20回目
赤黒い月の下、潤の悲鳴が鋭くあがる。
ギリギリと、王妃の鋭く尖った爪が腹に食い込む。
生理的な涙が、こみ上げる。
いらない。
そう思いはした。
けれど、こんな苦痛を味わって奪われるのか。
痛い。
痛い。
痛い。
殺される。
そう恐怖に震えたときだった。
「王妃さまおやめください」
甲高い声だった。
涙でかすむ視界に、厳しい顔をしたマルカの姿があった。
「お約束が違います」
一気に大人びた、威厳とも言えるようなものをたたえて、王妃の手首に手を重ねる。
「こどもは王妃さまのお好きになさってかまいません。けれど、ジュンにいちゃんは殺さないとお約束くださいました」
「マ………ルカ?」
潤の双眸が見開かれた。
決然と言い放ったマルカのことばが信じられなかったのだ。
「ジュンにいちゃん大丈夫だから」
王妃の金の目が、マルカに向けられた。
「そうであったかの。つい高ぶってしもうたわ」
潤の腹に食い込んでいた王妃の赤い爪から力が抜ける。
「潤を殺さぬように、こどもだけを貰い受ける約束であったかの」
独り語ち頷くように首を何度も上下に振る。
「ジュンにいちゃん行こう」
「どこに?」
「少し休める所に。そうして、王妃さまにこどもをさしあげよう」
にっこりと笑うマルカに、潤は、ことばを無くす。
「そうしたら、にいちゃんを自由にしてくださるって、王妃さまがお約束くださったんだ」
マルカと王妃とを順繰りにみやって、潤は途方にくれた。
「大丈夫だよ。もう。にいちゃんを苦しめるものは、ひとつだけだけど、なくなるんだ」
「潤にいちゃんと約束したから、殺さなきゃって思ってた。色々考えたんだよ僕」
「けど、にいちゃんのこどもなんだって気がついたんだ。王さまのこどもだけど、にいちゃんのこどもでもあるって。だから、殺したりしたら、にいちゃんが後で悔やむかなって思い直したんだ」
「だからね、僕、王妃さまに差し上げるってお約束したんだ。王妃さまがずっとこどもをほしがってるの知ってたから」
「知ってた?」
声が震える。
「知ってたんだ。僕。王妃さまがなにをしてるか。なにを望んでるか」
長く時間が空いたので、かなり頭の中で話に変化が。
冒頭に上手くたどり着くか、心配です。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいですが。