9回目
半ば以上閉ざしたグレンの意識に、下座に控えるものたちのうちのひとりが奏上する声が届いてくる。
軽く瞼を閉じて片手を顎に乗せた姿は、まるで眠っているかのように見える。しかし、その場にいるものは誰ひとりとして、グレンが彼らの言葉を聞いていることを疑ってはいなかった。
事実。奏上の声が止まるや、グレンは鷹揚にうなづいた。そうして、顎を支える手とは逆の手を一振りする。奏上していた男が頭を下げて椅子に座ると、その隣に座る次のひとりが椅子から立ち上がった。
奏上されるものにうなづき手を振る。それをどれほどつづけただろう。
閉ざした意識はいつしか、過日側室へと召し上げた存在へと向かっていた。
「ウルウか」
グレンが思わずと言った風情で口角を持ち上げる。
禁忌の名をグレンが口に上らせたことに、周囲の動きが止まったことを感た。
クツクツと、喉が震えた。
目を剥き青ざめたものたちが凝視してくるのに目を向け、
「どうした。もう終わりか」
と、グレンが言う。
穏やかな口調ではあったが、見開かれた瞼の下から現れた瞳は暗い。
感情の感じられないまなざしに、凝りついた空気が動き出す。
グレンがテーブルから持ち重りのする銀のゴブレットを取り上げた。赤い液体が、ゴブレットの中で緩慢に揺れている。
赤。
あの日、目の前の少年から立ちのぼったのは、甘い女の匂いだった。
北の塔で働いていると判る灰色の服をまとった白い髪をした少年。見た目は少年であるというのに、その周囲に燻り立つものは、紛うことなく女のそれだったのだ。
両性か。
かつて愛した古の神をグレンは思い出していた。
種の違いからか、そこに存在していながら異なる次元の存在だったからなのか、男であり女でもあった愛した存在との間に子を生すことは適わなかった。
子なりといれば、世界も自分も違ってはいただろう。
しかし。
グレンは自身の罪を理解していた。異界にあった古の神を殺したことが、彼の唯一にして最大の罪であるのだと。
あまつさえ、彼は、最後の古の神を自身の欲で汚した。
汚れも知らぬ両性の神を、抱いたのだ。
古の神は、穢れ、堕ちた。
グレンは古の神を囲い、ただ愛した。
愛しつづけることこそが、古の神に対する贖罪だとグレンは信じていたのだ。
そうして、いつしか、古の神を“神”と知る者は、グレン以外には存在しなくなった。
インフルエンザで長く空いてしまいました。
しかも短くて、申し訳ありません。