰の腕力に俺が適うはずがなかった。

「彰、限界です! もう、止めてくださいっ」

 飯田も、彰を俺から引き剥がそうとしている。

「史哉は黙ってろっ。荒田は、もうひとつ報告したはずだ。門が閉じていると言っただろっ。そして、お前は、史哉と荒田に一般生徒の避難誘導を指示して、俺を追って役員寮を出た。そして、国旗掲揚台で吊り下げられた岡野先生たちの変わり果てた姿を見たはずだっ。逃げんじゃねえっ。ちゃんと現実に戻ってこい!」

 痛い、痛い、痛い、痛いっ! もう、止めてくれっ。

「ぅうっ……あぁぁぁああぁぁっ」

 一気に、何かが流れ込んでくる。

 それが記憶だと気づいたのは、再び意識を取り戻した後だった。


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