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 飯田の提案で、怪我の治療をする為、医務室へ移動した。元、保体副部長だとは知っていたが、その手際の良さに驚かせる。背中の怪我も腕の擦り傷も綺麗に治療してくれた。

「少し、大袈裟じゃないか?」

 全ての傷に、プロテクターフィルムが貼られ、なんだか痛々しい。

「狂乱者や生きる屍の血液が、感染経路だと話したのは、谷崎生徒会会長殿自身ですよ? 感染したくなかったら、文句を言わないでください」

「血液に断定されているわけじゃない。唾液や体液も、含まれているんだ」

「それならば、尚更です。我慢してください」

「……わかった」

 傷の手当てを受けながら、彰にも飯田に話した内容を伝えた。彰も、俺と同じことを考えていたらしい。

「彰も研究施設のことを、知っていたのか?」

「……ああ。ある程度だが、知っている。それに、感染者の症状を見たことがあるんだよ。まあ、見たことがあると言っても、映画に出てくる作り物だが、奴らにそっくりだった」

「周防部長、それって違法行為じゃありませんか?」

「入学前の話だから、関係ないだろ」

 入学前って。……小学生の頃に見たのか。凄いな。


 俺たちが、中等部に入学する頃『有害電波映像撲滅法』という法律が制定された。

 それは、テレビ局だけでなく、ラジオ局、インターネット、映画も含め、政府が有害だと定めた物を視聴することを禁ずるというものだ。


 高齢化社会と呼ばれた時代が過ぎ去り、日本人の人口が、急激に減少した。だが、人口の減少は、日本に限られているわけではない。

 世界的な不況、食糧物資の不足により、貧困層や難民に対する援助が(ことごと)く打ち切られ、死者が急増した。治安の悪化した場所では、そのまま放置された遺体から病原体が発生し、疫病が蔓延。その事態を重く見た世界機構が警鐘を鳴らし、(ようや)く収束へ向かった。


 日本は、人口の減少で貧富の差が益々広がり、過疎化の進んだ地方に、犯罪組織やテロ組織が巣食う様になった。犯罪の少なかった国家が、今では、他国と変わらない状況に陥る。俺たちが習った歴史の授業で出てくる内容だ。


 国立成徳学院が設立されたのも、同じ頃だと前学院長から聞いたことがある。前学院長は『この学院が選ばれた子供だけでなく、万人を受け入れる学校であれば、犯罪に走る子供たちが減っただろう』と嘆いていた。その前学院長が『有害電波と呼ばれる物の中にも、良い作品があったのだ』と話してくれていたのを思い出す。有害電波映像撲滅法が施行された後も、反対を訴えていた前学院長は、俺たちが中等部卒業と同時に解任。反政府支持者の烙印を押され、警察に連行された。


「どうしたんですか?」

「飯田の言葉で、前学院長を思い出していたんだ」

「ああ、あの人か。良い人だったよなぁ」

 俺と彰は、中等部でも生徒会役員を務めていたから、管理棟へ行く機会が多かった。だから、前学院長とも色々と話すことが出来た。それに、俺は前学院長に個人的な恩がある。

「ですが、あの方は反政府支持者だったのでしょう?」

「前学院長が反政府支持者だって言うなら、国民の殆どが反政府支持者だろうよ」

 彰の言う通りだ。政府が反政府支持者と烙印を押せば、働くこともままならない。国民は、中央政府が恐ろしくて何も言えないだけで、反感を持っている者は多いだろう。

 飯田も彰の言葉に納得したのか、何も言わなかった。

「まあ、今は政治家の話より、感染者の話を優先させましょう。生き延びなければ、どうしようもありませんからね」

「そうだな。ここに居る感染者が、俺の観た映画と同一だと考えれば、脱出するか、感染者を全滅させるしか、生き延びる方法は無いな」

 脱出する方法が無ければ、戦うしかない。でも、それは……。

「感染者を殺すということか?」

「殺すという表現は、適切じゃないかもしれませんね。何しろ、感染者の大半が死んでいるのですから」

 生きた屍のことか。確かに死んでいる人間を殺すというのは、微妙かもしれない。

「処分するってのも微妙だな。壊すってのも、しっくりこねえな。俺は始末すると考えているが、殺すでもいいだろ? 問題は、どうやって戦うかだ。映画で観たゾンビは、心臓を狙っても意味がない。実際、試してみたが、本当に倒れなかった。あいつらを倒すには、頭を破壊するか、首から切断しなきゃならねぇんだ」

 死んでいるのだから、心臓を狙っても意味がないのは、理解できる。だけど、頭を狙うのは。

「う……。想像するだけで、気持ち悪くなった」

「だろ?」

 答える彰も、苦笑している。

「他に方法はないのですか?」

「俺が知っているのは、頭を破壊するってことだけだな。動きを止めるだけなら、手足を破壊するだけでいいが、死体に戻すには、頭をかち割る、潰す、叩き斬る。それしか方法が無い。たとえ、仲間だった生徒でも戸惑うな。それが出来なきゃ、奴等の仲間入りだ」

 きっと、第一鑑賞ホールへ隔離した生徒たちのことを言っているのだと思った。

「生徒全員に、そんな事が出来るでしょうか?」

「無理だろうな。生き残ってる生徒は、執行部が七人、生徒会が斉藤まで含めて三人、一般生徒が四人。全体で、五人が女子生徒。澪は身を守ることは出来るだろうが、一般生徒の男子は、それも難しいだろ。執行部以外は、戦わせることが無理だ」

 彰から、戦力外通知が出されてしまった。まあ、足手纏いになるより、いいかもしれない。

「たった七人で、百人以上は厳しいですね」

「百人は、居ないだろ。生きる屍は、人間を喰うからな。喰われ方に寄るだろうが、生きる屍にならない死体もあるんだよ。後は、感染前に死んだ奴も生きた屍にならねぇな」

 そうか。人間を食らうから、噛み付いたのか。

 飯田と屋上で話していた時の違和感は、これだったのか。攻撃性の特化では、噛み付くという行動は説明がつかなかったが、彰の話で辻褄が合う。

「狂乱者も噛み付くのか?」

「いや、そこまでは分からねえな。それが、どうかしたのか?」

「あくまでも推論と割り切って、聞いてほしい。狂乱者が生きる屍に移行する境は、攻撃性の特化から、飢餓感に変わる瞬間じゃないだろうか? そして、感染が進む傾向は、頭部に近い位置から感染すると生きる屍になるまでの時間が短縮される。例えば、首から感染した場合は、そのまま生きた屍になるが、手足だと狂乱者になる」

「どうだろうな?」

「感染が進む傾向は、納得できますが……。ただの飢餓感なら、食べるのは人間でなくとも構わないのではありませんか?」

「じゃあ、飯田は何だと思う?」

「そうですね。……新鮮な肉じゃないでしょうか? 生きた屍たちは、死後数時間だというのに、腐臭が感じられましたし。だから、新鮮な肉の持ち主である生きた人間に、噛み付くんじゃありませんか?」

「さぁな。どちらにせよ、被害者が出ている。管理棟の警備員も、喰われていた」

 考えたくもないが、現実だ。どうすれば生き残れるか知恵を絞らなければならない。そう思うのに、心がついてこない。

「せめて、全体の半分が被害者であれば、何とかなるかもしれませんね。でも、武器はどうするんです? 役員寮には、武器になりそうな物は置いてありませんよ?」

「俺の木刀もボロボロで、使える状態じゃないな。澪の……澪?」

 名前を呼ばれて、意識が浮上する。

「あ。ああ、俺がどうしたんだ?」

「顔色が悪い」

「そのようですね。部屋で休ませた方がいいかもしれません」

 二人の視線が俺に向けられ、俺は頭を振った。

「大丈夫だ。それより、俺の何が必要なんだ?」

「木刀を何本か借りたい。感染者を始末するのに、武器が必要だと話してたんだ」

「……ああ。そういうことなら、貸すよ」

「飯田、とりあえず話は後回しだ。澪、やっぱり、お前は休め」

 そんなに顔色が悪いのだろうか? 立ち上がった彰が、俺の腕を掴む。

「大丈夫。自分で歩ける」

「フラフラしてるだろうが。飯田、俺たちの飯、頼めるか?」

 治療に使った薬品を片付け始めた飯田に、彰が問いかけた。

「仕方ありませんね。このまま、谷崎生徒会会長殿を放っておいたら、また食事を抜いてしまうでしょうし。存分に腕を振るって食事を作って差し上げましょう」

 いつもの嫌味な笑みじゃなく、ふんわりとした優しい笑みを向けられる。これが、飯田本来の笑い方なのだろう。彰は、よろしく頼むと言って俺を掴んだまま医務室を出た。

「……飯田って、あんな笑い方するんだな」

「生徒会や執行部が絡まなければ、良い奴だな。綺麗な顔してるから、女子生徒からも人気がある。後輩からも、慕われてるぞ。まあ、お前は嫌っているようだがな」

「会う度に、嫌味を言われれば誰だって、そうなる。生徒会でも、飯田は好かれてたよ。信用は出来るが厄介な奴だなって思ってたけど、ちょっと見方が変わったかも。友達になりたいと思った」

 飯田なら、素の自分を見せても、手の平を返すようなことをしない。そんな気がした。


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