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呼ぶ声  作者: 工藤るう子
17/21

17回目

 少々不快な表現がありますので、ご注意ください。







 潤にとって、それは嫌悪以外のなにものでもなかった。


 日々育っているのだという、自分の身の内の他人。


 自分を抱く男の、子供。


 誰かの身代わりに抱かれる自分が、そんなものをどうして受け入れることができるだろう。


 未だ抱かれるたびに自分を支配しようとする誰かは、消える気配すらない。意識のほとんどを支配され、淫らに乱れる自分は、自分ではないと言うのに、なのに、グレンは、それでよしと、それこそを愛でる。


 本来の自分は、そんなことはできはしないと言うのに。


 ならば、ここに自分の存在は必要ない。


 このからだだけがあればいいのだ。


 いやらしくグレンを求めるからだだけが。


 しかし、グレンを求めつづけている誰かに、からだを明け渡すつもりだけはない。


 物欲しげに、誰かは自分に強請るのだ。


 謙虚の欠片もなく、総てを自分に渡せと、いつのまにかしたたる欲を隠すこともなく、求めはじめていた。


 誰が!


 渡すものか。


 これは、意地だった。


 傲慢な誰かに対する唯一の抵抗だった。


 支配しようとする、名前すら知らないあの存在と、グレンに対する。


 自分を犠牲にしようとした総てに対する。


 吐き気が日々襲いかかる。


 苦しくてならない。


 まるで、自分に苦痛を与えるためだけに、いるかのようだ。


 そんなものを、どうして。


 人非人と誹られようと、何と罵られようと、ただ、疎ましい。


 少しばかり膨らんだような気がする腹を無意識に、殴りつけていた。


「いらない」


 こんなもの、いらない。


「にいちゃんっ」


 マルカが潤を止めようとする。しかし、いかんせん、力の差は明白だった。


「駄目だよ、そんなことっ、にいちゃんが痛いだけだよっ」


 兄ちゃん、誰かっ。


 メガンを呼んでも、今はいない。何を食べても戻してしまう潤のために、滋養と消化の良いものを探しに出かけている。


 今いるのは、自分だけ。


 居間の椅子に腰掛けてぼんやりしていた潤が突然狂ったように自身の腹を叩きだしたのを止める術は、マルカにはなかった。


 このままやめなかったら。


 もしも、子供が死んだりしたら。


 潤を止めようとするマルカの背中を、冷たいものが駆け抜けた。


 事故で死ぬのとはわけが違う。


 たとえ、潤のこどもだとはいえ、潤が殺していいはずはない。


 それに、神王がそれを知れば、罰せられるのは、潤だ。神王があの無表情の裏側で、うまれるこどもを心底待ちわびていることを、マルカは感じ取っていた。


 止められなかった自分のことは、別にかまわない。潤が助けてくれたのだ。病気や怪我で苦しむ自分たちを、他の誰でもない、潤が助けてくれたのだ。だから、潤のために死ぬのなら、かまわない。それは、兄も一緒だった。


 だけど、潤が死ぬのだけは、嫌だった。


 今の潤は、誰のことも助けることはできないけれど、それだけが潤の存在している理由ではないはずなのだ。


 何かのために存在するわけじゃない。


 潤は、潤だから。


 大好きな、潤だから。


 だから、無謀なことをしてほしくはないのだ。


 自分と兄の願いはただひとつだけだった。


 潤にいてほしい。


 それだけなのだ。


 それだけだった。


 けれど、それすらも自分たちの我侭だと、マルカには判っていた。


 どうしようもなく哀しくて、辛くて、苦しくて、どうしていいのか判らなかった。


 あげく、マルカの口をついて出たのは、


「殺してあげるから」


 そんなことばだった。


「にいいちゃんが嫌だって言うなら、欲しくないって言うなら、ぼくが殺してあげる。ぼくがうまれる子を殺してあげる! だから、だから、やめてっ」


 涙があふれる。


 そんなにも、イヤでたまらないのか。


 苦しくて、辛くて、どうしようもないのかと。


 なら、ぼくが、罪を犯してあげる。


 どうにかして、ぼくが、神王の子を殺してあげる。


 それで潤が楽になれると言うのなら、総てを引き受けてあげる。


 そう言って、マルカは潤の背中で泣いた。


 罪を犯す覚悟が、神に逆らう覚悟が、マルカの心の中に芽生えたのだ。


「なら、殺してくれ」


 暗い声が、マルカの耳に届いた。


 暗く、澱んだ、力のない声だった。


「オレはいらない。こんなこども、うみたくなんかない」


 自分の中にいると思うだけで、ゾッとするんだ。


 吐き気がする。


 潤はそれまでの激情が嘘のように、ぼんやりと宙を見ている。


 しかし、そのふたつのひとみには何も映っていないに違いない。


 もの狂おしい激情が去った虚しい心のまま、ただ、そうと意識せずマルカの背中を押したのだ。


 事実、都合の良いことに、潤は、自分が言ったことばを覚えてはいなかった。


 自分で自分の腹を叩きつづけたことさえも、潤の意識からは消えていたのである。



 メガンとマルカどちらがこうなるか、悩んだのですが。

 結果、マルカになりました。


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